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第四一話 元・《魔王》様と、新たな始まり


 シルフィーが起こした案件は、《魔族》による騒動として処理されることとなった。

 というか、俺とイリーナが自らのツテを使い、なんとかそういうことにしてもらった。

 さもなければ、シルフィーは大悪人として扱われてしまう。

 それを防ぐため、彼女は哀れな被害者という風説を流布したが……これが実を結ぶかは、まだまだわからない。


 話は打って変わり、聖剣・ヴァルト=ガリギュラスだが……

 アレは元々の封印システムを真似る形で、再び封印することにした。


 あの剣はあまりにも危うい。絶大な力を得る反面、その代償も大きいのだ。

 ゆえにもう、誰にも使わせるつもりはない。

 ……ただ、万一の事態というのもある。その点を考慮に入れ、ちょっとした細工を施しておいたが……そうした事態がこないことを祈るばかりだ。


 

 さて、現在。

 学祭が終わってから数日が経過したものの、生徒達からはまだ祭りの余韻が抜けていないらしく、放課後も学園には賑やかな喧噪が広がっていた。

 そんな中、俺はイリーナとジニー、そして……シルフィーを連れながら、寮への帰路を歩いている。

 その道中のことだった。


「あ、あの。皆……本当に、迷惑をかけたのだわ。改めて。謝らせてちょうだい」


 珍しく。本当に珍しく、シルフィーが殊勝なことを言い始めた。

 イリーナとジニーが珍獣でも見るよな目を向ける中。

 シルフィーはこちらをジッと見つめて。


「あのときのことは、その……実は、ほとんど覚えてないのだわ。意識がもうろうとしてて……でも、アンタのことを襲ったことは、覚えてる」


 これは敵方の魔法や、ヴァルト=ガリギュラスの副作用によるものだろう。

 そのためか、俺=《魔王》という認識もまた、彼女の中から消えている。

 ……シルフィーに関してだけ(、、)は、俺にとって都合のいい形に落ち着いたというわけだ。


「お気になさらず。全ては終わったことですので」

「それでも……ごめんなさい。アタシ、どうかしてたのだわ。アンタのことを、《魔王》だと思い込んで、殺しにかかるだなんて」

「……もし、それが真実であったなら?」

「えっ」


 きょとんとした様子でこちらの顔を見るシルフィー。

 ……きっと今、俺は余計なことを聞いているのだろう。

 こんな問いは、投げるべきじゃない。蒸し返さず、平穏な空気に浸るべきだ。

 そう理解していても。俺は、聞かずにはいられなかった。


「私がもし、《魔王》の転生体であったなら……貴女は、私を殺しますか? 貴女は……《魔王》のことを、憎みますか?」


 シルフィーはしばし、考え込んだ。

 彼女が沈黙する中、俺は胃の痛みを覚え……勝手に脂汗が流れてくる。

 そして、シルフィーが出した答えは。


「……正直に言えば、憎い。殺してやりたいって気持ちは、簡単には消えない」

「そう、ですか」


 当たり前といえば、当たり前の答えだ。

 こんなもの、再確認しなくたってわかるだろうに。俺は何をしてるんだ。

 許されたいとでも思ったのか? 馬鹿馬鹿しい。そんなことは――


「でもね。殺してやりたいけれど、そうはしない。憎いけれど……いつか、その憎しみも捨てるわのだわ。だって、リディー姐さんはそんなこと、絶対に望まないもの」


 意外な言葉に、俺は目を見開いた。

 その目前で、シルフィーは胸元で両手をギュッと握り締め、


「姐さんはきっと、殺されてもアイツのことを憎まなかったと思う。それで……後に残された人達にも、アイツのことを憎むなって、言い残したと思う。それで……言うこと聞かなかったら、あの世でブン殴るぞって。そう言ったと、思う」


 リディアのことを追憶したか、シルフィーの大きな瞳が涙で濡れる。

 彼女は一息吐いて、首を横に振ると、こちらをジッと見つめながら言った。


「アンタがもし、《魔王》の転生体だったとしても。アタシは何もしない。過去のことを問うことさえしない。リディー姐さんも良く言ってたのだわ。恨み辛みなんていちいち覚えてたら、つまらない人生になるって。……アタシは、姐さんのようになりたい。姐さんのように、生きていきたい。それで……」


