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第五〇話 元・《魔王》様と、過去の《魔王》様

 早朝である。

 まだ朝靄も晴れぬうちに、我々は《魔王》直轄領の中央たる王都、キングスグレイヴへと赴くべく、馬車へと乗り込んだ。


「ところでリディー姐さん、この前教えてもらった、その……あそこが大きくなる体操なんだけど、アレって本当に効果あるの?」

「……昔っからよく言うじゃねぇか。信じる者は救われるってよ。自分の可能性を信じて努力し続ければ、人間ってのはなんにだってなれるもんだよ。そう……ちっちゃい奴も、デッカくなれるのさ」

「リディー姐さん……! アタシ、頑張るのだわ!」

「おう。お前の成長を楽しみにしてるぜ」


 対面の座席にて、馬鹿なことを言い合いながら笑う両者。

 絵面だけを見れば、挫折気味な妹分を励ます美しい姉貴分、といった光景なのだが……

 実態は「乳房を膨らませたい貧乳」と「それを励ます性欲魔人の変態」である。

 よって、なんら美しい光景に思えなかった。


 ……この両名は先刻の戦における総大将と副官である。ゆえに最大功績はこの二人が得ることとなる。そんな両者を差し置いて、我々だけが国王陛下(ヴァルヴァトス)に謁見するというのは、軍における道理に合わない。

 そういうわけで、我々はリディア、シルフィーの二人と共に、目的地へと向かっているわけだが……


 馬車に乗ってからというもの、俺の両隣に腰を下ろす二人……イリーナとジニーが、一言も発していない。


 両者共に、青い顔をしながらプルプルと震えている。

 おそらく、《魔王》との謁見というイベントに対する緊張ゆえだろう。

 この古代においても、《魔王》……即ち前世の俺は、崇拝と畏怖の対象であった。現代では神格化されたこともあり、畏怖の感情は一層高まったと言える。


 二人はそんな時代の出身なのだ。

 世界最大宗教における主神に謁見する……それがこの二人にとって、どれほど強い不安と緊張をもたらすのか、俺には想像もできない。



 ともあれ……静かな道中の果てに、我々は目的地へと到着した。



 ヴァルディア帝国王都・キングスグレイヴ。

 前述の通り、この地を治めていたのは過去の俺である。ゆえにこれから述べることは全て自画自賛となってしまうのだが……

 あえて言いたい。このキングスグレイヴは、国内どころか古代世界において、最高の発展を見せた都市だったと。


 この大都市を造り上げ、それを維持するために、どれほどの苦労を費やしたことか。

 しかしその甲斐あって、王都は並々ならぬ活気が常に満ちた、最高の都市に成長したと胸を張って断言できる。

 そんなキングスグレイヴの大通りを進み、都市中央に居を構えし我が城……《キャッスル・ミレニオン》へと到着。


 久方ぶりに見た我が居城だが……

 もう一度、自画自賛を許してもらいたい。


 俺の城、やっぱり凄い。


 この時代において、建築物というのは魔法によって手掛けられるもの。専用の術式をくみ上げて魔力を注げば、誰でも簡単に建築が可能な時代である。

 だからなのか。はたまた、この時代の人間が大ざっぱなのか。

 古代では建築物に対して芸術という概念を当てはめる者がほとんどいなかった。

 そんな時代にあって、ヴァルヴァトスという男はまさに異端児だったのだろう。


「うわぁ……! こ、これが、あの《キャッスル・ミレニオン》……!」

「あ、あの御方の居城に相応しい、最高のお城ですぅ……!」


 イリーナもジニーも、我が城の魅力に圧倒されているようだ。


 ふふん。美しかろう、雄々しかろう、そして何より――格好よかろう、我が城は。

 この《キャッスル・ミレニオン》は、古代における最初にして最高の芸術的建築物と呼ばれており、建築物に対する芸術的造形の追及という考えを世に広めたきっかけであると、後世の者達は評価している。


