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第四七話 元・《魔王》様と、古代世界の夜

 リディアとの邂逅により、我々は戦場への出撃が決定した。


 ……当初の予定とは異なるが、より手柄が立てやすくなったとポジティブに捉えよう。

 どの道、我々はなんらかの功績を挙げ、軍内での立ち位置をある程度は高めるという方針で動いていたのだ。


 戦場には功績がゴロゴロと転がっている。それを一つでも拾い上げれば、《魔王》との邂逅という目標に大きく近づくことだろう。

 我々が任されたのは後方支援であるため、それほど大きな危険に遭うこともなかろうし……判断を誤ったというわけでは、ないはずだ。


 ともあれ。

 当然の話だが、従軍が決まったら即出発、ということになるわけもない。

 リディア、ヴェーダ、両軍共にまだ準備すべき事柄があるとのこと。

 それが終わり次第の行軍となる。


 これは非常に都合がいい。こちらとしても一つ、準備(、、)をしたいと考えていたところだ。

 また、ありがたいことはもう一つあり……

 行軍の日を迎えるまで、我々はこの都市にあるリディアの別荘で過ごすことになった。

 イリーナとジニーをよほど気に入ったのだろう。俺はオマケ程度だろうが、なんにせよ僥倖であった。リディアがこのように申し出てくれなければ、俺達はあのヴェーダと寝食を共にするハメになっていたのである。


 このことをヴェーダに報告したところ、奴は大きな瞳をウルウルとさせて、


「やだぁ~~~~! 行っちゃやだぁ~~~~! ずっとここにいてよぉ~~~!」


 こちらの胸に飛び込んできて、幼児のように残留をねだってきた。

 そのさまだけを見れば、非常に可愛らしい子供、といった印象である。

 コイツは見た目だけは本当に可憐な少女なのだ。ゆえにこういうおねだりをされたなら、誰もが言うことを聞いてしまうだろう。

 しかし……


「夜寝てるときにこっそり人体実験とかするつもりだったのにぃ~~~! せめてこの場で! この胸をちょっとだけ切り開かせて! ちょっとだけでいいから! 先っちょだけでいいからぁ~~~~~~~~~~~~!」


 この時点で、誰もがコイツを投げ飛ばして逃げ去るだろうが。

 当然、俺もそのようにした。

 背後でヴェーダのすすり泣く声が聞こえてきたのだが、まったく心は痛まない。


 ……なんで我が軍の人材は上に行くほど変態度が増すのだろうか。


 そうした一悶着の末に、我々はリディアの別荘へと赴き、それぞれが一室をあてがわれた。奴の別荘もまた、単純にデカいというだけで造形的美点はどこにもない。とはいえ、室内は十分な広さがあるし、何より清潔だ。よって問題は一つもない。

