第四四話 元・《魔王》様、仕官する
オリヴィア・ヴェル・ヴァイン。
我が姉貴分にして、武官の最高位たる四天王の一角を担う女傑である。
現代では教職員として我々とは顔なじみの存在、なのだが……
「「「オ、オリヴィア様っ!?」」」
三人分の声が重なった。イリーナ、ジニー、そして先刻助けた少女の声である。
察するに、少女はオリヴィアの弟子か何かなのだろう。ゆえに、現れた彼女を呼んでもなんら違和はない。さりとて……このオリヴィアからすれば、イリーナとジニーがさも知人の如く自らの名を呼んだことに、怪訝を感じたに違いない。
彼女は眉根を寄せながら腕を組み、イリーナとジニーに鋭い視線を浴びせると、
「……わたしは貴様等のことなど知らんのだが。なにゆえ、そのような目で見る?」
イリーナとジニーの視線には、確かな親愛の情が込められていたのだろう。
だが、このオリヴィアにそれが通用するわけもない。
我々が知る現代のオリヴィアとは、別人なのだから。
それは容姿を見ても歴然としている。
現代のオリヴィアは常に教職員の制服を動きやすいよう大胆に改造した衣服を纏っているのだが、このオリヴィアは極めて身軽そうな闇色の装束で身を包んでいる。
また、現代の彼女に比べ幾分か若々しく、放つ気配もどこか強気で未熟さを感じる。
長く艶やかな黒髪も現代とは違い馬の尾状にまとめられており、それがことさら、若さを強調しているようだった。
「えっ、えっと、その」
「わ、私達は、その」
両者共に、複雑げな表情で冷や汗を流していた。
気持ちはよくわかる。親しい者と再会できたと思いきや、それは同一人物だが別人……このような体験をしたなら、困惑して当然だ。
俺とて少々の戸惑いはある。だが、それを表に出すことはできない。
なんら動じていないように振る舞うのだ。この二人にとって、俺は精神的な支柱で在り続けねばならぬ。動じた姿を見せることは許されない。
それに……泰然とした様相を維持するのは二人のためだけでなく、今後のためにもなる。
「申し訳ございません、オリヴィア様。この二人は貴女の名声に羨望と憧憬を抱いておりまして。ゆえに過剰な親愛を向けてしまったのです。どうぞご容赦を」
「……ほう」
短く呟いてからすぐ。
オリヴィアの全身から、桁外れの闘気と殺気が放たれた。
大気が震撼する。肌がビリビリと痺れ出す。
「う、ぁ……?」
真っ先に尻餅をついたのは、ジニーだった。それから順に、イリーナ、少女、両名が地べたにへたりこんでしまう。
三名とも声を発することもできず、ただオリヴィアの様子を見つめるのみ。
絶対的な捕食者に睨まれた、哀れな小動物の如き姿。
もし、このオリヴィアが現代のそれであったなら、俺もまた彼女等のようにすべきなのだろう。一芝居打つべきなのだろう。
だが、目前に佇むは古代のそれ。であれば、俺が取るべき選択は一つだ。
「さすがは四天王のお一人。殺気だけでも敵を仕留められそうですね」
「……動じない、か」
「えぇ。この程度では、ね」
「随分と、己の力量に自信があるようだな」
「いえいえ、そのようなことは。……ただ、己を凡夫と定義したこともありませんがね」
悠々と言葉を紡いでやると……オリヴィアの気迫が、一層強くなった。
「うっ……」
さすがに、これは耐えがたかったか。ジニーを始め、三人が一斉に気を失った。
その一方で、俺は涼しげな顔を維持しながら、微笑さえ浮かべてみせる。
そうした態度に、オリヴィアはこちらの思惑通りの結論を出してくれたらしい。
「……貴様、名はなんという?」
「アード・メテオールと申します」
「そうか。ならば、アード・メテオールよ」
オリヴィアは鋭い瞳をこちらに向けながら、短い言葉を放った。
「我が軍に入れ」
この申し出に、俺は内心でほくそ笑んだ。
まさか、こんな展開になろうとはな。あまりにも好都合ゆえ、笑えてくる。
俺はニヤケそうになるのを必死に堪えながら応答した。
「謹んで拝命いたします。今日この日より、我が人生は陛下の御為に」
一礼を返すと、オリヴィアは殺気を消し去り、頷いた。
