最終日 ポジティブ・グッド・ハザード 後編
「向かう先は城内中枢。急ぎますよ、ヴェーダ様」
「忙しないねぇ。でもそれが楽しい! ゲヒャヒャヒャヒャ!」
二人、肩を並べて城内を行く。
……こうしていると、なんとも懐かしい気分になるな。
古代でも、俺は何度かこうやって、こいつと共に行動したことがある。
まさか現代でも、同じことをするハメになるとはな。
……とはいえ。
あの頃とは少々、事情が異なるが。
もし、想定した内容が正しかったなら、最終的に俺達は――
と、考える最中のことだった。
広々とした通路を進む我々の目前にて、壁面が粉砕される。
そしてモクモクとした煙を伴って現れたのは……
「わぁ~お! 《勇者》ちゃんのおでましだ!」
たなびく白銀の髪。
冷然とした、絶世の美貌。
かつての我が親友にして……《勇者》。
リディアの姿が、そこにあった。
「…………」
一言も発することなく、彼女は片手に握る得物を構えた
聖剣、ヴァルト=ガリギュラス……と瓜二つな模造品である。
それを携えて、リディアを模した《人造生命》が、鋭い踏み込みを見せた。
音を置き去りにするような速さで迫ってくる。
そんな相手に対し、俺は……
やれやれと息を吐いた。
この一件を仕組んだ首謀者は、こうした状況で俺が精神的な脆さを見せるとでも思っていたのだろうか。
だとしたなら、ずいぶんと舐められたものだ。
「…………ッ!」
こちらを刃圏に捉えた《人造生命》が、大上段に構えた剣を振り下ろしてくる。
迫力ある斬撃を、俺は横へ小さく移動し回避すると、すぐさま返礼の一撃を送った。
細い顎へと掌打を叩き込む。脳震盪を起こし、たたらを踏む《人造生命》。
次いで、力が抜けきったその腕を取り、関節を極めてへし折る。
……あぁ、実に弱いな。喧嘩のやり方がまるでわかってない。
本物なら関節を極められる前に、頭突きを浴びせてくるだろう。
こいつはまさしく、ガワだけ似せた贋作だ。
「失礼」
へし折った腕から零れた剣を奪い取ると、
「塵芥へと還りなさい」
遠慮も容赦もなく、リディアを模した《人造生命》を袈裟懸けに両断する。
絶命と同時に、彼女の全身が粒子となって弾け飛んだ。
「……さぁ、移動を再開しましょう」
「ゲヒャヒャヒャヒャ! さっすがアード君! 余裕だねぇ~!」
楽しそうに、嬉しそうに、腹を抱えて笑うヴェーダ。
彼女と共に城内を駆け回る。
二階、三階と進み、やがて最上階へと到達。
それから中心部を目指して進行し……
ある一室に繋がる大扉を開いた。
キャッスル・ミレニオン、形態管理室である。開けた空間の中には、祭壇に似せて造った装置のみが中央に置かれ、それ以外は何もない。
そんな、ひどく無機質な室内には今……一人の先客が佇んでいた。
「やはりキャッスル・ミレニオンの変形は、彼を模した《人造生命》の仕業でしたか」
こちらを静かに見据えるその姿は、俺が言うのもなんだが……あまりにも美しかった。
腰元まで伸びた純白の髪。透き通るような肌。
創造主が気まぐれで創ったとしか思えぬ、完璧な美貌。
道を歩けばそこに花が咲き、三秒も直視すればあまりの美しさに卒倒する。こんなふうに評された容姿を持つ、あの男は……
《魔王》、あるいはヴァルヴァトスと呼ばれていた頃の俺を模した、《人造生命》である。
「……文献によると、キャッスル・ミレニオンは《魔王》様のみコントロールが可能であるとか。ゆえに形態変化もまた、《魔王》様にのみ許された特権。となると、彼を模した《人造生命》が城を操作しているのではと、そう予想していたのですが……」
「見事に的中したようだねぇ。……それで、あの子に勝てるのかな?」