 涙を浮かべながら、シルフィーは柔らかく微笑んだ。


「また姐さんと会ったときに、心の底から笑い合いたい。だから、アタシは《魔王》のことを憎まない」


 何も、言うことができなかった。

 頭の中から言葉が失われ、感情さえ、自分でも理解のできぬものしか残ってない。

 そんな中。シルフィーが快活に笑い、


「とりあえず! 学園生活ってやつを思い切り楽しむのだわ! 今度の学外授業も楽しみね、イリーナ姐さんっ!」

「そうねっ! 全身全霊で楽しんじゃいましょっ!」

「……あのう、私もいるんですけど。無視ですか、そうですか。別に構いませんけどね~」


 キャッキャとはしゃぐイリーナとシルフィー。ジトッとした目で二人を睨むジニー。

 そんな様子に、俺もまた自然と笑みが零れた。

 シルフィーを加えた学園生活。今後が実に楽し――


 ドガァアアアアアアアアアアンッ!


 ……楽しみだと、そう思う直前のことだった。

 校舎の一部が爆発し、瓦解したのは。


「うわぁあああああああああああああ!?」

「なに!? なんなのぉ!?」


 怒声と悲鳴が飛び交う中。

 俺達は自然と、シルフィーに目を向けていた。


「……なにをしたのですか?」

「な、なによ、その目は! アタシがやったとは限らないじゃないのっ!」

「……では、今回の件に貴女は無関係だと?」

「いいえ! アレはアタシが仕掛けたトラップに誰かが引っかかった証なのだわっ!」

「……トラップ? 学園内部に、トラップ?」

「そのと~りっ! 敵というのはね、いつだって味方の中に紛れ込むもの! だからアタシは、なんとなく怪しい場所にトラップを仕掛けまくったのだわっ! ふふん! どうやら早速、敵が引っかかったようね! ざまぁみさらせだわっ!」


 おそらく、イリーナや学友達を守るための措置なのだろうが……

 どう考えても、迷惑極まりなかった。

 そして今回。彼女の迷惑行為に引っかかったのは。


「うがぁああああああああああッ! シィイイイイイルフィイイイイイイイイイイッッ! シルフィーの馬鹿はどこだぁあああああああああああああああああああああッ!」


 我が姉貴分、オリヴィア・ヴェル・ヴァインであった。

 校舎の中から怒りに満ち満ちた大絶叫が放たれてからすぐ、彼女は探知魔法でも使ったのか、こちらへと爆走し、ボロッボロな姿を晒した。


「貴ぃぃぃ様ぁあああああああああああッッ! 学内に設けた秘密の芋畑にトラップを仕掛けるとは良い度胸だなぁッ! 今度という今度はもう許さんッ! 叩き斬ってやるからそこになおれぇええええええええええええええええええッッ!」

「だわわぁあああああああああああああああああ!?」


 四天王と激動の勇者による、物騒な鬼ごっこが幕を開ける。

 ドタバタと大騒ぎする二人の姿を見て、俺はため息をつきながら、思う。

 やっぱりこいつ、どっか行ってくれんかな、と。


 そして。


 騒動を収めた後。

 あまりの恐怖に失神したシルフィーを背負いながら、俺はイリーナ、ジニーと共に、寮の前までやってきていた。

 今後は騒々しい日常が続くだろう。まったく、厄介なことだ。

 そう思い、苦笑する俺へ――


「あのう、アード君。ちょっといいですか?」


 ジニーが、声をかけてくる。


「気になってることがあるんですけど……お聞きしても?」

「えぇ。私に答えられることであれば、なんなりと」

「……ミス・シルフィーを止めたあの夜のこと、なんですが」


 果たして。

 彼女が問うた内容は。


「ミス・シルフィーと話していた、あの幻影……《勇者》様、ですよね? アレはいったい、どういうことなんですか?」


 至極真っ当であり、俺がどうにかせなばならぬ……

 大きな試練であった。


「……アード君は、《魔王》様、なんですか?」

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