表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/155

第五六話 元・《魔王》様と、古代世界最後の戦場

 戦を前にした戦士達は、実に多種多様な感情を芽生えさせる。

 不安、恐怖、怒り、喜悦、昂揚……

 しかし。


 ここに二人、いずれの感情も抱かぬ者達がいた。


 王都・キングスグレイヴ。《勇者》・リディアの邸宅にて。

 イリーナとジニーの両名は、その一室でベッドへ座り込み、重苦しい空気を放っていた。

 そんな両者の髪には、鼈甲色の飾りが付けられている。

 これは先日、リディアが一日アードを借りたことに対する返礼として、彼女から二人に贈られたものであった。

 芸術という点において現代に大きく劣る古代世界だが、この髪飾りは中々美麗であり、現代人の二人も気に入るほど、だったが……


「なんていうか、さ。置いてけぼりよね、あたし達」


 髪飾りを弄りながら、イリーナは憤懣やるかたなし、といった調子で嘆息する。

 ジニーも同様の感情を抱いていたようで、イリーナに首肯を返した。


「確かに。こちらに来てからというもの、存在感が完全に欠如してますよね、わたし達」

「……わかっちゃ、いるけどさ。でも、認めたくないのよね」


 イリーナはあえて、それを言わなかった。

 自分達はアードにとって、お荷物でしかない。

 そんな厳然たる事実を、口に出すことはしなかった。いや、できなかった。


「……アードに並びたいって、そう思ってるのに。努力もしてるのに。現実はこれ、か」


 人生は決して、思い通りにはいかないもの。例え、どれだけの天稟を持とうとも。

 父がかつて、イリーナに語った言葉である。今まさに、彼女はそれを噛みしめていた。

 否応なしに気分が暗くなる。だが、その一方で……

 ジニーは一人、重い空気を払拭しながら、


「でも、諦めるって選択は、しないんでしょう?」

「……当然よ」

「そうですか。貴女が諦めてくださると、わたしのアード君一万人ハーレム計画も順調に進んでくれるんですけどねぇ~」

「一万って……人数、増えてない?」

「それが何か?」

「……まぁ、何人だろうと関係ないけど。ハーレムなんて認めないわよ、絶対」


 ムスッとした顔になりながら、ジニーを睨む。

 サキュバスの少女は涼しげな顔のまま視線を受け流し、頭の羽をピコピコと動かした。


「はぁ……あんた、ほんっとに落ち着いてんのね。あたしはてっきり、あんたが一番、置いてかれたことを気にしてるもんだと思ってたけど」

「……気にしてないと言えば、嘘になります。でも」


 ジニーは桃色の髪に取り付けられた飾りに触れながら、過去を思い返すように目を細め、


「リディア様に、約束したんです。何も考えず、とにかく突っ走るって。だからもう、暗くなったりしません。落ち込んでる暇があったら……行きたい場所を目指して突っ走る。そうした方が建設的、でしょう?」

