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第四八話 元・《魔王》様と、古代の戦場 前編


 前線都市・エーテルでの数日は瞬く間に過ぎ去り、我々はとうとう出撃日の前夜を迎えるに至った。


「では、数日前お話した通り……お二方に専用魔装具をお渡しいたします」


 リディア邸の一室にて。俺はイリーナとジニーへこのように告げると、目線をすぐ横の机へと移した。

 丸形の木製机の上には、二組の魔装具が置かれており……


 一つは真紅の脚部装甲。

 一つは黄金の槍。

 最後の一つが、蒼穹色の腕輪である。


 これらは全て、イリーナ達のために急造したもの。ハッキリ言って、彼女等の戦闘能力は、この時代においてまったく通用しない。下手をすると三歳児にすら劣るだろう。

 ゆえに魔装具による戦力強化は必須である。


「ねぇねぇ、アードっ! この紅いのって、足に付けるやつ、よね!? コレはどういう魔装具なの!?」


 目をキラキラさせながら聞いてくるイリーナ。どうやらデザインが気に入ったらしい。

 彼女が好きそうな形状を、徹夜して考えた甲斐があったな。

 内心でイリーナの反応を喜びつつ、俺は魔装具の効果説明を行う。


「この魔装具には着用者の機動力を高める術式だけでなく、飛行機能なども付与しております。地上での高速運動だけでなく、空中への飛翔も織り交ぜることで三次元的な戦闘を可能にします。立体機動で敵を翻弄する、というのが基礎コンセプトですね」

「へぇ~。飛行機能っていうのは魅力的ねっ!」

「個人的には高速運動っていうのが気になるのですが……どれぐらいの速度で動けるようになるんですか?」

「そうですね。まぁ、最低でも音速レベルは保証いたします」

「「お、音速ぅっ!?」」


 目をまん丸にして叫ぶ両者。現代人の二人からすれば当然の反応だが……

 この時代では、音速機動など至極当然である。


「こちらの槍は攻撃用の魔装具となっておりまして。魔力を流すことで雷属性の魔法が発動する仕組みになっております。その効果は、そうですね……まぁ、一撃で三〇〇人程度なら殲滅できるでしょう」

「「さ、三〇〇人を一撃でっ!?」」

「最後にこの腕輪ですが、装着者の生体反応を常に検知するようになっておりまして。致命傷を負ったなら、付与された術式により一瞬で回復いたします」

「「ち、致命傷を一瞬でっ!?」」


 こういうとき、この二人は本当に息が合う。まるで姉妹のようであった。


「し、信じられない効果、ですけど……」

「相手がアード、だものね……」


 惚れ直したといわんばかりの視線を向けてくる二人に、俺は面はゆい気持ちを味わう。

 ……なんにせよ、準備は整った。



 そういうわけで、翌日。時刻は早朝。

 我々はヴェーダ軍に混ざり、共に目的地へと移動中である。


 行軍の形式自体は、古代も現代も変わりはない。

 歩兵は自らの足で走り、将兵や騎兵は龍馬に跨がって移動する。

 龍馬というのは名の通り、龍と馬の混血とされる獣で、分類上は魔物の一種だ。しかしこの龍馬は知能が極めて高く、人になつきやすい。ゆえに龍馬は数少ない、人と共存できる魔物の一つとされている。


 高度な知性と強靱な脚力、個体によっては状況に応じて魔法を発動することさえできる。そんな龍馬は極めて貴重な存在であり、それを与えられる兵は軍内でもトップクラスの者達だけだ。


