第四五話 元・《魔王》様と、マッドサイエンティストのド変態
神域の頭脳。究極の知性。史上最高の学者。
四天王が一人、ヴェーダ・アル・ハザードを評する際、人々は総じて大仰な言葉を使う。
事実、彼女の才覚は煌びやかに装飾された文句に相応しいものだが……
「まったくもう! しつれ~しちゃうなぁっ! 人を外見で判断しちゃダメだって親に教わんなかったのっ!?」
ぷんすかと怒るその可愛らしい姿からは到底、想像もできないだろう。
彼女が、四天王の一角であることなど。
「いや、だって、ねぇ……?」
「いくらなんでも……」
顔を見合わせ、困惑を隠そうともしないイリーナとジニー。
ヴェーダを初めて見る者はおおよそがこうなる。古代世界でもそうなのだから、誤った人物像を受け入れていた現代人ならばなおさらであろう。
なんにせよ、このままでは話が進まんので、俺は一歩前に出て彼女へ声を――
「お初にお目にかかります。私はア――」
「おやおやぁ!? 君ってば、レアモノの匂いがするねぇっ!」
こちらの挨拶を遮って、ヴェーダが瞳を輝かせた。
澄み切った目をキラキラさせるその姿は、まさに純粋無垢な幼子、なのだが。
俺は知っている。こいつがこういう態度をとったなら、次の瞬間どうなるのかを。
実際のところ――
「ちょっと解剖させてくれないかなぁっ!?」
まるで珍しい昆虫を採取しようとする子供のような気安さで、ヴェーダはこちらへと攻撃を仕掛けてきた。
詠唱もなく。魔法陣の発現さえなく。
ヴェータの周囲に半透明な刃が無数に召喚され――
こちらがそれを認識した矢先、刃の群れが獰猛な軌道を描いて飛んでくる。
常人であれば面食らったことで対応が遅れ、結果ズタズタに刻まれていたことだろう。
だが前述の通り、俺はコイツのことをよく知っている。
出会い頭、何かを感じ取ってこういうことをしてくるだろうと、確信を抱いていたのだ。
よって対応は迅速である。
半透明な刃が放たれるよりも前に、俺は防御魔法を発動していた。
等級は無論、上級。名は《ギガ・フィールド》。
こちらを中心として、四方に魔法陣が顕現。次いで、球体状の膜が全身を覆い隠す。
数瞬後、防壁に刃が衝突。半透明なそれらはことごとくがガラスのように砕け散り、大気の中へと霧散していった。
「おぉうっ! すごいねすごいね! この天才魔法学者のヴェーダちゃん、オリジナルの必殺技を防ぎきるだなんて!」
ますます、こちらに対する興味を深めたらしい。
上気した様子で頬を赤らめ、鼻息を荒くさせ……
「よぉ~し、そんじゃ次は、もっとヤバいやつを試しちゃおっかなっ!」
言うや否や、ヴェーダの頭上に真っ黒な穴が現れた。
今回もまた、詠唱もなければ魔法陣もない。
これが、ヴェーダの恐ろしい要素の一つである。
奴が扱う業は魔法だかなんだかよくわからない、解析不能な技術だ。
俺が創り出したルーン言語による人間用の魔法をベースに、奴は自分専用の不可解なパワーを創造した。それが彼女にもたらす戦力は絶大である。
そのうえ、奴は普段から強力な魔導兵器を造りまくっており……
正体不明なパワーと兵器を組み合わせて戦ったなら、このヴェーダは神さえも殺せるほどの力を発揮するだろう。
だからこそ、俺は学者であるコイツを文官の最高峰たる七文君ではなく、武官の最高峰である四天王に選定したのだ。
「さぁ、実験を始めようかっ!」
爛々と輝く瞳には、色濃い狂気が宿っている。その姿はまさに、マッドサイエンティストのド変態であった。……ウチ(魔王軍)の連中はこんなんばっかりである。
俺はやれやれとため息を吐きながら、
「貴女にお付き合いするのもやぶさかではありませんが……そうなりますと、私の連れ二人に迷惑がかかりますね。結果として貴女はオリヴィア様の不興を買うことになりますが、それでもよろしいのですか?」
「うぇっ? オリヴィアちゃんがなんで怒るのさ?」
「私達は、貴女に仕官させていただくつもりでこちらへ参ったのです。オリヴィア様のご紹介でね」
そう述べると、ヴェーダは「ちぇ~。じゃあ我慢するよ」と素直に頷いて、頭上に浮かんでいた黒い穴を消した。
