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第七話 元・《魔王》様、育成を決意する

 その後、オリヴィアの疑惑を晴らすべく必死に動いたのだが……

 ことごとくが裏目に出た結果、奴はドンドン笑顔になっていき、それに伴って「こいつ《魔王》じゃね?」「処す? 処す?」というオーラがガンガン強くなっていった。

 どうしてこうなった。


 それから昼休憩を経て、今、俺は本日最後の授業に臨んでいる。


 舞台は学園の地下ダンジョンだ。

 ダンジョンというのは《魔素》が普遍的な場所よりも遙かに濃密な空間であり、それを媒介として、コアが常時、内部に棲まう魔物が一定数となるよう産み続けている。

 ゆえにダンジョンは恐ろしい場であると共に、貴重な魔物資源の宝庫という側面を持つ。


 そんなダンジョンを攻略し、金銭を稼ぎつつ社会に貢献する者達をダンジョン・シーカーと呼ぶ。

 

 当学園では万能な人材を育成するという教育方針を掲げているため、他の学園とは違い魔法にあまり関係のない知識や技術も学ぶこととなる。

 そのため卒業生の進路は多岐に渡り、中には名うてのダンジョン・シーカーとして活動している者もいるとか。


 さて。地下ダンジョンの景観は見慣れたものであった。


 石造りの床、壁面、天井。それらは一面苔むしており、それが淡い光を放っている。

 空気はひんやりとしていて、そうした冷気が足を踏み入れた者達に緊張を芽生えさせる。


 そんなダンジョンの入り口にて。冷たい空間の只中に、講師の間延びした声が響いた。


「みんな~、リラックスしてね~~~。上層ならなんの問題もないからね~~~」


 緊張感を奪うような声。その外見もホビット族特有のおっとりしたものだが、これでも彼は凄腕の元・冒険者であるとか。


 ……その横にはやはりオリヴィアが立っていて、黒い猫耳と尻尾をピクピク動かしながら、こちらをニコニコ顔で見つめている。

 ブチ壊したい、あの笑顔。


「今回は初授業だし~~、簡単なものにしよっかな~~~」


 まず、俺達は講師に付き従い、彼から魔物の狩り方や解体法などを学んだ。そして、


「じゃ~課題を出すね~。三階層まで潜ってブラック・ウルフを討伐~。皮を剥いで持ってきて~。それの質を僕が判定して~、質に応じて点数を付けるからね~」


 あくびが出るような声を発した後……彼は、心がヒリつくようなことを言った。


「じゃ~、三人組作って~~~。今回の課題はパーティーでやってもらうから~~~」


 言うまでもないが、孤独と共にある人間に対し二人組あるいは三人組作って、という言葉は禁句である。これにまつわるエピソードもまた言うまでもないので、絶対に言わない。


 過去を振り返ることになんの意義があろう。大事なのは過去よりも今。

 そういうわけで。


「アードくんっ! わたしをパーティーに入れてくださいっ!」

「ちょっと! アード様のパーティーメンバーになるのはアタシよ!」


 多くのクラスメイトからお誘いを受けるという現状を楽しもう。


 課題が開始された途端、俺とイリーナの周囲に人だかりができた。

 さぁ、どうしたものかなと困りつつも、嬉しい状況に笑みを浮かべていたのだが……

 不意に、ぽつねんと寂しく立っている少女の姿が目に映った。


 エラルドにいじめられていたサキュバスの美少女、ジニーである。

 彼女は肩まで伸びた桃色の髪を弄りながら、不安げな顔で四方八方に視線を配っていた。


 その様子はまさに、前世で学生生活を送っていた頃の俺とまったく同じ。

 誰からも誘われず、しかし、誘う勇気もない。ゆえに孤立する。


 自らの状況を恥じたか、ジニーの深緑色の瞳が涙で濡れ始めた。

 そんな彼女のことを放っておけるわけもなく、俺は集団から抜け出そうと一歩踏み込む。

 ……その時だった。


「ジニー! あんた、あたし達のパーティーに入んなさいっ!」


 俺よりもいち早く、イリーナが彼女のもとへと近づいて、声をかけていた。

 その声には断固たる意思と、慈愛が宿っていた。それを受けて、ジニーは周囲の生徒達と同様、目を丸くさせていたが、やがて唇を震わせながら言葉を紡ぎ出した。


「わ、私なんかで、いいんですか……?」


 大きな胸の前でギュッと両手を握るジニー。

 不安げな表情の彼女にイリーナは断言した。


「あったり前でしょっ! アードも、異論はないわよねっ!?」


 こちらを見やる彼女に、俺は微笑した。


「えぇ、なんの問題もありませんよ、イリーナさん」


 やはりウチの娘は素晴らしい。優しくて慈愛に満ちあふれていて。

 前世でこの子に出会えていたならと、そう思わざるを得ない。


 ともあれ。俺達はジニーを迎え、探索を開始したのだった。



 迷宮内は肌寒く、露出の多い制服を纏う女子達は多くがフルフルと体を震わせていた。

 しかし、その震えは何も、温度だけが原因ではなかろう。迷宮内部に漂う独特の陰気が原初の恐怖を呼び覚まし、否応なしに体を震わせるのだ。