 ベッドの上に寝転がり、その感触を楽しむ。そうしながら、俺はポツリと呟いた。


「……まさか、あいつと再会するとはな」


 実のところ、この時代に飛ばされた時点で、その可能性は脳裏をよぎっていた。

 だがそれは一瞬のこと。すぐさまそうした思考は消えた。

 いや……考えないように努めたと言った方が正確か。

 俺にとってリディアという女は、極めて複雑な存在なのだ。

 かつての親友であるがゆえに、もう一度会いたいという気持ちは常にあった。

 魂のみの存在となり、俺の指示を聞くだけの人形と化した彼女ではなく、活き活きとした本物のリディアに会いたい。そんな思いは常に抱いていた。


 だが、その一方で。

 そんな唯一無二の親友を、俺はこの手にかけたのだ。

 厳然たる事実が、会いたいという思いに対し、断念を迫る。

 お前にそんな資格があるのか? と。


「……あの自称・神とやらは、いったい何を考えているのだ。俺に対する嫌がらせか? もしそうだったなら、次に会った際は容赦せんぞ……」


 嘆息する。と――

 次の瞬間、ドアがノックされた。

 ジニーでもやって来たのだろうか? イリーナちゃんやリディアは入室前のノックなどしないからな。

 この時間帯(夜中)に彼女が来たということは、つまり……

 艶事をどのようにして断ろうかと頭を悩ませながら、返事をする。

 果たして、ドアを開いて入室してきたのは。


 ジニー、ではなかった。


 見知った顔ですらない。褐色肌と白い髪が特徴的な、年端もいかぬ少女であった。

 服装は一般的なものだが……腹部に刻まれた紋章が、彼女の立場を現している。

 あの特徴的な紋章は……奴隷の印である。


「お初にお目にかかります。ラティマと申します。リディア様の従僕にして、身の回りのお世話をさせていただいております。このたびはリディア様の命により、こちらに滞在なさる間、わたしが貴方様のお付きとなりました。ふつつか者ではありますが、なにとぞよろしくお願いいたします」


 事務的に、淡々と述べると、ラティマと名乗った少女はぺこりと一礼した。

 ……リディアは確か、奴隷制度の反対派であったが、この制度が社会にもたらす利点を理解していたがために、潰すことができなかった。

 その代わり、せめて不当な扱いを受けて奴隷となった存在を救うおうと躍起だったな。

 この少女もおそらくはリディアに救われ、その身柄を彼女に預けたのだろう。

 リディアの側近部隊にはそうした者が多く在籍し、彼女に狂信的な忠誠を誓っている。


 ゆえにこのラティマという少女は信用ができる……はずなのだが。

 気のせい、だろうか。


 こちらを見る彼女の目に、どこか剣呑な色が宿っているように思えるのは。

 

   ◇◆◇


 一室をあてがわれた後、イリーナはジニーと共に、リディアの誘いを受けて屋敷に併設された入浴施設へと入った。

 大きな浴場、その湯船の中には既にシルフィーが華奢な体を浸けており、


「ふぃ~~~~~。生き返るのだわぁ~~~~」


 などとオッサン臭いことを呟きながら、気持ち良さげに息を唸らせていた。

 そんな様子にイリーナは自然と笑みを零す。


(やっぱり、シルフィーはシルフィーなのね)


 入浴時間は、なかなか楽しいものだった。

 その中心にいたのはやはり、


「ジニーちゅわ~~~~ん! 背中洗いっこしようぜ~~~~~~~!」


 この人。リディア・ビギンズゲートであった。


「ひぃぃっ!? え、遠慮しますぅううううううううう!」

「そんなこと言わないでさぁぁぁぁぁ! 泡塗れになったおっぱい揉ませてくれよぉ~~~~! ぐへへへへへへ!」

「いやぁああああああああああああああっ!」


 好色親父もドン引きしそうな顔をして、ジニーを追いかけ回す。そんな様子からはとてもではないが、伝説の《勇者》の威厳など感じられない。

 だがむしろ、それがイリーナには良い点に思えた。

 もし英雄譚などで描かれているリディア像そのままだったなら、イリーナは常に萎縮しっぱなしで、気の落ち着く暇もなかっただろう。

 とはいえ――


「げははははは! 捕まえたぜ、マイ・ハニー!」

「ひぃぃぃぃぃ!? は、放して! 放してくださいっ! ちょっ、お、おっぱい揉んじゃらめぇええええええええええっ!?」


 ジニーにとっては、たまったもんじゃないだろうが。

 豊かに育った形のいい巨乳が、リディアの白い手の中でグニュグニュと形を変える。

 心底迷惑といった顔で泣き叫ぶジニーだが、リディアはお構いなしだった。


「うははははは! この感触! ボリューム感! やっぱ巨乳は最高だぜ!」

「うわぁ~~~~~ん! もう勘弁して~~~~~~~~!」


 そんな二人を、シルフィーは湯船に浸かりつつ、ジト~っとした目で睨みながら、


「……アタシだって、あと二、三年もしたらおっきくなるのだわ」


 つるぺたな胸を撫で回す。しかし悲しいかな、二、三年経ってもシルフィーのまな板が膨らむことはないことを、イリーナはよく知っていた。無論、その現実を突きつけるようなことはしなかったが。あまりにも哀れ過ぎるので。