「にしても、ワタシに仕官だなんてめっずらしいねぇ。もしかしてアレかな? ワタシの大ファンとか? ゲヒャヒャヒャヒャ! ついにワタシの時代が来たか~!」
一人で納得し、こちらの答えなどまったく必要としていない様子。
楽しげに笑い転げるヴェーダの姿に、イリーナとジニーはまったく同じタイミングで、まったく同じ言葉を吐き出した。
「「なんなの、この子……」」
気持ちはわかる。痛いほどわかるぞ、二人とも。
さて。
落ち着きを取り戻した後、ヴェーダはまず、木っ端微塵となった屋敷を元に戻した。
まるで時間が巻き戻っているかのようなその光景は、やはり魔法によるものではない。
「……本当にヴェーダ様、なのね。あの子が」
「い、未だに信じられないっていうか、信じたくないというか……」
顔を見合わせながら、ブツブツと言い合うイリーナとジニー。思えば、こっちに来てからずっとこうだな。普段みたくいがみ合うことが一切ない。そうする余裕もないのだろう。
「よぉ~し、じゃあ入って入って! 詳しい話を聞いてあげるからさ!」
「……我々の詳細は、先程お話した通りですが。オリヴィア様の――」
「紹介受けて来た浪人達、でしょ? でもさぁ、君達」
首を動かして、肩越しにこちらを見るヴェーダ。ギョロリとした大きな瞳は、まるで全てを見通すかのような不可思議さを宿していて――
「それだけじゃないんだろう(、、、、、、、、、、、、)?」
実際のところ、奴の頭脳は俺達の真相を見抜いているのだろう。
かつての配下に対し、改めて畏敬の念を覚えながら、俺は先導するヴェーダに従い二人と共に屋敷へと入った。
屋敷の内観は極めてシンプル。無駄が一切なく、珍奇なものはどこにもない。
そうした内部を進んで行き、応接間と思しき部屋へと入った。
広々とした室内には複数の寝台が置かれている。
ヴェーダはその一つに寝っ転がると、
「君達も楽にしちゃっていいよ!」
この言葉に、イリーナもジニーも俺へと目をやった。
どうしてよいのか、わからないのだろう。
現代であればこういうとき、ソファーなどに座って向き合いつつ話すものだが……
この時代、この国にはソファーなどない。代わりに、この寝台を使うのである。
「お二人とも、寝台に寝そべってください。こういうときはそのような状態で会話をするのが古代の文化です。以前、オリヴィア様の歴史学の講義で習ったでしょう?」
「あっ、そ、そういえば、そうだったわね」
「使う機会がない知識だと思ってたから、すっかり忘れてました……」
二人は寝台に向かい、そこへ横たわった。
俺もそのようにして、ヴェーダの顔を見る。
それから……
「ご要望にお応えして、我々の素性を明かさせていただきます」
俺達がこの場へと至る経緯を、包み隠さず話した。
自分達が未来人であること。自称・神の手によってこの時代に飛ばされたこと。元の時代に戻るための手がかりを探していること。
常識ある人間であれば、こんな荒唐無稽に過ぎる話は一切信じないだろう。
だが、目前にて、寝台に寝そべりながら俺の話に聞き入るこの変態は、常識など持ち合わせぬマッドサイエンティストである。
信じぬどころか、奴は目をキラッキラと輝かせて、
「マジか! マジで! マジだ! フゥオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」
奇声を発しながら、寝台の上でビッタンビッタンと、跳ね回る魚のように躍動する。
「《外なる者達》とも《旧き神》とも違う、超高次元存在の尻尾は掴めてたんだけどね! まっさかこんな形でその存在が実証されるダなんて! やっべぇ、超絶テンション上がってきたぁああああああああああああああああっ!」
激しく跳ね飛びまくるヴェーダに、イリーナもジニーもドン引きであった。
もちろん、俺もドン引きしている。
なんで頼りになるのがコイツしかいないのだろう……と、嘆息してからすぐ、イリーナが疑問符を覚えた様子で問うてきた。
「さっきヴェーダ様、《旧き神》とか言ってたけど……《旧き神》ってなんだっけ?」
俺が答えるよりも前に、ジニーが得意げな顔で返答した。