「……そうね。その通りだわ」


 微笑むジニーに、イリーナもまた吹っ切れたような笑みを返す。


「じゃあ、一緒に突っ走ろっか! アードが帰ってくるまで、あたし達にできる努力をしましょ!」


 無性に体を動かしたくなった。

 ジニーも同じ考えを抱いていたのか、イリーナの言葉に同意を示す。

 そして二人は、魔法の鍛錬を行うべく、中庭へと移動……

 しようと腰を上げた、直後のことだった。


「失礼いたします」


 ノックもなしに、一人の少女が室内へと入ってくる。

 リディアの配下にして、アードの世話役を任されていた元・奴隷……ラティマであった。

 褐色肌と白髪が特徴的な彼女は、無機質な表情で二人の顔を見据えると、


「重大なお知らせがあります」


 厳かに、口を開くのだった――


   ◇◆◇


 アラリア平野の西部。その一角には、やや高低差が目立つ丘陵地帯が広がっており……

 そこが此度の戦における、主戦場となった。

 古代世界の行軍は、現代人からすれば信じがたいほどの速度である。

 早朝に出発し、この場へと到達するまで、半日さえかかりはしなかった。

 時刻は昼過ぎ……だが、大空に鮮やかな青は皆無。

 本日は曇天である、というのも一つの理由であろう。しかし、最大の要因はやはり――


 天空を埋め尽くす、飛龍の群れだ。


《魔王》はいかなる手段によるものか、無限の魔物を従え、軍勢を築いている。

 その航空戦力たる飛龍達の数は、もはや把握する気にもなれなかった。

 天を自らの体色で埋め尽くす彼等は、当然のこと、ただそこに存在しているだけではない。大地にて展開されし戦況を睥睨し、絶えず、その口から火球を放つ。

 無数の飛龍達による空襲。

 その光景は現代人からしてみれば、まさしくこの世の終わりそのものであろう。

 だが……古代の戦士達にとっては、なんら気にするほどの状況ではなかった。


、なにゆえか?


 この場に、ライザー・ベルフェニックスが立っているからだ。


 四天王の一人にして、歴戦の古強者たる老将。その異名は、《難攻不落の絶対防御》。

 守備と回復の魔法を特に得手とする彼と、彼が率いる軍勢は今、守護者としての役割を存分にこなしていた。


 戦場の後方、小高い丘の頂上にて。

 戦の活気を見下ろしながら、ライザーとその軍勢は常時、仕事を続けていた。

 防御魔法の遠隔発動である。

 降り注ぐ火球に対し、ライザー達は兵士一人一人に対して防護の魔法を掛け続けていた。

 そうした働きにより、飛龍達の存在は完全に無力化されている。


 恐るべきは、その正確さと集中力。何より、底なしの魔力量であろう。

 ライザー軍一万に対し、戦闘に参加する兵の数は八万を超える。

 およそ八倍以上の人数に対し、完璧なタイミングで防御と治癒の魔法を遠隔でかけ続けるなど、現代人からすれば想像もつかぬこと。


 まさしく、神話そのものであった。


「……なかなかに、見応えのある様相であるな」


 己が職務を果たしながら、ライザーは重低音を響かせる。

 その鋭き眼光が捉えるは――

 圧倒的な戦果を挙げる、(くろがね)の巨人。



 それは、巨大であった。

 それは、雄々しい物であった。

 それは――絶対的に強かった。


 見上げるほどデカく、手が付けられぬほど強く、そして。

 最高にカッコいい。


 まさしくそれは、幼子の妄想そのもの。


《天才にして天災》たる魔法学者、ヴェーダの手による傑作魔導兵器。

 その名を、《魔導機兵(ゴーレム)》という。


 デカく、太く、無骨なシルエットを持つそれは、単騎にして万の軍勢に匹敵する。

 全身まさしく凶器であり、ただ動いただけで無数の魔物達を蹴散らしていく。


 地表を走るリザードマンの群れなどなんのその。


 向かい来る巨龍には必殺の破壊光線をお見舞いだ。


 絶大にして圧倒的なパワーを発露し、戦場の只中で異彩を放つ超兵器。

 その機体内部。操縦席にて。


「ゲヒャヒャヒャヒャ! ワァァァァタァァァシィィィィは、くぁみ()どぅわあああああああああああああああああああああッッ!」


 ヴェーダ・アル・ハザードは超ハイテンションで叫び続けていた。

 最新の魔導装置を用いることで、操縦席は三六〇度、戦場の隅々まで目視できるようになっている。そのうえ冷暖房完備。お菓子類も完備。椅子にはマッサージ機能付きと、至れり尽くせりである。

 だが、そうした快適性と圧倒的な性能ゆえ、搭乗者に要求される魔力量などのハードルは極めて高く……現状、この《魔導機兵(ゴーレム)》を十全に操れるのはヴェーダのみであった。


