第七六話 元・《魔王》様、友の危機を知る
「さすがアードねっ! こんなにも大きなイノシシを、素手で捕まえるだなんてっ!」
「ふふ。イリーナさんこそ、なかなかお目にかかれないキノコをこんなにも。さすがの豪運でございますね」
人の足に慣らされた山道にて。
俺とイリーナは木漏れ日を浴びながら、仕留めた獲物を担いで歩いていた。
我が学び舎、ラーヴィル国立魔法学園にも、夏期休暇というものがある。
二〇日間続く長い休み。これを利用して、俺とイリーナは生まれ育った村へと帰郷。
久方ぶりに、普通の村人としての生活を楽しんでいるのだった。
「それにしても。これだけ長い時間、二人きりというのは久しぶりですね、イリーナさん」
夏期休暇の過ごし方は、皆似たようなものだった。
貴族であれ平民であれ、実家に帰って家族と共に過ごす。
特に我々と仲の良いジニーにしても、それは同じこと。
また、帰る場所のないシルフィーについては、「なんか嫌な予感がするから武者修行してくるのだわ!」とか言って旅に出た。
よって俺は久しぶりに、イリーナとの二人きりな時間を過ごしているわけだが……
「なんというか、寂しいものですね。いつもの面々がいらっしゃらないというのは」
「そうね……正直言うと、ちょっぴり寂しい。でも」
「でも?」
「隣にアードが居てくれれば、この程度の寂しさ、へっちゃらだわ!」
本日も我等がイリーナちゃんの笑顔は実に眩しい。
そんな彼女と楽しく会話しながら山道を歩いた末に、俺達は村へと到着した。
「お、アード君おかえりっ!」
「イリーナちゃんも、お疲れさま」
「ちょっと日焼けしたね。しっかりケアしとくんだよ?」
家への道中、村の皆々が気さくに声をかけてくれる。
やはり生まれ故郷というのはいいものだなと、強く実感する瞬間だ。
そして俺達は、メテオールの家へと帰った。
「おう、戻ったか!」
「あらあら~、今日も大量ねぇ~」
「ふふ。山の恵みに感謝といったところかな」
我が父母、ジャックとカーラ。そして、イリーナの父、ヴァイスが迎え入れてくれた。
本日は我が家でお泊まり会である。
メテオールとオールハイドは親同士が実に仲良く、頻繁に我が家へと泊まりにくるのだ。それは俺やイリーナが幼い頃から続いており、ゆえに我々は兄妹のように育ったのである。
「本日はイノシシの肉と希少なキノコをメインとした、山菜料理を振る舞わせていただきます。これより調理を行いますので、皆さん、しばらくお待ちを」
「あたしも手伝うわっ!」
「えっ。イ、イリーナちゃんは、その、オレ等と一緒に駄弁ろうぜ! なっ!?」
「そ、そうねぇ~。お料理はアードちゃんに任せましょう?」
「学園での思い出話を、父に聞かせてくれないかな?」
皆、イリーナの料理スキルを知っているがために、冷や汗を掻いている。
そんな彼等へ、イリーナは頬を膨らませた。
「もうっ! あたしだって成長してるんだからねっ!」
「えぇ。イリーナさんのおっしゃる通りです。皆さん、ご安心ください。今宵は彼女の成長具合を実感していただけるかと」
そしてイノシシの解体し、調理を行う。
シンプルなステーキに、サッパリとした冷製鍋など、多様な料理が食卓に並ぶ。
「さぁ、ご賞味あれ」
皆は顔を見合わせてから、おっかなびっくりといった調子で、一口咀嚼した。その瞬間。
「う、美味いっ!? イリーナちゃんが関わったとは思えねぇ美味さだぜ、こいつはっ!」
「す、すごいわ……! 人間の可能性は無限大なのね……!」
「我が娘にこんなことをいうのも、なんだけど。ねぇイリーナ。君、本当に手伝ったのかい? 手伝ってコレなら……いや、僕もビックリするほどの成長具合だよ」
称賛を浴びたことで、イリーナは大きな胸を張りながら、「ふんす」と鼻息を鳴らす。
「いつまでも料理下手なあたしじゃないわっ! それどころか! 今やあたしは、学園一の料理上手なんだからっ!」
まぁ、間違いではない。その証拠に、イリーナは学園にて、史上最強の料理人一族である男子とクッキングバトルを行い、勝利したこともある。
……それも含めて、学園では色んなことがあったな。
その全てが、良い思い出だ。
「ふふ。やはり学園に送り出して正解だったようだね」
「アードちゃんも、常識を学べたようだしねぇ~」
「ダチもたくさん出来たんだろ? ガキの頃と違って、表情がずっと明るいぜ」
「えぇ。学園の皆さんは実に良い方ばかりです」
自然と、学園に関する話で盛り上がる。
そうした中、ヴァイスがふとした様子で、こんなことを口にした。
「ところで。オリヴィア様はどうだい? やはり、忙しく動き回れているのかな?」
「えぇ。先の一件によって、彼女は国家元首に近いお立場となりましたから。夏期休暇中は、外遊で多忙の毎日を過ごすとおっしゃっていました」
「なんつぅか。色々と大変だよな」
「そうねぇ~。ここ最近、大陸が騒がしいっていうか」
「嵐が来ないと、いいのだけどね」
先の一件……宗教国家・メガトリウムにて発生した騒動が発端となり、今や大陸内は冷戦の如き状態へと陥っている。
我が国、ラーヴィル魔導帝国とその同盟国。
それらに嫌悪を抱く、メガトリウムを始めとした、反ラーヴィル派の国家達。
両者が睨み合い、ギリギリのところで留まっているような状態である。
とはいえ。
「オリヴィア様の働きかけもありますし、それに、政治的にも大戦が発生するようなことはありえません。ちょっとした小競り合いはあるかもしれませんが、それとて川に広がる小さな波紋のようなもの。すぐさま消えてなくなることでしょう」
いずれ大陸内の緊張も晴れる。もしそうならなかったなら、この俺が晴らしてみせる。
そんな気概を顔に出した、その瞬間。
家の中に、呼び鈴の音が鳴り響いた。
「……お客人、ですか」
はて、誰だろう? お隣のメディウスさんが、タダ飯でも食らいに来たのだろうか。
俺はスッと立ち上がり、客人を迎えるべく、玄関へ向かった。
その後ろを当然とばかりに付いてくるイリーナ。
そして、ドアを開けたと同時に、俺達は怪訝な顔となる。
「貴女は、確か……」
あまりにも意外な、来訪者であった。
ドアの前に立つのは、一人の少女。
見目麗しいが、イリーナなどとは違い、強烈な印象があるわけでもない。
地味な美少女といった彼女は、先のメガトリウムにて顔を合わせた……
我が国の特殊隠密機関、《女王の影》に属する人間である。
「えぇっと。すみません、お名前は、なんでしたか?」
「……カルミア」
感情のない顔で、無機質に答える少女、カルミア。
俺は彼女へ、問いを投げた。
「本日は、どのようなご用向きでしょう?」
村にまでわざわざ足を運んできたのだ。およそ、ろくでもない案件に違いない。
俺はある程度、覚悟を決めてはいたのだが。
しかし、それでも。
カルミアの小さな唇が紡いだ答えを聞いた瞬間。
俺と、そしてイリーナは、目を見開かざるを得なかった。
「アサイラス連邦が、我が国に宣戦を布告。つい先日、サルヴァンとスペンサーが治める領地に、侵略行為を仕掛けてきた」