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最終日 ポジティブ・グッド・ハザード 中編

 ヴェーダ主催の発表バトルとやらで悪目立ちした結果、俺はオリヴィアの笑顔という厄介な問題と向き合うハメになった。

 それを乗り越えて以降、修学旅行のスケジュールが進行。

 本日の巡回地を回り終えてから、最後の自由時間を迎える。

 その矢先のことだった。


「やっほ~、皆! 学者神の再登場だよっ!」


 我々の前に、再び奴が現れた。


「はぁ。またおかしな催しを開くのですか?」

「いやいや! 最終日だし、せっかくだから穴場な名所とか、色々と案内してあげようかなって!」


 親切心一〇〇%といったふうに見えるが、実際はどうだかわからない。

 聞くところによれば、初日だけでなく二日目の騒動さえもこいつが原因だという。

 三日目こそ何もしてこなかったが……本日のためになんらかの準備をしていたのやもしれぬ。

 もうこれ以上の面倒ごとはごめんだ。

 イリーナ達も同意見だったらしく、こちらに「上手いこと断って」といった意思を込めた視線を送ってくる。


「……我々ごときにヴェーダ様のご貴重な時間を割いていただくなど、まさに過分な栄誉というもの。ゆえに――」

「遠慮しなくてもいいって! それともアレかな? ワタシをハブにしたいのかな? だったらこっちにも考えがあるんだからっ! ワタシと遊んでくれないなら、皆のヤバい秘密を世界中に暴露してやるっ! 例えばイリーナちゃんが毎日夜中に起きてアード君にしてることとか! ジニーちゃんが授業中にしてることとか! シルフィーちゃんがオリヴィアちゃんのアレを――」

