第二日目 ザ・ウーマン・ラッシュアワー! 中編
「ミ、ミス・イリーナ……! そ、その小瓶は……!」
「……どうやらヴェーダ様の夢を見たのは、あたしだけじゃなかったようね」
その後、互いに深呼吸を繰り返して現状を受け入れると、二人は自らのベッドに座り、面と向き合った。
両者共、小さな瓶を握り締め、困惑を顔に浮かべている。
しばし沈黙が二人の間に流れていたが……やがて、イリーナがおずおずと口を開いた。
「どうするの? これ」
はぁ、とため息を吐いてから、ジニーは己の考えを口にする。
「私はコレ、破棄しますから」
「そっか」
「当然、ですよね。こんなの使って好きになられても、スッキリしないでしょう?」
「そうね」
「やっぱり、好きな人には正攻法で振り向いてもらいたい。そう思いませんか?」
「えぇ、その通りよ」
「こんな薬に頼って相手の心を奪うだなんて、卑怯者の行いですわ」
「ぐうの音も出ないほどの正論ね」
「ですからミス・イリーナ。これから一緒に、この薬を捨てに行きましょう」
「うん。やだ」
………………
…………
……今、なんて言った?
「あ、あの。私の聞き間違い、ですかね?」
「なにが?」
「いや……さっき貴女、やだ、って」
「うん。そう言ったけど?」
「えっ?」
「えっ?」
「……ちょっと、話を整理しましょう。私は惚れ薬を使うつもりがない。だってそれは、卑怯者がすることだから。貴女もそう思う。……ここまでは問題ありませんよね?」
「うん」
「でしたら……何をすべきか、わかりますよね? この惚れ薬はぁ? つ・か・わ?」
「ない、のはあんたの勝手だけど、あたしにそれを強制しないでちょうだい」
「……いや、そういうことじゃなくて。貴女、同意しましたよね? 惚れ薬を使うなんて卑怯なことだって、同意しましたよね?」
「うん」
「だったら普通、どうします?」
「まぁ、捨てに行くわよね」
「わかってんじゃないですか! じゃあそうしましょうよ!」
「やだ」
「なんでっ!?」
「なんでも何も、これ使ったらアードはあたしのことしか見なくなるんでしょ? だったらもう、安泰じゃない。あんたがアレコレ動こうとアードは見向きもしなくなる。あたしはあんたにイライラしないで済む。何もかも完璧じゃないの」
「……いや、ちょっと、待ってください」
頭が痛くなってきた。
コメカミを抑えながら、ジニーはなんとか口を開く。
「貴女、プライドとかないんですか? 心が痛んだりしないんですか? 卑怯な行いだってわかってるんですよね? なのに、薬を使うんですか?」
「そりゃあね、プライドは傷付くし、心だって痛むわよ。出来ることならこんなの使いたくはないわ。けれど……」
「けれど?」
ジニーのオウム返しに、イリーナは「ふぅ」と一息吐くと。
好戦的な笑みを浮かべながら、言った。
「これを使ってあんたの計画をブッ潰せるなら、プライドなんて犬にでも食わせてやるわ」
挑戦的な発言を受けて、ジニーは無意識のうちに頬をひくつかせていた。
……あぁ、そうだ。そうだった。
自分達は、そういう関係なのだ。
普段こそ、特別不仲というわけではない。だが……
決定的なところで、自分達は絶対にわかり合えないのだ。
アードに関する問題が決着しない限り、この関係は変わらないだろう。
即ち――
「ねぇジニー、あんたがあたしをどう思ってるかは知らないけれど。あたしの意見はね」
「おほほほ、皆まで言わないでくださいませ。こちらもきっと、同じ考えですから」
両者共に、牙を剥くように笑う。
心の中にある思いは、互いに同じ。
――こいつは、敵だッ!
