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第五七話 元・《魔王》様VS現・《魔王》

 しばし、静寂の帳が場に降りた。

 肌がひりつくような緊張感。

 それは対面に立つあの男……

 もう一人の俺、ディザスター・ローグが放つ圧力(プレッシャー)によるものだった。


「……なぜ、そのような結論を出した?」


 刺々しい兜の向こうから、鋭い気迫が飛んでくる。

 拒否は許さぬといわんばかりの声に、俺は拳を握り締めながら、


「あいつが、それを望んでいないからだ。俺は……俺は、あいつの願いを知った。《勇者》という称号を背負い、そして……最後は己が罪を精算する形で死にたいと。リディアは、そう言ったのだ」

「……その願いを叶えてやりたいと。貴様は真に、そう思っているのか?」


 俺は何も返さなかった。

 ただ無言のまま、相手を睨むことしかしない。

 そして。

 曇天の下、静けさの中に、ローグの落ち着き払った声が響く。


「……いいだろう。ならば始めようか。つまらぬ茶番(、、、、、、)を、な」


 瞬間。

 俺は闘争の開幕を予感し――

 すぐさま横へと跳ねた。

 前後して、今しがたまで立っていた場所から、光り輝く柱が天空へと伸びる。

 曇天を穿つそれをもし直撃していたなら、危なかったかもしれない。

 だが……


「まだまだ、小手調べといったところか」


 小さく呟くと、俺は返礼の一撃を見舞った。

 ローグの頭上に七つの魔法陣が顕現し、数瞬後、それらが雷鳴を轟かせた。

七重詠唱(セブン・キャスト)》の遠隔発動。

 現代《魔導士》からすれば信じがたい神業であろうが……

 この敵方にとっては、なんら驚くに値しないものだろう。

 奴は、俺自身なのだから。

 天より降り注ぐ雷霆の群れ。凡庸な者であればこの一撃で決着が着いたのだろうが、


「……まるで児戯だな」


 奴には通じなかった。

 ローグはその場から一歩も動くことなく、こちらの攻撃を受けてみせた。

 膨大な雷撃が総身を襲う。だが……

 それら全て、漆黒の鎧に阻まれ消失。


「……良い魔装具だな」

「フン。貴様の称賛ほど、響かぬものもないわ」


 応答と同時に、反撃が飛ぶ。

 我が周囲を囲むようにして魔法陣が現れ、すぐさま灼熱の業火が放たれた。

 跳躍して回避。

 難を逃れたのもつかの間、中空にて、待ってましたとばかりに魔法陣が出現。

 正面に浮かび上がったそれから、黄金色の奔流が放たれる。

 これもまた現代は当然のこと、古代の戦士であっても、凡庸な者であれば決着が着くような一手であろう。

 されど、俺には通じない。


「……つまらぬ技だ」


 片手を突き出し、防壁を展開。完全に無力化。

 着地後も、ローグは実に多種多様な魔法を以て、千変万化の攻め方を見せた。

 その場を動かず、常時攻め立てる敵方に対し、こちらはその周囲を回る形で回避と防御に専念する。

 ときたま反撃の一手を繰り出すが、やはりあの鎧に阻まれ、なんの効果もなかった。

 しかし……


「これはどうだ?」


 敵方の攻めを防壁によって無力化した直後。

 俺は先程から準備していた術式へ、魔力を流し込む。

 刹那。

 ローグを取り囲むようにして、円形の魔法陣が構築された。

 それからすぐ、その独特な形状の陣から膜が広がり――

 楕円形となった膜がローグを覆うと同時に、奴は地面へと片膝をついた。


「ぬ……う……!」


 苦悶がローグの口から放たれる。

 第三者からしてみれば、あの膜の中で何が起きているのか、理解できないだろう。

 ローグもまた、この一手は想定外であったに違いない。

 何せこれは、今この場で作った、即興の魔法なのだから。

 あれは結界魔法の応用で、内部に閉じ込めた者へ桁外れな圧をかける。

 並大抵の存在なら、一瞬にして圧縮されてしまうだろうが……

