第五一話 元・《魔王》様、真相に迫る
自称・神は、我々に二つの目的を提示した。
特異点を見つけ出し、歴史を修正しろ。
《魔王》に会え。
おそらくはこの二つを達成することにより、元の時代に戻れるのだろうと考えた我々は、まず《魔王》に会うということを主目的としつつ、特異点とやらの情報収集に努めるべくヴェーダの配下となった。
結果として、思わぬ形でリディアと再会し、これまた思わぬ形で功績を挙げたことにより……我々は、《魔王》と会う、という目的を果たした……
かのように思われた。
「《魔王》が、他にいる?」
たった今、目前にて過去の俺が口にした言葉を反芻する。
……俺にとって、《魔王》とは過去の自分、即ちヴァルヴァトスを指す言葉だ。
それ以外に、《魔王》の称号で呼ばれた者など記憶にない。
「……どうした?」
短く一言、過去の俺が問いを投げてくる。これに対し俺は、
「いえ、なんでもありません。おかしなことを口走り、まことに申し訳ございません」
この話はこれで終わりだとばかりに、早口で言葉を紡ぎ出す。過去の俺は何かを察したようだが、だからこそなのか、特に何も追及することなく口を閉ざした。
……俺の記憶にない《魔王》とやらについて、コイツに説明を求めるということは、できることなら避けるべきだと考えた。
ヴァルヴァトスの反応からして、《魔王》は誰もが知るような存在なのだろう。それを知らぬと言えば身元を怪しまれ、必然的に正体を話すことになる。
もし、この俺がそれを信じたとしても……どう動くのか、読みがたい。
この当時の俺は徹頭徹尾、王として生きていた。
ゆえに国を守るため、民を守るためならば、なんでもした。
それこそ……どこまでも冷酷に。
そんな過去の俺にとって、未来から歴史を修正しにやってきた存在がどのように映るのか……それは、当人である俺自身もわからない。ともすれば危険人物と認定され、よくて監視、悪ければ暗殺の対象と設定するやもしれぬ。
ゆえに……詳細は彼女に聞くほかあるまい。
あの、天才にして天災たる、彼女に。
その後、我々は談笑を終えて、前線都市・エーテルへと帰還した。
道中、イリーナ、ジニーは終始無言。
彼女等も俺と同様、《魔王》問題について当惑しているのだ。
そして我々は疑問を解き明かすべく、ヴェーダのもとへと向かった。
リディアやシルフィーには、「ヴェーダ様は一応、主ですので、王宮での出来事を報告する義務があります」などともっともらしいことを言って、一時的に別れた。
で、現在。俺達はヴェーダの奇妙な屋敷兼研究所の応接間にて、寝台に寝転がったヴェーダへ事情の説明を行い――
「あ~、やっぱりね」
ヴェーダはあっけらかんとした調子で、そう言った。
「やっぱり、とは?」
「君等が言う《魔王》と、ワタシ達が知る《魔王》、これらの認識にズレが生じているってこと。君等が《魔王》に会うとか言った瞬間、アレ? って思ったけど、やっぱその通りだったんだねぇ」
「……気付いていたなら、なぜもっと早く教えてくださらなかったのですか?」
「教えようとはしたよ? でもさぁ~、その前にシルフィーちゃんが来ちゃったもんだから、言うタイミングがなくなっちゃってね。まぁ、その後も言うタイミング自体はいくつかあったけれど……ぶっちゃけ、ワタシにとっちゃどうでもいいことだったしなぁ~」
寝台の上でゴロゴロと転がるヴェーダ。
その姿にイラッと来るが……コイツに対し一々ストレスをぶつけていたらキリがない。
俺は一つ咳払いをすると、ヴェーダに《魔王》の情報を提示するよう促した。
その結果、得られた情報は次の通り。
一、《魔王》は三年ほど前に突如現れ、《外なる者達》の支配領とこちら側の支配領の狭間、ちょうど国境付近の土地を無断支配した。
その土地は、この前線都市・エーテルに極めて近い場所にある。
二、《魔王》は無数の魔物を生み出す力を持つ。ゆえに奴の軍勢はその全てが魔物であり……どれほど数を減らしても、すぐさま補充されてしまう。
三、《魔王》の目的は判然としない。《外なる者達》や《魔族》だけでなく、こちら側さえも敵に回すような動きをしており、交渉を持ちかけても無視を決め込んでいる。
また、奴の行動によって、俺が知る歴史とはやや異なった状況が生み出されており……そうした事情からして、自称・神が口にした特異点とは《魔王》を指す言葉だと思われる。
四、《魔王》は現在、こちら側にとっては静観の対象となっている。
一度ヴァルヴァトスが交戦したが、倒しきることができなかったため、以降は無理に攻めず静観を貫いているとのこと。
《魔王》は強大な不死性を持ち、その秘密の解明が進められている。それが完了するか、あるいは……よほどの問題行動を起こさない限り、《魔王》討伐に乗り出すことはない。
……これら四つのうち、我々にとってもっとも大きな要素は、第四の情報であろう。
「我々は、自称・神の言葉を誤解していました。特異点を見つけ出し、歴史を修正せよ。《魔王》に会え。これらは別々の目的だと認識していたのですが……どうやら、同一であったようですね」
