第四〇話 元・《魔王》様と、巡りし因果 PART3
意識の暗転と同時に、俺の中で何かが蠢いた。
その感覚を味わうと同時に、ひんやりとした硬質な感触が頬に伝わる。
……どうやら、街中の裏通りに落とされたようだな。
周囲に人気はない。完全なる無人である。
頭の鈍痛に耐えながら状態を起こし、自らの胴部を確認。
×の字に斬り裂かれた痕が制服に刻まれている。しかし傷は皆無であった。
「……また助けられたな、リディア」
俺の中に眠る彼女の魂へ、感謝の念を捧げた。
ある一件でリディアの魂と融合して以降、俺が重傷を負った際、彼女が自動的に治癒を施してくれるようになった。シルフィーの致命的な斬撃を浴びてなお生きているのは、そうした理由があったからだ。
「……なぁ、リディア。お前は俺が今からしようとしてることを、否定するか?」
自らの中に眠る彼女の魂へと呼びかけるが、当然ながら反応は皆無。
俺は精神的疲労を息に乗せて吐き出すと、足に力を入れて立ち上がり――
固有魔法、孤独なりし王の物語を発動した。
リディアと共にシルフィーに向き合うのは、あまりにも残酷なことだ。しかし……
今の彼女を捨て置くわけにはいかず、遺憾ながら、現在の俺では対抗が難しい。
ゆえに俺は、切り札を出す。周囲一帯に無数の幾何学模様が浮かんでは消えていく中、詠唱を続けていき、それが完了した瞬間。
俺の目前に、漆黒の拘束服を纏う女が姿を現す。
煌めく白銀の頭髪。尖った耳。夜闇を照らすような美貌。
そんな彼女……リディアの姿を見つめながら、俺はぼそりと呟く。
「俺達の妹分が、道を誤ろうとしている。それを止めるために、力を貸してくれ」
【………………】
呼びかけに対し、やはり反応などなかった。当然だ。このリディアはいわば残骸のようなもの。姿形が同じというだけで、意思などあるわけもない。
ただただ、俺の命令をこなすことしかできぬ、操り人形でしかないのだ。
「……あの頃は、まるで言うことを聞かんかったくせに。今となってはこのザマか」
挑発的な言葉を口にしても、彼女は眉一つ動かさない。生前であれば、すぐさま怒り顔となってブン殴ってきただろうに。
……聖剣への呼応など、初のことが重なったため。
もしかしたら、何か、彼女に変化があるかもと期待したのだが。
……何をやってるんだ、俺は。感傷に浸ってる場合じゃないだろうが。
「リディア、フェイズ・ワン」
【了解。勇魔合身、フェイズ・ワンに移行します】
無機質な声を放つと、彼女がこちらへと近寄り、我が身を抱きしめる。
次の瞬間、リディアは闇色の粒子となって弾け……
それが鎖となって、右腕へと巻き付く。鈍色の鎖が行き着く先、手元にて闇色の大剣が形成されたのを確認すると、俺は探査魔法を発動し、シルフィーの現在地を把握する――直前のことだった。
莫大な魔力の膨張を感じ取る。
これは間違いなく、シルフィーのものだろう。
そう思ったときには、俺は既に両足を躍動させていた。
何か嫌な予感がする。早く、現場へと向かわねば。
黒剣となったリディアを携え、夜闇を引き裂き、街を駆け抜け、その末に――
大通りの只中で、シルフィーが赤髪を振り乱しながら、イリーナへと突撃する……そんな状況が瞳に飛び込んできた。
イリーナは見るからに満身創痍。回避も防御もできぬ。かような有様でシルフィーが構えた聖剣の一撃を受けたなら……!