 そんな城を手がけたのが……この俺だ。基礎設計から造形の細やかなデザインに至るまで、何から何まで、俺が一人で造り上げたのである。


 無論のこと、俺が造り、俺が住まう最高の城だ。その機能性もまた、史上最高だと断言しよう。


 この《キャッスル・ミレニオン》はただ格好いいだけの城ではない。

 およそ一〇万三〇〇〇もの魔法術式を付与しており、有事の際は無敵の要塞と化す。

 俺はこれまでに多種多様な物作りを行ってきたが……最高の兵器はおそらく、この《キャッスル・ミレニオン》ではないかと考えている。

 そんな超美麗かつ超最高な我が城の内部へ、我々はリディアに連れられる形で入城。


「な、中も凄いわね」

「絢爛豪華って言葉がこんなにも似合う内観は、見たことがありませんわ……」


 ふふん。そうだろう、そうだろう。

 ガワだけ良ければそれでいい、などという妥協は一切していない。

 外だけでなく、内側に至っても、この城は形状と実用性、両方が完璧である。

 ……まぁ、とはいえ。内部の実用性という点については実のところ、完成当時、お世辞にも良いとは言えなかった。それに気付かせてくれたのは、


「ふん! こんな城、ただデッカいだけでなんの面白味もないのだわっ! リディー姐さんが造ったお城の方が一〇〇万倍素敵なのだわっ!」


 と、ありえぬことをのたまう馬鹿、もといシルフィーであった。

 あれはそう、この《キャッスル・ミレニオン》が完成して数日が経過した際のこと。

 当時の俺はあまりにも最高過ぎる城を造ってしまったがために、心の未熟さを露呈した。

 即ち……他者に対し、自分が造った物を自慢したくてしょうがなかったのである。

 それはもう、姉貴分のオリヴィアだけでなく、頭がおかしいヴェーダやアルヴァートさえも遠方から呼び寄せ、お披露目会を催すほどだった。


 ……思い出してみると、あのときの俺は随分と恥ずかしい奴だったな。

 あのオリヴィアだけでなく、頭のおかしなヴェーダやアルヴァートさえも、


「ま、まぁ、人間誰しも、浮かれるときってあるよね」


 とか、


「いやはや、我が主の美的センスは素晴らしいものですなぁ。……ところで、もう帰ってもよろしいか?」


 とか、

 普段の奴等を知る身からすれば、信じられぬほどこちらに気を遣っていた。

 そんな中、リディアとシルフィーがやって来たのである。


「どうだ、我が城は。忌憚のない感想を述べよ」


 内心で褒め言葉を期待しまくりながら、俺はそわそわしつつ、二人に問うた。

 リディアは両腰に手を当てながら、《キャッスル・ミレニオン》の威容を眺め、


「へぇ~。いい城じゃねぇか。今度オレの城も造ってくれよ」

「よかろうよかろう。なんだって造ってやろうではないか、我が心の友よ」


 普段は決して見せぬこんな態度に、リディアはドン引きした様子であったが……

 一方、出会った頃よりずっと俺に対抗心を燃やしていたシルフィーは、俺がリディアに褒められたことが悔しくてしょうがなかったらしく、


「こ、こんな城! ぜんっぜんたいしたことないのだわっ!」

「……なんだと?」

「ふんっ! なぁ~にが難攻不落にして史上最高の城よっ! ちゃんちゃらおかしいのだわっ! アタシにかかればこんな城、ブッ壊すのに三日もかからないのだわっ!」


 この挑戦的な言葉に、俺は大人げなくこう返した。


「ほぉ~う! では馬鹿、もといシルフィーよ! この城を三日以内に攻略してみせよ! もしできたなら一つだけ褒美をくれてやる! しかし、できなかった場合は覚悟せよ! 我が城を貶したこと、後悔させてくれるわッ!」


 こんなやり取りの末に、シルフィーの《キャッスル・ミレニオン》攻略が始まった……かのように思えたが。

 実際は平穏無事に時が流れ、二日が経過。当初こそ、シルフィーの猛攻に備えて様々な準備をしていたのだが……全て無駄に終わった。

 あの馬鹿も冷静になって考え直した結果、我が城を落とすことなど不可能だと思い至ったのだろう。今頃、俺が与える罰を減じるための言い訳作りに勤しんでいるに違いない。

 当時はそんなことを考えていたのだが……これが大きな過ちであった。


 シルフィーという馬鹿はいつだって、こちらが予想する斜め下を突っ走るのだ。


 ……三日目を迎えた俺は、もはやシルフィーの存在など歯牙にもかけていなかった。

 王としての激務に勤しみつつ、居城の心地よさを味わう。なかなか充実した一日を過ごしていた、その真っ最中のことだった。


 ピッ。


 なんの前触れもなく、唐突に、異音が鳴り響き……


 ピッ。

 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。

 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ…………


 けたたましい異音の連続に、俺は「まさか」と口にする。そして、次の瞬間。


 ドガァアアアアアアアアアアンッ!