「それいけ爆裂パァ~~~~~~ンチっ! 今だ必殺! ブレスト・ハリケーンっ!」


 まさに子供が遊んでいるかのような調子で、魔物の大軍を討ち果たしていく。

 鐡の巨人の快進撃はどこまでも……と、そう思われた矢先のことだった。


【ビー! ビー! 敵の攻撃を受けています! 敵の攻撃を受けています!】


 警報音が操縦室の中を満たす。

 ……この魔導兵器には、いくつかの欠点があった。

 それは巨体ゆえの機動力のなさ。そして……

 巨体ゆえに、小さく速い相手には、対応が難しいのだ。


「え~~っと…………あちゃ~、ゴルド・ワーウルフの群れかぁ。相性最悪だなぁ」


 さして慌てた風もなく、ヴェーダは機体表層を駆け巡る敵方の様子を眺めた。

 ゴルド・ワーウルフ。黄金色の毛並みを持つ狼人間達の総称である。

 その地上における機動性能は、あらゆる魔物の中でもトップクラス。

 備えた爪は頑強なる魔鉄鋼さえ、バターのように切断する。

 そんな連中が今、巨大な機体の体表を我が物顔で疾走し、装甲板を斬り刻んでいく。

 そうした様子に、ヴェーダは依然として、落ち着きを保っていた。

 豪胆ゆえ、というのもあるが……


 この戦場には、彼女(、、)がいるという事実。これが一番大きい。


「速さには速さで対抗すべきだよねぇ~。そういうわけで…………頼んだよ」


 小さな笑みを浮かべるヴェーダ。

 その瞬間であった。

 勝手気ままに機体表面を駆け巡っていた黄金の獣達が、全く同時に両断され、その全てが絶命に至る。

 何が起きたのか。現代人は当然のこと、古代人であっても理解できる者は少なかろう。

 されど、四天王の一人たるヴェーダにとって、この事態は特別、気にするほどのものではなかった。


「いやはや、さすがさすが」


 そう呟く彼女の視線の先には……

 今しがた一仕事を終え、すぐさま別の場所へと駆けていく、集団の姿があった。


「相変わらずカッコいいね! オリヴィアちゃん!」



 その集団はどこか、異様な空気を放っていた。

 黒い。

 全身余すところなく、黒一色である。

 闇そのものを固めたような、身軽さを是とする装束を纏い、その口元をやはり漆黒の布で覆い隠す。徹底的なまでに黒い、その集団の名は……


 人呼んで、《斬魔衆》。


 構成員のほどんとは獣人族であり、頭目たる彼女の教えを受けた剣客の集団である。

 彼等はまるで漆黒の風の如く疾走し、すれ違う魔物の群れを神速の剣捌きによって斬り裂いていく。

 その先頭に立つは、四天王が一。

《史上最強の斬魔士》、オリヴィア・ヴェル・ヴァインであった。


 彼女もまた、皆と同様の装束を纏う。

 だが、その全身から放たれる風格と威圧感は、他に類をみない。

 携えるは魔剣・エルミナージュ。その名は超古代の言語で、断ち斬るものを意味する。

 闇色の刀身は彼女の背丈をゆうに超えるほど長く、それでいて、強く当たれば簡単に折れてしまいそうなほど細い。まるで、彼女自身を表したような得物であった。


 弟分、ヴァルヴァトスの手によって鍛えられしその魔剣は、森羅万象を両断する。

 そこにオリヴィアの剣術と、獣人族特有の技能(スキル)……魔力消費を伴わぬ身体機能の強化が加わることで、彼女はまさに鬼神と化す。