 そのため、俺やイリーナ、ジニーは徒歩での行軍となった。


「……なんというか、やっぱりデタラメですね。古代世界って」


 隣を走るジニーが、諦念じみた感情を乗せた声を吐き出した。

 その原因はやはり、この行軍にあるだろう。

 前述した通り、現代であっても古代であっても、行軍の形式は変わらない。


 ただ……その光景は、あまりにも違う。


 現代ではどれほど近い戦場であったとしても、最低数日は必ずかかる。

 だが……

 古代では、よっぽど遠い場所でない限り、数時間以内に戦場へ到着してしまうのだ。


 なぜならば、歩兵も騎兵も移動速度が段違いに速いからである。


 龍馬は現代にも残存しており、その走行速度は通常の馬の数倍。しかしながら、それは《魔素》濃度の低下により、種としての力が大きく劣化した現代においての話。

《魔素》濃度が高い古代の龍馬は、現代のそれと比べ、数十倍の速度で走行できる。

 また、歩兵の基礎能力も現代人の比ではなく……さすがに龍馬並の速度で走れる人間はそういないが、それでも桁外れなスピードである。


 土煙を上げて猛然と突き進む軍勢。その進行速度は誰もが超高速。

 現代人であるジニーからしてみれば、あまりにも狂った光景であろう。

 また……そんな群れの中に現代人の自分がいるということも、彼女にとっては奇妙な状況に感じられているに違いない。


 そう、彼女やイリーナもまた、音速で駆け抜けているのだ。

 これは昨夜渡した、紅い脚甲に付与した魔法術式によるもの。


「あはははは! あたし今、風になってるわ! あははははは!」

「なんというか……夢でも見てるような気分ですねぇ……」


 両者共、らしい反応を見せつつ大地を蹴り続けている。

 なんにせよ、俺が与えた魔装具により、ジニーとイリーナはこの時代でも十分に戦えるほどの力を得た。少なくとも、並大抵の相手には遅れをとらんだろう。

 この二人は性根が素直でしっかりとしているため、与えられた絶大な力を己の力量であると錯覚する心配もない。

 ただ……

 心配といえば、我等がイリーナちゃんである。


「ところでイリーナさん。昨晩も、リディア様と共に同衾されたのですか?」

「うんっ! リディア様ってね、男らしいだけじゃなくて、可愛らしいところもあるのよっ! リディア様ったら、昨夜いきなり起きて――」


 聞いてもいないのに、イリーナの口からはリディアとのひとときに関する話が溢れに溢れまくった。そんな彼女に、俺は表向き微笑しつつ、


「それでね! リディア様ったら――」

「そうなのですかー」

「リディア様って意外と――」

「それはようございましたねー」


 真摯に話を受け止めて、相づちを打つ、のだが。

 内心ではリディアに対するドロッドロな感情が渦を巻いていた。

 あの野郎。ウチのイリーナちゃんに手を出してないだろうな。

 何かあったときに駆けつけられるよう、監視用の超小型魔導装置をこっそり部屋に仕掛けているのだが、あの野郎、毎回さりげなく除去しやがる……!


 ゆえに俺は、室内で二人がどういうやり取りをしているのか、まったく把握できていない。そうした状況であるため、不安が募り募り、とうとう昨晩、胃に穴が開いた。

 まさか再会して数日で、再び俺の胃に穴を開けやがるとは。

 リディアという女はまっこと、我が天敵である。不倶戴天の宿敵である。

 奴と再会したばっかりに、イリーナちゃんは毎日毎日、リディアのことばっかり。

 少し前までは常に俺と一緒にいて、俺のことばかり話していたというのに、今やリディアリディアである。


 だが別に、嫉妬してるわけじゃない。

 奴にイリーナちゃんを取られて腹立たしいとか、これっぽっちも思ってない。

 ただ俺は、純粋に。純粋に、イリーナちゃんが心配なだけなのだ。

 あの巨乳好きのド変態がいつ、イリーナちゃんを毒牙にかけやがるのか……!

 この戦が終わり次第、奴にさえ感知できない監視装置の制作に取りかからねば!

 全ては我等がイリーナちゃんのためである!

 彼女の貞操だけは、なんとしてでも守らねば! 親友として!


