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第三日目 コミカル・シルフィー・マーチ 後編

 馬鹿が店を離れた後、俺はまず、奴が破壊した店舗を元通りにした。

 店長からは泣きながら礼を言われたのだが……逆に心苦しいわ。

 その後も、シルフィーは行く先々でトラブルを起こし、そのたび、俺は尻ぬぐいに奔走した。


「はぁぁぁぁぁ……なんと言いますか、もうどうでもよくなってきましたよ……」

「お、お疲れさまでした、アード君」

「け、けど、ほら! 尾行の甲斐もあってさ、なんとなくあの子の目的が見えてきたじゃない!」


 イリーナの言う通りではある。

 馬鹿もといシルフィーが足を運んだ先は、ほとんどが地域に根付いた施設だった。

 つまり、彼女は地域活性に協力しようとしているのかもしれない。

 ……違和感はなかった。奴にとってキングスグレイヴは第二の故郷とも言える。そんな街に何か貢献したいと思うのは、特別不思議なことではない。


 だが……もしそうだったなら、大聖堂やコロッセオでの一件はなんだったのだろう?

 ただの気まぐれであろうか?


 と、そう考える最中も、シルフィーは街中を歩き続けた。


 小腹でも空いたのか、露店で蜂蜜パンを大量に購入する。

 そうしてから、彼女は新たな場所へと足を運んだ。

 そこへ入ったことで、我々は先刻の意見に迷いを抱く。

 地域貢献、というのがシルフィーの隠し事……ではないのかもしれん。

 何せ今、奴が入っていった施設は――


 キングスグレイヴにて最大規模を誇る、監獄であった。


 おどろおどろしい外見の施設だが、シルフィーは躊躇うどころか、


「もぐもぐ。蜂蜜パンおいちぃ~のだわ~」


 我が庭を散歩するような気軽さで、足を踏み入れる。

 そんな様子を見守ってから、三度、姿見の魔法を発動。大鏡がシルフィーの動向を映す。

 監獄内へ入ってから、彼女はとある一室へと赴いた。

 そこには窓口が一つ設けられているほか、大量の椅子とテーブルが並べられている。

 座席に着いて談笑しているのは、一般の人間だけではない。囚人も居る。

 どうやら、面会室のようだ。

 シルフィーは蜂蜜パンを食べながら窓口へ行くと、


「もぐもぐ。ダニエルとの面会、許可は下りたのだわ?」


 問い尋ねた彼女に、窓口の男性は難しい顔をしながら応答する。


「いいえ。やはり出来かねると」


 途端に、シルフィーの表情が険しいものへと変わった。


「……なんで?」

「先日お伝えしました通り、奴は凶悪犯であり……数日後に死刑執行を控えた身。何をしでかすやらわかりません」

「問題ないのだわ。何があっても責任は自分で持つから。とにかく、会わせてちょうだい」

「……許可が下りていない以上、それは出来ません」

「なんとか、してちょうだい」


 懇願するが、首を横に振られてしまう。

 シルフィーの幼い顔に、苦渋が浮かぶ。

 そして彼女は、窓口の手すりを叩きながら叫んだ。


「アタシには! アイツに会う権利があるのだわっ!」

「それは、どういったもので?」

「アタシは《激動の勇者》! シルフィー・メルヘヴン! アイツを改心させに来たのだわ! だから早く、会わせてちょうだい!」


 何度も手すりを叩きながら叫ぶシルフィーに、窓口の男は小さく舌打ちする。

 まるで面倒な子供を見るような目を向けながら、彼は言った。


「……いいかな、お嬢ちゃん。君が万一、シルフィー様ご本人だったとしても、あいつを改心させるなんて絶対に無理だ」

「そんなの、わかんないのだわ! アイツだって、根は良い奴に決まってるのだわ!」

「根が善良な人間はね、連続殺人だとか、強姦だとか、そういったことはしないものだよ。根っこからのクズだからこそ、奴は死刑になったのさ」

「そんなことないのだわ! アタシは――」

「あぁもう、わかったわかった。とにかく君の申請は却下だ。永遠に。あまり大人を困らせないでくれないかな?」


 強引に話を打ち切ってくる男に、シルフィーはなおも食らいつく。

 しかし、どう足掻いても自分の意見が通らないことを察したか。


「……絶対、諦めないのだわ」