「ミス・イリーナ。私はね、ずっと貴女が嫌いでしたわ。何せ貴女は……いつだって、あの人の一番だから。私が座りたい椅子に、いつだってふんぞり返ってる」
「あぁ、そう。あたしもね、あんたが嫌いよ。いつもいつもあたしとアードの間に割って入ってきて、鬱陶しいったらありゃしない」
ふふふふふふ。
うふふふふふ。
笑みを零し合いながら、しかし、相手を射殺すように睨む。
「蹴落として差し上げますわ、ミス・イリーナ」
「ブッ潰してあげるわ、ジニー」
かくして。
恋する乙女達による、血で血を洗う抗争が、幕を開けたのであった――
◇◆◇
早朝。
生徒達が目を覚まし、宿の中にさざめきが満ち始めた頃。
ジニーとイリーナは二人、同時に惚れ薬を口へ含んだ。
ちょうど半分の量を飲み込むと、その瞬間。
【GAME START!】
頭の中に、こんな文字列が浮かび上がった。
「これから一二時間、悔いのなきよう」
「言われずとも。全身全霊をかけて戦うわ」
その果てに勝利を掴むのは、自分だ。
両者共、戦場に臨む将軍のような顔つきであった。
それから二人はシルフィーを叩き起こし、肩を並べて食堂へと赴く。
広々とした室内には既に幾人かの生徒が入っており……
「おはよっ! アードっ!」
彼の姿を見た瞬間、駆け出すイリーナ。
そのさまはまるで、主人の帰宅を喜ぶ子犬のようだった。
「おはようございます、イリーナさん。本日もご機嫌麗しゅうございますね」
「うんっ! アードが傍に居るからねっ!」
太陽のような煌めく笑顔で、イリーナは彼の腕を組み……その豊満な胸を押し当てた。
アードの腕を挟むそれが、むにゅりと柔軟に形を変える。
まるで、ジニーに見せつけるかの如く。
(普段であれば、私も対抗してアード君の腕をとって色香を振りまく場面……)
(けれど、今はそのときじゃない)
(ミス・イリーナ。現状において、貴女の行動は悪手ですわよ)
ジニーはあえてアード達からやや距離を置いたポジションを維持する。
そうしつつ朝食を注文し、料理皿が載った盆をテーブルへと運ぶ。
ここにおいても、イリーナはアードにベッタリであった。
「ねぇアード、隣座っていい?」
「えぇ、もちろん」
「やった! ありがとっ!」
盆をテーブルへ置き、肩がくっつくほど近くへ寄りながら着席するイリーナ。
そうしながら……ジニーをチラと見やり、鼻で笑う。
(|普段よりもずっとベッタリ《、、、、、、、、、、、、》)
(きっとこれは挑発行為、でしょうね)
(まったく、愚かなことだわ)
(開幕早々、悪手を積み重ねるだなんて)
ジニーはシルフィーと同様、アードの対面へ移動し、着席する。
「……ジニーさん、どうかされましたか?」
「どうか、とは?」
「いえ、その。いつもでしたら……」
自分の隣に座らないことを不審に思っているのだろう。
怪訝な彼に、ジニーはニッコリと微笑んだ。
「えぇ。今日の私には、ここがいいんですよ。このポジションが、実にいい」
なぜならば、どのような事態にも対応が可能だからだ。
オフェンスだけを考えれば、アードに密着すべるきだろう。
「すき」と言わせるにしても、キスをするにしても、薬を飲ませるにしても、距離が近い方が有利ではある。
だが……ゲームはオフェンスのみにあらず。ディフェンスもまた肝要である。
それを思えば、ジニーのポジションはベストなものだった。
ほどよい距離感を保ち、相手方の様子を常に把握可能。怪しい言動があれば随時対応が出来るうえ、オフェンスに回ることも不可能ではない。
欠点としては、対象との距離が開いているため、キスをするのが難しいところだが……
これもまた、策略の一環であった。
(初手からしばらくは、基本アクションNo.1……すきと言わせることに集中する)
(ハナからキスを諦めていると相手が油断したなら、そのときは奇襲をかけて、アード君にキスを叩き込む)
(確かに、距離的にはキスしづらいけれど、工夫次第でどうとでもなるわ)
(重要なのは、オフェンスとディフェンスのバランス)
その点において、イリーナのポジションは最低である。