「い、一緒に遊びましょっ! ヴェーダ様っ!」

「あ、あのヴェーダ様とご一緒に歩けるだなんて! これ以上の幸せはありませんわっ!」

「ア、アタシも久しぶりに、ヴェーダと遊びたかったのだわっ!」


 三人が真っ青な顔をしながら、奴に詰め寄った。

 ……いったいどんな秘密だというのだ。

 特にイリーナちゃん。毎夜毎夜、俺に何をしているというのか。


「アード君も、ワタシをハブにしたりしないよねぇ?」

「……えぇ、もちろんにございます、ヴェーダ様」


 俺とて、知られたくない秘密の一つや二つはある。

 そういうわけで。

 我々はヴェーダを加えて、最後の自由時間を過ごすハメになった――


   ◇◆◇


 ――ヴェーダ直々の穴場的名所案内は、意外にもまともなものだった。

 最初に向かったのは飲食店。


「昼前だし、皆お腹空いてるでしょ? 行きつけのお店に案内するよっ!」


 本人曰く、トマトパスタが絶品の隠れた名店だという。

 実際、彼女の言う通り、その店の料理は極めて美味であった。


「いらっしゃいませ、ヴェーダ様」

「おや、コック長じゃないか! 今日も君のトマトパスタは最高だね! ……ところで君、名前なんだっけ?」

「ウェルブでございます」

「そうそう! ウェルブだ、ウェルブ!」


 料理に舌鼓を打ち、空腹を満たした後、ヴェーダは別の場所へと我々を案内した。

 小規模な劇場である。どうやらマイナーな劇団が運営しているようで、短時間の喜劇を日に何本も上演しているようだ。

 ヴェーダが勧めた通り、いずれの作品も面白く、まさに抱腹絶倒の嵐だった。


「相変わらず面白いなぁ、ここの舞台は。特にあの役者……え~っと…………あ~、ダメだ。やっぱり名前が出てこないや」


 そう呟くヴェーダの顔には、喜劇に魅せられたがゆえの笑顔がある。

 けれども、気のせいだろうか。

 ほんの少しだけ、彼女の幼い美貌に、悲哀が宿っているように思えたのは。


 劇場にてさんざん笑った後、ヴェーダはまた、新たな場所へと我々を案内した。

 そこはこれまで巡った穴場、ではなく、かなりの有名どころ。

 ……俺があえて足を運ばぬよう、皆を説得し続けていた場所でもある。


 その名はキングスレイヴ国立博物館。

 五〇〇年近い歴史を持ち、大陸内でも極めて名の知れた施設……といった内容が、出入り口にある看板に記されていた。


 実際のところ、この博物館には古代世界の遺品などが数多く展示されており……

 中でもとりわけ、《魔王》ゆかりの品が多いと言う。


 ……この時代の人間にとっては貴重な歴史資料なのだろうが。

 当人からしてみれば、たまったもんじゃなかった。


「こ、これがかの、《魔王》様が使用されたという歯磨き……!」

「《魔王》様が入った後のお風呂の水……!」

「あら、懐かしいのだわ。このスプーン、《魔王》のお気に入りだったわね」


 ……この博物館を築いた者に、こう言いたい。軽く一〇〇日間は言い続けたい。

 貴様はプライベートという言葉を知らんのか、と。

 俺のアレやらコレやら、多種多様な使用済み品目の数々が並ぶという、まるで悪夢のような空間。

 これが俺一人での観覧であったなら、まだマシだった。

 しかし、ここにはイリーナやジニー、そしてシルフィーとヴェーダがいる。

 ゆえに。


「ぎゃはははは! ま、《魔王》が所持してたエロ本! あいつ、こんな趣味があったのね~! クッソウケるのだわ~!」

「ま、《魔王》様も、えっちな本、読んでたのね……」

「エロエロサキュバスとの熱い一夜……ふふっ、さすが《魔王》様、素晴らしいご趣味ですわぁ~」

「こりゃまた懐かしいね! ワタシが発見したエロ本じゃないか! 見た瞬間引いちゃったなぁ~。ヴァル君って可愛い顔してるけど、内面は変態なんだなって!」


 ……こういうことになるから嫌だったんだよ。ここに来るの。

 なんかもう、いっそ殺してくれ。さっきから胃が痛くてかなわんわ。


「み、皆さん。《魔王》様の配下、ゆかりの品も見に行きませんか?」


 頬をひくつかせながら、強引に皆を引っ張っていく。

 忌々しい《魔王》コーナーから離れ、別の場所へ。

 そこには我が配下達が遺したとされる品々が展示されていた。


「おやおや! これはまた懐かしい名前だねぇ!」


 ガラスケースに入ったそれを見つめながら、ヴェーダが弾んだ声を響かせた。


「知将ロックの遺品……? え~っと、ロックってアンタの弟子だった、アイツ?」

「そうそう! ぶっちゃけ見所ナシの無能だったけど、面白い子だったなぁ~!」


 奴のことなら俺も覚えている。

 ヴェーダが酷評するように、奴は無能であった。

 ただ悪知恵はよく働くし、何より、人を見る目は誰よりも優れていたな。

 その審美眼と口八丁手八丁で人を操り、自分は何もせず他人に全てを押し付け、手柄を横取りするような……まぁ、端的に言えば人間のクズである。


「えっ? 無能? ロック様が?」

「ロック様といえば利便性の父と呼ばれた、天才発明家ではありませんか」


 誰だ、奴をそんなふうに呼んだのは。


「ほら、ここにもロック様の発明品の数々が展示されていますわ~。特にこの、魔導式コンロなど、民衆の生活を一変させたものとして有名で――」


 あれ?