挑むように問いかけてきたヴェーダへ、俺は微笑を返した。
「愚問ですね」
言葉を紡ぐ最中、相手方が右手をこちらへと突き出してくる。
一瞬の間を置いて、奴の手先に魔法陣が顕現。
紅蓮が渦を巻き、蛇龍の姿を形作りながら、こちらへと殺到する。
現代基準で言えば、この魔法は上級よりもさらに上。特級レベルの魔法であろう。
それはこの時代における我が父母、大魔導士のみが扱える等級だ。
ゆえに現代生まれからすれば、規格外の一撃として映るのだろうが。
「これしきの相手であれば、何も問題はありません」
下級の防御魔法、《ウォール》を発動。
魔法陣が我々の目前に顕現し、半透明の壁面を召喚する。
巨大な壁が向かい来る炎龍を阻む。
顎門を開いた紅蓮の怪物は勢いよく防壁へと衝突し……半透明なそれにヒビを入れた。
けれども、そこで限界を迎えたらしい。
炎龍は紅き粒子となって霧散した。
「次は、私の番ですね」
言うや否や、敵方の足下に法陣が浮かび上がった。
相手が本物、あるいはそれに近い力量の持ち主なら、微動だにしないだろう。躱す必要さえ感じないほど惰弱な攻撃とみなすからだ。
目前に立つ《人造生命》も一切合切、身動きをしなかった。
しかしそれは、強者の余裕ゆえではない。
こちらの返礼に反応出来なかっただけだ。
「《ホワイト・パニッシュ》」
魔法名を口にすると同時に、敵方の足下から眩い白光が伸びる。
超高熱を伴うそれは、まるで柱のように天へと向かい、城の天井に風穴を穿った。
自慢の城を傷付けたくはないが、まぁ、これぐらいならすぐに修繕可能である。
そして、城内の風通しをよくしてくれた光柱は、敵の全身を余すことなく消滅させたらしい。粒子さえ掻き消して、その存在を無き者とする。
「ふぅ。所詮、贋作は贋作といったところでしょうか」
小さく息を吐いて、俺は祭壇に似た魔導装置へと近づいた。
これを操作し、我がキャッスル・ミレニオンを元に戻せば、とりあえず一段落となろう。
しかしその前に。
もう一つだけ、心に抱いていた推測が正か否か、確かめておく必要が……
いや。
どうやら、相手の方がこちらに先んじて、証明してくれたようだな。
すぐ背後にて蠢く気配に、俺は肩を竦めつつ、
「やはり、貴女が首謀者でしたか」
後ろを振り向いて、その名を呼んだ。
「ヴェーダ様」
幼い美貌には相変わらず、気味の悪い笑顔が浮かんでいる。
その小柄な体の真上には、闇色の穴がグルグルと渦を巻いており……
「もし、私が装置に触れていたなら、容赦なく攻撃を浴びせるつもりでいましたね?」
「ゲヒャヒャヒャヒャ! 一から一〇までバレてたか! ちょっと悔しい! でも、それ以上に嬉しい! やっぱ遊びはこうでなきゃ!」
「……一応、聞いておきますが。なぜこのようなことを?」
「言わなくてもわかってるだろう? でも、あえて言うなら……ワタシの神の才能と! 君のトンデモパワー! どっちが凄いのか、試してみたかったのさ! そしてそれは! 今もなお進行中っ!」
叫声が室内に響き渡ると同時に。
ヴェーダを中心として、周囲の虚空に闇色の穴が複数開いた。
「君を一目見た瞬間、ワタシの胸は大きくときめいた! 何千年も独りぼっちだったけれど! ようやく! ようやく、遊び相手に巡り会えた、ってね!」
「……ゆえに我々、というか。私に関与してきた、と。初日、二日目は間接的に。そして最終日たる本日は、直接的に」
「そのとぉ~りっ! イリーナちゃん絡みで悄然とする君は、本当に面白かった! 惚れ薬を巡っての戦いに翻弄される君は、まさに爆笑モノだった! もっともっと、君の面白い姿が見たい! 君と思う存分、遊びたいっ!」
ヴェーダの全身から、無邪気な殺意が迸った。