ゆえに自称・神が提示した言葉……我々が元の時代に戻るための条件は、
「歴史をねじ曲げている《魔王》を討伐し、この世界を在るべき形へと修正する。それが我々の帰還条件、ということになるのでしょうが……」
「ヴァルヴァトス様でさえ倒せない奴を、どうやってやっつければいいのよ……」
眉尻を落としながら、しょんぼりした調子で呟くイリーナ。
彼女の言う通りだ。
この時代における俺、即ち全盛期のヴァルヴァトスでさえ殺しきれぬ相手となれば、今の俺が単身乗り込んで倒す、ということも不可能であろう。
そのため、《魔王》の討伐は我々だけでこなせるような事柄ではない。
「……ヴァルディア帝国の全軍、それこそ陛下や四天王の方々が総力を以てことにあたる。そんな状況にならねば、《魔王》の討伐は不可能、でしょうね」
ヴェーダが語った《魔王》の不死性に関してだが、これには心当たりがある。
この時代の俺も、既に思い至っているだろう。
即ち――過去の俺にとって《魔王》という存在は、リスクを覚悟すれば排除可能な存在であるということだ。
にもかかわらず捨て置いているということは、つまり。
過去の俺は、《魔王》に対してそれほどの危機感を抱いていないということ。
最優先の討伐対象は、依然として《外なる者達》であると考えているのだ。
……その判断は正しい。
完全なる敵として君臨している《外なる者達》とは違い、《魔王》は危険分子に過ぎない。となれば、リスクを背負ってでも潰すべき対象、ではない。いや、そればかりか、今は討伐すべきでないと考えていてもおかしくはなかろう。
《魔王》が無限の軍勢を生み出す力を持つとなれば、必然、消耗戦となる。
その末に勝利を収めたとして……瞬間、消耗しきった我が軍に対し、《魔族》の軍勢が急襲を仕掛けてくるはずだ。
そうした状況になったとして、敵方を跳ね返すほどの力が残っているか。
それは誰にもわからない。
重要なのは、僅かでもリスクが存在するということ。
過去の俺は間違いなく、そのリスクを背負う気がないだろう。
当時も今も、俺は誰より慎重で、子鹿のように臆病なのだ。
「……ちょっとやそっとのことでは動かないでしょうね、陛下は」
「だねぇ~。ヴァルくんは責任感が馬鹿みたいに強いから。雑兵一人の命さえ大事にしちゃうんだよなぁ~。ま、そういう優しいところ、嫌いじゃあないけどさ。……君達の望み通りにヴァルくんを動かすのは、かなり難しいと思うよ?」
ヴェーダの言葉に、我々は沈黙せざるを得なかった。
しばし、静寂の帳が場に広がって……
それを破ったのは、ジニーだった。
「《魔王》様……じゃなくて……陛下に、私達の正体を明かしてみませんか? それで、《魔王》の危険性を説けば……」
俺は顎に手を当て、思考を巡らせた。
正体を明かすことに関するリスクは、どう足掻いても付きまとう。
だが……もはやそうせざるを得ないか。
ジニーの言う通り、ストレートな行動に打って出るほか、我々に残された選択肢はない。
とはいえ。
「ジニーさんの案でいきましょう。しかし……それを成功させるには、まだ我々に対する信頼が足りていません。陛下は極めて慎重な御方。信を置けぬ者の言葉に耳を貸すとは、到底思えません」
「となると……もっともっと活躍して、陛下のお気に入りになればいいのかしら?」
「そうですね。功績を挙げた上で、彼を口説き落とす必要があるでしょうが……後者に関しては、私にお任せください」
どこまで行っても、相手は過去の俺である。どのようにすれば落とせるのか、それは俺が一番よくわかっている。
多大な功績を手土産にすれば、説得は可能である……と、思いたいところだ。
「問題なのは、大きな功績をいかにして挙げるか。その一点に尽きるでしょう」
まさかまさか、都合良く敵方の主要クラスが攻めてくる、などといった展開は――
ない、と考える直前のことだった。
「アードいるかゴラァッ!」
乱暴な語り口調が耳に入ったと同時に、部屋のドアが蹴破られた。
そうして室内に入ってきたのは……どこか焦燥とした様子の、リディアであった。
奴は俺の顔を見るなり、鋭く口を開いて、
「戦だ! 明日出るぞ! お前はオレ等と一緒に前線で戦え!」
有無を言わせぬ口調である。
これを受けて、俺は微笑を浮かべながら、
「了解いたしました。微力ながら、不退転の覚悟で臨ませていただきます」
承諾の意を、迷うことなく口にした。
まさか、こうも早く功績を挙げるチャンスがやってくるとは。
リディアの様子からして、敵方は名の知れた猛者であろう。其奴の首級ならば、過去の俺を口説くための土産の一つにはなるはずだ。
「それで……相手はどなたですか?」
どんな相手だろうと、打倒するのみである。
だが一応、敵の名前ぐらいは把握しておこう。
そんな程度の、軽い気持ちで問うたのだが――
「メヴィラス。《呪縛王》・メヴィラスだ」
その名を受けて、俺は思わず、声を漏らしてしまった。
「メヴィラス、だと……!?」
《呪縛王》・メヴィラス。それは――
俺がリディアを殺した原因の、一つだった。