が――
「されどオリヴィア様。仕官にあたって、二つ条件を提示させていただきたい」
すぐさま紡ぎ出したこちらの言葉に、オリヴィアは再び剣呑な空気を放った。
「……貴様という奴は、とことん肝が据わっているようだな」
「えぇ。私のような人間は、貴女様の好むところでしょう?」
慇懃無礼な態度だが、オリヴィアは気にしていないだろう。むしろ上機嫌とみた。
その証拠に、獣人族特有の耳と尻尾をゆらゆらと動かしている。
表情は険しいが、これでいい。こいつの場合、笑顔になったら逆に不味いのだ。
この姉貴分とはもう千年近い付き合いになる。どうすれば取り入ることができるのか、俺は誰よりも把握しているつもりだ。それゆえに――
「いいだろう。言ってみろ」
こちらの要求が必ず通ると信じている。
俺が提示した二つの条件だが……まず一つは、イリーナとジニーの入隊許可。
「……この二人はすぐに死ぬぞ。それでもいいのか」
「いいえ。そうはなりません。私が必ず守りますので」
オリヴィアは鼻を鳴らし、次を促した。
「二つ目の条件、それは……我々の配属先を、ヴェーダ様直属にしていただきい」
「なんだと?」
困惑の声をあげるオリヴィア。彼女は腕を組んだまま、理解不能なものを見るような目をこちらへと向けてきた。
「貴様、自分が口にした言葉の意味を理解しているのか?」
「えぇ、それはもちろん」
「……貴様ほどの戦闘能力を持つ者が、後方支援を望むのか?」
「なにぶん、野心がないものでして。それに、こう見えて私は魔法学者の卵です。武力でなく、知力で陛下に尽くしたく存じます」
眉根を寄せ、唸るオリヴィア。……気持ちはわかる。手に取るようにわかるぞ。
俺とて、あのヴェーダに仕官したいなどと言い出す奴を見たら、そいつの正気を疑うだろう。だが極めて皮肉なことに、あのヴェーダの下につくことこそが、安全を確保するうえではもっとも確実な選択なのだ。
さもなくばあのヴェーダへの仕官など、死んでもゴメンである。
「……はぁ。いいだろう。わたしの権限で貴様等を奴の直属にしてやる」
美貌に怪訝を滲ませながらも、オリヴィアは納得してくれたらしい。
なんというか、随分と都合がいい展開だ。……このぶんなら、もしかすると。
「ところで、オリヴィア様。もし、私を有望株と見込んでいただけているのなら……もう一つ、お頼みしたいことがあるのですが」
「この期に及んでさらに要求を重ねるか。……まぁいい。言ってみろ」
不機嫌そうな顔だが、これは逆に好感触である。
これならもしや、予想される課程を何段階か飛ばすこともできるか……!?
希望的観測を抱きつつ、俺は言葉を投げた。
「陛下への謁見を、取り次いでいただけませんか?」
瞬間――
「その要求の、意図を聞こうか」
落ち着いた声、だが。
その表情には笑みが宿り、全身から先刻までとは比にならぬ威圧感が放たれる。
明らかな拒絶反応に、俺は内心で一つ、舌打ちを零した。
まぁ、こうした反応になる可能性が高いとは思っていたが。
オリヴィアの身なりなどから察するに、我々がやってきた時代は古代世界における中盤あたりといったところだな。
この当時は色々と面倒なことが続いており、俺もオリヴィアも警戒心が強かった。
よって我々の素性を明かし、協力を要請しても、信じはすまい。
そう結論づけると、俺はオリヴィアの問いに対する返答を口にした。
「特別な意図などはございません。ただ……敬愛する陛下のご尊顔を一目でも見られたなら、これ以上の名誉と幸福はありません。それだけのことです」
「……奴に会いたくば、せいぜい活躍することだ。そうして信用を勝ち取れ」
やはり、それしかないか。
ヴェーダの配下となり、安全を確保しつつ、功績をあげるなどして良い感じに目立つ。
《魔王》、即ちこの時代の俺に会う方法は、これしかなかろう。
今後のことを思いながら、俺は小さく、ため息を漏らすのであった。
それから。
気絶したイリーナ達を起こし、オリヴィア共々、移動を開始する。