幼子が羽虫の羽や足をむしり取って笑うように。
彼女は純粋無垢な笑顔と共に、襲いかかってくる。
「さぁ! 実験を始めようか!」
宣戦布告が高らかに言い渡された、その矢先。
ヴェーダを取り囲むように開いた闇色の穴から、何かが飛び出してきた。
なんとも形容しがたい。オカリナに取っ手がついたような玩具、といったところか。
それを二挺、両手に握ると……
「まず取り出しますは、人呼んで破壊光線銃っ! なんでもかんでも一発でブッ壊しちゃうゴッド・ウエポンでございま~~~~すっ!」
それらの先端をこちらに向け、取っ手に付いていた引き金を押す。
刹那、珍妙な物体、ヴェーダ曰く破壊光線銃の先端から紅い線が放たれた。
ウネウネと這い回る芋虫のような軌道を描き、こちらへ殺到する二本の光線。
いつもなら、まずは防御魔法で無効化し、様子を見るのだが……
今回の相手は、あのヴェーダである。ゆえに攻撃は全て回避すべきか。下手に受けたらその時点で即死、といった可能性もある。
幸いにも、光線の推進速度はたいしたものじゃない。
横へ跳ねて、悠々と回避――
「スケアリー・モンスター! カァ~ム、ヒアっ!」
着地の寸前、背後にて気配。
直感的に危機を悟った俺は、半ば反射運動の如く防御魔法を展開。
上級防御魔法。その凝縮版といったところか。
黄金に煌めく半透明な膜が、我が全身を包み込む。
前後して――
俺の背後に空いた闇色の穴から、形容しがたい怪物が、その巨大な首を出した。
まるで鉄と筋肉をグチャ混ぜにして、龍頭を形成したような異形。
そのおぞましい口がガバッと開き、蒼穹色の光波を放つ。
寸前に防御魔法を発動していたため、我が身にダメージはない。しかし異形の波動砲を受けて、球体状の防壁は隅々まで亀裂が走り、愛城の中心部に穴が穿たれてしまった。
「キャッスル・ミレニオンをこんなふうにして……! 《魔王》様が見たらどう思われるか……!」
「ゲヒャヒャヒャヒャ! 大丈夫大丈夫! きっと笑って許してくれるよっ!」
誰が許すか馬鹿野郎。
むしろ怒り心頭だ、この変態博士めが。
「先刻、思う存分遊びたいとおっしゃられていましたね……! そちらがその気なら……! えぇ、私も全身全霊を尽くして遊んで差し上げましょう……!」
我が愛城に傷を付けまくったこと、心の底から後悔させてくれる。
怒りに任せて、攻撃魔法を発動。
我が周囲に都合一〇八の法陣が展開。
煌めく幾何学模様の群れを前にして、ヴェーダが笑みを浮かべつつも……
「わぁ~お、こりゃビックリだ」
タラリと冷や汗を流すヴェーダに、俺は全力の攻勢を仕掛けた。
「城を破壊した罪、万死を以て償いなさい」
怒濤の雷撃。
激烈な爆炎。
獰猛たる暴風刃。
壮絶な岩塊群。
次から次へと間断なく放たれる破壊の軍勢に、ヴェーダは回避一辺倒へと追い込まれた。
「あわわわわ! ちょっ! アード君っ! タンマタンマ!」
「いいえ待ちません」
「ワタシの番! ねぇっ! ワタシの番だから! 今ワタシの――」
「貴女にはもう番など回しません。最後までずっと私の番です」
「うぉおおおおおいっ!? あっぶな! もうちょいで死ぬとこだった! ていうかアード君、さっきから流れ弾でお城が壊れまくってるんだけど! もう部屋が拡張されまくって、最上階が一つのフロアになりつつあるんだけど! ヴァル君が見たら怒るんじゃないかなぁっ!?」
「大丈夫です。私が壊す分には問題ありません」
気の抜けるようなやりとりをしつつも、攻勢の手は一切緩めない。
……流石はヴェーダといったところか。コミカルながらも、無駄のない動きで全てを躱しやがる……! おかげで我が愛城はもうボロボロだ……!