 この魔導式コンロもそうだが……

 奴が開発したという発明品の数々、どこかで覚えが……


 あっ。

 そ、そういえば昔、奴が俺を訪ねてきて、こんなことを聞いてきたな。



『ねぇ陛下~。僕ちゃん歴史に名を残したいんスよ~』

『……なんだ藪から棒に』

『ここ最近、マジで思うんスよねぇ~。陛下達スーパーパネェって。僕ちゃんも陛下達みたく歴史に名前残しちゃったりしたいなぁ~、って。つ~ことで陛下、なんか良さげなプランないっスかぁ~? 例えばそう、すっげぇ発明品のアイディア的なアレとかぁ~』

『はぁ。貴様は阿呆か。そんなものはな、自分自身で見出してこそ価値が――』

『あれあれぇ~? もしかして陛下、なんのアイディも持ってないんスかぁ~? たは~! ウチの王様も所詮、戦闘力だけが取り柄の脳筋だったかぁ~! これじゃあリディア様とおんなじだなぁ~!』

『……おい待て貴様。この俺が、あんなクソ馬鹿野郎と同じだと?』

『今んとこ僕ちゃんの中ではそうなっちゃってるっスねぇ~。でもぉ~、陛下が発明品的なやつのアイディアをドバドバ出してくれれば、僕ちゃんも見直しちゃうだろうなぁ~』

『……いいだろう。まずはそうだな。魔導式コンロなどはどうだろうか』

『おぉ、いいっスねぇ! もっとください! もっと!』

『他には、そうだな。魔導式暖炉とか』

『さっすが陛下! いよっ! 世界一の発明家! やっぱリディア様とは格が違うわ!』

『ふふん。そうだろう、そうだろう。他にも魔導式階段や魔導式印刷などもあるぞ』

『おっ、それいただき!』

『……いただき?』

『こっちの話っスよぉ~。さ、続けて続けて!』



 ……あいつ、俺のアイディアをそっくりそのままパクりやがった。


 脳裏に奴の笑い顔が浮かんでくる。……あの野郎、結局最後まで役立たずだったくせに、ちゃっかり歴史に名を残してやがったのか。


「あれ? どうしたの、アード? なんだか悔しそうな顔してるけど」

「……イリーナさん。私はかつて、敗北が知りたいなどと考えておりましたが。どうやら気付かぬうちに敗北を喫していたようです」


 なんとも複雑な思いを胸に抱いていると、


「あっ! こりゃまた懐かしいねっ! なくしてたと思ってたけど、こんなとこに展示されてたのかぁ~!」


 ヴェーダの嬉しそうな声に、ふと我に返った。

 少し離れた場所ではしゃいでいる彼女のもとへ、皆と共に赴く。


 ガラスケースの中に収められていたのは、一枚の絵画であった。


 古代にてヴェーダが提案し、国内随一の絵師に描かせた……最初で最後の、集合絵。

 俺の横にリディアが並び、その周りを当時の主要メンバーが取り囲む。


 四天王や七文君。

 シルフィーを始めとした、数多くの《勇者》達。


 ……かつての、かけがえのない仲間達の姿が、そこにはあった。


「な、なな、懐かしいのだばぁ~~~~~~~~!」


 久方ぶりに仲間の顔を見たからか、シルフィーが滝のような涙を噴き出した。

 俺の胸中にも少なからず、センチメンタルな思いが芽生えている。

 ……そして意外にも。

 あのヴェーダさえもが、遠い目をしながら、集合絵を見つめていた。


「この頃はよかったな。今思えば……この頃が一番楽しかった」


 彼女の顔に、普段浮かべている、気味の悪い笑みはない。

 幼い美貌に物憂げな表情を宿しながら、ヴェーダはポツポツと語り続けた。


「ワタシがヴァル君の側に付いたのは、思う存分、知的好奇心を満たせるから。それだけだった。当時のワタシはただ、色んな実験が出来ればそれで満足だって。それ以外はどうでもいいことだって。そう思ってた。でも……」


 小さくため息を吐いてから、ヴェーダは瞳を細めた。


「ヴァル君がいなくなってから、ようやく気付いたよ。ワタシは知的好奇心を満たしたかっただけじゃない。自分と同じような……世間からは外れ者とみなされてるような、そんな仲間達と、遊んでいたかったんだ」


