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第七七話 元・《魔王》様、妨害を受ける


 この大陸には、五つの大国が存在する。


 我々が住まう、ラーヴィル魔導帝国。

 ドワーフを中心とした、ゴルディナ共和国。

 無数の人種が入り交じった、サフィリア合衆国。

 エルフが特権を有する、ヴィハイム皇国。


 そして……蛮族国家、アサイラス連邦。


 以前、俺とイリーナが巻き込まれた宗教国家・メガトリウムでの騒動には、この五大国が大きく関係していた。

 《魔族》を中心とした反社会的組織、《ラーズ・アル・グール》。日々活発化しつつあるかの勢力に対抗すべく、メガトリウムが仲介役となって、五大国同盟を結ぶ。

 そのために、五大国の首脳陣が一堂に介したわけだが……


 その際に発生した大事件により、五大国同盟の話は流れてしまった。


 事件の黒幕はメガトリウムの総帥にして、世界最大宗教・《統一教》の長、ライザー・ベルフェニックス。

 かつて我が軍における最強の武官、四天王の座に座っていた男が元凶であった事件は、俺個人の問題を解決する機会となったが、一方で、ラーヴィル魔導帝国はそれ以降、大陸内の絶対悪という立場に陥ってしまった。


 けれども、オリヴィアが矢面に立つことで事態はある程度の沈静化を見せ、今後、大きな嵐が来ることはまずないと、そのように考えていたのだが。


 どうやら俺は、アサイラスの主、ドレッドの狂気を甘く見すぎていたらしい。



「このような時期に挙兵など、何を考えているのやら」


 玄関口にて、俺は眉間に皺を寄せた。


「……同意する。かの国がしでかしたことは、まさに暴挙としかいいようがない」


 カルミアもまた、何か思うところがあるのだろうか。仮面じみた無表情に、わずかな嫌悪感が宿っていた。そしてそれは、イリーナとて同様だったらしく。


「こんな時期に挙兵だなんて……! 下手をしたら、五大国の間で大戦が勃発しかねないじゃないの……!」


 そう、今や五大国は、ラーヴィル派と反ラーヴィル派が睨み合い、膨らみきった風船のように危うい状態となっている。


 それが破裂せずに済んでいるのは、ひとえに政治的な思惑ゆえだ。


 ラーヴィル派となっているのは現在、サフィリア合衆国のみであるが、この大国がこちら側についていることで、名目上、反ラーヴィル派を掲げているゴルディナ共和国は、難しい立場にならざるを得ない。