本当なら、こんな自殺にも似たことはしたくない。
けれども、これ以外に攻略法がないのもまた事実。
ヴェーダが扱う力は魔法であって魔法ではない。
俺が生まれつき、解析/支配という異能を有するのと同様に、ヴェーダにもまた、生まれ持った異能性がある。
それは、万物の改造。
奴は生まれ持った異能性で以て、あらゆる概念を改造出来るのだ。
その力によって魔法という概念を改造し、わけのわからん未知の力を用いる。
それに加え、自らが開発した魔導兵器を組み合わせ、無限の戦術を組み立てる……というのが、ヴェーダの真骨頂だ。
奴の力には我が異能性たる解析/支配が通用しない。その点だけを見れば相性は最悪だが、しかし、攻略法はある。
それこそが、現在実行中の物量作戦だ。
「ちょいちょいちょぉぉぉぉぉい! もう避けるの飽きましたぁああああああああ!」
「ならば直撃を食らってはいかがでしょう?」
「ゲヒャヒャヒャヒャ! 冗談きついぜ、心の友よぉおおおおおおおおお!」
奴の力は発動するまでのタイムラグがあるのだが、それは一般的な魔法発動よりも僅かに遅い。ゆえにこうして、何十、何百といった魔法を雨あられと打ち込み続ければ、実質完封することが可能である。
わけのわからぬ力も、発動する前に潰してしまえば無意味というわけだ。
また――
「くそくそうっ! こうなったらぁ~! 《固有魔法》を発――」
「させませんよ?」
攻勢をさらに激しくして、詠唱の暇を与えない。
《固有魔法》とは、魂に刻まれし異質の力。もっと別の言い方をすると……生まれ持った異能性を、究極レベルまで引き上げた能力といったところか。
俺の《固有魔法》が解析/支配を極限まで高めたものであるのに対し、奴のそれもまた、万物の改造という異能性を究極の領域へ押し上げたものとなる。
その力は絶大、どころではない。
なんの誇張もナシに、やろうと思えば一瞬で世界が滅ぶ。
この星が、ではない。宇宙全域全てを含めた、世界全てが消し飛ぶような力だ。
とはいえ、それも発動できねば無意味である。
《固有魔法》は、俺もなせかは知らんが、詠唱なしでは発動出来ない。よって詠唱さえ妨害してしまえば、発動を防ぐことが可能だ。
「もぉおおおおおおおおおっ! ずるいよアード君! ワタシにばっか避けさせてっ! 君もたまには無様に踊ってみたらどうかなぁっ!?」
「お断りします。滑稽なダンスは貴女にこそ相応しい」
「むむむのむぅ~~~~~! 性格悪いなぁ、君はっ!」
「貴女にだけは言われたくありませんね」
「えぇ~い! このままじゃ埒があかないっ! そういうわけでっ!」
うろちょろと動き回っていたヴェーダが、ピタリと足を止めた。
「もったいないけど! この体は放棄しまぁ~すっ!」
両手を広げ、激烈な魔法の群れを受け入れるヴェーダ。
城内に巻き起こる破壊の渦に、彼女の全身もまた引き込まれ……
一瞬にして、その華奢な体が消滅した。
普通なら、これで決着、なのだが。
テッテレ~ン♪
我が背後にて、珍妙な音色が響いたかと思うと、
「はい、ふっかぁ~~~~~~つ!」
どこから湧いて出たのか、ヴェーダの元気すぎる声が響いた。
やはりこれしきでは死なぬか。
まぁ、想定の範疇だ。
復活するというのなら、死ぬまで殺してくれるわ。
我が愛城を破壊しまくった罪に対し、地獄で詫びるがいい!
