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第七一話 元・《魔王》様と、五大国会議


「……ついに、この日がやって来たか」


 朝の食堂にて、女王ローザが眉根を寄せながら呟いた。

 食事を始めてからある程度過ぎているのだが、彼女の手元にある皿の中は、ほとんど変わっていない。気分が悪いのだろうか。よく見ると顔色がやや青い。


「少しは腹に入れませぬと、この先、持ちませぬぞ」


 宰相ヴァルドルは彼女を慮るような表情をしつつも、あえて厳しい言葉を口にする。


「陛下も重々承知のことでしょうが……会議には列強の首脳陣が一堂に会しまする。そうした場で、今のような弱々しい姿など晒そうものなら」

「わかっておるわ。舐められぬよう、強かな女王を演じてみせる。心配せずともよい」


 ……こうしたやり取りを見ていると、前世での一時を思い出すな。

 俺もまた、周囲の面々に強き王として振る舞うことを求められたものだ。

 けれども、あの当時の俺は少女のような容姿をしており、覇気に欠けていた。皆の期待に応えられぬこともしばしばあって、よく側近やオリヴィアに叱られたものだ。


 もっとも、それは初期の話ではあるが。


 末期の頃には、俺も王としての振るまいが板につくようになった。

 ……皮肉にも、かつて側近達が望んだ姿となったがために、俺は転生を決意したわけだ。


 複雑な思いを抱えつつ、俺は食事を進めていく。

 皿に盛られたそれも、もう残すところ僅か。しかしローザはまだ半分も食べてない。

 やはり彼女の顔色は依然として悪く、食事が喉を通りそうになかった。


 これから始まる会議に、よほどの重圧を感じているのだろうか。その姿はかつての自分を見ているかのようで……ゆえに俺は、自然と助け船を出していた。


「陛下。ご体調が優れないのなら、食事は無理に摂らぬ方が良いかと。大事を前にしての栄養補給は、確かに必要不可欠なものではありますが。現在の体調を考えますと、これ以上は逆効果になるかと」


 ローザとヴァルドルが、こちらへ目を向けてきた。


「平民の分際で恐縮ながら……時には開き直ることも肝要かと存じます。確かに、此度の会議は極めて重大なもの。けれども、国家存続の命運をかけるほどの内容ではありませんあくまでも顔合わせと考え、良い意味で無責任になるべきかと」


 二人は黙して、何も語らない。

 ローザはまだしも、ヴァルドルまでそうした態度をとったことに、俺は首を傾げた。

 てっきり、「卑しき平民如きが不遜なことを抜かすでないわ!」とか言ってくるかと思っていたのだが。

 彼は黙したまま目を瞑り、眉間に皺を寄せるのみだった。

 ローザもまた、テーブルを眺めるのみで、何も言おうとしない。

 どうにも奇妙な反応である。

 少しばかり当惑を感じていると……やがて、ローザが沈黙を破った。


「……イリーナが、心配じゃのう」


 ポツリと、か細い声で呟く。

 ローザの体調不良は会議を控えての重圧だけでなく、イリーナへの不安も原因だったのか。しかしそれに関してはもう、俺がどうこう言えるものじゃない。

 強いて、何か話すとしたなら。


「信じるしかありません。立ち直ってくれることを」

「……あぁ」

「イリーナさんは、強いメンタルの持ち主です。もうそろそろ、顔を出す頃だと――」


 希望的観測に過ぎぬ言葉を、つらつらと並べてていく最中。

 希望、願望が、現実のものとなった。

 ギィ、と食堂のドアが開かれる。

 その先に立っていたのは、我が親友、イリーナであった。


「イリーナさん!」


 思わず、叫んでしまう。

 見たところ、まだまだ本調子といった様子ではないようだが……


「ごめんね、心配かけちゃって。でも、もう大丈夫だから」


 その目には、活力が戻っていた。

 きっとあれから、彼女なりの答えを見出したのだろう。

 親友の復活に、俺は心の底から喜びを覚えた。

 それはどうやら、ローザも同じようで。


「よう来た、よう来た。ほれ、今日の朝餉はイリーナの好物じゃぞ」

「あっ、ホントだ。ふふ、ちょうどこれが食べたかったのよね」


 イリーナの顔を見つめながら、微笑む。

 だが……それでも終ぞ、ローザの体調は優れぬままだった。

 むしろ、悪化したようにも見える。

 このような有様で、会議に臨めるのだろうか?

