第三日目 コミカル・シルフィー・マーチ 中編
大騒動の連続を乗り越えて。
我々は自由行動の時間を迎えるに至った。
そして……
ここでもやはり、シルフィーは不審な動きを見せる。
「えっと。なんか急用を思い出したのだわっ! だから今日も単独行動させてもらうから! 皆は観光を楽しんでちょうだい! それじゃっ!」
こんなことを述べてから、そそくさと去って行く。
その後ろ姿を見つめつつ、俺達は一様に目を眇めた。
「なんというか」
「あまりにも」
「不審が過ぎますね、最近の彼女は」
正確には、古都キングスグレイヴに来てからの彼女は、である。
ここへ来てからというもの、シルフィーの様子はどうにもおかしい。
騒動を起こすところは相変わらずだが……
大聖堂でのらしくない言動。
コロッセオでの大暴れ。
そして二日連続の単独行動。
これらを始め、彼女はたびたび妙な行動を見せている。
「あの子、なんか企んでるのかしら?」
「それともまさか……また《魔族》に洗脳されてたり、とか?」
「それはないと思いますが。しかし、何かを隠していることは間違いないでしょう」
彼女の不審な行動に、どういった理由があるのか。気にならないわけがない。
そういうわけで。
「「「尾行決定っ!」」」
三人同時に声をあげてから、いそいそと移動を開始した。
やや離れた場所から、シルフィーを監視する。
てくてくと子供らしい歩調を刻みながら、彼女が向かった先は……
「あれって孤児院、かしら?」
「そのよう、ですわね」
見るからに寂れた、ボロボロな建物。
それは古都キングスグレイヴに数カ所点在する、孤児院の一つだった。
シルフィーはその敷地へと入り、ドアノッカーを鳴らす。
しばらくして、人が出てくる。
やせ細った初老の女性。おそらくは孤児院の長であろう。
「また来てやったのだわ! 今日は手土産付きでね!」
「ふふ、いらっしゃい。子供達も喜ぶわ」
施設の中へと入っていく。
「ど、どうしよう?」
「こっそり潜入します?」
「いえ、姿見の魔法を使いましょう」
言うや否や、術式を組んで魔力を流し、発動。
我々の目前に大きな鏡のような物体が現れる。
そこには、施設内を歩くシルフィーの姿が映っていた。
彼女はまず院長と共に子供達のもとへ赴いて、
「あ~! シルフィーだ!」
「シルフィー姉ちゃんだー!」
「あははははは! 今日も元気だわね、皆! 元気なのはいいこと――だばぁっ!?」
わんぱくな子供達に囲まれ、ボコボコにされるシルフィー。仲が良いのか苛められているのか、少々判断に苦しむ場面であった。
それから彼女は子供達との触れ合い楽しんだ末に……
「ちょっとお姉さん、院長と二人で話があるのだわ! しばらく皆だけで遊んでてちょうだい!」
「わかったー!」
「どこがお姉さんだよ、べちゃぱいが」
「あ、今べちゃぱいって言った奴。後でブチ殺すから覚悟しとくのだわ」
皆が部屋から去った後、シルフィーは院長と向き合った。
「なぁに? お話って」
「うん。さっきも言ったけど、手土産があるのだわ」
ポーチの中を漁り、何かを取り出すシルフィー。
それは……
先刻のコロッセオにて、闘士をボッコボコにしたことで得た、ファイトマネーだった。
「これ、全部寄付してやるのだわ」
「まぁ……! こ、こんな大金、どうやって……!?」
「言っとくけど、まともな方法で手に入れたものだから。悪事はしてないのだわ。これは間違いなく、クリーンなお金よ」
……コロッセオをメチャクチャにしたうえ、相手を恫喝して手に入れたカネがクリーンと呼べるのかは疑問だが。
なんにせよ、シルフィーは金貨が入った袋を院長に押し付けて、
「これだけあれば、しばらく安泰でしょ? むしろ食事の質が少しはアップするのだわ!」
「え、えぇ。本当に助かるけれど……シルフィーちゃんは、それでいいの?」
「いいも何も、これ以上の使い道はないのだわっ! 皆の……というか、アンタの笑顔が見られれば、アタシはそれだけで幸せよ」
「シルフィーちゃん……! ありがとうねぇ……!」
「ふふん! また稼いだら来るのだわ! ここを世界一の孤児院にしてやるんだから!」
涙を流す院長の背中をバシバシと叩くと……
シルフィーは「用事がある」と言って、孤児院をあとにした。
◇◆◇
シルフィーの足取りは軽い。
しかし、その足がどこへ向かうのか、我々にはまだ見当もつかなかった。
「えぇっと……うん、ここだわね」
不意に、彼女が立ち止まる。
その目前にあるのは、一件の店舗。看板に記載された名前からして、大衆食堂か。
「お腹でもすいたのかしら?」
イリーナの疑問に答えるように、シルフィーは店内へと入った。
再び、姿見の魔法を発動する。魔力で出来た大鏡に、シルフィーの姿が映り込む。
大勢の客で賑わう中、彼女は席に座ろうとせず、店員に声をかけた。
「ちょっとアンタ! 店長を呼んでほしいのだわっ!」
「はぁ。少々お待ちを」
怪訝そうな顔をしながらも、店員は厨房へと向かう。
ややあってから。
シルフィーの前に、髭が似合うダンディーな男が現れた。
「なんだね? 僕に何か――」
「うわぁあああああああああああああああんっ!」
彼女の行いは、まさに奇行そのものだった。
店長の顔を見た瞬間、シルフィーはなぜだか滝のような涙を流し……
店長の胸へと飛び込んで、抱きついた。
「びぃえええええええええええええええんっ!」
「ちょっ! く、苦しい……! せ、背骨がっ……! 背骨が折れるっ……!」
もう少しで店長に致命的なダメージを与える、という直前。
シルフィーは我に返ったらしい。
「ご、ごめんだわ。ちょっとテンション上がっちゃって」
「テンション上がったら背骨へし折ろうとするの、君!? とんでもないな!? ていうかなんなの!? 僕になんの用だね!?」
「えっと、その……なんか困ってることとか、ない!?」
「あぁ、あるね。目の前に居る君に困らされてるよ」
「う。そ、それは謝るのだわ。他に何かないの?」
「はぁ。他と言えば、見ての通り、お客さんが一杯で困ってるかな」
「……こいつら全員叩き斬ればいいの?」
「そんなわけないだろ!? 人手が足りてないってことだよ! つーか怖いな君! どんな頭してんの!?」
「よしわかった! アタシが手伝ってあげるのだわ!」
当然だが、店長は遠慮し続けた。
しかし、なぜだかシルフィーの熱意は変わらず……
押しに負けた店長はシルフィーを雇用してしまい、その結果。
ドガァアアアアアアアアアアンッ!
まぁ、これである。
なんやかんやあって、店が大爆発。
瓦礫の山となった店舗の中。真っ黒焦げな店長がシルフィーへ一言。
「クビ」
当然の結果であった。
◇◆◇