「……桜花の陣」


 ボソリと小さく放たれた命令を受けて、集団が迅速に動く。

 一斉に四方八方へと散じ、波紋の如く広がりながら、魔を斬り伏せていく。

 一定の範囲まで広がると、頭目であるオリヴィアのもとへ帰り、疾走を続行。

 その連携力は、全軍中最優。

 全員で一丸となって狩りを行うさまは、まるで狼の群れであった。

 その反面――


「はははははは! 行っけぇええええええええええっ!」


 かの者達は、オリヴィア軍の真逆を行く。

 楽しげな声と共に、すぐ横で攻撃魔法が放たれた。

 極太の紫電が一直線に駆け抜け、多くの魔物達が炭へと変じる。


「ぶははははは! 今回の賭けはテメーの負けだなぁ!」

「えぇいクソっ! もうちょいだったんだけどなぁっ!」


 地獄のような戦場には不似合いの、遊戯に興じる子供のような笑い声。

 そちらを見やると――


「しゃあねぇ! 罰ゲーム行ってくるわ!」


 一人の兵が仲間のもとを離れ、単身、魔物の群れへ突っ込むと、


「ひゃはははははは! 人間爆弾ってか!」


 大声で笑い叫びながら……

 魔法の力により、己の肉体を内側から爆裂させた。

 膨大な超高熱が広がり、無数の魔物達を巻き込んでいく。

 そんな様子に、自爆した兵の仲間達は腹を抱えて笑っていた。


「……類は友を呼ぶとは、まさにこのことか。狂人共め」



 戦場に転がっているのは、なんであろうか?

 人によっては、悲劇と答えるだろう。

 人によっては、恐怖や苦痛であると答えるだろう。

 いずれにせよ、マイナスの意味を持つ言葉が並べられることは間違いない。


 されど。

 彼等にとっての戦場は、そうした悲観的な現場ではなかった。


 アルヴァート・エグゼクス率いる軍勢にとって、戦場とは。そして、戦とは。

 極上の遊び場である。


「よっしゃ、次は首切りゲームな!」

「えー、やだよ、お前相手にそれやるの。絶対お前が勝っちゃうじゃん」


 周囲の怒号や破壊音、悲惨を極めた光景の中、彼等だけは楽しげに笑っていた。


 陣形、なし。

 戦術、なし。

 連携、なし。

 目的……楽しけりゃなんでもいい。


 アルヴァートの軍勢は今回もまた、好き勝手に散らばり、好き勝手に戦い、そして。

 好き勝手に死んでいく。

 皆、ゲラゲラと、楽しそうに笑いながら。


 そうした様相を、アルヴァート・エグゼクスは中空に浮かびながら眺め続けていた。


「嗚々、我が同胞(はらから)達よ、楽しそうで何よりだ。しかし……吾はそんな貴君等が羨ましくて仕方がないよ。まさか、ここまで退屈だとは思いもしなかった」


 彼とて、先程までは獅子奮迅の如き活躍を見せていた。その働きぶりは万の軍勢に勝るものであろう。だが……あるタイミングを境に、彼はピタリと動きを止め、戦いを放棄するかのように中空へと浮き上がった。

 理由は一つ。

 飽きてしまったのだ。

 魔物を相手取っての戦いに、飽き飽きしてしまったのだ。


「やはり、畜生風情では燃えてこない。戦いとは究極のコミュニケーションであるからして、そこに両者の愛がなければならぬ。だが、かような魔物達相手では愛など育めるわけもなく……嗚々、これではまるで、虚しき自慰行為(ひとりあそび)ではないか」


