第二日目 ザ・ウーマン・ラッシュアワー! 後編
朝食を終えてすぐ、修学旅行の第二日目が本格的な始まりを見せた。
まずは先日と同様、団体行動。クラス毎に特定の観光地などを巡り、古都キングスグレイヴでの一時を楽しむ。
そうしている間も、ジニーとイリーナの戦いは続いていたのだが。
両者共なんらアクションを起こさず、朝のそれとは打って変わり、静かな立ち回りが続いた。
ジニーもイリーナも、思考に没頭していたのである。
その末に団体行動は終了し、二日目の班行動へと移行。
時刻は昼前。
残り時間は、六時間を切った。
そんなときである。
「あ、ごめんだわ、皆。アタシちょっと野暮用があるから、単独行動させてもらうわね」
何やらシルフィーがいそいそと駆け出し、班から抜けた。
平常時であれば気になる行動だが、今はどうだっていい。
現在、もっとも重要なのは……
朝の出来事、その真相である。
「ではお二人とも、本日はどこへ参りましょうか?」
「アード君にお任せしますわ~」
「アードが行きたいところが、あたしの行きたい場所よっ!」
表向きはいつものように接しつつも、行動は普段のそれと異なっていた。
アードから三歩分、後ろに離れた場所を維持しながら歩くジニー。
これはイリーナも同様であった。朝のようにアードへくっつくことはなく、ジニーの動きを牽制するように見つめてくる。
「あの、お二人とも。別に求めているわけでは全然ないのですが。……どこか、距離感が遠くないですか? いつもと比べて」
「大丈夫です~」
「うん、大丈夫」
「……いや、何が大丈夫なのか、よくわからないのですが」
アードの言葉さえ、今の二人には頭に入っていない。
両者共に、思索の最中であった。
(惚れ薬の効果……少々長いので、H効果と略称しましょう)
(H効果を発動させるには、三種の基本アクションのうちいずれかを行う必要がある)
(アクション一、すきと言わせること)
(アクション二、対象にキスをする)
(アクション三、直接薬を飲ませること)
(アクション一と二は三回条件を満たす必要がある。三は一撃必殺。けれども初動がわかりやすいので、まず一〇〇%阻止されてしまう)
(……ミス・イリーナにポイントが入った際、彼女はどの条件も満たしてはいなかった)
(なら、なぜポイントが入ったのか?)
(それはおそらく……)
ジニーの脳裏に、ヴェーダの言葉が蘇る。
夢から覚める間際、彼女はこう言っていた。
各基本アクションには、隠しルールが存在する、と。
(この隠しルールの条件を、ミス・イリーナは満たしていた。だからポイントが入った)
(問題は、その隠しルールの内容)
当時の状況を思い返す。
イリーナにポインとが入ったのは、アードがスープを口に含んだ、その瞬間だった。
(怪しいのはスープ、そして……スプーン)
(正解はおそらく後者)
(アード君がスープを口にする前、ミス・イリーナは机を派手に叩き続けていた)
(そのときの振動で、アード君のスプーンとミス・イリーナのそれが入れ替わった)
(結果……アード君はミス・イリーナのスプーンを使ったことで、間接キスが成立する)
(きっとそれが、隠しルール)
これについてはイリーナも同じ結論に達しただろう。こちらを睨む目つきが、あからさまに変化した。
(隠しルールに気付いたとしても、同じ発想を相手がしてしまえば、容易に阻止されてしまう。関節キスについては、もう二度と出来ないと考えるべき、かしら)
(……このゲームは心理的な駆け引きや騙し合いがメインだと考えていましたが)
(実のところ、その本質は発想力の勝負)
(隠しルールにいち早く気付き、相手よりも先に実行した者が勝利する)
(駆け引きや騙し合いは、添え物でしかない)
(なんにせよ、ここからはアグレッシブに行かないと……!)