その道中はまさに悠々自適。何せ全盛期のオリヴィアが付いているのだ。どんな魔物が襲い来ても、なんら脅威にはならない。
「えっ。い、いつの間にか、魔物が倒れて……!?」
「ど、どうなってるんですか、いったい……!?」
イリーナもジニーも、まるで理解が及んでいなかった。
オリヴィアが行い続けたことなど、単純明快なのだが。
即ち、超高速の居合である。素早く抜刀し、剣を振るうことで鎌鼬を発生させ、標的を両断する。ただそれだけのことだ。しかし二人にはオリヴィアの動作があまりにも速すぎて、近づいてきた魔物達が勝手に倒れていくようにしか見えないのだろう。
俺もまた、気を抜くと奴の動作が認識できないときがある。
さすがは全盛期の姉貴分といったところか。
さて。安全極まりない道中を過ごした末に、我々は目的地へと到着した。
前線都市・エーテル。
名の通り、ここは前線に置かれた大型都市であり、立派な城塞都市でもある。
現代とは違い、古代世界は戦が常の世であったため、都市の全てが堅牢なる壁によって守られているわけだが……このエーテルに設けられた壁は、ここ一帯を治める領主にして、稀代の天才魔法学者ヴェーダの手によるもの。ゆえに国内でも最高峰の硬さを誇る。
そんな究極の堅牢さを持つ壁に守られた都市の様相は、当然ながら現代のそれとは大きく異なるものであった。
「な、なんていうか……」
「私達、ホントに古代世界へ飛ばされちゃったんですね……」
門を潜った先で、二人が都市の内観を見つめつつ、小声で言い合う。
現実を完全に受け入れたからか、両者共にげんなりとした様子であった。
そんな彼女等の視線の先には、古代人の活気と旧い建築物の群れがある。
人々の顔立ちなどは現代とそれほど変わりがない。種族数が違うわけでもない。
今と同様、ヒューマンが人口の大多数を占めているし、この時代でもイリーナのようなエルフやジニーのようなサキュバスは希少種である。
ただ、服装は現代のそれと大きく異なっていた。
現代において街人が纏う衣服といえば、化学繊維などで構成された滑らかな布地で作られたものがほとんど。しかし古代では基本的に麻布である。
そのデザインについても、一枚の布を使って全身を巻いたようなもので……
現代の様相を知ってしまうと、お世辞にも知的な姿には見えない。男であれ女であれ、非常に露出度が高いその格好は、まさに未開の蛮族といった印象である。
また、建築物についても、現代の美麗かつ緻密に計算されたものとは程遠いものだ。
「な、なんだか、ブロックを積み重ねただけ、みたいな感じね」
「どうやって作ってるんでしょう……?」
イリーナの言葉通り、この時代の建築物は基本的に、四方系の大型石材ブロックを積み重ねただけの、極めて簡素なものだ。一部例外はあるが、庶民の家屋などはすべからくそれだと断言してもよい。
その作り方は至ってシンプル。まず物理変換の魔法で土を石材ブロックに変換し、それを建築用の魔法でイメージ通りの形状へ組み立てる。これだけである。
こうした魔法は現代において不可能技術の一つに数えられるのだが、古代では大人なら誰もが使えるような簡単すぎる魔法となっている。
そうした事情もあり、この時代には建築家という職業が存在しない。
「……何をぶつくさ喋っている。さっさと行くぞ」
「あっ、は、はい!」
「す、すみません、オリヴィア様!」
すたすたと歩き出したオリヴィアに、慌ててついていくイリーナ、ジニー。
随分と萎縮しているな。人間関係においても、古代と現代とでは違いがある、といったところか。俺としてはこっちのオリヴィアの方が気を遣わんで済む分、非常に楽なのだが……イリーナやジニーからすると、実は生徒思いな優しいオリヴィアが恋しいのだろう。
まぁ、しかし。
「おい銀髪。あまりキョロキョロするな。田舎者と思われたなら、スリの被害に遭うぞ」
「ひゃ、ひゃいっ!」
「おいピンク。下を見て歩くな。不安ならば仲間を頼れ」
「は、ははは、はいぃ!」
実のところ、こっちのオリヴィアも性根は変わらない。実は子供好きで、世話焼きな、優しい姉貴分である。
