第一日目 スプリット・オブ・イリーナ 中編
なんの前触れもなく現れた、未来人を自称する少女。
当然ながら、民衆の視線は我々にのみ注がれている。
……なんというか。
酷く、居心地が悪い。
「えぇっと、エリスさん、でしたか? ちょっとこちらへ」
「あぁん!? 何よ、その可哀想な子を見るような目は! つーか触んないでよ変態!」
「まぁまぁ。ちょっとこちらへ。……ほら、皆さんも」
いそいそと場を離れ、俺達は人気のない路地裏へと移動した。
そうしてから、俺はエリスへ目をやって、問いを投げる。
「貴女は、どこから来たのですか? 身元と目的をお教え願いたい」
「はぁ!? あんた馬鹿なの!? さっき全部言ったでしょうがっ! あたしはエリス! 未来からマ……じゃなくて、イリーナを守りに来た戦士っ! まったくもう! 同じこと言わせないでよねっ!」
かなりツンケンした態度で怒鳴りながら、睨み付けてくる。
「……いや、未来から来た戦士って。そんなの……ねぇ?」
他の面々と同様、ジニーもまた嫌疑の念を見せていた。
未来からの使者。にわかには信じがたい話である。
何せ過去へ戻ることなど、俺ですら不可能だ。
とはいえ。
未来からの使者というのが、絶対にありえぬというわけではない。
思い出されるのは、つい数時間前のこと。
俺とイリーナ、ジニーの三名は、神を自称する子供によって、古代世界へと飛ばされた。
ならばこのエリスは、あの神を自称する子供の手によって送り込まれてきたのだろうか。
そう問い尋ねてみたのだが。
「は? 神様? 誰それ?」
どうやら違うらしい。
であれば、いったいどうやってこの時代へ来たと言うのか。
「秘密よ! 絶対に言えないわ! パ……じゃなくて、あの変態野郎に止められてんのよ! たいむぱらどっくす? とかが起こるからって! つーかなによ、たいむぱらどっくすって! あたしにもわかるように言いなさいよっ!」
なぜだか俺のことを指差して、ぷりぷりと怒るエリス。
「……アード君、この子ひょっとして、《魔族》の手先では?」
その可能性も十分に考えられる。
だが……もしそうだったとして、奴等の意図がまるで読めん。
一方で。
俺が今、頭に思い浮かべた人物が犯人だったとしたなら。
その可能性が一番高いと考えた俺は、まず探知魔法を発動。
奴の居場所を把握し、続いて、召喚魔法を発動する。
刹那、我々の目前にある石畳に魔法陣が顕現し……
もくもくとした煙を伴いながら、召喚対象が現れた。
それは、天才にして天災たる魔法学者、元・四天王、ヴェーダ――
だけでなく。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
なんか、中身をくりぬいた車輪状の装置? らしきものの中に入って、必死の形相で走るノーマンの姿もあった。
……なにしてんだ、こいつら。
ガラガラガラガラガラガラ。
音を立てながら、車輪状の装置が回る。
その動力源であるノーマンが、汗を飛び散らせながら叫んだ。
「うおおおおおおおおおお! ところで師匠! これはいったい、どんな実験なのですかぁああああああああああああああ!?」
「そりゃあ君、アレだよ。………………なんだろうね?」
「なんだろうねってどういうことですか!? まさかこれ、なんの意味もないんですか!?」
「おいお~い、そんなわけないじゃないか。君さぁ、ワタシを誰だと思ってんの? ワタシだよ? わかる? ワ・タ・シ。まったくもう、勘弁してよ~。……ところで君、名前なんだったっけ?」
「ノーマン! ノーマンです師匠! もう流石に覚えてくだされ!」
「いやぁ~、ワタシ興味ない相手の名前覚えるの苦手でさぁ~」
「数十年来の弟子に興味ないってどういうことですか、師匠!?」
……本当に何をしてるんだ、こいつらは。
ええい、もう、奴等のペースに付き合ってはいられん。
俺は頬をヒクつかせながら、ヴェーダへと声をかけた。
「あの、すみません。ちょっとお話があるのですが」