「やめよ、シルフィーッッ!」
焦燥が叫びとなって放たれ、俺は全力で地面を蹴った。
間一髪。実に危ういタイミングであったが、どうにか間に合った。イリーナとシルフィーの間に割って入ると、俺は黒剣を構え、迫り来る聖剣の一撃を受け止める。
金属同士が超高速でぶつかり合ったかのような轟音。
激烈な衝撃が全身を駆け巡り、血と肉と内臓と骨が震撼する。
「ご無事、ですか……イリーナさん……」
「う、うん!」
「そう、ですか。それはよか――」
背後にて微動だにできぬであろうイリーナへ、声を送る途中。
白目を剥いたシルフィーが牙を剥くように口元を歪めた。
「《魔王》! 《魔王》《魔王》《魔王》《魔王》《魔王》ぉおおおおおおおおおおおッ!」
絶大な憎悪と殺意、そして怨念が、彼女の総身から放たれる。
「しぃいいいいいいいいやぁあああああああああああああッッ!」
奇声と共に二振りの聖剣を繰り出してくるシルフィー。
横飛びに跳躍し、彼女とイリーナから距離をとる。
ここならば彼女に危害が加わることはない。そう判断すると、俺はシルフィーの猛攻をあるときは躱し、あるときは黒剣で受け流しながら、
「もうよせ、シルフィーッ! このままでは――」
「うがぁああああああああああ! 死ねぇええええええええええええええッッ!」
聞く耳を持たない。
……これは間違いなく、なんらかの魔法効果によるものだ。
おそらく洗脳系統の魔法をかけられたのだろう。となれば、解除魔法をかけることで洗脳は解ける……はずなのだが。
さっきから何度も何度も、多種多様な解除魔法を発動しているというのに、なんの効果ももたらさない。
この場合、考えられるのは……
古代よりもさらに過去、超古代にて製造されし宝具、神具の類いによるものか。
あるいは、固有魔法によるものか。
……どちらにせよ最悪だ。
この二つのうち一つである場合、もはやシルフィーを戻す手立てはない。
当初は聖剣さえ取り上げればと、そう考えていたが。
それをやったとて彼女の人格は元には戻らず、魔法攻撃によっていつまでも俺を攻撃し、周囲に甚大な被害をもたらすだろう。ゆえに。
事態を解決するには……殺すほか、ないのだ。
あのときのように。
リディアを、この手にかけたときのように。
「ぐがぁあああああああああああああああ!」
「くっ……! シル、フィー……!」
二刀を執る彼女の技量が、次第に平常時のそれへと変化していく。
狂気に対しての慣れが生じはじめたか、はたまた洗脳効果によるものか。
このままではやがて、今のような単調な斬撃の乱打だけでなく、魔法や大技を繰り出すようになるだろう。そうなってしまうと……王都に住まう者達の多くが、犠牲となる。
それを防ぐには……シルフィーを、この手にかけるしかない。
「……なぁ、シルフィー。お前は実に馬鹿だったが、決して悪ではなかったな」
彼女の剣閃を躱しながら、俺は言葉を紡ぐ。
それは決心を固めるための、自己暗示だった。
「いやむしろ……お前ほど優しい戦士は見たことがない。色々と迷惑をかけられたし、お前に腹を立てたことも無数にあったが……それでもな、俺はお前のことを……」
歯を食いしばり、悲壮感に耐えた。
そして――
「シルフィー。激動の勇者たるお前を、殺戮者にしたくはない。誉れ高き戦士として、神話に名を刻む英雄として……永遠に、人々の胸に刻まれたままでいてほしい」
だから俺は。
お前を殺す。
「げがぁあああああああああああああああッッ!」
大振りの縦一閃。
これに合わせて、俺は軽く横へと跳んだ。
荒々しい斬撃は、必然的に隙を生む。
返す刀でもう片方の聖剣を振るい、生じた隙を潰そうとするが……
俺からすれば、それは致命的なまでに遅い。
彼女の首へと突きを放つ。
間違いなく、こちらの一撃が先に当たるだろう。そして――
シルフィーの首を、落とすだろう。
……こうするしかないのだ。
彼女の名誉を守るには、こうするしか。
直撃までの一瞬が、無限のように引き延ばされていく。
進み行く我が黒剣。その推進が、酷く遅い。
それでも状況は確実に進行する。
……直撃まで、あと五秒。
四、三、二、一――
ゼロ。
黒剣の切っ先が、シルフィーの白く細い首筋へと到達する。
このまま力を込め続ければ全てが終わる。
俺は、そうすべき――
“また殺すのか。お前は”
それは一体、誰の声だったのだろう。
頭の中に声が響いた瞬間、俺は……
無意識のうちに、剣を握る指先を、脱力させた。
結果、シルフィーの首を捉えた切っ先は、彼女の柔肌一枚を貫くに留まり――
刹那。
ほぼ同意に繰り出されていた聖剣の刀身が、我が身を逆袈裟に斬り裂いた。
デミス=アルギス……そして、ヴァルト=ガリギュラス……
かつての主人を討った俺が、憎いか?