 主にリディアのおかげで賑やかな入浴時間を過ごした後。

 イリーナは古代世界のスタンダードな衣服を着て、自室に戻った。


「う~ん……なんだか、スースーするわね……ちょっと、見えすぎじゃないかしら?」


 あまり肌の露出に対し頓着しないイリーナだが、この、一枚の布で大事な部分を隠しただけ、という風情の格好は少し恥ずかしい。

 ジニーほどではないが豊満に実った乳房と、柔らかそうな尻、よく締まった腹筋が大胆に露わになっている。これはやはり、少しだけ恥ずかしい。

 だが、恥ずかしい反面、その羞恥が気持ちいい。


「エ、エルザードに拉致されてから、あたし……ちょっと、えっちな子になっちゃったのかしら?」


 こんな自分を、アードはどう思うだろう。そんなことを考えると、顔が真っ赤になる。


「~~~~~っ!」


 上気した顔を冷やすべく、ベッドに倒れ込んで、枕に顔を埋めた。

 そして、無理やり思考を切り替える。


「最初は不安だったけれど……意外と、楽しめちゃうかも。この時代」


 アードが以前に話した通り、イリーナにとって現状は修学旅行ならぬ、時間旅行となっていた。古代世界を実体験するなど、どのような魔法を用いたって不可能だ。それを思えば、自分は今、非常に貴重な経験をしていると思う。