背後を向いて、再び奴へ攻勢をかける……
その直前。
「切り札その二っ! いっきま~すっ!」
元気いっぱいに叫びながら、彼女は左掌で己の胸を叩いた。
次の瞬間。
彼女の胸部に強い煌めきが生じ……続いて、全身が輝き始めた。
「……っ! ヴェーダ様、貴女、まさか!」
「ふははのは~~~~っ! そのまさかだよ、アードくぅんっ!」
笑声を放ちつつも……その額には、脂汗が浮かぶ。
それはまさに、彼女にしか実行出来ぬ自殺行為だった。
「霊体の改造……! そんなことをしたら、貴女は!」
「うん、ぶっちゃけマジでヤバい。でもね、アード君……」
顔に大量の脂汗を流しながらも、ヴェーダは心底楽しいといった調子で笑う。
「君に勝てるなら! なんだっていいのさ! ワタシってば見た目通りの負けず嫌いだからねぇえええええええええっ! ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャっ!」
狂ったように笑いながら、すぐ傍にある魔導装置へと手を掛ける。
不味い。
奴の霊体は今、俺と同質のそれへと変容している。
即ち――
「部外者を排除っ! あ~~~~~んどっ! 強制ちぇ~~~~んじっ!」
奴の行動を妨害しようと動いたが、しかし、手遅れだった。
気付けば俺は、城の外へと弾き出されていた。
雲海の下、己の身を魔法で浮遊させながら、我が愛城を睨む。
「やれやれ、まったく……! 相も変わらず、お前との遊びは刺激的だよ、ヴェーダ……!」
眉間に皺を寄せ、誰にも聞こえぬよう、小声で呟いた。
そんな我が目前にて。
キャッスル・ミレニオンが、戦闘形態へと変化する。
「いえ~~~~~~いっ! ヴァル君の玩具、ゲットだぜぇ~~~~~~いっ! ワタシの才能に不可能はないのだぁ~~~~~~~! きゃっほぉい!」
音響の魔法によるものか、ヴェーダのハイテンションな叫びが、蒼穹の只中に木霊する。
その声に合わせて、城全体が無数のパーツへと分解。
それらはさらに分解、再構築を繰り返し……
やがて、山のように巨大な人型を成していく。
漆黒の全身を黄金の装飾によって煌びやかに彩られし、鋼の巨人。
あれぞまさに、我が人生最高の傑作にして、最強の魔導兵器。
キャッスル・ミレニオン、戦闘形態の姿であった。
「初日に宣言した通り! ぎゃふんと言わせてやるぜ、アード君っ!」
鋼の巨人、その背後にて、超弩級の魔法陣が、まるで光輪の如く展開する。
《メガロ・ソーラ・レイ》。
魔法名が脳内にて浮かび上がった瞬間――
無限にも等しき膨大な光線が、巨大な魔法陣から放たれた。
古代世界において、敵軍の過半数を一撃のもとに抹消してきた魔法。
それをまさか、この身に受ける日が来るとは。
「旅行中、色々と体験学習をしたものだが……これを上回るものはなかったな……!」
現状を皮肉りつつ、俺は天空を駆け巡った。
ふざけた速度で殺到する、膨大な光線の群れ。そのことごとくを時には躱し、時には防御魔法で防ぐ。
……ヴェーダめ、さすがだな。キャッスル・ミレニオンは俺にしかコントロール出来ない思っていたのだが、なかなか見事に使いこなすじゃないか。
とはいえ、さしものヴェーダも我が愛城を制御するので精一杯とみた。
その証拠に、先程からキャッスル・ミレニオンによる魔法攻撃を繰り出すのみで、自らが有する異能性を発揮しては来ない。
もしそれが出来るのであれば、俺は一切の反撃を許されなかっただろう。
「まずは《テンペスト・フレア》あたりから試してみるか」
依然として襲い来る光線を紙一重で躱しつつ、脳内にて術式を構築。
特級攻撃魔法・《テンペスト・フレア》、発動。
鋼の巨人を囲むように、多数の魔法陣が顕現。一拍の間を置いた後、全ての陣が灼熱を噴き放った。
それはまさに、豪炎の嵐。
おおよその物体はこの一撃に耐えうることはなく、きっと消し炭さえ残るまい。
しかし……
「ゲヒャヒャヒャヒャ! やっぱ凄いや、このお城っ! さすがヴァル君の最高傑作っ!」
魔法の発動限界を迎え、灼熱が消え失せる。
キャッスル・ミレニオンは、健在。
その身に変化は微塵もなく、威風堂々とした巨体を誇示し続けている。
むぅ……!
さすが、我が愛城だ……!