そんな彼女と、彼女の弟子に案内された末に。
我々は最終目的地である、ヴェーダの屋敷兼研究所の前へと到着したのだった。
国のトップに名を連ねる者が住まう場所なだけあって、敷地面積は極めて広い。
そんなヴェーダの個人領域を守る門だが……番兵は一人も立っていなかった。
堅く閉ざすべき門はむしろ、我々が近づいた瞬間、自動的に開いていく。
来る者拒まず、といったヴェーダの精神を体現するような出入り口であった。
「……わたしが案内するのはここまでだ。後は貴様等でなんとかしろ。わたしは自領に戻り、こいつ(弟子)を鍛え直さねばならんのだ」
冷たく突き放すような言葉を紡ぐオリヴィアだが、それからすぐに、
「奴に会ったらまず、わたしがしたためた紹介状を見せろ。そうしたなら、下手な扱いはされんはずだ。いいか、紹介状を真っ先に見せるのだぞ。わかったな?」
俺達の身を案じているのだろう。しつこく釘を刺してきた。そんな優しい姉貴分に礼を述べると、彼女はやや不安げだが、しっかりと頷いて、弟子共々去って行った。
その背中を見送ると、イリーナ、ジニーの両名は再び門へと向き直り、呟く。
「……ヴェーダ様って、どんな人かしら?」
「英雄譚では、すごくきまじめで職人気質な御方、という印象だけれど……実物はきっと、違いますよね……」
あぁ、そうだな。君達が思うような人間では絶対にないと思うよ。
現代に伝わりしヴェーダの人物像は、おおむね「天才魔法学者」とか「魔王軍を影で支えた縁の下」だとか、地味な印象を受けものが多い。
また、世界的なベストセラーになっているらしい、《魔王》を主人公とした英雄譚では、「極めて神経質だが基本的には好々爺とした老学者」といったふうに描かれている。
学問に対し情熱的で、《魔王》に対する忠誠は厚く、世の平和のため魔道を極めんとする崇高なる学者。後世におけるヴェーダの人物評はおよそこんな感じだが……奴のことを知る人間からしてみれば、そういう人物評を最初に出した者へ、声を大にして言いたい。
ふざけんな馬鹿野郎、と。
「……立ちすくんでいても、仕方ありません。入りますよ、お二人とも」
俺の言葉に、二人は緊張からか冷や汗を浮かべながら頷いた。
こっちだって同じ気持ちだ。奴との再会など、できることなら勘弁願いたい。
だが極めて遺憾ながら、ヴェーダのもとに居座るのがもっとも安全なのだ。
何せ奴が率いる軍は基本的に後方支援を一任されている。というか、後方支援しかできない。奴の軍を構成する人員はその大半が学者であり研究者。荒事には不向きであるため、兵站や医療などを中心に働かせていた。
そうしたヴェーダ軍は全軍中、もっとも死亡率が低い。一方で、もしオリヴィアの軍に入ってしまった場合……イリーナとジニーはどう頑張っても一月さえ持つまい。
また、ヴェーダは神域の頭脳と呼ばれるほどの天才である。もしかしたら、我々が知りたい情報……特に、あの自称・神についても知っているかもしれない。
だから、ヴェーダなのだ。心底嫌だが。本当に、死ぬほど嫌だが。
俺は大変大変、まことに遺憾ながらも、ヴェーダを選ばざるを得なかったのだ。
「……いいですか、二人とも。頭の中にもっとも荒唐無稽な人物像を想像なさい。おそらく、実物はそれよりも酷いでしょうが……何もしないよりかはマシというものです」
なんの精神的準備もせずアレと接するのは、さまざまな意味で辛い。
それを知るがゆえの助言だったのだが、二人には意味がわからなかったらしい。
とりあえず返事をした、という態度であった。
そんなイリーナ達を連れて門を潜り、敷地へと入る。広大な面積の中心には巨大な碗状の建物がデンと構えており……その上部に「お米最高!」とか書かれている。
もう、この時点でウンザリだった。できることなら別の場所へ行きたい。
胃の痛みをどうにかこらえつつ、進んで行く。
一歩、二歩、三歩。歩を刻む毎に、浮かび上がる脂汗の量も増えていく。
そして、奴の屋敷兼研究所の手前まで足を運んだ、そのときだった。
ドガァアアアアアアアアアアンッ!