至近距離ゆえオフェンス的には完璧だが、ポジションの関係上、こちらは相手の動作全てを封殺できる。
いくらオフェンシブでも、ポイントに繋がる行動の全てを潰さてしまっては意味がない。
(くだらない挑発行為の代償は高く付きますわよ、ミス・イリーナ)
ニヤリと笑みを浮かべるジニー。
その様子に何か、感じ入るものでもあったか。
早速、イリーナが仕掛けてきた。
「あ! アード! アレを見て!」
「え? なんでしょう?」
よそ見した隙に、イリーナは胸元から薬液の入った小瓶を取り出した。
流れるような動作で蓋を開け、アードの手前にある料理皿へ中身をぶちまけようとする。
基本アクションNo3……一撃必殺を狙っての動き。
それを見逃すわけもない。
「あら、あんなところに小バエが」
微笑を浮かべながらナイフを手に取ると――
一切の躊躇いなく、イリーナの手元へ投擲する。
「ッ!」
反射的に身を引いて回避するイリーナ。料理への薬液混入は叶わなかった。
避けられたナイフは向こう側に座っていた生徒達の間を通過し、壁面に突き刺さってビィィィンと音を鳴らしながら振動。その様子に幾人かが青ざめるが、ジニーは気にしない。
「……? あの、イリーナさん? アレとはいったいなんだったのですか? ……イリーナさん? 聞いてますか? イリーナさん?」
尋ねてくるアードを無視しながら、イリーナはジニーを睨む。
「ふふふふ。きっとおかしな幻覚でも見たのでは? ミス・シルフィーのいびきがうるさかったもので、ミス・イリーナは昨晩まるで眠れなかったようですから」
「えぇっ!? ア、アタシ、そんなにうるさかった?」
場に流れる空気は、依然として和やかなもの。
しかし、ジニーとイリーナの間では、激烈な闘争心が渦巻いていた。
……以降、イリーナが薬液を直接飲ませるべく動き、それをジニーが阻止するという、単調な戦いが展開し続けていた。
そんな状況も八合目を過ぎた頃、さすがに一撃必殺は難しいと悟ったか、イリーナは戦略を変更したらしい。
「ねぇねぇアードっ! 昨日はホント、大変だったわねっ!」
「えぇ。危うく世界が滅亡するところでしたからねぇ……」
「でも、アードの大活躍で無事解決っ! あのときのアードも格好良かったわっ! ヒーリング・イリーナをボッコボコにするときの決め台詞なんてもう、鳥肌立っちゃった! ねぇ、アレもっかい言ってちょうだいっ!」
「え? ……私、何か言いましたかね?」
「忘れちゃったの~? ほら、相手の足下を見て」
「足下がお留守ですよ?」
「いや、それじゃなくてっ! ほら、すで始まる言葉よ!」
「す? あぁ、そういえば。貴女はす――」
「ストイックさが足りません、と、確かそうおっしゃってましたわよねぇ?」
ジニーが割って入った瞬間、イリーナは顔面をテーブルへと打ち付けた。
「イ、イリーナさん?」
「……なんでもない」
睨めつけてくる彼女に、ジニーは涼しげな顔をする。
先程、ジニーが口にした内容は不正解であった。
正しくは、「隙が多すぎますね」である。
(どうやら、第一アクションに方針転換したようね)
(けれど、無駄なこと)
(ここいらでカウンターを叩き込んで差し上げますわ)
そして、言葉を用いての戦いが幕を開ける。
「ねぇアードっ! ちょっと気が早いけど、冬休みは何して過ごそうかしらっ!?」
「そうですね。数日ほど里帰りして、久しぶりに村での生活を楽しみたいですね」
「確か、お二人の故郷には、すぐ近くに山があるとか」
「えぇ。よくそこで狩りをしたものです」
「でしたら……冬の遊びを楽しまれてはいかがでしょう?」
「冬の遊び? 山でとなると……例えばス」
「すわっしゃあああああああああああああああ!」
突如として絶叫し、|なぜだかアードに抱きつきながら《、、、、、、、、、、、、、、、》、彼の発言を阻むイリーナ。
「ど、どうされました?」
「……いや、ちょっとなんか、降りてきたから」
「なにが!? なにが降りてきたんですか!?」
両者のやり取りを見つめながら、ジニーは内心ほくそ笑む。
(バレバレですわよ? ミス・イリーナ)
(スキー、と言わせたかったのでしょう?)