「イメージとは全然違ってたけど……まさか、ヴェーダ様やリディア様に会えるだなんて。でも……クラスの皆に話したって、きっと信じてくれないよね」


 現代へと思いを馳せる。

 ……思えば、アードと出会ってからというもの、今回の一件も含めて信じられないことばかりが起きている。

 特に信じられないのは、自分に友達がいるということ。

 多くの者に囲まれ、笑っていられるということ。

 だが……それは薄氷のように脆い環境だ。あの事実を知られたなら、すぐさま壊れてしまうだろう。イリーナはそれをよく理解している。


「友達がたくさんできた。でも……どこまで行ってもあたしは……穢れた血族、なのよね」


 先刻までの熱気はどこへやら。嘆息と共に、寂寞とした気分が心に広がっていく。

 表面上、イリーナは多くの友人に囲まれ、幸せに暮らしてはいる。だが……

 究極的には、誰とも違うのだ。

 イリーナはそもそも、人間ですらないのだ。

 かつてエルザードに言われた通り、イリーナは《邪神》の血を引くバケモノなのだから。

 ゆえにイリーナは表向き、人々に囲れて生きる幸せな女の子、だが……

 本質的には、誰とも違うという孤独を抱えて生きる、哀れな少女である。


「……はぁ。ダメね、あたし。気付いたら、考えなくてもいいことばかり考えちゃう」


 ふと、頭の中にアードの姿が浮かび上がった。


「……今日は多分、一人じゃ寝れないわよね」


 スッと立ち上がるイリーナ。

 毎晩のようにアードとベッドを共にしているのは、彼に並々ならぬ好意を抱いているから、だけではない。彼と一緒にいると、心が落ち着くのだ。

 イリーナの孤独を完全に理解し、そのうえで共にいてくれると約束してくれた人。

 だからこそ、イリーナにとってアード・メテオールという人間の存在は大きい。


「……アード、もう寝てるかしら? もし、そうだとしても……許してくれるよね」


 彼の部屋へ赴くべく、ドアへと向かう。

 が、次の瞬間。

 イリーナがそれを開くよりも前に、戸板が部屋の内側へと入ってきた。


「えっ」


 小さな声をあげるイリーナ。その視線の先には、


「よう、イリーナ。まだ寝ないよな?」


 穏やかな表情をしたリディアが、革袋を片手に立っていた。

 彼女はゆったりした歩調で部屋へ入ると、ベッドに腰掛けて、革袋の中身――蒸留酒をぐいっと呷る。

 そうして、「うぃ~~~」っと女らしくない唸り声をあげてから。

 イリーナの目を真っ直ぐに見据えて、こう言った。


「お前と二人きりで話がしたくてな。ちょっと時間いいか?」


 リディアの澄んだ瞳には、真摯さがあった。ジニーに向けていたいやらしいものでなく、アードに対する荒々しいものでもなく、澄み渡ったそれにはどこか……心惹かれるものがあって。だからイリーナは、


「……はい」


 コクリと頷く。


「ん。じゃあ、隣、座んなよ。酒はイケる口か?」

「い、いえ、あんまり」

「そっか。じゃあ、こっちだな」


 腰元に括り付けていたいくつかの革袋のうち、一つを渡してくる。どうやら中身は葡萄のジュースらしい。

 それを受け取りつつ、イリーナはリディアの隣に座った。


 しばらく、沈黙が室内に広がる。


 話したいと言っておきながら、リディアは一言も喋ろうとはしない。

 しかもタチが悪いことに、今のリディアは非常に真剣な雰囲気を纏っていて……

 そうしているとこの女性(ひと)は、本当に魅力的なのだ。

 横顔をちらりと見るだけで、同性のイリーナさえも顔を紅くしてしまう。この一点だけは、伝聞の通りである。《勇者》・リディアは、あまりにも美しかった。


 そんな彼女は今もなお、黙したまま口を開こうとしない。


(~~~~~~っ! た、耐えらんないわ、この空気!)


 沈黙に耐えられなくなったイリーナは、勇気を振り絞って言葉を紡ぎ出した。


「あ、あの! あ、あたしに話があるって、おっしゃってましたよねっ!?」


 問いかけに対し、ようやっと、リディアが声を出す.


「……おう。かなり、聞きにくいこと、なんだけどよ」


 向けられた瞳は、やはり澄み切ったもので、自然とイリーナは生唾を飲んだ。


(な、何を言われるのかしら?)

(あ、でも、もしかするとくっだらないことだったりして)

(リディア様ならありえるわよね。こんな空気作っといて実は、みたいな)


