最終日 ポジティブ・グッド・ハザード 前編
「はいはい、皆さん! よってらっしゃい見てらっしゃい! これから楽しい魔法学の発表会が始まるよ~~~~っ!」
晴天の空の下。
古都キングスグレイヴ、大広場にて。
ヴェーダの明るい声が響き渡った。
……本日は修学旅行、最終日である。
ゆえに奴は朝方、唐突に宿へとやって来て、
「やぁ皆! 学者神だよ! 初日に予告した内容を覚えてるかな? ノーなんとか君がアード君をぎゃふんと言わせる舞台が整ったから、二時間後に大広場へ来てねっ!」
こんなことを一方的に話し、去っていった。
当然だが、俺はオリヴィアに直訴した。修学旅行の予定もありますし、彼女のことは無視しましょう、と。
彼女の返答は次の通りである。
「予定変更だ。スケジュールの全てをキャンセルし、ヴェーダのそれのみに集中する」
「は!? な、なぜ!?」
「なぜもなにも。奴はアレで実に優秀だからな。生徒達にとって良い勉強になるだろう」
「いやいやいや! 生徒一同がスライムとかになったらどうするんですか!? 十分ありえますよ、彼女の茶番に付き合ったら!」
「……なぜ、貴様がそこまで、奴のことを理解しているのだ?」
「えっ。そ、それは……ひ、一目見ればわかります!」
「フン、仮にそうだとしても、わたしの決定に変わりはない。ヴェーダの話に乗らせてもらう。……何か、面白いものが見れそうだしなぁ?」
こいつ……!
間違いない……!
ヴェーダを利用して、俺=《魔王》であるという証を集めるつもりだ……!
……なんとか阻止したかったのだが、しかし、上手く行かず。
結局、俺は皆と共に大広場へ行くハメになった。
そして足を運んで早々、ヴェーダとノーマン、両名の出迎えを受ける。
「やぁ皆! よく来たね! こっちは準備万端だよっ!」
「師匠のサポートを受けて完成した研究物の数々! とくと見せつけてくれるわ!」
指差して宣言する禿頭の老博士に、俺は苦笑を返した。
それから視線をずらし……彼等の背後に控えた、大舞台へと目を向ける。
「一つ、お尋ねしたいのですが。先程申されていた魔法学発表会なる催しは、あの場で行うのですか?」
「その通りだ! 貴様が敗北し、儂の靴を舐める様を民衆に見てもらうためになぁ!」
「……なるほど」
なんと厄介な。
あんな派手過ぎる舞台セットを用意したうえ、元・四天王自らが呼び込みをかければ……必然、観衆は膨大なものとなろう。
実際、我々を囲むように眺めている客の数は、現時点でも極めて多い。
目算だが……千や二千ではなかろう。
こんな民衆の前で力を発揮しては、いったいどうなることか。
「頑張ってね、アードっ!」
「キングスレイヴにもアード君の名を轟かせましょう!」
二人には悪いが、期待を裏切らせてもらう。
これ以上目立とうものなら、きっとろくでもないことになるに違いない。
そう、例えば……
オリヴィアが笑顔になったり、オリヴィアが笑顔になったり、オリヴィアが笑顔になったりする。それだけはなんとしてでも阻止せねば。
「ふむふむ。もうそろそろ、頃合いかな」
隣に立つヴェーダが一つ頷き、こちらを見やった。
「じゃあアード君と、え~……ベルマン君だっけ? 二人とも舞台に立ってちょうだい!」
「ノーマンです師匠。……くくくく、ついにこのときがやって来たわ」
「はぁ。了解しました」
逃げる、という選択肢はない。それを選べば、オリヴィアが笑顔になるだろう。
嘆息しつつ、ノーマンと共に舞台へと上がる。
と、ショーの始まりを察したか、民衆が沸き始めた。
「なんか知らんが、頑張れよ二人共~!」
「ルックスではアード君の圧勝よ~!」
「ようわからんけど、ハゲの応援をするぜ!」
大広場が歓声に包まれる。
それを確認してから、ヴェーダが壇上へと登った。
「はいはい皆~! ワタシだよ~! 今日は来てくれてありがと~!」
「うおおおおおお、ヴェーダ様だああああああああああ!」
「合法ロリ最高ぉおおおおおおおおおおおおお!」
「ただいまより、楽しい楽しい魔法学発表会……というか! 発表バトルを始めちゃいま~~~~~~すっ!」