 そう言いながらも、諦観が胸中に広がっているのだろう。

 シルフィーは肩を落としながら、監獄をあとにするのだった。


   ◇◆◇


 とぼとぼと、覇気のない様子で歩くシルフィー。

 彼女自身、らしくないと考えたのだろうか、ふと立ち止まると、大きく息を吸って、


「ああああああああああああああああああああああああああああッッ!」


 天を見上げながら、思い切り絶叫する。

 そうすることで、少しは気が晴れたらしい。足取りに元気が戻った。

 その後。

 先ほど購入した大量の蜂蜜パンが入った袋を抱えながら、シルフィーは新たな場所へと足を踏み入れる。

 そこは貧民街の一角だった。浮浪者がたむろするその場所には、どこか淀んだ空気が流れている。そんな場所へ足を踏み入れたシルフィーが向かった先には。


「また来てやったのだわ、ジジイ!」

「……フン。物好きな嬢ちゃんだねぇ」


 白い髪、白い髭、白い眉が特徴的な、老齢の男。

 誰ともつるんでおらず、一人地べたに座るその老人の横へ、シルフィーは腰掛けた。


「ほらジジイ。食べ物買って来てやったのだわ」

「蜂蜜パンか。ありがとよ」


 差し出されたそれを手に取って、一口かじりつく老人。


「……なぁ、嬢ちゃんよ。もうこんなとこに来るのはやめな」

「危険だから?」

「そうさ」

「ふふん! 見くびらないでちょうだい! アタシは強いのだわっ!」

「とてもそうは見えねぇな。俺からすりゃ、か弱い娘っ子だぜ。……まったく、お前さんを見てるとよ、なんだか妻のことを思い出しちまうぜ。俺の妻は――」

「蜂蜜パン、食べるのだわ?」

「おう、あんがとよ。でな、俺の妻はよぉ――」

「蜂蜜パン、食べるのだわ?」

「あぁ、すまねぇな。えぇっと。で、なんの話だったかな? あぁ、そうだ。俺の――」

「蜂蜜パン、食べるのだわ?」

「……なぁ嬢ちゃん。お前さん、言わせる気ねぇだろ?」

「あ、バレた?」


 ぺろっと舌を出すシルフィーに、老人は肩を竦めながら、また一口パンをかじった。


「ふぅ……老い先短ぇジジイの昔話だ。付き合ってくれよ」

「ごめんこうむるのだわ。辛気くさい昔話なんて聞きたくない。代わりに……これからどう生きていくか。そういった話なら喜んで聞いてやるのだわ」

「ハッ。これから、どう生きるか、ねぇ」


 くつくつと、喉を鳴らして笑う老人。その声音には、明らかな自嘲が宿っていた。


「まったく、嬢ちゃんと喋ってると退屈しねぇや。初めての感覚だぜ、こいつは」

「……アンタ、もしかしてロリコン?」

「ちげぇよクソガキ。なんか懐かしいんだよ。お前さんと話してるとよぉ」

「ふぅん」

「ま、お前さんみてぇなガキんちょ相手に、懐かしいってのも奇妙な話だがな」


 くつくつと笑ってから、老人は細い目を開き、シルフィーを見た。


「なぁ、嬢ちゃん。俺が元は騎士だって話は、したっけか?」

「うん」

「そっか。へへ。歳は取りたくねぇなぁ。昨日話した内容さえ忘れちまう。……けど、死んでも忘れねぇものもある。それは……誇りと、憧れだ」

「…………」

「なぁ、嬢ちゃんよ。お前さん、シルフィー・メルヘヴンって言ったよな?」

「うん」

「本物の、シルフィー・メルヘヴンだとも、言ってたよな?」

「うん」

「だったらよぉ…………後生だから、この場で俺のこと、殺してくれねぇか?」


 シルフィーは、何も答えなかった。

 一方で、老人はくつくつと笑い、


「俺ぁな、聖書に出てくるシルフィーに憧れて、騎士になったんだよ。だが……結果はこのザマさ。ご立派な騎士様が、今や貧民街の浮浪者だ」

「…………」

「なぁ、嬢ちゃん。もしお前さんが本物ならよぉ、俺の気持ちを汲んでくれや。ド底辺の出来損ないとしての衰弱死なんざ、誇りが許さねぇ。そんな死に様よりも……憧れの人に、斬られて死にてぇよ」


 この願いに、シルフィーは。


「バッカじゃないの」


 スッと立ち上がって、老人を見下ろすと、


「自分を哀れむことしか出来ないような誇りなんて、犬の餌にもなりゃしないのだわ。いい? 誇りってのはね、生きるために必要なものなの。死ぬためのものじゃないわ。少なくとも……アタシとリディー姐さんは、そう思ってる」