 俺の隣を行く二人の美少女のうち一人、サキュバスのジニーもまた、大きな胸を押し潰すように腕で上半身を抱き、怯えた目で周囲に視線を配っている。

 大胆に露出した白く柔らかそうな太腿は内股ぎみで……そうした姿を見ているとサキュバス特有の雰囲気が欲望を刺激し、襲いたくなってしまう。無論、襲うわけもないが。


 その一方で、我等がイリーナちゃんはと言えば。


「アードのアーは悪・即・斬のアー♪ アードのドーはド突いて殺すのドー♪」


 さっきから珍妙な歌を口ずさみながら腕を振り、堂々と歩いていた。

 調子外れな歌声に合わせて腕を上下させる度に、豊満な乳房がタプンタプンと揺れる。


 俺とイリーナは村で毎日のようにダンジョンへ足を運んでいたのだ。そのため、この独特な雰囲気に飲まれることはない。


 そんな俺達の前に、早速、件の魔物が現れた。


 体高一メルトにも満たぬ黒い獣、ブラック・ウルフである。

 数は一〇。集団で現れたそれに、ジニーは小さな悲鳴と共に尻餅をついた。

 カタカタと震える彼女を安心させるべく、俺は微笑と共に言葉を紡ぐ。


「大丈夫ですよ、ジニーさん。この程度の魔物、すぐに打ち払ってみせましょう」


 そして俺は指をパチンと鳴らす。次の瞬間、ブラック・ウルフの群れ近くに複数の幾何学模様、魔法陣が出現し、炎を噴射する。

 一〇の魔物が消し炭へと変わるのに、三秒とかからなかった。そして、次の瞬間。


【ブラック・ウルフを倒した!】


 目前に、半透明な灰色の板が現れる。


 ダンジョンは現実世界とは異なる法則を持つ、異界とも言える場所だ。

 この半透明な板もダンジョンを異界たらしめる要素の一つで、魔物を倒したり宝箱からアイテムを入手した時など、さまざまなタイミングで出現する。

 その存在意義などは未だ不明。あまり興味がないので、解明するつもりもない。


「ブ、ブラック・ウルフの群れを、一瞬で……! ア、アード君、凄いです……!」

「ふっふ~ん! この程度で驚いてちゃ、この先アードにはついていけないわよ? なんせアードは、一二歳の時点でエンシェント・ウルフを仕留めてるんだからっ!」

「えええええええっ! あ、あのエンシェント・ウルフを、一二歳でっ!?」


 二人の会話を聞きながらブラック・ウルフの亡骸を見て、俺は腕を組んだ。

 完全に、加減を間違えたな。どの遺骸も炭状になってしまった。

 これでは剥ぎ取りなど不可能だ。手加減とはなんと難しいことか。などと考えていると、


「わ、私、お二人のような凄い方々とパーティーになれて、とても光栄に思います。で、でも……わ、私なんかが、お二人と一緒に歩いても、いいのでしょうか……私なんか、ただ足を引っ張るだけの存在、ですし……」


 ふむ。この子は必要以上に自分を卑下する癖があるようだな。それは多分、幼い頃からエラルドに虐められ続けたからだろう。


 気持ちはよくわかる。俺も幼少期はいじめられっ子だった。

 少女じみた顔だったので女野郎とか言われて毎日ゴミを投げつけられたり、色々あって家族と家を失った後、路上に作った寝床を壊されて「オメーの寝る場所ねぇから」と笑われたり……


 幼少期にそういう経験をすると、卑屈な人格が形成されていくものだ。

 俺は幼馴染みであるオリヴィアのおかげで救われたのだが、ジニーにはそういう相手がいなかったのだろう。

 ……だったら。


「ジニーさん。貴女さえよろしければ、私の魔法指導を受けてみませんか?」

「えっ? ま、魔法の指導、ですか?」

「はい。私はまだまだ未熟者の身ではありますが、ジニーさんがある程度の自信を持てるぐらいの力ならば、授けることができるのではないかと愚考します」


 力を持てば、人は大なり小なり自信を持つものだ。

 俺はジニーを強くして、自信を持ってもらいたいと思った。しかし、


「……強くなんか、なれっこないです」


 俯くジニー。前髪に隠れた瞳は今、卑屈と自虐で揺れているのだろう。

 そんな彼女に、俺はなるだけ力強く断言した。


「いいえ。貴女は強くなれます。というか、私が強くします。必ず」


 この言葉に、ジニーはおずおずと顔を上げて、こちらを見つめると、


「な、なんで、私にそこまで構うんですか……? 私なんか……アード君からしてみれば、路傍の石ころみたいなものでしょ……?」

「ジニーさん。この世界にはね、路傍の石ころなんかどこにもありませんよ。皆、必死にそれぞれの人生を生きる主人公です。貴女だってそうだ。今は輝く方法を知らないだけ。……貴女だって、本当は輝きたいのでしょう? ジニーさん」

「……英雄譚の台詞と、同じ……まるで……」


 ジニーは再び俯くと、よくわからない言葉を呟いた。これはダメか? と一瞬困ったのだが、彼女はすぐに顔をバッと上げて、


「ぜ、ぜひお願いしますっ!」


 その瞳には、過去の己と決別してやろうという気概がある。


 かくして。可哀想なサキュバス美少女を教育することになった。

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