「うん? ややっ! アード君じゃないか! なんでここに……って、あれ? 場所が変わってるねぇ。もしかして、君が召喚魔法で呼び出したのかな?」
「左様にございます。……時間が勿体ないので単刀直入にお尋ねしますが。こちらの少女は、貴女の差し金ですか?」
これが真相ではないかと俺は睨んでいる。
おそらく、エリスはイリーナの複製か何かだろう。それを利用して、此度も何かつまらぬことを目論んでいるに違いない。
……と、そう考えていたのだが。
「え? そんなことした覚えはないけど」
小首を傾げて見せるヴェーダに、イリーナ達は疑惑の目を向けた。
反面……
俺は、冷や汗を流す。
ヴェーダの発言が嘘ではなかったからだ。
問いかけた際、俺は奴に悟られぬよう複数の魔法を発動した。
それらは真偽を見分けるためのものであり……
その全てが、ヴェーダの発言は真実であると証明している。
「まさか、本物の未来人……?」
「え、未来人? どこ? あ、もしかしてこのちっちゃい女の子? ふぅ~ん? 確かに、なんだか霊体がちょっと変わってるね。よし、じゃあ早速、解剖を――」
「お手数をかけました。もう結構ですので、お戻りください」
再び魔法を発動し、ヴェーダとノーマンを転送する。
……さて。
「エリスさん。貴女は、いったい何者ですか?」
「だ~か~ら~! 未来から来た戦士だって言ってんでしょうが! このおたんこなす!」
……彼女もやはり、嘘はついていない。
「アード君、ま、まさか、本当に?」
「えぇ。どうやら、エリスさんは本物の未来人と見て間違いなさそうです」
「て、ことは……」
「これからヤバい事件が起きるっていうのも、事実ってことだわ?」
我々は顔を見合わせ、そして、同時にエリスへと目を向けた。
あぁ、まったく。
なにがどうして、こうなったのやら。
……こうなればもう、全てを受け入れるほかあるまい。
「それで、エリスさん。そのヤバい事件とやらはどういったものですか?」
「わかんないわっ!」
「……では、いつ発生するのです?」
「わかんないわっ!」
「…………」
「なによ、その馬鹿を見るような目はっ! しょうがないじゃないの! いきなりの事態だったんだものっ! ある日、唐突に世界が崩壊し始めて……パ、じゃなくて、変態が事情を調べたら、この時代でマ……じゃなくて! イリーナとかいうエルフがヤバい事件に巻き込まれたのが原因で、世界が滅亡し始めたとかなんとか!」
「それ以外は何もわからなかった、と?」
「そうよっ! なんか時空の乱れがどうとか、観測がどうとか言ってたけど……よくわかんなかったから聞いてなかったっ!」
「……左様にございますか」
盛大なため息が、勝手に漏れ出る。
「今のところ、パッと思いつく対応策としては……異空間に閉じこもるとか。そうして、今日という日が終わるまで過ごす、というのはいかがでしょう?」
「多分無理っ! パ、じゃなくて腐れド変態が言ってたわ! マ、じゃなくてイリーナを隔離しても、因果だとか真理だとかのせいで、事件の発生と結果は変えられないって!」
因果と真理、か。となると運命の書き換えでもしない限り、全ての行動は無意味だ。
事件はどう足掻いても発生する。
また、イリーナに危機が訪れるという結果にも変わりはない。
この場合、対策は一つだけ。
「事件が発生した際、イリーナさんを害するものことごとくを、真正面からねじ伏せる。……これしかありませんね」
「わかりやすくて助かるのだわっ!」
「まぁ、こちらにはアード君がいるわけですし、何も問題ありませんわね」
エリス以外の面々は皆一様に安心感を抱いている様子だった。
イリーナなどは誰よりも俺を信頼してくれているらしい。一切の緊張を顔に浮かべることなく、むしろ可憐な美貌を穏やかに綻ばせて、
「事件が始まるまで待つ。あたし達に出来ることはそれだけってことね。でも……そのときまで無駄に緊張してても、結果が変わるわけじゃないし。ここは一つ」