イリーナもまた、同じ考えを抱いたらしい。
観光地へと赴く道中。観光の最中。両時間中、二人は多種多様なアプローチを実行した。
けれども……
「隙ありぃいいいいいいいいいいい!」
「いいえ、隙なしぃいいいいいいい!」
偶然か必然か。
「おっと足が滑っちゃったぁあああああああ! このままじゃアードにキス――」
「あ~! 私も手が滑っちゃいましたぁああああああ! そしてなぜだかミス・イリーナの顔面にクリィィィン・ヒィィット!」
「きゃいんっ!?」
互いに同じ発想を繰り返し、行動を妨害し合う。
結果として、思いついた内容が正解かどうかわからぬまま、時間だけが過ぎていく。
(拮抗状態、ですわね)
次なる観光地へ赴くまでの道すがら、ジニーは爪を噛みながら思索に耽った。
(この勝負、相手が思いもつかない発想が出来なければ、まず確実に妨害が出来てしまう)
(といって、奇想天外な発想が出来たとしても、それが間違いであったなら無意味)
(……考え方を、変える必要がありますわね)
(大事なのは、相手よりも一歩先を行くこと)
(一つの発想以外の全てを捨て駒にする大胆さ……!)
(もはや、賭けに出るほかないッ!)
一瞬にしてプランを構築すると、ジニーは早速、布石を打った。
「あぁっ! 急に目眩がっ!」
わざとらしく宣言し、石畳へと倒れ込む。
が、地面に衝突する直前。
「ジ、ジニーさん!? 大丈夫ですか!?」
咄嗟にアードが動き、彼女の華奢な体を抱きかかえた。
刹那、イリーナの瞳がギラリと光る。
おかしな真似をすればすぐに潰す。そんな意思が眼光に宿っていた。
けれどもジニーは萎縮することなく大胆に、それでいて慎重に行動する。
「だ、大丈夫ですわ~。軽い貧血か何かだと思います~」
言い終えるや否や、顔をイリーナの死角へと移し、アードにしか聞こえぬ声量で呟いた。
「……私……れたら……プ……てください」
「えっ? それはどういう――」
「もう回復しましたわ~! ご心配をおかけして申し訳ございませ~ん!」
スッとアードから離れ、笑顔を作ってみせるジニー。
先刻の行動に対し、イリーナは不審感を抱いているようだが……
おそらく、こちらの意図を見抜いてはいまい。
(布石は打った。あとは、これが活きるかどうか)
祈りを捧げつつ、再び妨害合戦を展開する。
何度となく新たな隠しルールを発想したものの、互いに行動を潰し合い……
依然として、ただの一度さえ行動を完遂出来ていない。
けれども、それはジニーにとって想定通りの展開であった。
(もうそろそろ、先刻打った布石に対する印象が弱くなっているはず)
(動くなら今……!)
ジニーは意を決し、アードへと急接近した。
目的は、キスである。
狙いは唇……ではない。
もっとも面積の広い、胴体を狙う。
(基本アクションNo.2のルールは、相手にキスをすること)
(だだし……どこにキスをするか、指定されてはいない)
(よって、どこにキスしようとも条件は達成される)
(これが隠しルールである可能性は高い……!)
けれども。
極めてシンプルかつ、可能性が高いと思えるがゆえに。
「させるとでも思ったの?」
敵方もまた、高確率で思いつく。
ゆえにイリーナは、ジニーの行動をあっさりと封じてみせた。
接近する彼女へ、風の魔法を叩き込んで吹き飛ばす。
今回のアタックもまた、情け容赦なく潰されてしまった。
そう――
ジニーの思惑通りに。
「イ、イリーナさんっ!? い、いったい何を!?」
「……いやらしい波動を感じたから、つい」
「いやらしい波動ってなんですか!?」
ツッコんですぐ、アードはジニーの身を案じた。
「だ、大丈夫ですか? お怪我は?」
「……いえ。なにも、問題はありませんわ」
微笑しつつ、ジニーはアードへ目をやり……それからすぐ、視線を横へずらした。
「ずいぶんと明るい顔になっておられますわねぇ? ミス・イリーナ」
「えぇ。ちょっとした閃きを得たものでね」
腕を組み、大きな胸を張って仁王立ちするイリーナ。
地べたを這いながら、目を眇めるジニー。
そして。
「あの。なんですか、この空気? なんで見つめ合ってるんですか? 二人とも」
困惑するアードだが、二人は完全に無視を決め込んだ。
「ちょっとした閃きとは、どういうことかしら?」