 ……そんなふうに、内心で決意を固めた頃。

 我々は戦場へと到着したのだった。

 アラリア平野のちょうど真ん中、であろうか。周囲一帯にはやや凹凸気味な地形が広がっており、特別不穏な気配はない。

 むしろ極めてのどかな景観が広がっており、今より血みどろな戦が始まるという実感を抱かせなかった。

 付け加えるなら、我々ヴェーダ軍が待機している場所は、戦士達が本格的にぶつかり合う場からかなり離れたところにある。


 ゆえに一層、戦気分というものが沸いてこない。

 が――


「い、いよいよ、始まるん、ですね」

「だ、大丈夫、かしら……リディア様……!」


 戦争を体験したことがないこの二人からすると、感じ方が大きく異なるらしい。

 始まる前から既に、イリーナとジニーは冷や汗を流していた。が――

 正面、遙か向こう側にて、戦端が切って落とされて以降。

 イリーナもジニーも、冷や汗一つ流さなくなった。

 その理由はおそらく、一つ。

 あまりにも信じがたい戦場の風景に、ただただ呆然とすることしかできなくなったのだろう。受け止めきれぬ現実を前にしたなら、人はむしろ冷静になってしまうものだ。


「……なんか、いきなり天候が変わったり、とんでもなく大きな光の柱が立ったりしてるんだけど……あたしの目の錯覚かしら?」


 とは、向こう側で展開される戦況を見つめながらの一言である。


「……この時代って、死んだ人が簡単に蘇っちゃうんですねー」


 とは、こちらに運び込まれてきたバラバラ死体が、特殊魔法陣の上で元通りに復活した瞬間を見ての一言である。

 ちなみにこの時代、死者蘇生はさして珍しいものではない。ただし、それは霊体がこの世界に残っている場合に限った話。将兵レベルの戦いでは霊体ごと相手を掻き消すような戦闘が展開されるため、雑兵は死んでも死なない可能性が高い反面、将兵はバタバタと冥界送りになる、というのがこの時代における戦の常識だ。

 そこらへんも現代とは違うな。現代では雑兵がバタバタと死に、無能な将兵が生き残りやすい状況にある。まっこと嘆かわしいものだ。


「救護班ッッ! 救護班を呼べぇえええええええええッッ!」

「手足がもげた程度で帰ってくんじゃねぇよ! さっさと死んでこい!」

「あっ、そっちの死体はあえて放置な。ヴェーダ様がそいつの身体データ欲しがってたから、ちょっと解剖しなきゃならん」


 後方部隊に混ざったのは久方ぶりだが、やはりここはここで慌ただしいな。

 多くの人員がドタバタと行き交い、怒声が四方八方に飛び交う。

 前世での半生は、これが日常茶飯事であった。

 なんとも懐かしい気分になる――

 と、そのときだった。


「うぉああああああああああああああああああッ!?」


 鋭い悲鳴と共に、破壊音が耳朶を叩く。

 極めて近い場所から発生したそれに、イリーナとジニーはビクリと体を震わせた。


「い、今のって……!?」

「ふむ。どうやら敵襲のようですね」

「て、敵襲、って……!」


 大量に発汗しながら震え出す二人とは違い、俺は冷静さを保ったまま、音が飛んできた方を見やった。

 煙が天高くまで立ち上り、依然として悲鳴と破壊音が飛び交っている。

 そうした状況に、ジニーは怯えた様子で声を漏らした。


「こ、後方には、敵が来ないんじゃ……!」

「そうでもありませんよ。兵站や医療を潰すのは戦の定石ですからね。最前線と比べれば幾分か安全というだけで、敵襲が一切ないというわけではありません」


 大騒動の中、俺は落ち着き払ったまま返答する。

 その直後のことだった。


「ハハハハッ! やはり気持ちのいいものだなぁッ! ムシケラ共を踏み潰すのはッ!」


 剛胆さを感じさせる、野太い声が耳に入る。

 そちらに視線をやると――複数人を連れた大柄の男が目に入った。

 筋骨隆々とした巨体を真紅の鎧で覆い隠しており、その風貌はまさに歴戦の武士(もののふ)といった様相である。引き連れた配下達も中々の面構えだった。


「おそらくは、彼が襲撃部隊の頭目といったところでしょうね」


 呟くと、俺はイリーナ、ジニーに向けてこう述べた。


「では、行って参ります」


 言葉は返ってこない。二人とも、あの《魔族》が放つオーラに圧倒されているのだろう。

 まぁ、仕方がないことだ。

 この時代における《魔族》は、現代のそれとは比にならぬほど強い。

 さりとて……

 俺からしてみれば、あの《魔族》は決して、恐れるほどのものではなかった。

 当然であろう。

 後方部隊を叩くといった程度の仕事を任せられるような者が、強大であるわけもない。


「《魔王》に会うには、少々足りぬだろうが……手柄は手柄か」


 湧き上がる好戦的な感情が、笑みとなって発露した。。

 久方ぶりとなるまともな《魔族》との戦を前にして、俺は気分の高揚を覚えるのだった。



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