 なぜなら、この両国は貿易関係で密な間からとなっているからだ。

 あるいは、主従関係とも言えるかもしれない。

 ゴルディナ共和国が輸出する品目は、他国に対してアピール出来るほどの需要がない。

 対して、サフィリア合衆国は食品産業が強く、特に水資源は需要が高い。


 ゴルディナ共和国は砂漠地帯が多く、水資源は常に枯渇気味。

 そんな共和国にとって、合衆国から輸出される水資源は必須中の必須である。

 他国もまた、水資源は胸を張れるほどのものではなく、輸出できるような余裕がない。

 そうした状況の中、ラーヴィルにどこぞの国が仕掛けた場合、当然、サフィリア合衆国はラーヴィルとの共同戦線を張ることになろう。

 結果として、合衆国は共和国に、水資源をネタに脅しをかけることは間違いない。


 こうなってくると、ゴルディナ共和国はどのような選択を見せるのか。

 それがどのようなものであれ……ひとたび争いが始まれば、為政者のエゴや政治的しがらみなどから、戦いは混沌を極めるに違いない。

 だからこそ、反ラーヴィル派の国々は今日に至るまで、ちょっとした示威行為のみに留めていたのである。


 だが、そんな中、アサイラス連邦が空気を読まずに仕掛けてきたものだから。

 今や、各国の首脳陣はてんやわんやであろう。


「……それで。御上は我々に対し、どのようなご用向きでしょうか?」

「まず、あなた達に、サルヴァン、スペンサー、両家の所領へ向かってもらう。そして」

「ジニー達を助ければいいのねっ!」


 カルミアはコクリと頷いた。

 サルヴァンはジニーの実家。スペンサーはエラルドの実家である。

 この両家は古くより主従関係にあり、広大な所領を国家生誕の頃より守り続けてきた。

 今回、侵略を受けたのは国境沿いの街で、今や街中は血の海とのこと。

 これに対処すべく、ジニーやエラルドも出陣していることだろう。

 彼等は子供だが、上位貴族の長子である。有事の際に一軍を任されてもおかしくはない。


「ジニーさんは問題ないとして。心配なのはエラルドさん、ですね」


 かつて、謎の少年に過去へ飛ばされた際のこと。イリーナとジニーが古代世界で護身出来るよう、俺は強力な魔装具を製造し、二人に手渡した。

 己の意思で召喚が可能ゆえ、敵に強奪される心配もない。

 あれさえ健在ならば、よっぽどのことがない限りジニーは安泰であろう。

 反面、エラルドにはそういった保証がない。


「……入学早々、揉めた相手ではありますが、しかし、今の彼は私にとって友人となりうる相手。死なせるわけにはまいりません」


 メガトリウムでの事件にて、皆が駆けつけてくれた際、エラルドもまた、その一員に加わっていた。ゆえに彼を死なせたくはない。


「この仕事、承りました。さっそく現地へと向かいましょう。カルミアさん、お手数ですが、我々の両親への説明などをお頼みします」

「わかった」


 行ってきますの挨拶も出来ぬほど、事態は逼迫している。

 だから俺は、通常の移動手段……馬車などを用いるつもりはない。


「では、転移いたします。心の準備はよろしいですね? イリーナさん」

「えぇ、バッチリよ!」


 顔を見合わせ、頷き合うと。

 俺は転移の魔法を用いて、目的地への瞬間移動を行った。

 この魔法は一度でも足を運んだ場所にしか飛ぶことは出来ない。しかし学園に入学してから数ヶ月、俺は面倒ごとに巻き込まれまくった結果、国中に足を運んでいる。

 そのため、今回転移する国境沿いの街にも赴いたことがあった。


 よって転移出来ぬわけがない。

 そう、出来ぬわけがないのだ。

 にもかかわらず――魔法を用いて、意識が一瞬暗転した直後。


 俺とイリーナは、見知らぬ場所に立っていた。


「えっと、もしかして……敵の攻撃かなんかで、街が森(、)に変わっちゃったの、かな?」


 困惑した様子で目をパチパチさせながら、イリーナは周りを見回した。

 森。そう、森である。俺達はうっそうと生い茂った、緑の只中に立っている。


「……いいえ、イリーナさん。ここは完全に森の中。元は街であったとか、そういったことはありません」

「えっ。じゃ、じゃあ、まさか」

「えぇ。どうやら、転移に失敗したようですね」

「う、嘘でしょっ!? アードがミスをするだなんてっ!?」


 信じられないといった調子で目を丸くするイリーナに、俺は首を横に振った。


「いえ、私のミスではありません。敵方の策にまんまと嵌まったのです」

「敵方の、策?」

「えぇ。敵は我々の転移をあらかじめ読んでいた。ゆえに、街へ転移すべく魔法を発動した際、この森に移動するよう仕組まれていたようですね」


 いわゆる妨害術式というやつだ。

 転移魔法が当然のように用いられていた古代では、実にポピュラーなものだが……

 現代において、これを扱えるような人間は限られている。

 その代表格は間違いなく、あの男(、、、)であろう。


「イリーナさん。どうか油断なさらぬように。此度の一件、ともすると想定を遙かに超えた、巨大な陰謀の一環やもしれません。ここから先は何があってもおかしくはない、まさに魔境も同然。常に気を引き締めてください」