 そう考えると、幾分か緊張も和らいだ。

 しかし。


「なぁ、イリーナ。お前さ」


 次の瞬間、リディアが放った言葉はイリーナにとって――

 くだらないとは、到底言えないものだった。


「奴等の血を引いてるんだろ?」


 その問いを受けて、イリーナは石のように固まった。


 奴等、というのはおそらく、《邪神》を指す言葉だろう。なにゆえ、彼女が直接的ではなく、遠回しな言い方をしたのかは判然としないが……


 今、そのようなことはどうだってよかった。

 あの《勇者》が。《邪神》討伐の大英雄が。


 話があると言って部屋にやってきて、こちらの正体……《邪神》の血族だという真実を口にする。

 それがいかなる意味を持つのか。


 そこまで考えが行き着いたと同時に。


「~~~~~ッッ!」


 イリーナは弾かれたようにベッドから飛び退いて、リディアから距離を取った。

 伝聞において、リディアは《邪神》とその関係者に対し苛烈な制裁を下し続けたという。

 もし、このリディアもそうだとしたなら……

 今、この場で、自分は殺されてしまうかもしれない。

 そんな危機感が、大量の発汗を促す。

 胃の痛みと、秒刻みで速まっていく心臓の脈動を感じながら、イリーナはリディアを睨む。そんな様子に――

 リディアは申し訳なさそうな顔をしながら、革袋を振った。


「わりぃな、突然で。気分を悪くさせちまったよな。でも……どうしても、話がしたいと思ったんだよ。なんせ……」


 次に紡がれた内容は。

 イリーナに対し、さらなる衝撃をもたらすものだった。


「オレと同じ奴に出会うなんざ、初めてのことだからな」


 驚愕を禁じ得ない。

 気付けばイリーナは、眼球が飛び出んばかりに、目を強く見開いていた。


「お、同じ……!?」

「あぁ、そうさ。オレもな、お前と同じなんだよ。オレの親父は……《邪神》の、一柱だ」


 信じがたいことだった。あの《勇者》が、史上もっとも《邪神》を憎んだとされる彼女が、まさか自分と同じ境遇だっただなんて。

 しかし……リディアの瞳には、嘘の気配など微塵もない。

 彼女が打ち明けてきたことは、正真正銘の真実なのだろう。

 そう思うと、不思議な仲間意識が芽生えてきて……


「リ、リディア、様も……昔は、人を信じられなかったり、したんですか?」

「あぁ。酷いもんだったよ、本当に」


 気付けば、言葉が溢れてきて、止まらなくなった。。

 それからイリーナは、リディアと様々なことを話し、時には笑い、時には涙した。

 こんな気持ちは初めてだ。

 この世界には自分一人しかいないという、寂寞とした気持ちが消えていく。

 生まれて初めて、孤独感を完全に忘れることができた。あのアードですら癒やしきれなかったその感情が、リディアという同胞の存在により、消え失せていく。

 気付けば、イリーナの中で、リディアは極めて大きな存在になっていた。

 だから……この人と、離れたくないと、心の底から思ってしまう。


「もうそろそろ、寝る時間だな。突然やってきて悪かった。でも、楽しかったよ。ありがとな、イリーナ」


 微笑しながらイリーナの銀髪を優しく撫でて、リディアが立ち上がる。

 行かないでほしい。そんな感情が爆発したがために、イリーナはリディアの手を掴んで、


「あ、あのっ! い、一緒に……一緒に、寝てくれませんか!?」


 リディアは一瞬、きょとんとしたが、すぐに柔らかい笑みとなって、


「ジニーちゃんに夜這いかける予定だったんだが……そんな顔で頼まれちゃあな」


 共にベッドへと入ると、リディアはパチンと指を鳴らす。

 その途端、天井に取り付けられていた魔導式の照明具が消灯。室内に闇が広がる。


「おやすみ、イリーナ」

「はい……おやすみなさい、リディア様……」


 リディアに抱かれ、彼女の腕の中で瞳を瞑る。


 自分よりも大きな体。柔らかい肢体。女性特有の甘い香り……

 自然と、イリーナは母のことを思い出した。

 あの人が生きていた頃は、孤独など感じたことがなかった。幼い頃のイリーナは、母が世界の全てで……彼女がいてくれさえすれば自分は一生幸せだと、心の底から思っていた。


 だが、母はもういない。


 彼女の消失が、イリーナに大きな孤独をもたらして……それはアードと出会ったことでほとんど癒えたのだが、完全ではなかった。きっと死ぬまで、この孤独はしこりのように残り続けるのだと思っていた。

 けれど今、イリーナはリディアを、第二の母として認識したのだろう。

 まるで、母と一緒にいるような、このうえない幸福感がイリーナの心の中にある。


 しかし。

 だからこそ、心の底から悲しくなるのだ。

 なぜならば――


 この第二の母さえも、いつかは自分の前から消えてしまう。


 いずれ自分達は、元の時代に帰らなければならないのだから。

 とはいえ――それだけなら、まだ我慢もできる。

 イリーナは瞳を僅かに開いて、リディアの寝顔を見つめながら、思う。


(この人は、死ぬ)

(悲劇的な結末を、迎えてしまう)


 それはまさに、歴史的な定めであった。

 されど、それがもし、運命であったとしても。


(そんなの)

(そんなの、絶対にやだ……!)


 しかし、自分に何ができるというのだろう。

 いずれ来たるであろう宿命に、イリーナは悶々とした感情を抱き続けるのだった――


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