一切の前触れなく、目前の珍妙な建物が、大爆発と共に木っ端微塵となった。
「「えっ」」
あまりの急展開に脳がついていけてないのだろう。イリーナもジニーもポカーンと口を開き、目をパチクリさせている。
……甘いぞ、二人とも。まだまだ地獄は始まったばかりだ。
そう。ヴェーダ地獄は、始まったばかりなのだ。
眉根を寄せ、ゴクリと生唾を飲む。
すると次の瞬間、山となった無数の瓦礫の一部が、突如として吹っ飛び――
煤だらけの少女が、ガバッと立ち上がった。
「だ~いせ~こ~うっ! さっすがワタシ! 今回の実験もパーフェクトッ!」
天を見上げ、晴れやかな蒼穹へと絶叫する。
その姿はなんというか、珍奇の塊であった。
年齢は我々よりも随分下に見える。幼児といってもよい。
極めて華奢かつ小柄な体を包むは、学者の印である白衣。
その容姿は可憐の極み。
艶やかな黄金色の髪を両側面で結び、ツインテ―ル状に纏めている。
外見だけなら、なんとも可愛らしい少女、なのだが……。
そんな彼女に、イリーナがおそるおそる近寄り、声を投げた。
「あ、あんた、ヴェーダ様の娘さん? それとも、お孫さんかしら?」
「んん?」
少女は大きな瞳をギョロリと動かし、天を見上げた姿勢のまま、イリーナを見た。
「おやおや、可愛らしいお客さんだね。ウチになんか用?」
「いや、その……ヴェーダ様に用があるんだけど……お留守かしら?」
「へぇ~、珍しいなぁ。お客さんなんて。どうぞどうぞ、上がって上がって。……って、家さっきブッ壊れたんだっけ! うっかりうっかり!」
天を見上げたポーズのまま舌を出し、片目を瞑ってポンと頭を叩く。
そんな少女に、今度はジニーがいぶかしげな調子で問うた。
「あ、あの。大丈夫、なんですか? お屋敷をこんな、メチャクチャにしちゃって。ヴェーダ様がお怒りになられるんじゃ……」
「んん~? こんなの日常茶飯事だし、怒らない怒らない! むしろテンションはマックスさ! ワタシの天才ぶりがまたもや爆発したんだからね! 物理的にも! なぁ~んつって! ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!」
何がそんなに面白いのか、腹を抱えながら笑う。……依然として、天を見上げながら。
そんな少女にイリーナはしびれを切らしたのだろうか。
「と、とにかく! ヴェーダ様がいるなら、呼んでほしいしいんだけどっ!」
やや語気を荒げてそう言った彼女に、相手方はここでようやっと天を見上げることをやめ、しっかりとイリーナの方を向く。
そうして、愛らしく小首を傾げると、
「ヴェーダなら、ここにいるじゃないか」
「「……は?」」
イリーナとジニー、両者が一斉に声を出した。その顔には明確に、「なに言ってんだこいつ?」といった感情が張り付いている。
わかる。わかるぞ、二人とも。気持ちは痛いほどわかる。
でもな、これが現実なんだよ。
だが、イリーナはまだ、それを受け止めきれていないらしい。
「いや、あのね? お姉ちゃん達、ヴェーダ様を呼んでほしいんだけど」
冷や汗を流しながらの言葉に、対面の少女はどこかムッとした顔になりながら、ブンブンと両腕を振って……
声高らかに、こう叫んだ。
「だ~か~ら~! ヴェーダはワ~タ~シ~な~の~! ワタシ=ヴェーダ! ワタシ=天才美少女魔法学者! おわかりっ!?」
外見に似合う、ブスッとした愛らしい表情で叫ぶ少女……もとい、ヴェーダ。
そんな彼女に、イリーナもジニーも、そして俺も。
ただただ、沈黙を返すことしかできなかった――