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第五九話 元・《魔王》様と、友人達の危機

 遠望の魔法……まるで鏡面のようなそれが映す、友人達の危機。

 その状況を前にして、俺は唖然とするしかなかった。

 一方、現状を作り出したもう一人の俺、ディザスター・ローグは、


「懐かしい顔ぶれだ。もう二度と、見ることは叶わぬと思っていたが……まさか、こうした形で再見することになろうとはな……」


 傷跡が刻まれた面貌に、悲哀を宿す。

 だが、それも一瞬のこと。

 こちらへと向き直ったローグの顔には、勝者の余裕だけが張り付いていた。


「つまらぬ言い分を、あえて口にしよう。人質の命が惜しくば、我が軍門に降れ」

「……否と答えたなら、二人はどうなる?」

「どうにもならぬさ。言っただろう? これは茶番でしかない、とな。そして……貴様の背を押してやるとも言った。現状はまさにそれだ。……俺が言わんとすることは、もう十分に理解しているだろう? 何せ我々は、同一人物なのだから」


 その通りだった。

 ローグはイリーナとジニーを人質にとったものの……彼女等に危害を加えるつもりはない。奴もまた、二人に対して並々ならぬ情を抱いているのだ。目的のためならば……といった思考の埒外に置いてしまうほど、ローグは二人に思い入れを抱き過ぎている。


 だからこれは、奴が言った通りの茶番なのだ。

 ディザスター・ローグは、俺に言い訳(、、、)を与えようとしている。


 大切な者を人質に取られた。だから、従わねばならない。


 ……なんとも、甘美な響きだな。

 きっとローグは、こうなることを予見していたのだろう。

 リディアと接することで彼女の願いを知り、自らの贖罪よりも彼女の思いを尊重する。


 ……本当はそんなこと、したくない。

 そうした迷いさえ、ローグは見通していたに違いない。

 実際のところ。


「貴様の考えは読めていた。そして……リディアの思いもな。奴が無惨な結末を望んでいることも、俺はなんとなしに気付いていたよ。奴は死する際、無念や後悔ではなく、きっと満ち足りていたのだろう。納得のいく最後であったのだろう。だが……」


 ローグはこのうえない悲哀を滲ませながら、拳を握り固めた。


「俺達の思いはどうなる? 親友を自らの手で殺した。そうなるよう、自身の手で促してしまった。その罪を永遠に背負うなど……あまりにも、苦しいじゃないか。そもそも……リディアが無惨な結末を望んでいたとして、それを叶えてやりたいと、誰が思う? 誰もそうは思うまい。彼女には幸せになってほしいと、そのように願うのが当然じゃないか」


 ローグが語るのは、自らの本心であり……

 俺自身の、本音でもあった。


「例え、リディアの意思に反していようとも、俺は、あいつに生きていてほしいと思う。生きてさえいれば……考えが変わることだって、あるかもしれない。もし変わらなかったとしても……それがエゴでしかないとしても、俺はリディアに、幸せな人生と穏やかな末路を与えたい」


 これ以上、言わせてはならない。これ以上、聞き続けてはならない。

 このままでは、決意が揺らぐ。変心してしまう。

 それを理解していながらも……俺は動けなかった。

 もう一人の自分が語る感情の全てに、共感できてしまったから。


「リディアを生かし、未来を変えるため……俺は多くの命を奪うことになる。史上類を見ない、大罪を犯すことになる。世界は滅亡の直前まで追い込まれるだろう。だが……それでリディアが救われるなら安いものだ。名も知れぬ、なんら無関係な大衆の命に、どれだけの価値がある? ……もはや俺には、人々の命になんら尊さを感じられぬ。当初こそ、俺は彼等のために立ち上がった。世の人間全てを救済すべく、拳を握り固めた。だが……そんな俺に民衆は何をした? 何を与えてくれた? 《魔王》という忌まわしい称号で俺を呼び、バケモノとして畏怖したうえ……孤独へと、陥れたのだ」