 超高熱と光の嵐が巻き起こり……

 我が《キャッスル・ミレニオン》が。

 丹精込めて作った最高傑作が。

 誰にでも自慢したくなる、我が子同然に思う至高の作品が。


 ほんの一瞬にして、瓦礫の山へと変じてしまったのである。


 黒焦げになった俺はしばし呆然としていたのだが、状況を作り出した張本人の顔を思い浮かべた瞬間、反射的に転移魔法を発動。

 シルフィーの前へと転移した。


「あははははは! その様子だと、アタシの勝利が確定したみたいねっ!」


 俺を指差しながら、ゲラゲラ笑い転げるシルフィー。


「外側ばっか気にして、内側はぜんっぜんなっちゃいなかったのだわ! どんなに強い存在も中は弱いものっ! そんなこともわからないなんて、やっぱアンタ、たいしたことないわねぇ~~~~~~~! ぷぷぷ~~~~~~~!」


 こちらを小馬鹿にしながら、周りを跳ね回るシルフィー。

 ……まことに遺憾ながら、反論の余地がなかった。

 むしろ俺は、感謝していた。

 もしシルフィーよりも前に、敵方がアレをやってきたら……

 ともすれば、絶大な被害が出ていたやもしれない。

 コイツは我が城の脆弱性を教えてくれたのだ。それゆえに――


「シルフィーよ、約束通り、一つだけ褒美をとらせよう」

「あら何かしら? アタシとしては、アンタの土下座とか見てみたいわね! もしくは裸踊りしながら謝罪とか! シルフィー様~、私が愚かでした~、私めはシルフィー様にぜんっぜん及ばぬクソ無能ですぅ~~~って、踊りながら三日三晩言い続けるの! きゃははははっ! 想像しただけで笑えてくるわっ!」


 ゲラゲラ笑いながら膝を叩くシルフィーに、俺はニッコリと微笑んで、


「うむ。貴様への褒美だがな――――――(コイツ)をくれてやるわッ! このクソたわけがぁあああああああああああああああああああああああああああああッッ!」


 全身全霊のゲンコツを、奴の頭頂部へと炸裂させたのだった。

 感謝? あぁ、したよ。でもな、それとこれとは話が別だ。

 俺の汗と涙と愛の結晶をブチ壊したバカタレにくれてやるものなど、憎悪を込めたゲンコツ以外にない。


「……どうしたのよ、新入り? アタシの顔になんか付いてる?」

「……いいえ。なんでもありません」


 言えぬ。

 思い出したら腹が立ってきたので、もう一度ゲンコツを喰らわせてやりたい、などとは決して言えぬ。

 ともあれ。

 我々はリディアに案内される形で、城の中を進んで行く。

 イリーナやシルフィーは極めて緊張した様子だった。


「い、いよいよ、ね……!」

「あ、あぁ……ま、まさか、あの御方のご尊顔を……み、見られる、だなん、て……」


 冷や汗をダラダラと流す二人に、俺は何か言葉をかけてやろうとするのだが――

 その直前のことだった。


 鋭い殺気が、こちらへと飛ぶ。


 刹那、俺は反射的に防御魔法を発動。

 上級のそれ、《ギガ・フィールド》である。

 俺だけでなく、連れの面々全員を覆い隠す半透明の防壁。

 数瞬後、それに対し、灼熱色の波動が衝突する。

 途端、周囲に轟音が轟き、続いて、防壁と波動とがぶつかることで生まれた衝撃波が、辺りの有象無象を破壊した。

 どうやら我が防御魔法は相手の攻撃を防ぎきったらしい。

 さりとて、その壁面は粉砕寸前であり……

 そうした状態が、攻撃を放った者の力量を表していた。


「ふはは。良き哉、良き哉。よもや先刻の一撃を防ぎ切るとはなぁ」


 対面にて、かような言葉を口にする襲撃者。

 衝撃波による破壊がもたらした煙幕に隠れ、その姿は目視できぬが……

 芝居がかった語り口調と、艶めいた中性的な声により、俺は相手方の正体に勘付いた。


「……お噂はかねがね。しかしながら」


 やがて煙が晴れ、対面に立つ相手の姿も見え始めた。

 そして俺は、奴が姿を完全に現すよりも前に。

 瞳を鋭くさせながら言葉を放つ。


「新兵に対する歓迎にしては、いささか過激ではありませんか? ……アルヴァート様」


 名を呼ぶと同時に一陣の風が吹き、煙のベールが完全に消え失せた。


「過激であれば過激であるほど、(わたし)の貴君に対する愛は深いと受け取ってもらいたい。なにぶん、こういう形でしか愛情を表現できぬ性分であるゆえ……貴君のような素敵過ぎる戦士を見ると、思わず殺(愛)してしまいたくなるのだ」