 ……まぁ、それに関してはどうとでもなろう。

 今はなんといってもイリーナである。

 俺の隣に座った彼女は、こちらに目をやりながら、小さな声で言葉を紡ぎ出した。


「精一杯、生きるわ。彼の分まで。……人間の美しさを、信じて」


 決意に満ちた声に、俺は自然と頬を緩めた。

 そうだ。そうこなくては。

 我が親友の復活を心から祝いながら、俺は食事を口にする。


 冷めつつあったそれが、今は、実に美味だった――


   ◇◆◇


 イリーナが復帰したことで、我々は再び任務を続行することになった。

 彼女が部屋から出なかった場合、ローザの護衛は代役が務める手筈となっていたが……

 これにて万事、元通りというわけだ。


 さて。

 時は確実に進み、それに伴って、ゴウンゴウンと鐘の音が鳴り響く。

 民衆にとっては昼前を指し示す音だが、俺達にはもう一つ、別の意味があった。


 そう、五大国会議の開始である。


 おそらく歴史に名を刻むであろうビッグイベント。

 その舞台はメガトリウム最大の礼拝施設、ヴァル・フェルト大聖堂であった。

 件の大聖堂はメガトリウムの中央近くに設けられた区画、通称・聖教区に存在する。

 大聖堂と呼ばれる建物は世界各地にあるが、ここヴァル・フェルト大聖堂は他のそれとは一味違う。一般的に大聖堂というのは、名が示す通り大型の礼拝施設であって、それ以上でも以下でもない。だが、ヴァル・フェルト大聖堂はその他にも様々な側面を持つ。


 聖教区のおよそ半分近い面積を占める、この広大な建造物は、まさしく宗教国家・メガトリウムの心臓部なのだ。

 世界でも随一とされる大型礼拝堂を中心に、裁判所や国会議事堂といった重要施設のほとんどが立ち並んでいる。

 そんな建造物の一つに、談話用の小型施設があった。

 簡素な造りだが、全ての建物に囲まれるような場所に配置され、付与魔法による徹底的な防御を施しているらしい。


 さらに、周囲は聖堂騎士によって守護されており、間違いが起こることは万一にもないとのこと。


 ……そうした解説を案内役の口から聞かされつつ、我々は件の施設へと入った。

 そのまま通路を進み、ある一室へと誘導される。


「ふぅ。さて、決戦に臨むとしようかの」

「頑張って、ローちゃん!」

「うむ。…………いざ、参る」


 決然とした表情で、ローザがドアノブを回し、扉を開いた。

 室内はかなり広々とした造りとなっていて、中央には大きな円卓が置かれている。

 そこには既に、他国の首脳陣達が肩を並べていた。


「はは。ようやく来やがった。相変わらず、ラーヴィルの連中はウスノロだぜ」


 こちらを見て早々、悪意に満ちた声を出す男。

 種族はドワーフ。外見年齢は六〇そこそこに見えるが、ドワーフ族は実年齢よりも老けて見えるため、実際はもう少し若い。

 彼の名は、バッファ・ゼラノン。

 正式名称は極めて長いため、略称が用いられることがほとんど。

 ラーヴィル魔導帝国のすぐ隣に位置する大国、ゴルディナ共和国の国家主席である。


「おう。わらわは大陸の重役ゆえ、強大な権威に比例して、歩みもまた遅いのじゃ。その点については、バッファよ、そなたが羨ましくてしようがないわ。ド辺境のクソ田舎を仕切る程度の雑魚ゆえ、身が軽いこと軽いこと。わらわも少しは身を軽くしたいのう」