 もう一人の俺は、滔々と語り紡ぐ。その瞳に、一種の憎悪を宿しながら。


「リディアの命運と人類の行く末。それらは天秤にかけるまでもない。……貴様とて、心の奥底ではそう考えているのだろう? ならば迷う必要はない。俺と共に動けばいい。……これだけ言ってなお迷い続けているというのなら、さらに言い訳を与えてやろう」


 再び、ローグは鏡面に映る二人へ目をやって、


「先刻述べた通り、俺は彼女等に危害を与えない。そう、俺は(、、)な。しかし……この時代の俺が率いる軍勢が城に押し寄せたとき、二人がどうなるかまでは保証できぬぞ」


 まさにそれは、脅迫そのものだった。

 なにゆえ、城の内部というわかりやすい場所に、己が霊体を封じた媒介を置いたのか。

 そして、そんな重大な場所へわざわざイリーナ達を呼び寄せた理由は……

 全て、このためだったのだろう。


「此度の戦、現状を見るに五分といったところだが、いずれ均衡が崩れよう。間違いなく、この時代の俺が優勢となる。そうなれば必然、次なる戦場は城郭都市へと変わり……荒々しき戦士達が、城へとなだれ込む。無論のこと、内外に配慮することはない。何せ、霊体を封じた媒介の破壊が目的であるゆえな。初手で城ごと粉砕、ということもありえる」


 そうなったとき、城の中にいる彼女達は……!


「もう一度、わかりやすく言おう。二人を失いたくなくば、こちら側に付け」


 甘美なる誘惑に、俺は首肯を返すべきだと心の底から考え、そして。

 了承の意を――

 口にする直前のことだった。


 状況に、変化が生じたのは。


   ◇◆◇


「なんで……! なんであんたがッ!」


 可憐な美貌を怒気で歪めながら、イリーナは叫ぶ。

 目前に立ち、悠然とこちらを見つめる少女……ラティマへと、声を叩き付ける。


「……わたしの行動理念はただ一つ。リディア様。あの御方のためならなんでもする。だってあの御方は、わたしの全てだから。あの御方が幸せになれるなら……わたしは、地獄に落ちたってかまわない」


 ゾッとするような目でこちらを射貫いてくる。

 その冷徹極まりない瞳が、イリーナの灼熱した感情を凍えさせ……

 代わりに、強い当惑をもたらした。


「リディア様のため? どういう意味よ、それは」

「貴女達が知る必要はない。所詮、貴女達は道具でしかないのだから。アード・メテオールという駒を、こちらの都合よく動かすための道具。貴女達は黙って利用されてればいい」


 彼女の表情は相変わらず無機質なものだったが……

 その奥底に、明らかな侮りが見て取れた。

 このラティマは、自分達を三下としてすら扱ってはいないのだ。


 ……悔しい。あまりにも、悔しい。


 けれども、悔恨の思いを発露したところで何も変わりはしない。


 自分達がアードの役に立つどころか、彼の足を引っ張るお荷物になってしまったという現状は、どう足掻いても変わらない。

 自分はこのまま、ラティマの言う通りなんの真実も知ることなく、足手まといとして事件に居座ることしかできないのか。


(いや、そんなことはないわ……)

(あのときの力が、今、絞り出せたなら……!)


 思い出されるのは、少し前の出来事。

 学園祭にて、洗脳されたシルフィーと戦ったときの記憶だ。

 自分と彼女の力量差を思えば、まともな勝負にすらならないはずだった。しかし、不可思議なことに、力がどんどんと湧き上がってきて……勝ちを拾う直前まで行った。


 あの力が、もう一度出せれば。

 あるいは、この状況を打開できるかもしれない。


 だからイリーナは願う。もう一度、あの力を……と。

 だが、何をどう念じても、あのときの再現は成らず……時間だけが無為に過ぎていく。


(なんでよ……! なんで、応えてくれないのッ!?)