 芝居がかった口調で、大仰に嘆いてみせると。

 アルヴァートは飛龍によって埋め尽くされし天空を仰ぎ見ながら、叫んだ。


「されどこのアルヴァート! 面白くないことを面白く、というのが信条の一つ! ゆえに退屈過ぎる現状へテコを入れ! 見事に面白いものへと変えてしんぜようッ!」


 その中性的な美貌に狂的な笑みを浮かべ、両腕を大きく広げてみせる。

 そして――


「《《我、混沌の中で産まれ》》《《怨嗟と共に生き》》《《末期に虚無を抱きし者なり》》」


 彼の周囲に、複数の幾何学模様が現れては消え、現れては消え――

 その度に、一つの術式が完成へと近づいていく。


「《《我が生涯に意味はなく》》《《無為を極めし末路なれば》》《《ゆえに我はせめて》》」


 ここまで詠唱が紡がれた途端。

 戦場のあらゆる存在が、人も魔も関係なく、上空を見上げた。

 アルヴァートという怪物へ、視線を集めた。


 その一瞬。


 戦場から闘志が消失し、敵味方を問わず、奇妙な団結感で結ばれた。

 皆の意思が、一つにまとまる。

 即ち――


 あのバケモノを、止めなければ。

 早急に止めなければ、恐ろしいことになる。


 だが、そんな危機感を抱く彼等を歯牙にもかけず、最強にして最狂の戦士・アルヴァートは、詠唱を――


「《開け、獄門》」


 続行する最中のことだった。

 何処より声が飛来し、次の瞬間――

 アルヴァートの周囲に、複数の黒点が顕現する。

 途端。


「ふはんっ! やってくれるじゃあないか!」


 狂笑を深めながら詠唱を中断し、すぐさまその場を離れる。

 刹那、黒点より絶大な吸引力が生じ、天空を飛び交う飛龍達が瞬く間に吸い込まれていく。もし僅かでも逃げるタイミングが送れていたなら、アルヴァートもまた同じ運命を辿っていただろう。


「ククククッ……! やはり貴公の愛情表現は過激で素敵だよ、我が主」


 アルヴァートは視線を泳がせ、遙か遠方を見やりながら、愛おしげに呟くのだった。



「……チッ。避けられたか」


 戦地より遙か後方。

 本陣の只中にて、簡単な拵えの椅子に座りながら、ヴァルヴァトスは舌打ちした。

 絶世の美貌には苦渋が刻まれており、見るからに不機嫌といった様相である。

 その原因は、一人の馬鹿、変態、戦闘狂。

 つい先刻、状況も顧みず危険な手札を切ろうとした、愚か(アルヴァート)であった。


「あのクソバカタレが。やはり暴走しおった。これだから嫌なのだ、奴を戦列に加えるのは……! あぁもう、胃が痛くてかなわぬ……!」


 美しい眉間に縦皺を刻みながら、貧乏揺すりを繰り返す。

 そんなさまもどこか画になるほど、ヴァルヴァトスという人間は美麗であった。

 そうした美王に仕えし側近の一人、薔薇の騎士・リヴェルグは苦笑しつつ、


「さりとて我が君。アルヴァート殿とその手勢がおらねば、戦線の維持も難しいでしょう」

「あぁ、そうだな。その通りだとも。奴等、力量だけは我が軍でも最強だからな。……まったく。なにゆえ天は、あのような頭がおかしい奴等に力を与えたのか……」


 大きくため息を吐く。

 と、ヴァルヴァトスはそこで落ち着きを取り戻したようで、


「……リヴェルグよ、戦況をどう見る?」

「は。拮抗状態かと」

「即ち、最悪というわけだな」


 答えは返ってこない。それが何よりの返答であった。


「魔物の数自体は問題にならぬ。だが厄介なことに……減らしても減らしても、尽きることがない。まさしく無限の軍勢か」


 減らしても減らしても、その度に新たな魔物が発生し、数が一向に減少しない。

 それがいかなる術理によるものか、ヴァルヴァトスを以てしても理解できなかった。


「日中に終わらせると予告したわけだが、さて、どうなるかな」

「……何か、城に繋がる秘密の出入り口でもあればよいのですが」


 側近が漏らした言葉に、ヴァルヴァトスは苦笑した。


「それがあったとしても、我等には見つけられんだろうよ。名の通り、秘密の出入り口、なのだからな」


 ともあれ、状況は芳しくない。

 このままではいつまで経っても、敵城へ近づくことさえ叶わないだろう。

 こうした状況を打ち破るような者がいるとしたなら、やはり……


「うぉらぁあああああああああああああああッッ!」


 頭に一人の女を思い浮かべた矢先、当人の雄叫びが、遠方たるこの地にまで轟いた。


「あ、あいも変わらず、凄まじい声量ですな」

「……ふん」


 頬杖をつきながら、鼻を鳴らす。表向き、不機嫌そのものといった顔だったが。

 その内面では。


(頼むぞ、リディア)