そこまで言うと、イリーナはエリスの顔を見やった。
「旅行を楽しみましょっ! エリス! あんたも一緒に、ね!」
「……うんっ!」
なぜだか、エリスはイリーナにのみかなり懐いているようだ。
満面に華が咲いたような笑顔を浮かべて、イリーナの豊満な胸へと飛び込んでいく。
かくして、我々は裏道を出て、旅行を再開。
エリスを加え、五人で街を巡る。
「ふぅ~ん、この時代のキングスグレイヴって、こんな感じなのね」
「未来の街並みとは違うんですか~?」
「うん。未来にはこんなにも人がいないから……なんだか新鮮ね!」
目を輝かせながら、周囲を見回す。
その姿はもう、ただの観光客でしかなかった。
「ねぇマ、じゃなくて、イリーナ! あたし、お腹空いた! アレ食べたい! アレ!」
「蜂蜜パン? いいわよ、買ってあげる」
「わ~い、マ……イリーナ大好きっ!」
二人並んで、露店へ向かうイリーナとエリス。
そのやり取りを見ていると、なんというか。
「もぐもぐもぐ……この時代のパンも美味しいわねっ!」
「未来にもパンはあるの?」
「そりゃそうよ。だって、あたしが来た時代とこの時代、そんなに離れてないし」
「へぇ~。にしてもあんた、ホント、幸せそうに食べるわね」
「もぐもぐ……そりゃあね……もぐもぐ……美味しいもの、食べてるときが……もぐ……二番目に幸せ、だし……もぐ…………うっ、の、喉が!」
「あぁ、はいはい、水水」
「……ふぅ~。死ぬかと思った」
「もう。ご飯食べるときはゆっくり食べなさいよ。ママに教わらなかったの?」
「……ちゃんと教わった。ごめんなさいマ、じゃなくて、イリーナ」
「あたしは別にいいけど。ていうかさ、さっき美味しいもの食べてるときが二番目の幸せとか言ってたけど。一番はなんなの?」
「それは当然、マ……じゃなくて、イリ……いや、これはいいのかな? えぇっと……マ、ママと一緒にいる時間が、一番幸せよっ!」
「……そうね。あたしもそう思う」
微笑み合う二人。
その姿は、なんというか、まるで。
「まるで親子みたいですねぇ、あの二人」
俺の考えをジニーが代弁してみせた。
……まぁ、確かにな。見た目そっくりだし、なんというか他人同士とは思えぬ絆的なものが見え隠れしている。
だが、そうかといって、まだ現段階では“まるで”という域を超えてはいない。
エリスはイリーナのそっくりさんというだけの可能性が高――
「次はアレが食べたい! いいでしょママ……って! ち、違うの! い、今のは、その」
「あはは。気にしなくていいわよ。あたしもあんたと同い年の頃、村のおばちゃんのこと、よくママって呼び間違えてたもの」
「そ、そう! 呼び間違い! 呼び間違いだから! えへへ!」
……いや、まだ確定してない。
全然、確定では――
「あっ」
「ちょ、エリス!? 大丈夫!? もう! 足下見ないから転ぶのよ!」
「う、うぅ……うわぁああああああああああああああん! 痛いよぉおおおおおおおおおおおおおおおおお! 膝すりむいちゃったよぉおおおおおおおおお!」
「あぁもう、泣かない泣かない! 泣いたら幸せが逃げるわよ?」
「うぅ……」
「そうそう、我慢我慢」
「……エリス、えらい?」
「うん、偉い偉い。ほら、痛いの痛いの飛んでけ~! はい、もう大丈夫! ね?」
「うん! ありがとう、ママ!」
……もう隠す気皆無か。
信じがたい、というか、信じたくないことだが。
あのエリスとかいう娘は、いや、まだそうではない可能性の方が高いと思うのだが。
もしかすると、エリスは……イリーナの子供、やもしれぬ。
いや、そうではないとは思うが。全然、そんなわけがないと思っているのだが。
何せイリーナは清純という言葉を体現せし、この世に舞い降りた天使である。それが、どこの馬の骨ともしれん男になびいて、こ、ここ、子供を……作る、など……!
やはりないッ!
断じてないッッ!
もしそうだったとしても、俺は認めんぞッッ!
イリーナちゃんは、誰の嫁にもやらんッッッ!
絶対にッッッッ!