「あの。質問に答えて――」
「特別に教えてあげるわ! あたしはね、この勝負における必勝法を見つけたのよっ!」
「いや、勝負ってなんですかイリーナさん」
ちょくちょくアードが入ってくるが、二人はやはり無視を貫いた。
「必勝法?」
「そうよ。さっきまで、あたしもあんたと同じ考えだったわ。この勝負は先にH効果を発動させた側が勝者だってね」
「H効果ってなんですか」
「けれど、その考えがそもそもの間違いだった」
「えっと。聞こえてますよね? 私の声、絶対聞こえて――」
「あんたとは違って! あたしには二つ選択肢があったッ!」
無視され続けた結果、とうとうアードが凹み始めたのだが、今の二人には関係なかった。
「二つの選択肢?」
「そうッ! あんたはこっちよりも先にH効果を発動させるという選択肢しか用意されていない反面! あたしには、制限時間まで逃げ切るっていう選択があったッ!」
「……ふぅん。それが、貴女の言う必勝法ですか。なるほど。こちらの行動を妨害することに徹したなら、確かに、H効果を発動させるのは困難になる。制限時間まで妨害が成功したなら、私の思惑を潰すという目的だけは達成されますわねぇ。……しかし」
得意満面に胸を張るイリーナを見つめながら。
ジニーは、クスクスと笑う。
「何がおかしいのよ?」
「ふふ。貴女はご自分が何を言っているのか、まったく理解していない。そこが実におかしくて、ね。……ミス・イリーナ、貴女、実に愚かですわ」
愛らしい顔をむすっとさせるイリーナへ、ジニーは唇を吊り上げた。
「この勝負は貴女が仕掛けたもの。そんな貴女が逃げの一手を打ち、それを必勝法などと呼ぶだなんて。これはまさしく……敗北を認めたに等しい」
途端、イリーナの顔が僅かに紅くなった。
明確な怒気を孕んだその表情に、ジニーの笑みはますます深くなる。
「ミス・イリーナ。貴女はこの拮抗状態の中、心のどこかで私には勝てないと考えた。だから、逃げることを選択した。勝負をふっかけておいて、勝ち目が薄いと見るや逃げに転ずるだなんて。ふふっ、ずいぶんとまぁ~情けない御方だこと」
悠然と笑うジニーに、イリーナは紅い頬を歪ませたが……なんとか怒りを抑え込んだらしい。腕を組み、勝ち誇ったように背筋を伸ばしながら、彼女は叫んだ。
「あんたがなんと言おうが! あたしの勝利が揺らぐことはない! 残念だったわねぇ、ジニー! あんたは決して、あたしに勝つことは出来ないのよっ! あははははははは!」
高笑いするイリーナ。
彼女の中では、もはや勝敗は決しているのだろう。
このまま逃げ切れると、確信しているのだろう。
「その考えが間違っていることを、今から証明して見せますわ」
唇を半月状に歪ませながら、ジニーはアードへと目を向けた。
「すみません。起こしてくださいませんか?」
「……やっと無視が解けたんですね? そうなんですね?」
凹んでいたアードの瞳に、輝きが戻る。
一方で、イリーナは怪訝な表情となった。
こちらの意図が読めないのだろう。何をしてくるのか、警戒しているのだろう。
だが、その瞳には依然として自信が漲っている。こちらがどんな行動をとったとしても、絶対に防いでみせるという、自信が。
けれども――イリーナは最後まで気が付かなかった。
「さぁ、アード君。こちらへいらしてくださいな。ちょっと前に、お伝えした通」
行動するのは、ジニーじゃない。
行動するのは――
アード・メテオールだ。
手招きするジニーへと、彼は近づいていく。
羽毛の如く軽やかに。
跳ねるような足取りで。
そう、その歩行はまさに。
「スキップ…………ハッ! ま、まさか!?」
気付いたようだが、もう遅い。
ジニーのもとへアードが到着すると同時に。
【アクションの達成が認められました!】
【ジニーに一ポイント贈呈!】
目論見通り、ポイントが入った。
瞬間、イリーナは目を見開いて、膝から地面へと崩れ落ちる。
「そ、そんな……! そんなことって……!」
「え。ど、どうされたのですか、イリーナさん?」
「おほほほほ。ざまぁないですねぇ。ミス・イリーナ」
「あれ? 私なしでも立てたんですか?」
「あんた……! 最初からこれを……!」
「いえいえ。思いついたのはちょっと前です。付け加えるなら、確信もなかった。完全なギャンブルでしたわ」