 晴れ渡った通路の只中で、狂った言葉を紡ぎ出した男。

 奴の名は、アルヴァート。アルヴァート・エグゼクス。

 四天王最強の男であり……気の触れた戦闘狂。

 その容姿を一言で表すなら、野性的な美貌といったところか。

 スラリとした長身を覆う、黒と金を基調色とした装束。

 顔立ちは一見すると美女のようであり、紅い唇から艶然とした色気が漂う。

 そんな我が軍の切り札にして目の上のたんこぶである男は、やはり芝居がかった口調で言葉を積み重ねた。


「いやはや、それにしても想定以上だ。見れば見るほどに惚れ惚れする。今回はちょっとしたつまみ食い程度に留めようと思っていたのだが……本気になってしまいそうだよ」


 全身から放たれる凶悪な殺気が、一層強くなる。


「ひっ……!」


 とうとう耐えがたくなったか、イリーナとジニーが尻餅をつく。

 その瞬間だった。


「やれやれ……あいっかわらずだな、てめぇは」


 泰然とした様相のまま、リディアは静かに呟くと……

 一瞬先には、その姿が消失していた。

 まさしく電光石火の踏み込み。俺でさえ認識できぬほどの神速で以て、リディアはアルヴァートの目前へと接近。……いや、ただ近づいただけではない。


 いつの間にか、奴の右手には愛剣たるヴァルト=ガリギュラスが握られており、その白銀の切っ先がアルヴァートの首筋へと突きつけられている。


「そんなにも喧嘩がしてぇなら……オレが受けて立つぜ?」


 背筋が凍るような、冷然とした声音。だが、これはアルヴァートには逆効果だ。奴は肝を冷やすどころか、戦闘意欲をことさら高めたようで、狂的な笑みが一層深くなる。


「《勇者》殿が相手となれば、なんの文句もない。されど……今の吾は既知の美味よりも、未知の至高を楽しみたいのだよ」

「……んなこと、オレが許すとでも?」


 互いに好戦的な笑みを浮かべながら、睨み合う。

 まさに一触即発。一秒後には戦闘が始まってもおかしくない、緊張の時。

 その真っ只中に。


「なぜ貴様等は、いつもいつも騒ぎを起こすのだ」


 壮麗なる風を思わせるような凜然とした美声が、場の空気を斬り裂いた。

 気付けば全員の意識が、声の方へと集中する。

 誰もがそうせざるを得ないほど、その第三者の存在感は絶大だった。

 複数人の屈強なる騎士を引き連れる、そいつの名は――


「久しぶりじゃねぇか、ヴァル公」

「くくっ。本日も麗しいな、我が主よ」


 この時代における俺。

 即ち――《魔王》・ヴァルヴァトスである。


「あ、あれが……!」

「あばばばばばば……!」


 過去の俺を目視した瞬間、イリーナは目をまん丸にしながら顔を林檎のように紅潮させ……ジニーはといえば、泡を吹いて卒倒した。


 後世において、《魔王》の容姿は次のように表されることが多い。

 歩けば地に大輪の華が咲き誇り、存在するだけで穢れた気も浄化され、卑しき者はその威光を目にした瞬間に心を改めることを誓う。

 老若男女問わず魅了する、史上類を見ぬ美形である、と。

 また、後世に残る伝承には、《魔王》の美貌を見た者の多くが、そのあまりの美しさに失神したとも残されている。


 ……古代世界に関する文献には間違いもかなり多いのだが。

 この時代における俺の容姿だけは、実のところ、文献通りのものだった。


 王たる者を指し示すための、荘厳なる黒衣を身に纏う過去の俺。その煌びやかな衣装は普遍的な者であればまず似合うまいが……

 そうした服ですら地味に思わせるほど、《魔王》の容姿は美麗であった。

 その外見に男らしさは皆無。今の俺よりも頭一つ小さく、男性としては小柄。幼さが残る白い顔は、背景に無数の華が咲いて見えるほど可憐であり、あまりにも美しい。腰元まで伸ばした艶やかな黒髪はサラサラとしており、あたかも流麗な河川のようである。