ならば……喜ぶがいい。
俺はどうやら、ここまでのようだ。
どのように自己暗示をかけても、俺はシルフィーを殺せない。
もう、家族同然の相手を、手にかけることはできない。
「アードォオオオオオオオオオオオオオオッッ!」
イリーナの悲壮な叫びが轟く中、目前にて我が鮮血が宙に舞う。
その向こうでは、今まさに、シルフィーがトドメの一撃を放つ寸前であった。
「頼む……シルフィー……どうか、俺の命だけで、満足してくれ……」
この言葉が聞き届けられることを祈りながら、俺は目を瞑った。
……遺恨はない。あろうはずもない。
これは、罪の精算なのだ。
シルフィーと再会してからずっと、この瞬間が訪れることを覚悟してきた。
彼女には、俺を殺す資格があり、俺は彼女の憎悪を受ける義務がある。
だから、なんの遺恨もない。しかし……残していく者達が、心残りではある。
イリーナ、ジニー、オリヴィア……そして、この時代で友好を結んだ多くの者達。
彼等は平穏に過ごせるだろうか。
……オリヴィアに対しては特に、謝罪の念を捧げねばな。
結局、最後の最後まで、俺は真実を明かせなんだ。
先に地獄で待つとしよう。また会ったときは、折檻のフルコースでもなんでも受けよう。
あぁ、もうじき、シルフィーの剣が俺の首を刎ねる。
前世も含め……なかなか悪くない人生だっ――
【やめ、ろ……シル、フィー……】
死へと至る直前の静寂。
その静けさの中に、かすれた声が溶けた。
黒剣から放たれたそれは――間違いなく、リディアのものだった。
「姐、さん……?」
ピタリと、シルフィーの動きが止まる。
向かい来た聖剣もまた、我が首筋で静止し、微動だにしない。
その瞬間。
「シィイイイイイルフィイイイイイイイイイイイイイイッ!」
生命力に溢れた、力強い雄叫びが、遠方から放たれる。
そちらへ目をやると、満身創痍であったイリーナが猛然と駆け寄る姿があり……
そのすぐ後ろにジニーが座り込んでいた。
立つこともままならぬような重傷を負いながらも、彼女は力を振り絞り、イリーナを回復させたのだろう。
「あと、は……任せましたよ……ミス・イリーナ……」
か細い声を背に受けながら、イリーナが突っ走る。
シルフィーへと、突っ走る。
そして。
「いい加減ッ! 目ぇ覚ましなさいよッ! このバカチンがぁああああああああッッ!」
彼女らしい叫びを轟かせながら、右拳を握り――
渾身と銘打つべき一打を、シルフィーの頬へとめり込ませた。
「ぐぁっ」
小さな苦悶と共に、彼女の総身が放物線を描く。
やがて華奢な体は地面へと衝突し……その両手から、聖剣が零れ落ちる。
倒れ伏せたシルフィーからは、さきほどまで感じられた狂気が失われており……
「お前が、奇跡を起こしたのか……リディア……」
黒剣を見やり、声をかけるが、しかし、応答はない。
なんにせよ。これで全てが完了……という空気が流れた、そのとき。
「いやはや、まったく。役立たずもここまで来るといっそ清々しいな」
闇の中に声が生じたかと思うと、次の瞬間。
伏したシルフィーのすぐ傍に、何者かが顕現した。
夜の闇から沸いて出たようなそいつは、一見して性別が判然としない。
男ならば平均的、女ならば高い部類に入る背丈。
背景と同色の、黒く長い頭髪。
細身の体を燕尾服じみた装束で覆っており……その顔は、奇妙な仮面で隠されている。
そんな仮面の某は、つかつかとシルフィーへ近寄ると、地面に落ちた聖剣二振りを拾い上げた。
「本来であれば、お前がアード・メテオールを始末するはずだったのだ。それがどうだ。未だあの男は健在で、お前は地べたに寝転がっている。嗚々、随分と情けないじゃあないか。この、負け犬めが」
倒れ込んでいるシルフィーの腹を、足蹴にする仮面の某。
「う、ぐ……姐、さん……」
失神寸前といった様子の彼女が、うわごとのように小声を吐き出す。
それを嘲笑うように、仮面の某はシルフィーの頭を踏みつけながら、
「いつまで経っても姐さん姐さんと。成長しないな、お前は。そんなだから仇討ちもできんのだ。この雑魚犬めが。せっかくタガを外し、もう一振りの聖剣まで与えてやったというのに。何が激動の勇者だ、笑わせるな。お前など、小便垂れのガキで十分だ」