 仲間達。

 その言葉が、まさかまさか、ヴェーダの口から発せられるとは。

 俺の中でヴェーダという人間はいつだって、マッドサイエンティストのド変態だった。

 顔を合わせれば否応なしに腹を切り開こうとしてきたり、厄介な実験に無理やり付き合わせてきたりして……他人を実験の道具程度にしか思ってない。

 俺の側に付いているのも、結局は実験のためでしかないと、そう考えていた。

 けれども、どうやらそうではなかったらしい。


「ヴァル君や他の皆と出会うまで、ワタシは独りぼっちだった。でも、そんなことを気にしたことはなかったよ。実験を繰り返して、知的好奇心を満たせれば、それだけでよかったんだ。でも……ヴァル君がいなくなった後、ふと思ったんだよね。寂しいな、って」


 ヴェーダの独白は、イリーナやジニーにしてみれば、どう反応していいのかわからぬような内容だったのだろう。二人はただ困惑するように顔を見合わせるのみ。

 一方で、俺やシルフィーからすれば、奴の言葉はあまりにも意外すぎて……

 さっきから、目を丸くしっぱなしだった。


「ヴァル君がいなくなった後、皆、散り散りになった。オリヴィアちゃんは、こうなったのは全部自分のせいだって言って、放浪の旅に出て……ライザー君も、彼には失望したのである、とかなんとか言って、どっか行っちゃったな。アル君なんかはもう、凄かった。存在意義がヴァル君だけって人だったからね。それがなくなったわけだから……まぁ、廃人も同然になっちゃった。他の皆も似たようなもんで……自分でも意外だったけど、ワタシもなんだか、抜け殻みたいになっちゃったよ」

「抜け殻……? 貴女が……?」


 自然と、問いを投げていた。

 ヴェーダは自嘲するような笑みを浮かべつつ、返事を寄越してくる。


「うん。それでね、ようやく気付いたんだよ。ワタシは心の底から、ヴァル君が好きだったんだなぁって。何せ彼はワタシにとって一番の実験台であり……一番よく遊んでくれた、友達だったんだ」


 友達。

 そう口にしたヴェーダに、俺はますます瞠目せざるを得なかった。

 あのヴェーダがまさか、そんなことを……。

 到底信じられぬ話だが、しかし、彼女の顔は真剣そのものだった。


「ヴァル君が居た頃は、本当に楽しかったなぁ。毎日毎日、ワタシの人生は輝いてた。ワタシと同じ、規格から外れたバケモノ(友達)がたくさん居たからね。でも……今は違う。あの頃と違って、他人の名前を覚えるのが難しくなった。誰も彼もが、ワタシにとっては平凡で。だから……ワタシはまた、独りぼっちに戻っちゃったよ」


 寂寞とした思いが、ヴェーダの瞳に宿る。

 そのさまはまるで……孤独に押し潰された、かつての俺自身のようだった。

 彼女は一息吐いてから、こちらを見やり、


「ねぇ、アード君。今の(、、)人生は、楽しいかい?」


 悲哀を滲ませた笑みを浮かべるヴェーダへ、俺は首肯を返した。


「えぇ。イリーナさんやジニーさん、シルフィーさんにオリヴィア様……皆さんのおかげで、楽しく過ごしています」

「そっか。羨ましいなぁ。ワタシはね、ぜんぜん楽しくないよ。友達がいない人生って、こんなにも楽しくなかったんだね。……それをヴァル君が居た頃に気付けてたら、もう少し、結末は変わってたのかな」