 焦燥と、己に対する怒りが募っていく。

 しかしどうあっても、あの時の力は出せず……


(……ここが、あたしの限界なのかな)


 諦念が心を挫きかけた、そのときだった。


「はぁ。などほどなるほど。ミス・イリーナ。私はこれまで、貴女のような選ばれた側の人間を完全無欠だと思い込んでいましたが、そうでもないみたいですね。私のような凡人でも、十分に付けいる隙がある。それを学ばせてくださり、どうもありがとうございます」


 イリーナの真横にて。

 同様に拘束されているジニーが、なぜだか勝ち誇ったように微笑んだ。


「……何を言ってるの?」


 ラティマが怪訝な顔をして問いかける。が、ジニーはそれを無視して、イリーナだけを見つめたまま、言葉を紡ぎ続けた。


「精神的な脆さ。それが貴女の弱点ですわよ、ミス・イリーナ。想像だにしなかった展開を迎えたとき、すぐさま諦めてしまう。それはきっと、無駄に強い自信が原因なんでしょうね。貴女はどこかで慢心を抱いてるのよ。自分はなんでもできる。そんな自分がピンチに陥ることなんかない、って。そんなだから、いざピンチになったとき、頭の働きが完全に止まる。何もかもを諦めてしまう」


 でも。

 と、そう前置いてから、ジニーは唇をニヤリと歪めて。

 弱者であるがゆえの利点を、堂々と口にした。


「私は特別じゃない。だから貴女とは違って、ものごとを始めるとき、失敗するイメージをまず想像する。また、私には自信がない。だからミス・イリーナ。貴女とは違って、ピンチになったときの動揺は小さい。だって、そうなるのが当たり前ですもの。……そうした心構えがあるからこそ、私はこの状況を打破できる」


 断言してみせたジニーに、ラティマだけでなく、イリーナさえも懐疑の念を送る。

 何を言ってるんだ? この状況を、どう打破するというのだ?

 特に、ラティマは強くそう思ったらしい。


「魔法が使えない魔導士に何が――」

「えぇ、そうですわね。魔法は使えませんわ。ただ……普通じゃない魔法(、、、、、、、、)は、どうかしら」


 この言葉に、ラティマは怪訝を浮かべるのみだったが……

 イリーナは、ハッとなった。

 魔法とは通常、詠唱などによって術式を構築し、そこへ魔力を流すことで発動するもの。

 ゆえに魔力を封じられた今、魔法の発動は不可能である。

 しかし……もしも、魔力を必要としない魔法技術が存在するとしたら?

 世の多くの者が、そんな技術はないと答えるだろう。

 だが。

 イリーナとジニーは、違う。

 あのアード・メテオールの友人にして、弟子でもある二人は、こう答える。


「《崩字魔法スクリプト・マジック)》……! そうよね、ジニーっ!?」

「ふふっ、ご名答」


 クスリと笑い、それから。

 ジニーは拘束された手先を僅かに動かして、虚空へと指を踊らせた。

 刹那。

 不可思議な模様が彼女の目前に現れ――

 爆裂する。


「なんだ、それは……!?」


 瞠目しながら、冷や汗を流すラティマ。

 知らぬのも当然だ。これはおそらく、イリーナとジニー、そしてアードの三人しか認知していない技術なのだから。


崩字魔法(スクリプト・マジック)》。それはかつて、いじめられっ子だったジニーに自信を付けさせるべく、アードが伝授した技術である。


 虚空へと崩したルーン文字を描くことで、簡素な術式を構築。普遍的な魔法がその発動源として魔力を要するのに対し、《崩字魔法(スクリプト・マジック)》は大気に宿る《魔素》を用いて発動する。

 即ち、一切の魔力を必要としない魔法なのだ。

 現代では《魔素》濃度の低下もあり、《崩字魔法(スクリプト・マジック)》の威力もさほど強いものではなかったが……《魔素》濃度が極めて高いこの時代であれば、話が変わる。