「ど、どうしたのだわ、アード? オーガみたいな顔して」
「お気になさらず。仮想敵を八つ裂きにするプランを練っているだけですので」
「……いや、メッチャ気になるのだわ。どうしたのよマジで」
怪訝な顔をするシルフィーを無視しつつ、俺は妄想に耽り続けた。
そうしている間にも着実に時は流れ……
現在、時刻は夕暮れ時。
暮れなずむ空の下、エリスはイリーナだけでなく、ジニーやシルフィーとも談笑しつつ、笑う。この短時間で、かなり打ち解けたようだ。
……しかし。
皆には心を開いた様子のエリス、なのだが。
俺に対してはというと。
「エリスさん、足下を見ていないとまた転んでしまいますよ」
「……あんたに言われなくたって、わかってるわよ」
これである。
「エリスさん、お腹は空いておりませんか?」
「あのさ、あたしさっきたくさん食べたよね? 見てなかったの?」
これである。
「エリ――」
「口を開かないで。息が臭い」
こ れ で あ る。
俺が何をしたというのだ。
途中、イリーナに「そんな口利いちゃダメでしょっ!」と叱られ、涙目になったのだが、それでも決して態度を改めようとはしない。
……別に、どこの誰とも知らん子供に嫌われようと、俺の心は揺れ動いたりしない。
このアード・メテオールは今でこそ平凡な村人だが、前世では《魔王》と称されし男。
それが年端もいかぬ小娘如きの機嫌を窺うなど、あろうはずもないのだ。
ましてや、小娘の態度に傷付いたりとか、絶対にない。
……だからこれは、純粋な好奇心ゆえの発言である。
「エリスさん。貴女はわひゃ……私のことが、嫌いなのですか?」
途中、噛んでしまったが、別に緊張などしていない。
嫌われてたらどうしようとか、これっぽっちも思ってない。
自分だけ嫌われてたら、なんか色んな意味で嫌だなとか、そんなこと一切考えてない。
……少々気温が高いので、脂汗が浮かぶのもごく自然なことだろう。
そんな俺に、エリスがジトッとした目を向けて来た。
「あんたさ、妻と子供がいるのに、たくさん女の人侍らせてるような男、どう思う?」
「えっ? それは……汚い言葉になりますが、相当なクズではないかと」
「そうよねぇ?」
「はい。相手のことを思えば、妻以外の女性となんらかの関係を持つなど、決してありえないことです」
「しかも、そいつの浮気癖のせいで妻が頻繁に泣いてたとしたら?」
「それはもう、許されざることかと」
「そんな男は?」
「万死に値しますね」
「うん。つまりはそういうことよ」
どういうことだよ。
……結局、エリスは俺に心を開かぬまま、自由時間が終了となった。
「さて、もうそろそろ宿へ帰らねばなりませんが」
「まだ何も起きてない、わよね?」
「一日の終了まで、残り五時間ぐらい、ですけど。その間に事件が起きるのかしら?」
「とりあえず、エリスも連れて宿に行くのだわ~」
宿への道中、俺はエリスの後ろ姿を見つめつつ、考えを巡らせた。
事件が起こる気配は、今のところまったくない。
予兆めいたものさえ皆無だった。
絶えず探知魔法で街の中を探り続けているのだが、怪しげな人物や動きはなかった。
《魔族》が潜伏している、というわけでもないし、ヴェーダも現時点では大人しくしている。少なくとも、これから数時間以内に未曾有の大事件が起こることは、まずなさそうだ。
となると、一つ、疑惑が生まれる。
エリスは、嘘をついているのではないか。
未来人であることは事実だろう。
だが、今日中に事件が起きるという内容が嘘だとしたら?
彼女はそれを、イリーナに接近するための方便として使っていた場合……
エリスこそが真の敵ということになる。
……その可能性も、やはり否めない。
しかし、現段階では全てが推測の域を出ないというのもまた事実。
俺に出来ることはと言えば、警戒を続けることのみだ。
……そう、自分に言い聞かせていたからこそ、だろうか。
第六感が鳴らす警鐘に、体が素早く反応したのは。
何かヤバい。そんな感覚が生じたと同時に、俺は防御魔法を発動。
魔法陣が顕現し、次いで、半透明な防壁が我々を覆う。
「えっ、なに?」
イリーナが怪訝な顔をしてからすぐ、防壁に水弾が炸裂。
衝撃の度合いからして、そう大した攻撃ではなかった。防御しなかったとしても、大事にはならない程度の威力だ。
けれども、妙ではある。
先刻の攻撃は、イリーナを狙ったものではなく……
エリスを標的としたものだった。
いったい、どういうつもりなのか。
それを問い質すべく、俺は頭上を見上げた。
中空。オレンジ色の空に走る亀裂を背景に浮かぶ、一人の少女。
ローブを纏い、頭部をフードで覆い隠している。
「……貴女は、我々の敵とみてもよろしいか?」
反応はない。相手方はただこちらを見下ろすのみ。
そんな少女に痺れを切らしたのか、エリスが怒鳴り声をあげた。
「あんたが事件の犯人ねっ!? そうでしょう!? なに企んでんだか知らないけど、好きにはさせないんだからっ! あんたを倒して、あたしは未来世界を救う!」