「……そうかよ。だったらその両手足、ブッた斬ってやろうかい? したら望み通り軽くなるだろうよ」


 バチバチと火花を散らせる、ローザとバッファ。

 隣国同士は仲が悪くなりやすい。ラーヴィルとゴルディナも例外ではなく、歴史上、さまざまな理由で衝突してきた。

 教皇による声がけと、《ラーズ・アル・グール》の活発化といった条件が揃わねば、この両国が平和条約を結ぶなど、未来永劫なかったかもしれない。

 ……そうした組み合わせは、他にも一組存在する。


「ほほ。相も変わらず仲がよろしおすなぁ。ラーヴィルはんも、ゴルディナはんも、末永くやっておくんなはれ」


 大陸共通言語を、独特の訛りで喋る女。

 種族はエルフ。年齢は既に七〇を過ぎているとのことだが、長命かつ全盛期の姿を永く維持出来るエルフなだけあって、その外見は妙齢の美女そのものだった。

 彼女の名は、エルジュナ・ヴィハイム。

 ヴィハイム皇国を治めし女帝である。

 糸のように細い目が特徴的な彼女は、手に持った扇子で口元を隠しつつ、対面に座る男へと気をやった。


「ウチ等も両国みたく、仲睦まじい関係を維持したいもんどすなぁ? ゼロス殿?」

「…………ふん」


 水を向けられたのは、獣人族の男。

 壮年の美丈夫といったその容貌は、国家首脳というよりも戦士のそれであった。

 どこかオリヴィアに似た雰囲気を持つこの男は、彼女の親戚筋の一人を祖先に持つとのこと。それゆえか、彼本人は統一教の信徒ではなく、オリヴィア崇拝たる黒狼教の信徒であるらしい。

 その名は、ゼロス・ヴェル・ザイン。

 ヴィハイム皇国の隣国、サフィリア合衆国の大総統である。


「さて、と……そろそろ座らせてもらおうかの」


 適当な椅子に腰を落ち着けるローザ。

 その横に宰相ヴァルドルが座り、両名の背を守るようにして、俺とイリーナが立つ。


「……で。あやつ(、、、)はまだかの」

「はんっ。なんなら抜きで話進めてくれてもいいんだけどな。オイラぁ、奴の顔なんざ見たくもねぇや。ラーヴィルの小娘の方がまんだマシってもんだぜ」

「酷いことおっしゃますなぁ。あの方にも、良きところの一つや二つありますやろに。……まぁ、ウチはひとっつも浮かびまへんけど」

「…………バッファ殿が言われたように、教皇殿が先に参られたなら、彼奴抜きで初めてもよいのではないか」


 皆一様に、不快げな顔をして言い合う。

 仲違いしている国々同士でさえ、意見が合致しているという状況。

 かの国(、、、)の長は大陸の嫌われ者として有名だが……これほどとはな。

 古代でもそうした者はいた。というか、この俺がそうだった。

 ……身を置いた環境は似たようなものではあるが、さて、かの者は当時の俺と同じ革命者か、あるいは……噂に聞く、気の触れた蛮族の王か。

 それを確認する瞬間が、前触れなく訪れた。


「よ~いしょっ、と」


 通路にて、何者かの声が生じたかと思いきや。

 前後して、小規模な爆発音が轟いた。

 我々の視線が、一斉に、ドアの方へと向けられる。

 部屋の出入り口たるそこには今、大穴が穿たれていて――

 モクモクと立ちこめた煙の中、一人の男が場違いなほど明るい声を放つ。


「やぁ皆! 驚いた? 驚いたでしょ? うっふふふふ! これぞまさにサプライズ!」


 両手をバタバタとさせて、煙のベールを掻き消しながら、室内へと足を踏み入れる。

 その横に、人類全種族の美女達を、侍らせながら。


「……相変わらずじゃの」

「あぁ、マジでウゼぇ」

「お元気そうでなによりやわぁ。……早う天に召されりゃえぇのに」

「…………チッ」


 各国の首脳陣だけでなく、その側近や護衛に至るまで、全ての人間が敵意を向ける。

 けれども……注目を浴びた当人は、どこ吹く風といった調子で、ニヤニヤと笑っていた。

 年齢は三〇後半とのことだが、容姿も言動も大人のそれではない。


 種族はオーク……だが、エルフとのハーフらしい。

 濃緑色の肌を持つが牙はなく、顔立ちは一般的なオークよりも中性的で、整っている。

 彼の名は、ドレッド・ベン・ハー。

 無数の蛮族国家を一つにまとめ上げた男。

 アサイラス連邦の盟主である。


「いやぁ~、遅れてゴメンゴメン! ちょ~っともよおしちゃったもんだからさ! ほら、こういう大事な会議って、心身共にスッキリさせて挑みたいじゃん? 皆、僕の気持ち、わかってくれるよねぇ~? うっふふふふふふ!」


 幼い喋り方や、無邪気に見えて邪気満載といったところは、どこかヴェーダに似ている。

 しかし……あのマッドサイエンティストのド変態が真性のそれであるのに対し、このドレッドという男は……さて、どうだろうな。

 頭のおかしい人間を演じているようにも見えるし、真実、気の触れた暴君にも見える。

 ……品定めするこちらの視線に、彼は気付いたらしく、ギョロリとした目をこちらに向けてきた。


「おや? おやおやおや? そこの美少年君はひょっとして、噂のアード・メテオール君じゃないかな?」

「……左様にございます」

「あぁ、やっぱり! 君の武勇伝はこっちにも伝わってきてるよ!」

「……それはどうも」

「やっぱ君ほどになると、すっごくモテるんだろうなぁ~。なんせすっごく優秀だし? 見た目も最高だし? 生まれもいいんだよねぇぇぇ? そんな君からしたら、僕が連れてる性奴隷(こいつら)なんか、ゴミクズみたいなもんだろ? ねぇ? 質も量も足りないだろ? ねぇ? ねぇねぇねぇねぇねぇぇぇぇぇ?」