「……また無視ですか。そうですか」
再びアードがいじけ出したが、やはりどうだってよかった。
ジニーは悠然とした笑みを湛えつつ、言葉を繰り出す。
「すきが入った単語を言わせるだけでなく、すきが入った行動をさせる。私は隠しルールの一つがそれではないかと予想した。繰り返しますけれど、当然、実行するまでは正解か否かわからない。今回はたまたま当たったわけですが……しかし、私が正解を引き当てたこと自体は、特別どうということではないのですよ。大事なのは、そう……思いついた行動を実行することが出来た。これが何を意味するのか、貴女にはわかりますか?」
問いかけに対し、イリーナは「くっ!」と歯噛みする。
そうした態度に、ジニーはますます笑みを深めた。
「このゲームは、どちらかがディフェンスに徹した場合、どうやっても拮抗状態となる……というのは、ただの思い込み。実際は違う。知力を駆使したなら相手を出し抜くことが出来る。少なくとも、貴女と私の勝負においてはね。今回手に入ったポイントはそれを証明するものであり、もう一つ、現実を突きつけるものでもある。即ち――」
ジニーは敵を指差しながら、断言した。
「このゲームに必勝法など存在しない。おわかりになって? ミス・イリーナ」
これを受けて、相手方は唸ることしかできなかった。
このゲームは、敵の行動だけを読めば完封できるようなものではない。時には対象となるアードの動きさえも読み取らねばならない。
ジニーならばそれが出来る。
だが、イリーナには出来ない。
となれば――
イリーナが掲げた必勝法は、まさしく砂上の楼閣でしかなかったのだ。
「ぐ、ぐぐぐ……! これで勝ったと思わないでっ! もう制限時間は三時間を切ったっ! あんたの小細工なんて、二度と通用しないんだからっ!」
「負け惜しみですわねぇ~。そんな貴女にいいことを教えて差し上げますわ。人間はね、諦めた時点で全てが終わるんですよ。しかし諦めなければ……いつか必ず、希望を掴み取ることが出来る」
「じゃあ、諦めなければ私は無視されずに済むんですか、ジニーさん」
「決して諦めないという断固たる意思が、勝利という結果をもたらすのですよ」
「いいこと言ってますけど、同時に酷いことしてますからね貴女。私に酷いことしてますからね、現在進行形で」
睨み合うジニーとイリーナ。
女の決戦が今、クライマックスへと突入したのだった――
◇◆◇
古都キングスグレイヴには多種多様な観光名所が存在する。
中でもとりわけ奇怪なのが……ここ、街の内部に存在する海であろう。
これはまさに、古代世界の爪痕なのだ。
当時、キングスグレイヴを舞台に《邪神》の一柱と《魔王》が交戦したことがあった。その死闘たるや凄まじく、《邪神》の一撃が大陸を両断。そうした爪痕に海水が流れ込んだことで、内陸部に存在する海という異常な地形が出来上がったのだ。
海沿いは砂浜となっており、夏場は多くの観光客で賑わう。
本日も夏を楽しもうと、日中は大勢の人が海に押し寄せていたようだが……
夕方前の今、それが嘘だったかのように、砂浜は閑散としている。
これならば、人的被害が出ることはなかろう。
だからこそ、ジニーとイリーナはここを舞台として選んだのだ。
最後の決戦を行う、舞台として。
「ど、どうかな、アード」
「え、えぇ。とても愛らしいかと」
イリーナの問いを受けて、アードは頬を紅くしながら頷いた。
「アード君。私のことも見てくださいまし。どうですか、この水着は」
「だ、大胆なところが、極めて素敵かと」
チラチラと見るだけで、直視出来ないアード。それはイリーナに対しても同様だった。
彼女等は今、実に過激な水着を纏っている。
ジニーは紅いハイレグ。もはや紐でしかない。真っ白な肌がほとんどむき出しで……やわらかそうなお尻は当然のこと、たわわに実った乳房も丸見えだった。
一方で、イリーナもまた挑戦的である。
真っ白なマイクロビキニは隠すべきところをギリギリ隠している程度。
下に履いているのは同色のTバック。こちらも秘部を隠すのみで、むっちりした尻肉が完全に露出している。
だが……
この水着を選んだのは、アードに対するアピールのため、ではない。