それを見抜いたジニーは、イリーナのプランを横から奪い取ったのだ。
結果として、失敗したものの……
先程の一合は、第一アクションを中心とした勝負の本質を突いたものと言えるだろう。
(ふふ。ミス・イリーナ、貴女は第一アクションにおける攻防を理解していない)
(第一アクションを達成するためにもっとも重要なのは、思考の読み合い)
(対象に何を言わせたいのか。これを読み合い、いかにして相手の想定外をつくか)
(推理力とアドリブ力が試される。そういう勝負なんですよ、これは)
(こちらの狙いを読ませず、相手が出した話題を利用し、相手が考えつかなかった“すき入り単語”を言わせる。そういった知略戦)
(まさに……私の得意分野、ですわ)
口元を吊り上げながら、ジニーは次の手を打つ。
「そういえばアード君。もうお耳に入ってますか? 例の俳優に関する話」
「あぁ、レイバック氏の」
「そうそう。驚きましたわよねぇ~。まさか、かの高名な舞台俳優が裏であんなことをしていただなんて」
話題を振った瞬間、イリーナの顔に変化が生じる。
こちらの手を読んだぞと、内心で高笑いしてそうな、わかりやすい表情だった。
「いやぁ~、ホンット驚きよねぇ~。まさかまさかの~? ス? ス?」
「えぇ、まさかのス」
「スキャンダルだったのだわ!」
「……シルフィー、あんた、後でお尻ペンペンするからね」
「なんで!?」
「まぁまぁ。そんなことよりも。惜しかったですね~。人間的にはアレでしたけれど、彼のお芝居は実に見事なものでしたもの~」
「えぇ。実に残念でなりません。彼の俳優としてのス――」
「うぴょああああああああああああああああああッッ!」
野生動物の如く、アードへ飛びかかるイリーナ。
全身を使ったその行動により、彼の発言は途中で止まった。
「ど、どうされたのですか、イリーナさん」
「……なんか、その。アレよ。野生のうぴょあああああが居たから、ビックリしちゃって」
「野生のうぴょああああああってなんですか」
怪訝な顔のアードに、脂汗を流すイリーナ。
そんなやり取りを、ジニーはやはり悠然とした顔で見ていた。
(あらあら、もう少しでしたのに)
(俳優としてのスキルは抜群だった……そうおっしゃる前に、潰してきましたわね)
(とはいえ、先程の動きは間違いなく野生の勘によるもの)
(こちらの手を読んだわけではない。焦った様子が何よりの証拠)
(このまま想定外の単語を出させるよう仕向けていけば……)
(いずれ反応できなくなる)
(まずは一ポイント、確実に取らせていただきますわよ……!)
内心で宣言した通り、ジニーは巧みな話術で以てイリーナを翻弄した。
あえてこちらの手を読ませ、そこに意識を持っていき、別の単語を自然な会話の流れで言わせるよう仕向ける。
このフェイク作戦はイリーナを苦しめ……
「どぱぁああああああああああああああああ!?」
「ちょっ、き、極まってます! 肘関節が極まってますよ、イリーナさん!」
ついでに、イリーナの反応によってアードもまた苦しむことになった。
状況は完全にジニーのペースである。
このまま行けば間違いなくポイントが入るだろう。
確信を抱きながら責め続け……
次第に、
「そぉぉぉぉいッ!」
「熱う!? スープ熱っ!?」
イリーナの行動は、
「うわっしょいッ!」
「ぎゃあああああああ!? パ、パイが目にいいいいいいいいいいいいい!?」
過激にエスカレートしていった。
アードからしてみれば、まっことさんざんである。
(それにしても、粘りますわねぇ)
(想定よりもだいぶしぶとい……)
もう少し何か、工夫が必要だろうか。
そう考える最中、イリーナは先程アードの顔面へ投げつけたパイを取り除き、ハンカチで彼の顔を拭き続けていた。
「うん、綺麗になった。ごめんね? アード」
謝罪し、なぜだか彼に抱きつくイリーナ。
「い、いえ。大丈夫です。……それにしてもイリーナさん。今日は随分と、その」
瞬間――
ジニーの全身に電流が走る。
流れ行く時が、まるで無限のように引き延ばされ、そして。
彼女の脳内に一つの文章が浮き上がった。
“スキンシップが過剰ですね”
……しまった!
目を大きく見開いてイリーナを見やる。
と、彼女もまたこちらに目をやって――
ニヤリと、唇を歪めた。
まるで、計画通りだと言わんばかりに。
その表情を確認したことで、ジニーは己の愚を自覚する。
(や、やられたッ!)
(初手、第三アクションをことごとく完封されたのも!)
(第一アクションで私に翻弄されたのも!)
(全ては演技ッ!)
(ミス・イリーナは愚者を装い、本命を隠していたッッ!)
それこそが、アードへの過剰な身体接触だったのだ。
出会い頭から今に至るまで続いていたそれを、当初、ジニーは単なる挑発行為だと考えていた。そこに作為があるとは、考えもしなかった。
なぜか?