 そして、シルフィーはジッと老人の目を見据えながら、言った。


「薄汚くてもいい。みっともなくてもいい。最後まで足掻くのだわ。足掻いて足掻いて足掻き抜いて……その末に死んだなら」


 シルフィーの唇に、笑みが宿る。


「そんときは、アンタの生き様を笑ってやるのだわ。このアタシが。《激動の勇者》が。笑いながら、見送ってやるのだわ」


 貧民街に、太陽の光が射す。

 それに照らされたシルフィーは、まさに……

《勇者》の称号を持つに相応しい、一流の戦士に見えた。


「……へへ。そうかい、そうかい。嬢ちゃんが、笑って見送ってくれるのかい。そりゃいいや。最高の死に様だぜ」

「ふふん! わかったなら、くっだらないこと言ってないで必死こいて生きるのだわ! たまに遊びに来てあげるから!」


 そう述べてから、シルフィーは歩き出した。

 踵を返し、老人に背を向ける。

 途端。

 そのあどけない顔に、悲哀が宿った。

 彼女は決して振り向くことなく、老人へ向けて、ポツリと声を漏らす。

 まるで幼い子供が、懇願するように。


「……長生きしやがれだわ、クソジジイ」


   ◇◆◇


 それから夕暮れになるまで、シルフィーは各地を巡り続けた。

 向かう先はまさしく多種多様。当初は地域活性化を目指しているのだろうかと考えていたのだが、今やそこから完全に逸脱しており……

 最後の最後まで、俺達は奴の意図がわからなかった。


 しかし。

 自由行動の終了ギリギリ。

 時間的に最後となるであろう場所へ足を踏み入れたことで。


 俺達は、シルフィーの真意に気がついた。


 そこは……霊廟である。

 中央に建てられた祈念碑を中心に、無数の墓が並ぶ。


 この霊廟はかつて、俺が造らせたもの。

 リディアを始めとした……《勇者》の軍勢を、祀るための場所だ。


「……来よう来ようとは思ってたけれど。なかなか踏ん切りが付かなかったのよね」


 花束を手に、祈念碑へと足を運びながら、シルフィーがボソリと呟いた。

 そして、彼女は碑石の前に立つと、花を置いて。


「久しぶりだわね、皆。アタシからしたら全然だけど……皆にとっては数千年ぶり、か」


 シルフィーの顔には、微笑が浮かんでいる。

 だが……その表情はどこか、切なかった。


「今でも、夢みたいだわ。いっそ、夢だったらいいんだけどね。……皆のために、修行してきたのにね、外へ出たら数千年経ってただなんて。ホント、悪い夢だったらいいのに」


 ……あぁ、そうか。

 いつもいつも、明るいから。

 俺達は彼女が背負った悲劇を、見落としていた。


 かつて、シルフィーが俺達のもとから離れ、修行の旅に出たのは……

 そう、勇者の軍勢が、ある一戦の末に崩壊した、直後だった。


 生き延びた者達はごく僅か。

 けれども、ごく僅かであっても、確実に。


 生き残りは、居たのだ。

 シルフィーが守りたいと心から願う者達は、居たのだ。


 けれど……そんな彼等は、もう居ない。

 数千年の時を経て、彼等は皆、冥府へと旅立った。

 彼女の姉貴分である、《勇者》・リディアもまた――


 そんな中、シルフィーは独り、生き延びた。

 誰にも別れを言えぬまま。

 独り、生き延びてしまった。


「……ここはさ、アタシにとっても、皆にとっても、第二の故郷みたいなものだから。きっとどこかに、皆の足跡があるって思ってた。だからちょっと、探してみたのだわ」


 そう。

 これまでの奇行は全て。


「皆の子孫に、会いに行った。ほとんどは、面影も何もなかったけど……中にはそっくりな人も居たのだわ」


 かつての仲間達に、なんとか、会いたかったから。

 その存在を、感じたかったから。

 それが、奇行の真相だった。

 ……しかし。


「まぁ、当たり前、だけど。……そこに、皆は居なかったのだわ。所詮、子孫でしかないもの。皆じゃない」


 唇を震わせながら、シルフィーは碑石に触れて、語りかけた。


「ねぇ。皆はあれから、どんなふうに生きたの? どんなふうに、死んでいったの? アタシのことは……覚えててくれたの、かな」


 誰も、何も、答えない。

 この街には、足跡しか残ってはいないのだ。

 かつての仲間はもう、どこにも。

 会いたい者達はもう、どこにも。

 存在しては、いないのだ。


「……どんなときだろうと、笑ってろって。姐さん、いつも言ってたわね。それはアタシ達の中で、合い言葉みたいなものだった。ウジウジしてる奴を見たらとりあえず、背中でもブッ叩いてやれって。アタシ達はずっと、そうしてきた。でも……ここには、アタシの背中を叩いてくれる人は、どこにも居ない。それが正直…………」