「い、いや、実にその、なんというか。目の行き場に困るというか」
「おほほほほ。それでしたらぁ」
「目隠しするゲームで遊びましょっ!」
両者共、露出した爆乳を揺らしながらアードへと近寄り……
目隠しを行った。
「あぁ、知ってますよこれ。スイカ割り、ですよね? まさしく海の定番、ですが……」
スイカなどは用意していない。
そもそも、これはスイカ割りではない。
「じゃあアード。その状態で大きく口を開けてちょうだい」
「は、はぁ。こうでしょうか?」
「そうそう。それでね、耳を塞いでほしんだけど」
「……あの、これどういう遊びですか?」
「いいから」
「いや、これ絶対に変――」
「「いいから」」
「……なんだかなぁ」
やや切なげな顔をしつつ、アードは言われた通りにした。
目隠しをした状態で、口を大きく開き、耳を塞ぐ。
目と耳を塞いだことで、これから自分達が何をするのか、彼にはわからない。
そして、周囲に人気は皆無。
「……準備は整いましたわね」
「えぇ、じゃあ早速、始めましょうか」
アードから離れ、向き合う両者。
体が軽い。身動きは取りやすい。制服姿よりもさらに。
過激な水着を選んだのはこれが理由だった。裸に近ければ近いほど、動作は滑らかとなる。この時を迎えるにあたって、敗因となる要素は一つでも多く潰して起きたかった。
二人が臨む勝負、それは……
文字通りの、勝負。
論理と頭脳を捨て去り、暴力を手に取っての潰し合いである。
「なんていうか、最初からこうしとけばよかったわね」
「えぇ。こっちの方が実にわかりやすい」
制限時間は残り一時間。
両者共、既に二ポイント獲得している。
そうした状況の中、二人はある意味、潔い選択をしたのだった。
「決闘に勝った方が惚れ薬をアードに飲ませる。それでいいわね」
「えぇ。異論はありませんわ。何せ……この勝負でも、私の方が上ですもの」
挑発的な笑みを口元へ浮かべるジニー。
その対面にて、イリーナもまた牙を剥くように笑ってみせた。
そして――
「《ギガ・フレア》ッッ!」
「《ウインド・ストーム》ッッ!」
互いが繰り出した上級魔法がぶつかり合い、相殺され、衝撃の波が広がっていく。
それを皮切りに、恋する乙女達による死闘が開幕したのだった。
「喰らぇええええええええええええええッッ!」
「させるもんですかぁああああああああッッ!」
互角の戦いを繰り広る両者。
拮抗した展開に苛立ちを覚えたのが理由か、次第に口数が増えていく。
「アードは! あたしのものよぉおおおおおおおおおお!」
「いいえ! 私のものですぅうううううううううううう!」
激烈な魔法戦。互いに上級魔法を打ち合い、浜辺に大穴を穿ちつつも、依然として戦況は五分と五分。ゆえに……苛立つ少女二人の舌戦もまた、激しさを極めていった。
「あたしの方が! アードのいいところたくさん言えるんだからっ!」
「私のほうがもっとたくさん言えますわっ!」
好きな相手の良い部分を言い合う両者。その数が一〇〇を超えたあたりで……
「はぁ、はぁ、魔力が、切れたみたい、ね」
「そちら、こそ」
もはや魔法は使えない。
しかし、それがどうしたというのか。
自分達には立派な手足があるじゃないか。
「行くわよ、泥棒猫……!」
「かかってらっしゃいな、脳筋娘……!」
両者同時に踏み込んだ。
猛烈なキャットファイトが展開される。
といっても、互いにうら若い乙女。男子がやるような、蹴る殴るといった行為など頭にはなく、
「あだだだだ! にゃにすんのよぉ~! こにょお馬鹿ぁ~!」
「おほほほほほ! よく伸びるほっぺただこと!」
両頬を思い切り抓って引っ張ったり、
「こん、のぉっ!」
「もがぁっ!?」
「あははははは! 豚しゃんみた~い!」
相手の鼻の穴に指を突っ込んで、不細工にしたりなど。
おおよそ、子供の喧嘩よりも低レベルな争いであった。
けれども、いかに最底辺の闘争であろうと、長時間続行すれば疲労も出てくる。
「はぁ……はぁ……いい、加減……諦めなさい、よぉ……!」
「そっち……こそ……!」
両者共に、限界へと近づきつつあった。
このキャットファイトにおいても、互いの力量は完全に互角。
となればもはや、勝敗をわけるのは心の強弱――
などではない。
(そろそろ頃合い、ですわねっ……!)