ジニーはイリーナを、自分以下のド低脳だと決めつけていたからだ。
それゆえに、こんな頭脳プレーをしてくるとは微塵も思わなかった。
「ふふ」
目を眇め笑みを深めるイリーナ。その視線は、雄弁に彼女の心理を物語っている。
“油断大敵って、よく言うじゃない?”
“あるいは、窮鼠猫を噛むってやつかしら?”
“知能的にはまさに、あんたが猫で、こっちはネズミ”
“けれどね、窮地に陥ったなら、ネズミだって必死に頭を使うのよ”
“あんたはそれを読めなかった。あんたの中の驕りが、そうさせた”
“そして、あんたの驕りが今”
“あたしに、ポイントを運んで来るッッ!”
確信を抱いた目に、ジニーは顔を歪めた。
まずい。
もはやアードは口を開き、舌を動作させている。
どうあっても、妨害は間に合わない。
負ける。ポイントを奪われる。
一ポイント。
だがしかし、極めて重要な一ポイント。
これを取られてしまったなら、ジニーは認めることになってしまう。
全てにおいて、イリーナが自分の上を行くと。
それを認めれば、お終いだ。
メンタルは瓦解し、流れは向こうにつく。
「なんといいますか」
やめろ。やめてくれ。
言うな。その先を言うな。
ダメだ。
ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ……
「かなり積極的ですね」
……………………
………………
…………
……
長い長い、まるで永遠にも思えた沈黙。
その末に。
「あぁん、もうっ!」
いち早く現実を受け止めたのか、イリーナが涙目になりながら机を叩いた。
「ど、どうされたのですか、イリーナさん? わ、私なにか、不味いことでも……?」
バンバンと机を叩きまくり、悔しがるイリーナの姿を見て、ジニーはようやっと現状を把握し――
「ふ、ふふ、ふふふふふ。せ、正義は勝つ……!」
自分でもどうしてこんなことを言ったのか、よくわからなかった。
しかし、とにかく、今はただ喜ぼう。
何気なくスプーンを手に取り、スープをひとすくいして、口に運ぶ。
「あぁ、美味しい……! とっても美味しい……! アード君も召し上がってみてはいかが? それと……ついでに、ミス・イリーナも。ま、ミス・イリーナの場合、私とは真逆の味がするんでしょうけどねぇ?」
クスクスと含み笑いをしてみせるジニーに、イリーナは「ぬぐぐぐぐ……!」と下唇を噛んだ。それはまさに、敗者の苦悶である。
彼女の思惑は見事崩れ去り、ポイントは両者共ゼロのまま。
あぁ、まったく、気分がいい。
「そんなにも美味しいのですか? このスープ」
こちらの上機嫌ぶりに首を傾げつつ、アードはスプーンを手に取った。
それを尻目に、ジニーは思索する。
(ふぅ~~~~~)
(いや、実に幸運でしたわ)
(まさかあのタイミングで、積極的なんて言葉を出すとは)
(どうやら、《魔王》様が私に味方してらっしゃるようね)
(この戦い、流れもツキも、この私のもとにある!)
(今回の一件で、ミス・イリーナにはケチがついた!)
(これは中々、立ち直れるものでは――)
と、勝利への確信を深めていく、その最中のことだった。
アードがスープを口に含んだ、その瞬間。
【アクションの達成が認められました!】
【イリーナに一ポイント贈呈!】
こんな文章が、頭の中に浮かび上がった。
「…………は?」
「おや、どうされました? ジニーさん? あの、ジニーさん? 聞こえてます? お~~~~い、ジニーさ~~~~~~~ん?」
目前でアードが手を振るのだが、彼の姿など、今のジニーには見えていなかった。
一ポイント、贈呈だと?
イリーナに、一ポイント、贈呈?
……なぜだ?
「ミ、ミス・イリーナッッ!」
鋭く声を発しながら、敵方へと目を向ける。
何か、したのか?
こちらが想定し得なかった策で以て、ポイントを得たというのか?
そう考えながら、敵の顔を見る。
しかし。
イリーナの美貌に浮かんでいる心情は、勝ち誇ったそれではなく。
むしろ、強い困惑だった。
なにゆえこうした状態となったのか、当の本人さえも理解できていない様子。
あるいは、芝居?
いや、あの表情は芝居で出来るものではない。
……ならば、なぜ?
なぜ、イリーナにポイントが入ったのか?
目前に現れた謎に、ジニーは困惑を極めるのだった。
◇◆◇