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第八話 元・《魔王》様の魔法レッスン PART1

 その後。

 俺はジニーに無詠唱の方法を教えるなどして、彼女の強化に努めたのだが……

 いずれも失敗。まともな成果は上げられなかった。


「……やっぱり、私は無能女、なんですね」


 酷く落ち込んだ様子のジニーを前にして、俺は腕を組み、首を捻った。

 ここで慰めの言葉をかけたところで、むしろ惨めな思いを抱かせるだけだし……

 貴女には凄まじい才能があります、という事実を述べたところで、信じはしないだろう。


 ジニーは自らのことを無能と卑下するが、そんなことはない。そもそもサキュバスが無能であるわけがないのだ。

 前世の時代からサキュバスは希少な人種であり、高い魔法の素養を持つ者ばかりだった。ジニーもご多分に漏れず、高い素養を有している。


 ならばなぜ、こうも指導の効果が得られないのかと言えば、それはひとえに精神の有様が原因である。


 魔法の効力や習得には精神状態が大きく関わってくるのだ。

 強い自信を抱くなどして、リラックスした状態であれば効力や吸収力は段違いに高くなる。その反面、極度の緊張状態に陥ったりすると力を全く発揮できなくなったりする。


 ……できれば教えたくなかったんだが、ジニーに自信をつけさせるためだ。仕方ない。


 俺は一つ嘆息してから、


「諦めてはいけませんよ。お教えできることはまだありますから。それは……イリーナさん、貴女にも教えていない技術です」


 そう述べた途端、二人の目が光った。イリーナは好奇心を、ジニーは希望の光を瞳に宿す。そして、俺がとある技術を教えようとした直前。


「ちょうどいいときに現れましたね。あのブラック・ウルフを相手に実践しましょうか」


 言うが早いか、俺は目前のブラック・ウルフに対し行動を開始した。迫り来る黒い犬っころを見据えながら、指を虚空に走らせる。と――

 次の瞬間、ブラック・ウルフの周辺が爆発した。


 加減もバッチリ。ちゃんと皮を剥げる状態で、絶命へと至らせることができた。


「……えっ? あの……えっ?」

「ア、アード。あ、あんた、今、何をしたの?」


 目をまん丸にしながら見つめてくる二人に、俺は人差し指を立てながら答えた。


「崩したルーン言語による簡易魔法陣を空中に投影し、スピーディーに魔法を発動する技術。私は個人的に、これを《崩字魔法(スクリプト・マジック)》と呼んでいます」

「ス、《崩字魔法(スクリプト・マジック)》……!?」

「そ、そんなの、聞いたことも見たこともないわよ……!?」

「それはそうでしょう。何せ私が作ったものですから」

「「ええええええええええっ!?」」


 二人が同時に声を上げた。


「ど、独自の魔法概念を作っちゃったんですかぁっ!? そ、そんなことができるのは、だ、《魔王》様ぐらいなものですよぉっ!?」

「ふ、ふふんっ! こ、ここ、これがアードよっ! おそれいったかしらっ!」


 珍しいな。イリーナちゃんが本気でビックリしてる。大抵のことには驚かなくなったのに。

 ……だから、教えたくなかったのだ。この技術が常識外れだという自覚はあった。それを晒したなら、あとあと必ず面倒なことになるということも承知の上だ。


 それでも、ジニーには自信を持ってもらいたい。地獄から抜け出してもらいたい。

 かつてオリヴィアが俺にしてくれたように、俺も、ジニーを助けてやりたいのだ。


「ア、アード君は本当に凄い人、ですね……で、でも、さっきの《崩字魔法(スクリプト・マジック)》は、やっぱりアード君みたいに才能のある人にしか――」

「いいえ? 誰にでも使えますよ? 何せ、それをテーマに作った魔法概念、ですので」

「えっ」

「前述しました通り、《崩字魔法(スクリプト・マジック)》は崩したルーン言語をもとに簡単な魔法陣を構築することで発動する魔法です。そのため、陣を描ければ誰でも扱えます」

「す、すごい……けど、あれだけ強力だと、やっぱり魔力消費量が――」

「いいえ? 《崩字魔法(スクリプト・マジック)》の魔力消費量はゼロですよ?」

「「ええええええええっ!?」」


 再び、まったく同時に声をあげる二人。息ピッタリだな。


「ま、魔力消費、ゼロって……!」

「い、いったい、どうなってるの?」

「理屈は非常にシンプルですよ。崩したルーン言語による陣の中に、大気中の《魔素》をエネルギー源とする術式を組み込んだだけです。結果として、通常の魔法とは違い、空中に陣を指で投影した時点で魔法が発動するというわけですね」