「う、うん」


 小さく頷いたイリーナに、俺もまた首肯を返し、


「では今後について、ですが。ジニーさんとエラルドさんを救助するためにも、我々はこの妨害術式に対応する必要があります」


 言いつつ、緑溢れる森林の景観を見回した。

 夜間ゆえ、視界は最悪に近い。鳥や虫、野獣の声が断続的に響いている。

 そうした環境の中に、俺は術式の一端を感じ取った。


「……やはり、我々の転移を妨害した相手はただものではありませんね」


 森林内部への単純な法陣構築のみならず、そこに加えて多様な生物と植物にまで術式的な意味を持たせている。

 これほど複雑な内容を形成できるような人間は、俺が知る限り一人しかいない。

 元・四天王、ライザー・ベルフェニックス。先の事件にて、黒幕として動いていたあの男が、此度の騒動にも大きく絡んでいる。

 その目的は判然としないが、とにかく、我々がすべきことは一つ。


「森の中を探索いたします。術式はこのエリア全域に張り巡らされている。その全容を感じ取り、解析が完了したなら、妨害術式を無力化することが出来ます」


 言い終えてからまず、、俺は光源を作った。暗所では定番の魔法、《サーチ・ライト》。複数の煌めく光球を顕現させ、周囲を明るく照らす。


「夜の森はとかく視界が悪い。どうか足下だけでなく、周囲全体に気を配ってください」

「そうね。さもないと、すぐに転んで泥だらけになっちゃうものね」


 我々は元来、村人である。ゆえに夜の山という、似たような環境を知っている。

 そうだからこそ、進行はスムーズであった。

 下生えに足を取られることもなく、毒蛇などに噛まれるようなこともなく。

 まるで勝手知ったる庭を散歩するように、森の中を歩き回った。


 そして――至極当然の展開が、やってくる。


 そう、トラップ魔法だ。

 解析をさせないための仕掛が、森の中にはわんさかと仕掛けられていた。

 しかし。


「イリーナさん。そこの地面は決して踏まぬように。さもなくば、聞き慣れた轟音を耳にいたしますよ」

「そうね。気を付けるわ。爆発はシルフィーのおかげでお腹いっぱいだもの」


 巧妙に張り巡らされた罠も、俺の目にかかれば。


「イリーナさん。その樹木には決して触れぬように」

「触ったらどうなるの?」

「頭が木っ端微塵になります」

「え、えげつないわね」


 全ての罠を看破し、避けて進むことなど、造作もない。

 どうやら敵方は俺達を徹底して足止めしたいようだが、そうはいかん。

 もうほとんど解析も済んだ。あと数分もあれば、妨害術式の無力化が可能である。

 ――と、そんなタイミングで、機を見計らったかのように、周辺の空気感が一変した。


 何かピリッとした感覚を味わった瞬間、俺は無意識のうちに防御魔法を発動。

《メガ・ウォール》の三重層。俺とイリーナを、半透明な球体状の膜が覆う。


 前後して、四方八方から稲妻か飛来した。


 雷鳴を轟かせながら、光にも迫る速度で殺到する紫電の群れ。

 無数の葉脈めいたそれらは、我が防御魔法に衝突し、あえなく消滅。

 だが……

 三重の層を形成していた《メガ・ウォール》の膜が、一枚だけとはいえ、破壊された。


「ほう。かなりの腕前、ですね」


 俺は悠然と息を唸らせながら。

 イリーナは無言のまま、緊張した面持ちで。

 先ほど、攻撃を仕掛けてきた相手へと、目をやった。

 一際大きな樹木の傍に、黒いフードを被った男が立っている。

 面識はない。しかし、相手方がどういった存在であるか、なんとなしに察しが付く。


「貴方は、《魔族》ですね?」


 答えは返ってこなかった。応答の代わりにやってきたのは――

 強烈な殺気を孕んだ、鋭い眼光。


「……アード・メテオール。並びに、イリーナ・リッツ・ド・オールハイド。我が身命を賭し、貴様等をこの場にて釘づける」


 凄絶な覚悟を思わせる、その瞳に対し、俺は穏やかに微笑んだ。

 そして口を開き、言葉を紡ぐ。

 かつて、《魔王》と呼ばれていた頃のように。


「その気概をねじ伏せ、前へと進ませていただく」




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