 ジニーが繰り出した技、《ショート・フレア・ボム》は、その激烈な威力で以て拘束を破壊。自らに降り注いだ超高熱はアード手製の革鎧が全て吸収してくれた。

 イリーナもまた、そのようにする。

 自分を拘束する魔法金属に爆裂を食らわせ、見事脱出。

 一足先に拘束から抜け出していたジニーと同様、自身の得物を構えながら、


「……まったく、ほんっとムカつくわね、あんたって奴は」

「褒め言葉として受け取っておきますわ~。なぁ~んにもできずに落ち込んでたミス・イリーナ♪」

「ふんっ! やっぱあたし、あんたのことだいっきらいっ! でも……今だけは認めてあげる。最悪だけど、最高のパートナーだってね」


 二人、肩を並べて、敵を見据える。

 ラティマを、見据える。

 その視線を受けて、彼女は俯きながら、


「ふぅ……」


 か細い声を漏らし、そして。

 上げた面には、僅かな嘲笑が浮かんでいた。


「想定外、ではあるけれど。問題じゃない」


 それはどういう意味か。

 問い尋ねるよりも前に、ラティマは淡々と呟いた。


「貴女達の行動は、全て無駄に終わる」


 と、その瞬間。

 開けた空間を埋め尽くすように、無数の魔物達が現れた。

 それはまるで、召喚魔法のようであったが……陣が現れていないことからして、おそらく別の技術であろう。

 いずれにせよ……イリーナとジニーは、振り出しに戻ったのだ。

 再び、危機を迎えてしまったのだ。


「呼び寄せた魔物は一〇〇を超えています。貴女達の力量では、どうにもならない。大人しく拘束されていた方が、痛い目を見ずに済みますよ」


 まさに、絶望的だった。

 しかし。


「はんっ! それがどうしたってのよっ!」


 イリーナはそれでもあえて、意気軒昂と叫ぶ。

 肩を並べるこの相棒……ジニーに、もうこれ以上弱いところは見せたくなかったから。


「一〇〇だろうが二〇〇だろうがッ! あたしの敵じゃないわッッ!」

「ま、そういうことですねぇ~。……前座を片付けたら、次は貴女ですよ、ミス・ラティマ。覚悟しておきなさいな」


 互いに士気は十分。

 この絶望的な状況を、本気でなんとかするつもりでいる。

 本気で、なんとかできると考えている。

 両者共、同じ思いだった。

 イリーナとジニー。普段はウマが合わず、水と油のような関係だが……

 今は、心の底から思う。

 この相棒となら、どんな危機も乗り越えられるのではないか、と。


「……そうですか。ならば、わたしが取るべき行動は一つ」


 ラティマの顔に、冷酷な色が宿った。

 そして、圧倒的不利な戦いが、今まさに開幕する――

 その寸前。


「ハハッ! おもしれぇことしてやがんなぁ? オレも混ぜてくれよ」


 聞き覚えのある第三者の声が、場に響き渡った瞬間。

 激しい烈風が渦巻いた。

 轟然と唸るそれが、イリーナとジニー、ラティマの肌を打ち、髪をなびかせる。

 吹き荒れしその風は……

 闖入者の躍動による、副産物。

 それに気付いた頃には、魔物達の大半が既に両断されていて。

 イリーナ達が彼女の動きを視認できたのは、最後の一体を斬り伏せた、その一瞬のみであった。


「おいおい、てんでたいしたことねぇな。もっと歯ごたえのある奴を呼べよ」


 愛剣を肩に担ぎながら、勝ち誇るように笑う。

 溢れんばかりの自信と……勇気に満ちた顔。

 そんな表情が誰よりもよく似合う、この女の名は。


「リ、リディア様……!?」

「おう。安心しろよ、二人とも。なんせオレが来たんだからな」


 悠然とした構え。圧倒的な自負。

 放つオーラは、まさしく規格外。


 伝説の《勇者》、暴風の如く見参――


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