正直、現状は深刻な事態なのだが、逆に嬉しくなってきたぞ。
やはり俺の城はマジで凄い。
「よ~~~し、攻撃再開っ!」
またもや、無数の光線を相手取っての逃走劇が展開される。
此度は別の魔法も発動したらしい。
戦闘形態となった我が愛城の膝関節装甲が上下に開かれ……魔法陣が展開。
そこから多数の金輪が放たれた。
《ネガティブ・ハッピー・リング》
拘束用の魔法であり、ひとたびあれに捕まれば、俺とて永遠に身動きが出来なくなる。
我が身を捕捉せんと迫る光線と金輪。
それらに対応しつつ、俺は幾度も反撃を行うのだが……
ことごとくが無駄に終わった。
「ぬぅ……! 追い詰められているというのに……やはり、ちょっと嬉しいぞ……!」
出来た我が子を愛でる、親のような気持ちである。
……とはいえ、このまま敗れてやるわけにもいかん。
こうなればもう仕方がないか。
状況を好転させるには、アレを使うほかあるまい。
俺は切り札を発動すべく、詠唱を始めようとするのだが……それよりも前に。
「どうしたのかなぁ? アードくぅん? もしかして君、もう限界だったりするぅ?」
「……えぇ、そうかもしれませんね」
こちらとしては何も考えることなく、完全適当に言い放った返答、だったのだが。
それがどうやら、ヴェーダの心に予想外な刺さり方をしたらしい。
「……は? おいおい、冗談でしょ?」
ピタリと、攻撃の手が止んだ。
「嘘だよね? こんなぐらいで終わりだなんて、ありえないよね?」
震えた声には、確かな恐怖が宿っている。
……奴がこのような声音を発したのは、初のことではないか。
少なくとも、俺は聞いたことがない。
いったいなぜ、奴は怯えているのか。
眉根を寄せながら困惑していると、
「ようやく……! ようやく、会えたと思ったのにっ……! 君はぁっ!」
今度は怒りを載せた声を放ちながら、攻勢を再開する。
これもまた、初めて聞くものだった。
……思い返してみれば、奴はいつだって笑っていたな。
俺の記憶にあるヴェーダは、常にヘラヘラと、気味の悪い笑みを浮かべていた。
それが奴の本質であり、未来永劫変わるものではないと、そう思っていたが……
どうやら、間違っていたらしい。
「数千年間、本当に寂しかった……! 誰も、ワタシとまともに遊んでくれなくて……!」
奴が浮かべていた、あの不愉快な笑みは。
俺達が、創っていたのだ。
俺やリディアを始めとした、あの時代における数多の怪物達。
それらが彼女の笑顔を保たせていた。けれども、既に怪物のほとんどは消え失せ……
この世界に、ヴェーダという名のバケモノを笑わせてくれる同類は、いなくなってしまったのだろう。
「君を見た瞬間、あの頃に戻れたような気がした! それなのに! 君はまた! ワタシを裏切るのっ!?」
孤独な怪物。
ヴェーダの叫びを聞いていると、そんな言葉が浮かんできた。
……そうか。
ようやっと、気付くことが出来た。
古代世界から常に変わらぬ、奴の本質を。
奴の、孤独を。
「ワタシを……! ワタシを! 独りにしないでよっ!」
涙声で紡がれた、ヴェーダの叫びに。
俺は答えを示すべく、その準備を開始した。
「《《その道に在りしは絶望》》《《それは哀れな男の生き様》》」
我が切り札、《固有魔法》の詠唱を実行する。
その間にも、光線や金輪を始めとした無数の攻撃が飛来するが、それら全てを回避。
そうしつつ、俺はヴェーダの感情に思いを馳せた。
「《《その者は独り》》《《背を追う者はいても》》《《覇道を共に進む者はなし》》」
奴もまた、俺と同じだったのだろう。
世界の理から外れた、異常を極めし怪物。
ゆえに。
「《《誰にも理解されることはなく》》」
ゆえに。
「《《皆、彼のもとから離れていく》》」
ヴェーダはいつだって、独りぼっちだった。
しかし、似たような同類達に出会ったことで……