ここで、少女がピクリと体を震わせた。まるで、怒りを体現するかのように。
そして。
「酷い言い様、デスね。何もかも自分のせいだというのに」
よく見れば、フードから露出した口元が、ピクピクと動いている。
「あぁんっ!? なに言ってんのよ! もっとデカい声で言いなさいっ!」
なおも怒鳴るエリスに、少女は我慢の限界を迎えたかの如く、盛大な舌打ちをかまして、
「あぁ、そうデスかっ! じゃあおっきな声で言ってあげマスよっ! アナタのせいでね、私の時代は大変なことになってるんデス! アナタがこの時代に干渉したことで、時空変動が起きて、パラドックスが発生しちゃったんデスよっ!」
「はぁっ!? なに言ってんの!?」
「あぁん、もうっ! 小さい頃(、、、、)はこんなにもお馬鹿だったんデスかっ! じゃあ、今のアナタにもわかるように言ってあげマスよっ!」
怒鳴り声を返すと、少女はフードに手をかけ――勢いよく、脱ぎ捨てた。
果たしてその顔は、
「私はアイリス! 未来からアナタを元の時代へ帰還させるためにやってきた戦士っ! さぁ、大人しく未来へ戻りなさい、マ……じゃなくて、エリスっ!」
イリーナに瓜二つなエリスに、そっくりだった。
◇◆◇
「未来から、って……どういうこと……!?」
突然の事態に困惑するエリス。我々もまた、大なり小なり動揺している。
「エ、エリス。あの子、あんたの仲間なの?」
「わ、わかんない……あたし、あんな奴のこと、知らない……」
脂汗を流しながら、目を瞬かせるエリスに、アイリスと名乗った少女はキッと目尻を吊り上げた。
「知らなくて当然デスっ! なにせ私は、アナタの時代よりもさらに先の未来からやって来たのだからっ!」
「あたしの時代よりも、先?」
困惑を深めるエリスであったが……
反面、こちらとしては、おおよその全貌が見えてきた。
「アイリスさん、でしたか。いくつか質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
「……なんデス?」
「先程、貴女はこうおっしゃいましたね? エリスさんがこの時代に干渉したことで、パラドクスが発生した、と」
「はい、そうデス」
「ということは……今回の一件、全てはエリスさんがこの時代へやって来たことが原因であると解釈してよろしいか?」
「なっ!? なに言ってんのよ、あんた!」
目を丸くしてこちらを見やるエリス。だが、アイリスは首を縦に振って、
「その通り。おそらく、マ……じゃなくて、エリスはアナタ達にこう述べたのではありまセンか? この日、おば……じゃなくて、イリーナの身に災いが起こる、と。結果、未来世界が崩壊してしまう、と」
間違いない。
首肯を返すと、アイリスは宙に浮かんだまま、やれやれと肩を竦めてみせた。
「事件が発生する、というのは事実デス。けれど、内容は把握できていまセン。ただ確実なのは……マ、じゃなくてエリス。その事件はね、アナタがこの時代へやって来たことで発生したものなのデスよ」
「な、なに言ってんの!? そんなこと、あるわけないじゃないの!」
狼狽するエリスをよそに、俺はアイリスへ問いを投げる。
「であれば……エリス嬢が元いた時代へ戻れば、事件が発生することはなくなる、と?」
「その可能性が高いと見てマス。少なくとも、私の時代で発生したパラドクスは解消されるかと」
「ならば――」
続きを言う前に、エリスがアイリスへ怒声を放った。
「元の時代に戻れって!? バッカじゃないの!? ありえないわ、そんなこと! あんたが敵かもしれないっていうのにっ!」
そう、エリスの発言もまた、否定出来ないものだった。
おそらくこの議論は、どうあっても平行線だろう。となれば――
「はぁ。幼い頃のあの人が、こうも分からず屋だったなんて。だったらもう仕方ありまセン。力尽くで元の時代へ戻しマス」
「やれるもんなら、やってみなさいよ……!」
こうなるのが自然というものだろう。互いに戦闘意思を発露させ、今まさに、戦いを始めようとする二人。その間へ割って入るように、イリーナが声を出す。
「ま、待ちなさいっ! こんなとこで暴れたら――」
と、その途中。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
地鳴りのような音が響いたかと思いきや、次の瞬間、足下が大きく揺れ動いた。
「じ、地震……!?」
「な、なんだか、嫌な予感がするのだわ!」
果たして、シルフィーの勘は、大正解だった。
振動が収まった直後、我々からほど近い石畳が割れ始め……
大地が裂けた。
逃げ惑う民衆。避難が遅れ、割れ目に落ちていく者達を、俺は魔法によって救出する。
そうしていると、地割れの中で黄金色の光が生じ、まるで柱のように天へと伸びていく。
次第に光は薄くなり……
そして、何者かが姿を現した。
「え~、わたくし、ウリエルと申します~。基本世界の崩壊を防ぐためにやって参りました~」
そう語った妙齢の女性は……
イリーナに瓜二つなエリスにそっくりなアイリスと、似通った容姿だった。
◇◆◇