 どこをどのように切り取っても美しいという言葉しか出てこない。

 そんな《魔王》・ヴァルヴァトスは、アルヴァートを睨めつけながら桃色の唇を開く。


「貴様を呼んだ覚えはないぞ」

「然り然り。お呼ばれした覚えはございませぬなぁ。しかしだからこそ、吾は陛下に遺憾の念を覚えているのですよ。貴公はここ最近、吾に対しつれないばかりか、優秀な人材の下見役さえ任せてはくださらなくなった。いやまったく、たいへん嘆かわしいことだ」

「……貴様に見せたことで、どれだけの人材が潰されたことか。ゆえに、あえて秘密裏に謁見をと思ったのだがな。あいもかわらず、こういうことに関しては鼻が利く男だ」

「お褒めにあずかり恐悦至極」

「誰も褒めとらんわ、馬鹿者」


 心底げんなりした様子で、大きなため息を吐く。同一人物なだけあって、その感情は痛いほどよくわかる。本当にめんどくさいよな、この戦闘狂は。


「……とにかく、貴様はもう帰れ。さもなくば」

「さもなくば?」

「今後、貴様のことは完全に無視する。何をしても構ってはやらん。それでもいいなら好きにするがいい」


 これを受けて、アルヴァートは困り果てたような、それでいて楽しそうな笑みを浮かべ、


「それはそれは。吾にとって一番効く言葉ですなぁ。今でさえあまり構ってくださらぬというのに、これ以上となれば……吾は寂しさのあまり死んでしまうのではなかろうか」

「死んでくれても俺は一向に構わんが。……それで、返答やいかに」


 瞳を細めてみせる《魔王》に、アルヴァートは降参するかの如く両手を挙げる。


「わかり申した。この場は退散するといたしましょう。おさらば、我が愛しの主よ」


 気色の悪いことを述べた矢先、奴の姿が忽然と消失した。

 転移魔法でも使ったのだろう。この時代であればさして珍しくもない。


「……さて」


 嵐のような変態、アルヴァートが去った後、過去の俺がこちらに目をやった。


「はうっ!」


 目を向けられた途端、イリーナが奇声を発し、その愛らしい顔がさらに紅潮する。

 ……長いこと生きてきたが、自分自身に対して嫉妬の念を抱くのは初のことだ。

 なんとも奇妙な感情を噛みしめながら、俺は過去の自分と目線をぶつけ合う。


「……貴様が、アード・メテオールか」

「……左様にございます、陛下」


 なんとも複雑な思いが、胸中に飛来する。

 ともあれ……

 この時間旅行も、これで大詰めを迎えてくれたのではなかろうか。



 その後、立ち話で全てを済ませるわけもなく、我々は《魔王》に先導される形で通路を歩いた。


「にしても、マジで久しぶりだよなぁ、おい」

「……相変わらず馴れ馴れしいな、貴様は」


 肩に腕を回してくるリディアに、迷惑げな顔をする、過去の俺。

 だが、リディアはまるで気にしたふうもなく、満面に嬉しそうな笑顔を宿して、


「もうそろそろ、オレに会いたかったんじゃねぇの~? なんぜお前、オレ以外に友達いねぇもんなぁ~」

「……誰が友達だ、誰が。貴様なんぞ俺にとってはただの客将に過ぎぬわ」

「またまた~、素直じゃねぇんだから、こいつは」


 拳で頬をグリグリしてくるリディアを、過去の俺は鬱陶しげに睨む。

 そんな光景に、シルフィーは嫉妬からか「ぺっ」と唾を吐き、イリーナとジニーは無言のまま、見惚れているかのようだった。


 一方で、俺はというと……

 最後の幸福ともいえる過去の状況を目前にして、悲哀の情を抱くと共に。


 それよりもなお強い、畏怖の念を覚えていた。


 その原因は……我が側近たる、屈強な騎士達である。

 薔薇の騎士・リヴェルグを始めとした筋骨隆々な美丈夫達。その目は皆一様にリディアを睨み据え、視線にこのうえない殺意を乗せていた。


 なぜならば……こいつらの誰もが、俺のケツを狙っているからだ。


 この当時の俺はあまりにも美しく、それゆえに女が寄りいてこなかった。

 曰く、異性として見れない。というか、同じ人間としても見れない。とのこと。

 また、政略結婚を目論む連中にしても、俺の容姿を見た途端、「ウチの娘では到底相手にしてもらえん」といった感じに諦めてしまうのか、そういう話を持ちかけてきた者は一人さえいなかった。