目前に立つイリーナの様相を睨みながら、ジニーは意を決して踏み込んだ。
イリーナが全てを出し尽くし、満身創痍であるのに対し……ジニーにはまだ、ある程度の余裕がある。
そしてそれは、偶然ではない。
ここまでの展開は全て、ジニーの計算通りであった。
「てぇい!」
「きゃんっ!?」
足払いをかけ、イリーナを地面へと転がす。疲労困憊の彼女は、そう簡単には起き上がれない。その隙を突いて――ジニーは、胸の谷間からあるモノを取りだした。
そう、惚れ薬である。
「なっ!? あ、あんた、まさかっ!?」
「そのまさか、です、わぁああああああああああああっ!」
蓋を開け、そして。
残った全体力を費やし、開け放たれたアードの口へ向けて、全身全霊の投擲。
「ちょっ! こ、この卑怯者ぉっ!」
「卑怯者じゃありませぇええええええん! 策士と呼んでくださいませっ!」
これがジニーの策略、その最終段階であった。
頭脳派を自称する彼女が、まさかまさか、野蛮な決闘に応じるわけもない。
全てはイリーナを欺き、第三アクション、一撃必殺を成功させるための行動だった。
「ミス・イリーナっ! 貴女はもう、まともには動けない! よってこの勝負、私の――」
「まだまだぁああああああああああああああああっ!」
勝利宣言を口にする直前。
イリーナが、限界を超えた。
どこにそんな元気を残していたのか、弾かれたように立ち上がると、彼女もまた豊かな乳房の谷間から惚れ薬を取り出し、蓋を開けた。
「はん! 無駄ですわ! よしんば投擲することが出来たとしても! 推進速度が――」
「せい、やぁああああああああああああああああああああああ!」
裂帛の気合いと同時に、イリーナは小瓶を手放した。
投擲……ではない。
足下へと落下させたそれを、イリーナは渾身の力で以て蹴り飛ばす。
「なっ!? そ、そうか……! 足の力は腕の三倍ッ……! け、けれど! 私の方が早く到達するわ! そうに決まってるッ!」
「いいえッ! あたしの方が先よッッ!」
推進する小瓶へと、少女達は残された熱量の全てを叩き付けた。
「「行っけぇえええええええええええええええええええッ!」」
両者の叫びを受けて、小瓶は猛烈に虚空を突き進み……
まったく同時に、アードの口内へ入った。
「もがぁっ!?」
突然の異物混入に、さしものアードも驚きを隠せない。
次の瞬間、彼の喉がごくごくと鳴り、のど仏が上下する。
「ど、どっち……!?」
「どちらの小瓶が、先に……!?」
固唾を飲んで見守る中。
勝負のジャッジが下された。
【両者、同時にアクション一の条件を満たしました】
【よって、今回のゲームはドローゲーム!】
【無効試合となります!】
無効試合。
つまり……どちらも敗者であり、どちらも勝者ということか。
そうした結果を受けて、二人は。
「ふ、ふふ」
「ふふふふふ」
「「あはははははははははははははっ!」」
どちからともなく、笑い始めた。
全てを出し尽くし、体のどこにも、エネルギーは残っていない。
そうだからこそ。
戦い抜いた二人の顔には、眩く、そして美しい笑顔が宿る。
「ジニー」
「ミス・イリーナ」
死力を振り絞った両者。
戦いを終えた今、二人の間には確かなリスペクトが生まれていた。
「やっぱあんた、たいしたもんね」
「そちらこそ。流石はミス・イリーナですわ」
自然とハグを交わし合い、健闘を称え合う。
「ふぅ。なんだか、お腹空いたわね」
「えぇ。露店で何か買って食べましょうか」
晴れ渡った空の下、爽やかな笑みを浮かべ、砂浜を歩く二人。
今ここに、乙女の戦いが閉幕する。
敗者はいない。されど、勝者もいない。
ただただ、気持ちの良い少女が二人、居るだけだった。
「……誰か、この状況を説明してくれ」
一人残されたアードの呟きに反応する者は、どこにも居なかった――