 親友の雄姿と活躍に思いを馳せ、美王はこっそりと笑みを漏らすのだった。



《勇者》・リディアが率いる軍勢は、一見するとバラバラに動いているように見える。

 規律もなく、整然としておらず、まるで素人のような動き。

 だが、それは稀代の天才軍師にして、《最賢の勇者》と呼ばれし少女による、高度な用兵術なのだった。

 その中心格として扱われる遊撃部隊……リディアを隊長、シルフィーを副隊長とするそれは、まさしく激烈な活躍ぶりを見せていた。


 リディアが聖剣・ヴァルト=ガリギュラスを振るえば、一太刀にして無数の魔物が両断される。それに負けじと、シルフィーも魔法や剣術で以て、次々と敵方を薙ぎ倒していく。

 そんな奮闘の中で。

 シルフィーは唇を尖らせながら叫んだ。


「あぁもう! しんどいのだわっ! アイツがいたらもうちょびっとは楽ができるのに!」


 アイツ、とは、この場にいない彼のことだろう。

 アード・メテオールという名の、少年のことだろう。

 ……この時代におけるシルフィーは、それほど長い時間、彼と過ごしたわけではない。

 元の時代の彼女とは違い、特別な感情は持っていなかった。

 しかし……この時代のシルフィーもまた、アードの実力は認めている。

 だが、そうであるがゆえに、彼がここにいないということが腹立たしかった。


「進軍中にどっか行くとか! 絶対! ありえないのだわっ! まさか、怖じ気づいたんじゃないでしょうねぇっ!?」


 魔物を斬り刻みながら、叫び散らすシルフィー。

 彼と肩を並べ、戦果を競い合いたかったというのに。なんだか、無性にイライラする。

 そんな彼女にリディアは苦笑しつつ、


「ま、あいつにもやるべきことがあるんだろうさ。……んなことより」


 そう前置くと、彼女は瞳を鋭くさせて。


「……どうにも、妙な動きしてやがんなぁ」


 おそらく、彼女にしかわからぬ呟きを口にすると。

 その場より東の方角を見やり、これまた、彼女にしか理解できぬ言葉を紡ぎ出した。


「やっぱ、こうなったか」


   ◇◆◇


 アラリア平野西部、滅亡の大地。

 その名は現地の有様と特殊性、そして歴史に起因する。


 ここ一帯は古代よりもさらに前、超古代と呼ばれし頃、巨大な戦の舞台と場所だ。


 方や、超古代の世界を支配していた謎の存在、《旧き神》。

 方や……これまた謎多き超越者、《外なる者達(アウター・ワン)》。


 二大巨頭の激しいぶつかり合いは、この土地に多大な影響をもたらした。

 いかなる原理が働いているかは不明であるが、この土地には軽度の呪詛が漂い続けており、普遍的な生物は足を踏み入れただけで死に至る。

 俺のような魔法抵抗力の高い人間であれば、特別どうということもないのだが……


 この滅亡の大地はまるで、世界の全てを憎むかのように、あらゆる存在を拒絶する。

 ゆえにこの地にあるのは、滅びの光景のみ。

 即ち……地平線の彼方まで続く、寂寞とした荒野である。


 まさしく殺風景を絵に描いたような場所で……

 俺は、もう一人の自分と再会した。


 ディザスター・ローグ。

 奴は変わらず、全身を暗黒の鎧で覆い隠しており、その表情は窺い知れない。

 遠く離れた戦地の状況を思い、焦燥感を抱いているのか。

 あるいは、何らかの策略を巡らせつつ、ほくそ笑んでいるのか。

 いずれにせよ。

 俺も、奴も、すべきことはただ一つ。


「……答えを、聞かせてもらおうか」


 腹に響くような声だった。

 その問いかけに対し、一度深呼吸してから、


「俺は――」


 数日ほど待たせていた答えを。

 導き出した結論を。

 ハッキリと、口にした。


「俺は、リディアを救わない」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