なんだ発表会バトルって。
「ルールは簡単! まずノーなんとか君が魔法学の発表を行う! で! その発表に対し、アード君が参ったと言えば決着! アード君の敗北が決定する! 逆に発表内容を上回るものを出せばアード君の勝利! これを何度も繰り返して、ノーなんとか君が負けを認めたら試合終了となりま~す!」
……ふむ。
当初はどうなることかと思ったが、どうやら此度の一件、切り抜けるのは容易だな。
何せ、最初の発表時点で負けを認めてしまえばよいのだから。
それも極めて無様な調子で。
そうしたなら、無駄に上がった俺への評価も少しは下がるだろう。
むしろこれは、我が身を取り巻く環境を好転させるチャンスと見た。
「さぁ! 前置きはここまで! 早速やっちゃって~!」
「ふはははは! 行くぞ、アード・メテオールッ!」
勢いよく叫んでから、ノーマンは掌を地面へと向けた。
「見るがいいッ! このドクトル・ノーマンのッ! 天才たる所以をッ!」
そして――奴は、魔法を発動する。
瞬間、巨大な魔法陣が顕現。
そのサイズたるや凄まじく、大広場一帯をカバーするほどだった。
「ほう? これは……」
陣の内容、魔法術式を把握した俺は、無意識のうちに呟きを漏らす。
果たして、ノーマンが発動した魔法とは。
「飛行術式、ですか」
再び呟いた直後。
俺を含め、場に立つ全ての人間が、宙へと浮き上がる。
……およそ、二〇セルチ程度だが。
「う、うおおおおおおおおおおおおおお!?」
「か、体が、浮いてるぅうううううううう!?」
「おいこれって……!」
「ロ、《不可能技術》じゃねぇかッ!」
民衆達の反応に、ノーマンは口元を吊り上げて叫んだ。
「そう! 現代において、飛行魔法は使用不可能とされている! しかしこのドクトル・ノーマンは! 現代魔法学をもとに! 《不可能技術》を再現してみせたのだッ!」
のけぞらんばかりに胸を張って、ノーマンはなおも叫ぶ。
「今はまだ完全とは言えぬが! 近い将来、人々が自由に空を飛ぶ時代がやってくるだろう! この、ドクトル・ノーマンの頭脳によってなぁ!」
高笑いを始めるノーマン。
……まぁ、本音を言えば、奴の発表内容はたいしたものじゃない。ヴェーダがサポートした割りには、少々サプライズ不足といえよう。
これを上回る発表など、まさに朝飯前というやつだ。
けれども、俺はあえて敗北を宣言する。
両膝を地面について、「私の、負けですっ……!」とか、涙ながらに叫ぼう。
よし。心の準備は出来た。学園祭で鍛えた演技力を見せてくれるわ。
俺は意を決して、先程イメージした内容を体現しようとする。
「ふぅ。ドクトル・ノーマン」
続いて、膝から――
崩れ落ちようとした、次の瞬間。
「貴方の発表は出来損ないだ。見るに堪えない」
……あれ?
「な、なんだと、貴様! このドクトル・ノーマンの発表内容が、出来損ないだと!?」
待て待て待て。怒るんじゃない。さっきの発言は何かの間違いだ。
と、そのように弁解したかったのだが。
「えぇ。貴方が考案した術式はゴミ以下だ。こんなもの、三流の仕事ですよ」
なぜだ!?
なぜ、思ってもない言葉が口から出るのだ!?
……ハッ! ま、まさか!
この舞台セット! これが原因か!?
チラと、ヴェーダを見やる。
と、奴は俺の心理を把握したらしい。
にんまりと、唇を笑みに歪ませながら、
「そうそう! 言い忘れてたけどね! その舞台セットはワタシが手がけた、一つの魔動装置なんだ! 嘘偽りをやろうとすると、真逆の行動を取るように出来てるから! わざと負けたりしちゃあダメだよっ!」
こ、こいつううううううううううううう!
なんたる不覚か! 現代の生温い湯に浸かり続けたせいで、警戒心が緩んでいた!
ヴェーダが話に絡んでいるときは、どれだけ慎重に立ち回っても足りないというのに!
「アァァァァド! メテウォォォォォォォルッ! よくも貴様、この天才を侮辱しおったなぁッ! ゴミ以下だのッ! 三流だのとぉおおおおおおおおおおおおッ!」
待て! 待ってくれ! 誤解だ! 俺は負けを認める!