 そういうわけで、異性との触れ合いなど、前世の頃には微塵もなかったのだが……

 反面、野郎共は我が周囲を固めに固め尽くした。


 当時は彼等に対して特別、何も思うことはなかったが、連中の本性を知る今、奴等の一挙手一投足が気になってしょうがない。

 そのせいで、勲章授与の簡易式典など上の空であった。


 それから我々は《魔王》に連れられ、応接間へ。

 この時代特有のスタイルでもてなしを受けながら、歓談をすることになった。

 各々、好き好きに寝台へと寝転がる。過去の俺もうつぶせになり、落ち着いたように息を唸らせる。……そんな過去の俺へ、配下の一人(筋肉ダルマ)が声をかけた。


「陛下、お飲み物はなんになさいますか?」

「果汁入りの水を頼む」

「かしこまりました」


 掛け合いだけを見れば、特にどうということもない。だが……

 あの筋肉ダルマは常に、俺のケツしか見てなかった。

 ゆえに常時、背筋がゾワゾワしっぱなしである。


「陛下。軽食をお持ちいたしました」

「うむ、ご苦労」


 近い。顔が近い。そんなにも接近させる必要はないだろうが。

 というか他の配下共も気持ちが悪いんだよ。羨ましそうな顔をするんじゃない。それと、右側に立ってるお前、さっきさりげなく過去の俺の尻に触ろうとしてただろ。


 そもそも、一番悪いのは過去の俺だ。

 なんなのだ貴様は。もっと厳格に振るまえよ。


 うつぶせになりながら飲料水を幸せそうに飲むんじゃない。

 足をぱたぱたさせるな。可愛らしい女子か貴様は。

 そんな態度がな、配下の情欲を掻き立てまくるんだよ。


「へ、陛下……! マ、マッサージなどいかがでしょう!?」

「んなっ!? マッサージだと!?」

「控えろ、この下郎がッ! 陛下のケ……ではなく、御身に触れるなどあってはならぬ!」


 アレな奴等がアレな理由で小競り合いを繰り広げる。今の俺からしてみれば、まっこと気持ちが悪い光景なのだが……


「な、何をそんなに怒っておるのだ?」


 過去の俺はまだ何も知らんため、ポカンとしているだけだった。

 見るに堪えぬとはこのことか。後でこっそり真実を教えて……いや、こいつだけ後々の苦労をしないというのも癪に障る。あえて黙っておいてやろう。

 貴様も俺と同じ苦しみを味わうがいいわ。

 内心で暗い情念が煮えたぎる。その横で、イリーナとジニーがヒソヒソ話し込んでいた。


「そ、想像してたのと、全然違うわね、《魔王》様。想像よりもずっと……お綺麗だわ」

「何を言ってるんですか、ミス・イリーナ。お綺麗? そんな陳腐過ぎる言葉で《魔王》様を表現するだなんて、万死に値しますよ」

「じゃあどういう表現なら許されるっていうのよ?」

「そうですね……このうえない美を言い表す言葉として、《魔王》を用いるというのはどうでしょう? 使用例としては、“《魔王》様、まさに《魔王》様”とか?」

「わっけわかんないわよ、それ……」


 彼女等の話題の中心は、依然として《魔王》であった。他の男が彼女等の、特にイリーナちゃんの心を奪っているという現状は、極めて不愉快である。

 ……まぁ、正確には他の男ではなく、俺なのだが。同一人物ではあるのだが。

 と、そんなことを思っていると。


「……《魔王》?」


 イリーナやジニーの雑談を、過去の俺は耳ざとく拾っていたらしい。

 奴は美貌に怪訝を宿し、口を開いた。


「そこな娘達よ、《魔王》というのは、どういうことか?」

「「えっ?」」


 まさか、自分達が声をかけられるとは思っていなかったらしい。

 二人して固まってしまい、一言も発することができずにいる。

 そんな彼女等に変わって、俺が返事を送った。


「陛下の異名を口にしただけのこと。ちまたでは陛下をそのようにお呼びしているのですが、ご存じないのですか?」

「……俺が、《魔王》だと?」


 怪訝の色がより濃厚になった。

 おかしいな。なにゆえ、このような態度になる?

 時代背景からして、既に《魔王》という異名が定着しつつある頃だと思うのだが。

 にもかかわらず、過去の俺はさも初耳であるかのように振る舞っている。

 これは、どういう――


「市井では、俺をそのように呼ぶのか? ……それがまことならば、おかしな話だな」


 次に奴が述べた言葉は、少なからず、衝撃的な内容であった。


「《魔王》と呼ばれし者は、他にいるのだが。なにゆえ奴と同じ異名で俺を呼ぶのだ?」



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