 やはり、この敵はそう簡単にやられてはくれんか。

 とはいえ。


「ぬ、う、お……!」


 鎧に亀裂が走る。

 まず真っ先に砕けたのは、兜であった。

 奴の傷面が空気に晒され、流れ落ちた苦悶の汗が圧力によって四散する。

 簡単には潰れない。が、時間の問題だ。

 奴がこのままなんの手も打たなければ、あと二〇秒以内に決着がつくだろう。

 ……それがあり得ぬと言うことを、俺は理解している。

 ゆえに。


「これ、は……なかなかのものだった……!」


 次の瞬間、我が即興による魔法が突如として消失しても、なんら驚くことはなかった。


「……解析、か」


 圧力から解放され、呼吸を落ち着かせるローグに、俺はポツリと呟いた。

 解析。

 俺の魔法的な特技である。

 ルーン言語によって構築された魔法であれば、長くても三秒。ルーン以外の魔法であれば、一部の例外を除き、およそ一〇秒ほどで術式の全容を把握できる。

 そして……その内容をもとに相殺術式を構築。

 これにより、理論上あらゆる術理を無力化することが可能だ。

 この解析と対応の力を発展させたものこそ、我が《固有魔法(オリジナル)》である。

 ……奴はそうした力の全てを備えているのだ。

 何せ、敵は俺自身なのだから。

 となれば、この勝負……


「どうあっても、決着はつかぬ、か」


 それをいかにして覆すのか。極めて難解な命題と言えた。

 これまで様々な状況に対応すべく、無数のテンプレートを作ってきた俺だが……

 自分自身と戦うという状況になったなら、どうすべきか?

 このテーマに関しては、クリアできる気がしなかったため、あえて放置していたのだ。

 そのツケが、まさかこんな形でやってくるとはな。

 さて、どうしたものだろう。

 ……と、考えを巡らせ始めた、その矢先のことだった。


「ふぅ。やはり、貴様は敵にすべきではないな。これも自画自賛になってしまうが……貴様以上に恐ろしい敵など、どこにもいはしない」


 言いながら、奴は鎧を邪魔に思ったか、それを消去し、普遍的な古代の衣服へと変換。

 ……いつの間にか、戦闘意思が消えていた。

 まるで全てが終わったかのような立ち振る舞いに、当惑せざるを得ない。

 そんな俺に、ローグはほんの僅かな微笑を浮かべ、


「こうなることを、俺が先読みできなかったとでも? だとしたなら、それは大きな侮りというものだ。己を知るがいい、アード・メテオール。貴様は貴様自身を、正確に評価できてはいない」


 わけのわからぬ言葉を並べていく。……そう、この時点では、奴のいわんとすることが全く把握できなかった。

 が――


「疑問に思わなかったか? なぜ、貴様を呼び出した日と、この時代の俺が作戦行動に打って出る日が同じなのか。……結論を言ってしまえば、今回の戦は貴様を味方に引き入れるためのものだったのだ。おそらく、戦自体には敗れることになるだろう。だが、此度奪った土地などに執着はない。貴様という駒さえ手に入れば、他はどうだっていい」


 この言葉を聞いた瞬間。

 俺は漠然と、奴の思惑を想像し……


「まさか、貴様ッ……!」


 焦燥感が、言葉となって発露した。

 ローグは勝利を確信したか、微笑を深いものにしながら、ある魔法を発動する。

 それは、遠望の魔法であった。

 我々の頭上に巨大な鏡面が現れ……


「さぁ、貴様の背中を押してやろう」


 紡ぎ出された言葉に応じるかの如く、鏡面が遠く離れた場所にて展開されし状況を、映し出した。

 果たして、その内容は。


 薄暗い、おそらくは地下の一室にて。

 妖しく光り輝き、宙に浮かぶ、巨大な紅い宝石。

 その傍で……磔にされた二人の少女。


 それはイリーナとジニーの、痛ましい姿だった。



本日、第三巻目が発売となります。もしよろしければ……!

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