「ヴェーダ様。それならば――」


 我ながら、信じがたい選択だ。

 きっと過去の自分であれば、決して口にしなかった言葉であろう。

 しかし、今のヴェーダには心の底から、こう言ってやりたかった。

 自分達と友達にならないか、と。

 だが……

 その言葉を紡ぐ、直前のことだった。


「まぁ、でも」


 ヴェーダの口元に。

 あの、不気味な笑みが戻ってくる。


「これからの人生は、きっと楽しくなるだろうねぇ」


 歪んだ唇から、含み笑いが漏れ出た瞬間。

 唐突に。なんの前触れもなく。


 爆発音が、我々の耳朶を叩いた。


「~~~~っ!? な、なに今のっ!?」

「少なくとも、博物館の中で発生したものではなさそうですね」

「外に出るのだわっ!」


 一般客が当惑する中、我先にと駆け出したシルフィーを追って、我々も博物館の出入り口へと向かう。

 そうして街の大通りへと出たことで……現状を、把握した。


「ひぃいいいいいいいいっ!?」

「ま、《魔族》だぁあああああああああ! 《魔族》が出たぞぉおおおおおおおお!」


 逃げ惑う民衆。

 彼等の悲鳴に破壊音が混ざる。

 建造物や地面に魔法を放ち、破壊の連鎖を繋げて行く者達。

 それらは皆、半人半獣といった姿をしており、ずいぶんとまぁおぞましい。


「形態変化した《魔族》の群れ、ですか。なんとも唐突なご登場ですね」


 心の中に疑念と怪訝が広がっていく。

 まっこと、不可解な状況であった。

 修学旅行の初日から今に至るまで、俺は常に探知魔法で街全域をサーチし続けていたのだが……《魔族》と思しき魔力反応は、これまで一度も感知していない。


 というかそもそも、《魔族》が暴れているという状況そのものがおかしい。


 聞くところによれば現在、奴等の総数は極めて少なくなっており、無差別な大規模暴動など出来ない状態にあるという。

 そのため奴等が暴れるときは、常になんらかの謀が動いているとのことだが……

 断言してもいい。怪しい動向など一切なかった、と。


「ふむ。色々と匂いますが……とりあえず、騒動を終息させることが最優先ですね」


 呟きつつ、魔法を発動する。

 五大属性の中級攻撃魔法を、敵方の人数分に合わせて同時発動。

 都合、六八の陣が虚空、あるいは相手の足下に顕現し……


 刹那。

 雷撃が。灼熱が。氷柱が。風刃が。岩塊が。

《魔族》達の総身に、殺到する。


 いずれも死なぬよう威力を抑えていた。

 取るに足らぬ命は刈らない。そうした美学ゆえの手加減、だったのだが。


 攻撃魔法が全ての対象に直撃した、その瞬間。

 奴等の全身が総じて、無数の輝く粒子となって飛散する。


「……おや?」

「えっ。ど、どういうこと?」

「ま、《魔族》がいなくなったのは、間違いありませんけど」

「ピカーってなってから、シュバンッて消えちゃったのだわ!?」


 未知の現象に、顎に手を当て、考え込む。

 当然ながら、《魔族》とて死した際には遺骸を残す。先刻のように粒子状となって消えることはない。

 これはよもや……


「《人造生命(ホムンクルス)》! 間違いなく、《人造生命(ホムンクルス)》だよ! さっきの《魔族》達は!」


 俺が辿り着いた答えと同じ内容を、ヴェーダがピョンピョンと跳ねながら口にした。


「ホ、《人造生命(ホムンクルス)》……?」

「そうなりますと、さっきの騒動は……」

「あのハゲ! ノーマンの仕業ってこと!?」


 修学旅行の初日、彼が我々に《人造生命(ホムンクルス)》の研究過程を見せつけてきたことは、まだ記憶に新しい。

 けれどもおそらく、下手人はノーマンではなかろう。


「彼はケイオス理論を基に《人造生命(ホムンクルス)》の研究を行っていました。しかし先刻のそれは別の理論がベースとなっているものと思われます。こう言ってはなんですが……先刻の《人造生命(ホムンクルス)》は、ノーマン氏よりも遙か上の領域に居る者にしか製造出来ないかと。ゆえに彼が犯人という線は薄いと思います」