彼女はようやっと、輩を得たのだろう。
……俺は知らずのうちに、彼女からそれを奪っていたのだ。
自分勝手な、転生という形で。
「《《唯一の友にさえ捨てられて》》《《彼は狂気と孤独の海へと沈んでいく》》」
されどヴェーダよ、安心するといい。
「《《その死に際に安らぎはなく》》《《悲嘆と絶望を抱いて溺れ死ぬ》》」
もう二度と、お前が孤独に陥ることはない。
この俺が、そうはさせぬ。
「《《きっとそれが》》」
今、万感の思いを込めて、最後の一小節を紡ぐ。
「《《孤独なりし王の物語》》……!」
例え、我が人生の本質が孤独であろうとも。
この身が、他者の孤独を消し去れるというのなら。
「思う存分、遊んでやる……!」
己が意思を発露したと同時に、我が右腕を闇色の粒子が覆う。
それらはやがて鎖となって腕部に巻き付き――
最後に、漆黒の大剣を形作った。
「リディア、フェイズ:Ⅱ」
【了解しました、御主人様。勇魔合身、第二形態へ移行します】
迫る光線群。
多数の金輪。
標的を害するべく、我先にと飛来する。
それらを睨む中……我が総身に変化が生じた。
身に纏うそれが闇色の鎧へと変容し、頭髪が白銀へと染まる。
形態変化、完了。
絶対的なパワー感に息を唸らせながら――
「森羅万象の命運、我が手に在り」
向かい来る数々の魔法に対し、黒剣を無造作に払った。
ただ一振り。
それだけの動作で、こちらを仕留めんとやって来た破壊の群が、一瞬にして消失する。
「……ふ、ふふ。ふふふふ」
鋼の巨人。その内部から、ヴェーダの笑い声が放たれた。
「ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! そうだよっ! そうこなくちゃっ!」
心の底から嬉しそうに、彼女は笑い続けた。
そうしながら、再び激しい攻勢を仕掛けてくる。
天蓋を覆い尽くす光線と金輪の群れ。それに加えて、キャッスル・ミレニオンが有する全ての攻撃魔法が、こちらへと飛び交う。
が――
「今の俺には、ことごとくが無力であると知れ」
避けるつもりもない。
防御するつもりもない。
ただ突貫するのみ。
唸り声を上げて迫る死と破壊の権化達。俺はその全てに、真正面からぶつかった。
無数に飛び交う攻撃魔法を、全身に浴びる。が……我が身に傷はなし。
「なにそれヤバいっ! ゲヒャヒャヒャヒャ! こっち来んなっ!」
声をあげると同時に、鋼の巨人を動作させるヴェーダ。
規格外な鉄拳が、猛然とやってくる。
一撃で山をも粉砕せしめるその拳を、俺は悠々と躱し……
巨人の前腕から上腕にかけてを螺旋状に飛び回り、輪切りにしていく。
「うっそぉ!?」
慌てた様子で後退し、距離をとってくる。
……その後も、似たような展開が続いた。
「これならどうだぁ!」
キャッスル・ミレニオンが攻撃を放ち、俺がその全てを完封。
「おぉう! 予想以上のダメージっ!」
返礼の一撃により、鋼の巨人が傷を負う。
ゆっくりとだが確実に、キャッスル・ミレニオンは、崩壊へと向かいつつあった。
ヴェーダは、敗北へと近づきつつあった。
しかしそれでも。
「ゲヒャヒャヒャヒャ! すごいすごぉ~~~~~いっ!」
彼女は笑う。
「楽しいか、ヴェーダ。嬉しいか、ヴェーダ」
俺の口元にもいつの間にか、笑みが宿っていた。
「まったく。しようがない奴だ、お前は」
古代では常に迷惑でしかなかった、ヴェーダとの遊び。
だが、今。
俺は初めて、それを楽しいと思っていた。
まるで、友とじゃれ合っているような気分だった。
しばし互いにそれを味わっていたが……
「あ~~~、もうそろそろ、このお城も限界かなぁ」
キャッスル・ミレニオンは左半身を丸ごと失い、右半身もまた、足をなくしている。
見た目通りの満身創痍。ゆえに、次の一合が最後となろう。