 一方的に、次から次へと喋り倒しながら、ドレッドは頭をグルグル回す。

 グルグルグルグルグルグルグル……

 白目を剥きながら、グルグルグルグルと。

 そんな、あまりにも気味の悪い姿に、場の面々全てが嫌悪感を露わにする。

 反して、俺は冷静なまま、目前の男を推し測った。

 狂人か。あるいは、それに見せかけた――


「あ~~~~~~。ムッカつくなぁ、その目ぇぇぇ。もういいや、潰してやろっと」


 刹那。

 ドレッドが無造作に右手を突き出して来る。

 その行為が示すのは。


「おい、冗談だろっ!?」


 バッファが目を見開くと同時に。

 ドレッドの攻撃魔法が、放たれた。

 彼の手先にて魔法陣が顕現。一拍の間を置いた後、そこから巨大な火球が飛ぶ。


「やれやれ、過激な方ですね」


 目前の男と、焦燥する周囲の面々に肩を竦めながら、俺は防御魔法を発動した。

 半透明の防壁が我々を覆い、守る。

 ドレッドが放った火球が着弾し、爆裂してなお、我が防壁は傷一つ付いてはいない。


「おぉ、やるねぇ。上級防御魔法を無詠唱で使うなんて」


 本当は下級の魔法なのだが、訂正することもあるまい。

 モクモクと煙が立ちこめる中、ドレッドに向き合う。

 彼はまだやる気十分といった調子で、この場がどういったものか、まるでわきまえていない様子だった。


「それじゃあ、次はもうちょっと本気で――」


 と、喋る最中。

 ドレッドに対し、四カ国の首脳が怒気を放つ。


「おい、いい加減にしろよ、てめぇ……!」

「ほんま、これやから、蛮族は好きになれんわぁ」

「大人しく席につけぬなら、こちらにも考えがあるぞ」

「…………斬られたくば、好きにするがいい」


 バッファが大槌を担ぎ、エルジュナが杖を握り締め、ローザとゼロスが宝剣を抜き放つ。

 そうした彼等を守るように、護衛達が皆を取り囲んだ。

 四カ国の首脳全員の敵意を前にして、しかし、ドレッドは意に介したふうもなく、グルグルと首を回す。


「えぇ~? 皆、アード君の肩を持つんだぁぁぁ? ふぅ~ん、じゃあ――」


 ドレッドは、その口元を深い笑みの形に歪め、


「どいつもこいつも、死ねばいいんじゃないかなぁ?」


 宣戦布告も同然の言葉を吐きながら、新たに魔法を放とうとする――

 が、その寸前で。


「そこまでにしてもらおう」


 厳かな声が場に響くと同時に――

 室温が、一気に低下した。

 無論、それは錯覚である。

 来訪者たる男が放った殺気にあてられ、場に立つ全ての人間が、動きを止めた。

 ドレッドとて、例外ではない。


「あ~あ、時間切れかぁぁぁ」


 残念そうに唇を尖らせながら、彼は来訪者を見やる。

 教皇、ライザー・ベルフェニックス。

 正装姿の彼が放つ圧倒的なプレッシャーに、俺以外の面々全てが冷や汗を流した。

 皆、ライザーの次なる発言を黙して待つ。

 そうした注目を受けて、奴は嘆息すると共に、言葉を紡ぎ出した。


「……遅れて申し訳ないのである。我輩がもう少し早く到着しておれば、こうした騒ぎにはなっていなかっただろう」


 話しつつ、室内を歩き、そして。

 上座に腰を下ろしながら、言った。


「全て水に流し……早速、会議を始めるのである」


 納得いくか、いかぬかはもう、関係がない。この男が場を仕切り始めた以上、もはや反論のしようがなかった。

 それほどに、教皇という立場は、伝説の使徒という立場は、絶対的なものだった。

 バッファ、エルジュナ、ローザ、ゼロス。四カ国の首脳陣が、渋々といった様子で矛を収め、席に座る。

 ドレッドもまた先ほどとは打って変わり、上機嫌な様子で口笛を吹きつつ、適当な椅子に座った。

 そうしてから、こちらを見やると、


「君の名前と顔は、しっかりと胸に刻んだよ。その代わり……僕の名前と顔を、刻み付けてくれると嬉しいな」


 にんまりと、ドレッドは気持ちの悪い笑みを、顔全体に貼り付けた。

 そこに宿るのは、友愛にあらず。

 むしろ……強い殺気。

 お前はいつか必ず殺すと、表情だけで宣言してきたのだ。