 ならば誰が下手人か。

 それは――

 と、ある人物に目をやった、次の瞬間。

 再び、破壊音と悲鳴が耳に入る。

 ……どうやら街全域に《魔族》達が現れ、騒乱を起こしているようだ。


「致し方ありません。今は犯人捜しよりも、街の救済に注力いたしましょう」


 皆、同意見だったらしい。反論を口にする者は誰もいなかった。


「では早速――」


 近場にて暴動を起こしている《魔族》達を、鎮圧せんと駆け出す、その直前。


 オォォォォォォン……


 何か、恐ろしい怪物の唸り声のような異音が、周囲一帯に響き渡った。

 それを耳にしてからすぐ、我が全身に冷や汗が浮かぶ。


「この音は、まさか」


 聞き間違いか何かであってくれ。

 そう思いつつ、俺は南方へと目を向けた。

 そして――

 我が双眸に、最悪の光景が飛び込んできた。


「んなぁっ!?」

「ど、どういうこと、ですか……?」

「……ちょっと、マジでヤバすぎるのだわ、これは」


 驚愕で目を丸くするイリーナとジニー。

 現状を理解出来るがゆえに、大量の脂汗を浮かべるシルフィー。

 我々の瞳に映っているモノ、それは。

 遙か遠方にて、地盤ごと天空へ浮かびつつある……

 我が愛城、キャッスル・ミレニオンの姿であった。


「ゲヒャヒャヒャヒャ! ヤッバい! こりゃマジでヤッバいわ! キャッスル・ミレニオンが戦闘形態になっちゃったよ!」

「せ、戦闘形態?」

「ど、どういうことですか、ヴェーダ様」

「うん! キャッスル・ミレニオンはヴァル君が造った最高の芸術品であると同時に! 最強の魔導兵器でもあるのさ! いつもは普通のお城として機能してるんだけど、街の近くや内部で争いが勃発した場合、戦闘形態へと変形っ! 《邪神》さえも滅ぼすトンデモパワーを発揮するんだ!」

「じゃ、《邪神》さえも滅ぼす、って……!」

「そ、そんなものが《魔族》の手に渡ったら……!」

「人類社会は瞬く間に滅亡しちゃうだろうねぇ! ゲヒャヒャヒャヒャ!」

「笑い事じゃないのだわっ!」


 シルフィーの言う通り、全く以て笑えぬ状況ではあるが……

 しかし、決して絶望的というわけでもない。


「以前に読んだ文献が正しければ、キャッスル・ミレニオンは戦闘形態へと移行する際、二つの段階を踏むとか」

「そうそう! 敵に乗っ取られた場合を見越してのセーフティーだろうね! まず第一段階! 今みたく上空へ昇って形態変化をアピール! そっから一定時間が経過して、ようやく変形を開始! それが第二段階!」