 拳を握り締め、唇を震わせる。

 その大きな瞳は涙で濡れ――

 しかし。


「ぜんっぜん! 寂しくなんか、ないのだわっ!」


 シルフィーは決して、涙を流さない。

 むしろ精一杯、笑って見せる。

 そうしながらシルフィーは、言葉を紡ぎ続けた。

 まるで、目前に居る仲間達へ、胸を張るように。


「まだまだ、旧知の友達だっているもの! 例えばオリヴィアとか! ヴェーダは……ちょっと微妙だわね。アルヴァートとライザーは……どこでなにやってんのかしら? まぁ、あいつらはどうだっていいのだわっ! とにかく! 旧知の仲だって居るし……この時代でも、友達が出来た」


 目元を擦ってから、改めて、シルフィーは笑顔となり、


「だからね! アタシ、全然寂しくないのだわ! そっちはアタシが居なくて、毎日寂しいだろうけど! でも、まだまだそっちに行く気はないからっ! この時代の友達は、どいつもこいつも頼りなくて! アタシが居ないと、てんでダメだからねっ!」


 そして。

 シルフィーは、天を見上げ、


「せいぜい、冥府でアタシの活躍を見てるがいいのだわっ! 最後の最後まで、みっともなく生き延びてやるんだからっ! それで、限界以上に生き延びて、笑いながらくたばることができたら、そのときは……」


 仲間達へ、笑いかけた。


「そのときは……アタシの死に様を笑いながら、迎え入れてほしいのだわ」


 言い終えると、シルフィーは瞳を瞑り、祈りを捧げ始めた。

 ……あんな姿を見せられて、突っ立っていられるわけもない。


「シルフィーっ……!」


 イリーナを筆頭に、我々は駆け出した。

 友人であり、妹分でもある彼女に何か、言ってやりたかったから。

 しかし。


 ピッ。


 数歩、霊廟へと足を踏み入れた、その瞬間だった。

 我々の足下から、異音が響き――


 ドガァアアアアアアアアアアンッ!


 ……清々しいほどの爆発が、我々を襲った。

 その直後、シルフィーが弾かれたようにこちらを振り向いて。


「ややっ! 引っかかったわね、《魔族》共っ! この場所はアタシが守……る……?」


 守るも何も。

 貴様のせいで墓の大半が吹っ飛んだわ、馬鹿者が。

 そう怒鳴り込んでやりたかったが、グッと我慢した。

 一方で、シルフィーはこちらを見つめながら、きょとんとした様子で首を傾げ、言った。


「皆、なにしてるのだわ? そんなボロッボロな格好で。あ、もしかしてダメージ・ファッションを試してるの? だとしたら失敗してるのだわ。もうちょっと勉強が必要――」

「「やかましいわぁああああああああああああああああああああッッ!」」

「だわわっ!?」


 同時にシルフィーへと飛びかかる、イリーナとジニー。

 爆発を浴びたせいでアフロになった彼女等は、さんざくた馬鹿の全身を小突き倒し、


「さっきまでの空気を返しなさいよぉおおおおおおおおおおおおッ!」

「感動して損しましたわッ! 私の涙を返してくださいッ!」

「い、意味がわからないのだわぁあああああああああああああ!?」


 ボカスカと煙を立てながら暴れる三人。

 現在進行形で霊廟は破壊され続けているが……

 まぁ、奴等もきっと、笑って済ませるだろう。

 俺は嘆息しつつ空を見上げ。

 心の中で、かつての盟友達へ、言葉を送った。


 あの馬鹿はもう少しだけ、こちらで預かる。

 だから。

 せいぜい、笑いながら見守ってくれ。


 ……すると、俺の中で。

 ドクリと、リディアの魂が高鳴った。


『変わんねぇよな、あいつは』


 彼女がそう言いながら、笑ったように思えて。


「……あぁ」


 俺もまた、笑みを浮かべるのだった――


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