 半信半疑、といった二人に崩したルーン言語による術式内容を教えてやる。

 それからイリーナがブラック・ウルフを手早く解体。すると、


【ブラック・ウルフの皮 (普通) 価値:五〇 を入手した!】


 現れた半透明な板に、彼女は首を傾げて。


「前から思ってたんだけど、 (普通)ってことは、 (凄い)とかもあるのかしら?」


 それは判然としないが、イリーナちゃんが (可愛い)ということは自明の理である。

 解体後、俺達は先へ進み、再び数体のブラック・ウルフと遭遇。


「彼等に付き合ってもらいましょう。ジニーさん、準備はよろしいですね?」

「は、はいっ!」頷いてから、彼女はすぐさま、空中に指を走らせた。


 刹那、ブラック・ウルフ達が《崩字魔法(スクリプト・マジック)》の爆発に飲まれ、絶命する。


「や、やった……! やった、やったっ! 発動できたよっ! アード君っ!」


 喜びを爆発させたような顔となり、ぴょんぴょん跳ねるジニー。そのたびに桃色の髪がふわりふわりと揺れる。ビッグサイズなおっぱいもドタプンと揺れる、


 ともあれ。狙い通り、少しは自信を持ってくれたみたいだな。


「それにしても。本当に魔力消費量がゼロ、なんですね。こんなの世間に公表したら、世界のパワーバランスが崩れかねないんじゃ……?」

「はは。それはありえません。確かに理論上、《崩字魔法(スクリプト・マジック)》のみを使えば《魔導士》の戦闘継続可能時間は飛躍的に上昇します。しかし、大気中の《魔素》をエネルギー源として発動する、という性質上、小規模な効力の魔法しか発動できません。よって、これはちょっとした牽制技にしかなりえませんよ」


 こうした事情もあり、この技術は誰にも伝えなかったのだ。


「……さて、お二人とも。そろそろブラック・ウルフの解体に移りましょうか」


 頷く二人。イリーナが小走りでブラック・ウルフの死体に駆け寄ると、ナイフを抜き放ち、解体を始める。その手際は先刻同様とても流麗、ではあるのだが。


「もったいないな」


 ……あっ。まずい。無意識のうちに考えが漏れ出てしまった。


「もったいない? どういうこと?」

「えぇっと、それは、その……」


 まずいな、言い訳が思いつかない。……これはもう、仕方ないか。


「お二人とも、私がこれから行う内容については、内密にしてくださいね」


 そう前置いてから、俺は一体の死骸の前で膝をついて、《フレア》を発動した。

 術式を弄り、形状をナイフに似たものへと変更。そうしてから、


「ブラック・ウルフの皮は特殊な剥ぎ方をすると強度が何倍にもなる。見ていてください」


《フレア》で作った炎のナイフを、ブラック・ウルフの体へと突き入れる。


「ブラック・ウルフの皮は熱を与えながら剥ぎ取ることにより、強度が大きく上昇するのです。見た目こそ普通に剥ぎ取ったものと変わりありませんが……」


 剥ぎ取り後、灰色の半透明な板が目前に出現する。


【ブラック・ウルフの皮 (極上) 価値:三〇〇 を入手した!】


 この表記に、イリーナ達が目を丸くして。


「か、価値三〇〇っ!?」

「ていうか、やっぱりあったのね、(普通)以外の表記」


 その後、 (普通)と (極上)、両毛皮の耐久力を比較することになった。

 特殊な剥ぎ方をした皮と、なんの工夫もせず剥いだそれとを並べ、普通の《フレア》を発動。二つの毛皮を焼いてみたところ、


「ふ、普通の皮は消し炭さえ残ってないのに……!」

「ア、アードが剥ぎ取った皮は、なんの損傷もないっ!?」


 二人は目を丸くしながら、至極当然の疑問を口にした。


「い、いったい、どこでこんなことを知ったんですか?」

「ジャックのおじちゃんよね? きっと」

「えぇ。イリーナさんのおっしゃる通りですよ」


 嘘である。本当は《魔王》であった頃、配下の一人が教えてくれたのだ。

 我が配下の経歴はバリエーションに富んでおり、中には冒険者だった奴もいた。

 そいつから素材の剥ぎ取り術について色々と教わったのだ。


「やっぱジャックのおじちゃんは物知りねっ!」

「あのう、ジャックのおじちゃんというのはもしかして……」


 会話しながら、イリーナが皮を拾い上げ、リュックにしまおうとする。

 ダメだ。あんなものを持ち帰ったら、絶対に目立ってしまう。


「お待ちなさい、イリーナさん。それは捨て――」


 言葉の途中。俺達の足元に穴が開いた。

 そして次の瞬間、体重がゼロになり――


 意識が、暗転した。




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