「つ、つまり、戦闘形態に変形するまで、まだ時間があるってことね」

「その間に城へ潜入して、変形を止めればいい、と」

「だったら早く行かないとっ! このままじゃ街どころか世界がヤバいのだわっ!」

「えぇ。民間人に関しましては……オリヴィア様や騎士隊などにお任せしましょう。我々は急ぎ、城へ向かわせていただく」


 全員、顔を見合わせて一斉に頷くと、早速行動を開始した。

 全力で疾走し、魔王城へと向かう。


 本当なら転移魔法を用いて、一瞬で城内へと移動したいのだが……

 当然、敵方は手を打っている。

 転移魔法を始めとした、移動系統の魔法を封じる反術式が街全域に展開されているようだ。この状況では転移魔法は使えない。

 一応、反術式を解析すれば使用可能となるのだが……そうする間にタイムオーバーとなろう。


 よって我々は、自らの足で以て目的地へと向かう。


 その道すがら、ついでに《魔族》達を掃討し、民間人の安全を確保していく。

 が……救った感じがしない。

 なぜならば、敵方が民間人を誰も傷付けていないからである。


 実に奇妙な状況だった。

人造生命(ホムンクルス)》達は建造物を破壊するばかりで、人に対しては積極性をみせない。

 時たま逃げ惑う民衆に向けて魔法を放つのだが……そのことごとくが地面を抉るのみ。

 これではまるで、手を抜いた遊びである。


 ……やはりこの一件、俺が睨んだ通りか。


 胸中にてある確信を深めつつ、俺は皆と共に走り続けた。

 その最中。

 我々の目前に、多くの人影が飛来する。

 その姿を見て取ったと同時に、俺は連中が《人造生命(ホムンクルス)》の一群であると理解した。

 なぜならば。


「おやおや、懐かしい顔ぶれだねぇ」


 今は亡き我が配下達。そして、俺が手ずから葬った強敵の数々。

 見紛うはずもない。

 我々の眼前にて佇立する彼等は、古代の英雄達であった。


「ちょ、ちょっと前に古代世界で見かけた顔が、チラホラ居るわね」

「あの方は、リディア様にお仕えしていた元・奴隷の……!」


 脂汗を流すイリーナとジニー。

 だが、シルフィーはというと、


「はんっ! 所詮、偽物は偽物ねっ! 本物に比べたら雑魚も同然なのだわっ!」


 胸を張って断言する。

 そう、彼女の言葉通り、姿形こそ同一だが、力量までは再現できなかったらしい。

 とはいえ……これほどの数になると、足止めは必至か。

 ともすれば、時間切れになってしまうかもしれない。

 ならば、ここは一つ。


「アードっ! ついでにヴェーダっ! アンタ達は先に行くのだわっ! こいつらはアタシ達が片付けるからっ!」


 ……これしか、ないだろうな。


「イリーナさん。ジニーさん。……大丈夫ですか?」


 問いかけに対し、二人は大きな胸を張って、背筋を伸ばしながら応えた。


「と~ぜんよっ! こんな連中、あたし達だけで十分っ!」

「ミス・シルフィーがおっしゃった通り、お二人は先へ。もし第二波が来たなら、そのときはヴェーダ様。アード君をお願いいたしますね?」


 ……どうやら古代での出来事は、二人を大きく成長させたらしいな。

 本当に、心の底から、頼もしいと思う。


「わかりました。行きますよ、ヴェーダ様」

「りょ~かい、りょ~かいっ!」


 俺とヴェーダは同時に跳躍し、集団の頭上を跳び越えんとする。

 それを撃墜せんと身構える敵集団。

 しかし。


「そうはさせないのだわッ! デミス=アルギスッ!」


 聖剣を召喚し、ギュッと握りしめると、途端、激烈な踏み込みを見せるシルフィー。


「あんただけに良い格好はさせないわよっ!」

「援護しますわっ! ミス・シルフィーっ!」


 集団へと火属性の攻撃魔法、《メガ・フレア》を放つイリーナとジニー。

 彼女等の行動により、俺とヴェーダは無事、集団の向こう側へと着地した。


「皆さん、ご武運を……!」


 彼女等の身を案じつつも、俺は皆の力量を信じ、振り返ることなく疾走する。

 それからの道中は、比較的穏やかなものだった。

 今し方のように手強い連中がやってくることもなく……


「跳びますよ、ヴェーダ様」

「いえ~い! れっつ侵入た~いむっ!」


 飛行魔法もまた、反術式によって使用不可となっている。

 ゆえに我々は身体機能強化の魔法で以て膂力を底上げし、全力で跳躍。

 蒼穹の只中にて浮かぶ我が城へと、急接近する。


「ご無礼」


 言うや否や、門に向けて雷撃を放ち、木っ端微塵に破壊する。

 そして我々は、キャッスル・ミレニオンの内部へと侵入した。


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