「いよぉ~~~~~しっ! じゃあ、最大最強の必殺技っ! ぶっ放しちゃうぞぉ~~~~~~っと!」
キャッスル・ミレニオンが両手を前に突きだし、掌を合わせて、組む。
次の瞬間、巨人の全身が鳴動を始め……その両掌が、金色に煌めいた。
「アレをやるつもりか。ならば……!」
こちらもまた、大技の発動準備に取りかかる。
「コード:シグマ、レディ」
【了解。《アルティメイタム・ゼロ》、スタンバイ】
我が目前にて、七つの魔法陣が重なるように顕現。
【魔力充填率、三〇%……四〇%……】
七つの魔法陣が、輪転を開始する。
それを機に、ゴウン、ゴウンと、打ち鳴らされる鐘のような音色が響き出す。
「ゲヒャヒャヒャヒャ! 恨みっこなしだぜ、アード君っ!」
相手方の用意が完了したらしい。
両掌を中心に、黄金色の煌めきが全身を覆い尽くしている。
そうした鋼の巨人を前に、こちらもまた、
【充填率一〇〇%。撃てます】
黒剣の切っ先を我が愛城へと向ける。
そして、一息の間を置いて、すぐ。
「《アルティメイタム・ゼロ》、発射ッ!」
「《バイオレント・ブルーム》、放射ッ!」
全く同時に、二つの波動が放たれた。
まるで大瀑布の如き、漆黒と黄金のそれ。
両者が衝突することで、ド外れた衝撃波が世界全域に広がっていく。
眼下にて広がるキングスレイヴの街もその影響を受け、多くの建造物が瓦礫へと変わる。
二つの波動はしばらく破壊の奔流を放ちつつ、拮抗状態を維持していたが。
やがて、均衡が崩れ出す。
闇色の波動、即ち、我が一撃が金色のそれを掻き消しながら進み……
その末に。
「ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! 今回もワタシの負け――」
ヴェーダの声ごと、鋼の巨人を飲み込んだ。
……数秒後。魔法の発動限界を迎えたことで、漆黒の波動が消失。
射線上にて破壊の嵐に晒されたキャッスル・ミレニオンは……
もはや、原型を留めてはいない。
巨人の腹部。管理制御室が存在する部分のみが残り、他は全て失われている。
戦闘続行は不可能。
それを示すように、キャッスル・ミレニオンが崩壊を始め、瓦礫が街中へと降り注ぐ。
「……落ちた場所は、奇しくも城跡、か」
ごっそりと穴が空いたその場所に、人は誰もいない。巻き添えの心配はなかろう。
俺は「ふぅ」と息を吐き、《固有魔法》を解除。
元の姿へ戻ってからすぐ、飛行魔法を制御し、下降する。
そうして、かつての愛城を構成していた残骸の只中へと降り立った。
「ゲヒャヒャヒャ……なかなか、勝てない、ねぇ……」
声が飛んできた方角へと、ゆっくり首を動かす。
「やはり、そうなりましたか」
地べたに転がる、華奢な体。
ヴェーダの全身は今、粒子化が進行し……
その半身が、失われていた。
……霊体改造の代償である。
いくらヴェーダといえど、無茶をしすぎた。
こうなってしまえば、もはや救う手立てはない。
どう足掻いても、ヴェーダは死ぬ。……それは奴自身が、一番理解しているだろう。
しかしそれでも。
「あ~、楽しかった。やっぱり君と遊んでるときが、一番楽しいや」
こちらを向きながら、ヴェーダは笑う。
ヘラヘラと、不気味に、笑う。
「……その表情。ずっと、不愉快に思ってきましたが。今は不思議と、悪い気持ちではありませんね」
こちらの呟きが聞こえたのか、彼女の笑みが一層不快ものとなり、
「あぁ、やっと。本当にやっと。楽しい、だけ、の……人生、が……戻…………」
言葉を紡ぐ最中。
ヴェーダの全身が粒子となって、天へと昇っていく。
やがてそれも消え失せ……
何もかもが、無へと還った。
「……ヴェーダ」
憎らしいほどの晴天を見上げながら、
「遊ぶだけ遊んで、後片付けもなしに逝くとはな」
俺は苦笑を浮かべつつ、呟いた。
「嫌な友人だよ、お前は」