……と、言いたかったのだが。
「事実を述べたまで」
体が、言うことを聞かなかった。
意に反して、俺はキザな笑みを浮かべ、ノーマンを指差しながら、言葉を紡ぐ。
「貴方も知っての通り、魔法学とは術式の発想、構築、実験の三要素が全て。新たな術式を考え、魔法言語で以て構築し、実験することで術式の正否を試す。即ち、いかにコンセプトに応じた、完璧な術式を創り出せるか。これが魔法学におけるテーマといってもよろしい。となると、ドクトル・ノーマン。貴方の術式は穴だらけだ」
「ぬぁぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃぃい!? どう意味だそれはぁッ!?」
「人々が自由に空を飛び交う時代。それを創り出すのが目的であると嘯きながら。たかだが二〇セルチ、人を浮かばせるのが限界の術式を披露するなど、愚の骨頂。ゆえに――」
まずいまずいまずい! やめろ俺! 踏みとどまるんだ、俺!
……あああああああああ! ダメだあああああああああ!
か、体が勝手に動くうううううううううううううううう!
「この私が、新時代を見せて差し上げましょう」
……もう、最悪だ。
俺の体が勝手に魔法を発動する。
それは、完全なる飛行魔法。
広場に集う全ての民衆にそれを使用し――
「うおおおおおおおお!? ちゅ、宙に浮い――――たぁああああああああああああ!?」
全員、超スピードで彼方へと消えていく。
そうして皆を遠隔操作し、ぐるりと大陸を一周させてから、こちらへ戻す。
と――
「やべぇえええええええええええええええ!?」
「な、なんだ今のッ!?」
「凄かった! 風になってた! あと鳥にもなってた! 風と鳥になってた!」
戻ってきた民衆が、てんやわんやの大騒ぎ。
……それを見据えながら、俺は一言。
「ふぅ。皆様、この程度で驚かれるとは。これまで本物に触れたことがなかったのですね」
貴様(俺)は馬鹿か。
何を、格好付けた仕草をしているのだ。
髪を掻き上げながら目を閉じるんじゃない。ふぅ、とかアンニュイな感じにため息を吐くな。気持ちが悪いんだよ、この馬鹿が。
あぁ、もう、いっそ殺せ。殺してくれ。
……心の底からそう思うのだが。
しかし。
「こ、こここ、これで勝ったと思うなよぉおおおおおおおおおッ! まだまだ、発表内容は残ってるんだからなぁああああああああああああああああッ!」
「フフ。私を感服させられますかね? 貴方ごときに」
俺の地獄は、終わらなかった。
「これならどうだ! 誰でも《二重詠唱》を可能とする魔導装具――」
「どれどれ。……はい、これで《八重詠唱》まで可能になりましたよ」
「うっそぉおおおおおおおおおおおおお!?」
やめろ……! やめるんだ俺……!
「くぅッ! な、ならば! 回復魔法を応用した、この術式はどうだッ! 見ろ! 深爪した部分がすぐに――」
「そんなものより、死滅した毛根を蘇らせる魔法はいかがか? ほら、このように」
「うぉおおおおおおおおおおお!? わ、儂の砂漠地帯に、新芽がぁああああああああああああああああああ!?」
誰か……!
誰か、俺を止めてくれっ……!
「く、くそぉっ! こ、こうなればッ! 若返りの魔法だッ! これは超えられまい!」
「やれやれ。貴方にとって若返りとは、ほうれい線を少し見えにくくする程度のものですか? よろしい。本物の若返りというものをお見せしましょう」
「うぉおおおおおおおお!? な、なんだ!? か、体に力がッ! 力が漲るぅうううううううううううううううううう!?」
「はい、鏡をどうぞ」
「……えっ。コレ、儂? えっ、嘘、マジで? めっちゃ若いじゃん。しかもなんか……めっちゃダンディーじゃん」
「ついでに美容整形の魔法もかけておきました」
「なん……だと……!?」
その後。
意識が暴走した俺による、ハチャメチャな発表会が展開し――
そして。
「儂の負けにございますアード様。どうか儂を弟子にしてくださいませ、アード様。どうかどうか。靴を舐めますから弟子にしてください、アード様」
もう完全に別人となったノーマンが、敗北を宣言した。
ていうかほとんど発表会じゃなかった。
ただノーマンの美容整形しただけだった。
「ゲヒャヒャヒャヒャ! さっすがアード君だねっ!」
舞台の下で、客に混ざりながら称賛を送ってくるヴェーダ。
「……これで催しは終わりと思って、よろしいか?」
「そうだねぇ。ノーなんとか君が負けたわけだし、今回は終わりってことでかまわないよ」
少しばかり、拍子抜けだった。奴の性格上、飛び入り参加してきそうだが。
「さ~てと、ワタシはちょっと野暮用があるから抜けるね~! 間ぁ~に合うかなぁ~♪ びっみょうだなぁ~♪ っと」
何やら上機嫌に口ずさみながら、弾むような歩調で離れていく。
……なんだろう。
これから、ヴェーダという名の悪夢が、本領を発揮するのではないか。
そんな気がしてならなかった。
◇◆◇