「《旧き神》とは、古代よりもさらに過去、超古代の世界を支配していという謎の存在の通称です。彼等は《邪神》がこの世界に襲来した際、殲滅されてしまったとオリヴィア様は言ってました。……授業は真剣に聞きましょうね? ミス・イリーナ」
小馬鹿にした調子で笑うジニーに、イリーナが頬を膨らませた。
微笑ましい様子に、俺は微苦笑を浮かべる。と、どうやらヴェーダが落ち着きを取り戻したらしく、
「あぁ~、疲れた~」とか言いながら寝台の上をゴロゴロと転がって、
「ま、とにかく事情は理解したよ。君達の希望通り、ワタシが君達を庇護してあげようじゃないか。元の時代に戻る手伝いもしてあげよう。ただし、その代わり――」
どうせ実験に付き合えとか、たまに解剖させてくれとか、そんなことを言うつもりだろう。そうはさせじと、先手を打つべく、俺は口を開く――
その前に。
ドガァッ、という破壊音が響く。
遠くから飛んできたそれは、おそらく屋敷の外部から響いたものだと思われるが……
不審な音が耳に入ってすぐ、ドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
それは次第にこの部屋へと近づいてきて……当然ながら、俺もイリーナもジニーも即座に寝台から降りて、警戒体勢をとった。一方でヴェーダは依然として寝台に寝そべったままで、なんの緊張感も発してはいない
そして次の瞬間。
「だらっしゃあああああああああああああっ!」
鈴のような美声には不似合いな叫び声と共に、ドアが蹴破られた。
果たして、乱暴な闖入者の正体は……俺達がよく見知った人物であった。
「シ、シルフィー……!?」
イリーナの口から、闖入者の名が紡ぎ出された。
そう、シルフィー・メルヘヴンである。ただし、この時代の、だが。
服装は古代のスタンダード。全身を一枚の布で覆った、露出度の高い衣装。
彼女のシンボルでもある炎のような赤髪は、現代のそれよりかはやや短めであり、背丈も少しだけ低い。胸やらなんやらはこの当時から相変わらずちんちくりんである。
そんなシルフィーは俺達のことなど一瞥すらせず、寝台にて寝転がるヴェーダにのみ視線を集中させ、こう叫んだ。
「見つけたのだわっ! もう逃がさないわよ、この馬鹿っ!」
「ゲヒャヒャヒャヒャ。知ってるかい、シルフィーちゃん。人に馬鹿って言ったらね、その人は相手よりもずっと馬鹿になっちゃんだよ~?」
「えっ。そ、そうなのっ!?」
「ぷぷ~~~~っ! んなわけないじゃあ~~~~ん! 人の言うことをなんでもかんでも真に受けちゃってさぁ! ほんっと、君ってば天井知らずの馬鹿だよねぇ~~~~! ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」
「ぐぬぬぬぬぬ……!」
腹を抱えて笑い転げるヴェーダと、顔を真っ赤にして唸るシルフィー。
そんな二人の容姿に、イリーナはどこか複雑げな表情だった。
おそらく、オリヴィアのとき以上に、シルフィーとの再会がショッキングなのだろう。
妹分として可愛がっていた存在が、自分に対してなんの感心も示さないとう現状に、少なからず心痛を感じているに違いない。
何か一つ、イリーナちゃんを癒やしてやれるような言葉を、と、思索する――
その最中のことだった。
「あぁ、もうっ! ボッコボコにしてやりたいけれど! 今回は我慢するのだわっ!」
次の瞬間、シルフィーが口にした言葉が――
俺の心を、大きく動かした。
「やっちゃってちょうだいっ! リディー姐さんっ!」
名を呼ばれてからすぐ、コツコツと、静かな足音が鳴り響く。
そして、一人の美女が室内へと入ってきた。
その姿を視認すると同時に……ドクリと、心臓が高鳴る。
「っ…………!」
周囲の全てが、真っ白に漂白されていく。
イリーナも、ジニーも、シルフィーも、ヴェーダも。全ての存在が意識の中から消失し、俺の視界には、俺の世界には、ただ一人の女だけが残った。
「リディア……!」
もはや思い出の中でしか、その姿を見ることはない。そう思い続けてきた彼女が、今、目前に立っている。
そんな現実に、俺は動揺せざるを得なかった――