「……やれやれ」


 どの時代においても、こういうのが一人はいるものだ。

 古代でもこうやって、喧嘩を売ってきた馬鹿は大量にいる。

 ゆえに俺は、ドレッドに関しては特に、どうとも思わなかった。

 それよりも今は会議である。

 いったい、いかな顛末を見せるのか。

 俺は注意深く、その様相を観察するのだった――


   ◇◆◇


 騒乱と共に開幕した五大国会議だが、その進行は極めて穏やかなもので……

 いつの間にやら、終わっていた。

 いやまったく、どうということもない会議であった。

 まず最初に、条約文の確認が行われたのだが、至極まともな内容であったため、どこからもツッコミは入らず……その後もなんというか、定型分のやり取りといった有様。


《ラーズ・アル・グール》の動向を警戒しましょうね。

 そうですね。

 条約破ったらダメですよ。

 そうですね。


 ……こんな感じのやり取りがおよそ数時間続いた末に。

 昼の到来を示す鐘が、ゴウンゴウンと鳴り響く。


「ふぅ。では、これにて会議を終了するのである」


 なんとも、拍子抜けするような顛末であった。


「……なんか、思ってたのと違う」


 どこか釈然としなさそうなイリーナに、俺は首肯を返した。

 まぁ、大きな問題もなく、無事に終わってよかったといったところだろうか。

 ……いや、正確にはまだ、終わっていないのだが。


「さて。事前に伝えておいたとおり、これから中央広場にて式典を行うのである」


 そう、俺達の任務はこれを完遂してようやっと、終わりを迎えるのだ。

 最後の大詰めを行うべく、俺達は席を立ち、部屋を出た。

 そして、ぞろぞろと並びつつ、移動する。

 その最中。


「…………アード・メテオール。そして、イリーナ・リッツ・ド・オールハイド」


 俺達に、声をかける者が一人。

 護衛役の男達に囲まれた、サフィリア合衆国大総統、ゼロスその人である。


「な、ななな、なんでございますかしらっ!?」


 他国の重鎮と話すことはあまりなかったからか、イリーナがしどろもどろに受け応える。

 そんな彼女とこちらの顔を、無表情のまま見据えながら、ゼロスは静かに口を開いた。


「…………オリヴィア様に、よろしく伝えておいてくれ。当方は貴女様の味方であると」


 どこか意味深な発言。

 しかし、その真意を問う前に、彼はさっさと向こうへ行ってしまった。


「な、なんだったのかしら?」

「……さぁ。とりあえず、オリヴィア様にはそのままお伝えいたしましょう」


 以降、絡んでくるような者はおらず、我々は大聖堂を抜けて広場へと向かう。

 やや距離があるのと、安全面を考慮した結果、国ごとに馬車へ乗り込んで移動することになった。

 我等がラーヴィル組はまず、最初にイリーナ、続いてヴァルドル、そして俺、最後にローザという順に乗り込む。

 ……なんとも、おかしな順番だ。普通、最初に王が乗り込むものだが。

 そんなふうに疑問を覚えつつ、車内に入ろうとした、その寸前。


「……アードよ、よく聞いてくりゃれ」


 ローザがこちらの袖を掴み、耳元へ口を寄せ、囁きかけてきた。


「……ここに来た初日の夜、わらわが述べたこと、覚えておろうな?」

「……何事があろうとも、イリーナさんを守れと、そうおっしゃっていましたね」


 なぜ、今ここで、それを聞くのか。

 そう問い尋ねる前に。


「よいか。ゆめゆめ、約束を違えるでないぞ。そなたが守るべきはイリーナじゃ。わらわのことなど無視してかまわぬ。イリーナだけを守れ」


 そこまで言うと、彼女は強制的に話を打ち切って、俺を車内へと押し込んだ。


 ……状況は間違いなく、終わりへと向かいつつある。

 全てが平和的に進むことを祈りながら。

 そして。

 自らの未来予想(、、、、)が、外れてくれることを祈りながら。

 俺は、馬車の扉を、閉じるのだった。




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