グリグリと、シルフィーの頭を靴底で踏みにじる仮面の某。
その行いを、もはや黙って見ているわけにはいかない。
「……その娘から離れよ、下郎」
睥睨しつつの言葉に、仮面の某は視線をこちらへと向けて、
「嗚々、そうすることにしよう。ただし、離れるのはこの娘の方だがな」
けらけら笑うように言葉を紡ぐと、奴はシルフィーの腹を蹴飛ばした。
何メリルも離れた場所に全身を打ち付け、うめき声を上げるシルフィー。
その様子に、俺だけでなくイリーナもまた怒気を露わにした。
「……お下がりください、イリーナさん。貴女のお怒りは私が背負い、あの狼藉者へと叩き付けます。貴女にはそのさまを御笑覧いただきたく」
「……わかった。アードの足は、引っ張りたくないもの」
激情に任せて突っ込んでいくほど、イリーナは愚かじゃない。
また、彼我の力量差を見抜けぬほど弱くもない。
だから。
「あたしのぶんまで、キッチリやっつけて」
引き下がったイリーナに力強く頷くと、俺は仮面の某へと視線を移す。
その顔は隠れており表情は窺い知れぬが……今、奴は笑っているように思えた。
「ふはん。随分と威勢のいいことだな、大英雄のご子息様。しかしね、前以て断言して置くが、貴公は怒りを叩き付ける前に冥府へと送られることになると思うよ? そう、この二振りの聖剣によってね」
まるで勝ち誇ったような声音で、クルクルと回りながら、仮面の某は言う。
「今回の狙いはアード・メテオール、貴公だった。ご存じの通り、我等は主様の復活を臨んでいる。となると一番の近道は、イリーナ嬢の誘拐だ。彼女を生け贄とした儀式を行えば、ほぼ間違いなく、主の一柱は復活させられる。しかし……」
「酷く面倒な邪魔者がいて、鬱陶しくてしょうがないので排除しよう、と?」
「然り然り。貴公さえ消えれば、イリーナ嬢の誘拐は容易くなる。ゆえに……貴公の知人たる娘を利用したわけだが、いやはや物事は思惑通りにはいかんものだ。あの役立たずが仕事を果たせなんだばっかりに、この手を煩わせることになった」
「……まるで、既に勝ったような口ぶりだな?」
「そうだよ? 事実、その通りであろう? 貴公はそこな三下勇者から傷を負い、いささかばかりとはいえ、消耗だってしている。万全の貴公には敵うまいが、今の貴公と聖剣持ちの当方であれば……結果は火を見るよりも明らかだ」
くつくつと笑いながら、仮面の某は二振りの聖剣を構えた。
「さて。では参ろうかね。末期の言葉を今のうちに考えておいた方がいいぞ? 勝負はすぐさま終わりを迎えて――」
言葉の途中。
さすがにもう、色々と限界だった。
「やれやれ。見くびられたものだ」
嘆息と共に――踏み込む。
ほんの一瞬にして肉迫。敵方はこの動作に反応さえできていない。
それを鼻で笑いながら、
「この俺(魔王)が、こんな程度の消耗で弱るとでも?」
右手に握り締めた黒剣を、袈裟懸けに振るう。
「うぉおおおおおおおおおおおッ!?」
ここでようやく、仮面の某が反応を見せた。
驚愕したように絶叫しながら、後方へと跳んで斬撃を回避しようとするが……
そうするにはコンマ五秒ほど遅い。
振るわれた黒剣が半円を描く。闇色の刀身は仮面の某の胴を捉え、斜めの切断痕を残す。
「ぬぅッ……!」
鮮血を噴射させながら後方跳躍し、距離をとる仮面の某。
そうしてから奴は、聖剣・ヴァルト=ガリギュラスを構え、
「《アルステラ(煌めけ魂)》・《フォ――」
超古代の言語による詠唱を始めるが、しかし。
「遅い」
精神的動揺も何もない今、正面切っての詠唱など、攻撃してくれと言われたようなもの。
当然、そのようにしてやった。
再び力一杯踏み込んで、瞬時に距離を詰め――
「貴様にその剣は、相応しくない」
お前もそう思うだろう? リディア。
心内で黒剣となった彼女に呼びかけながら、刀身を振るい――
仮面の某の右腕を両断。切り落とされた腕部ごと、聖剣・ヴァルト=ガリギュラスが地面へと落下し、カランと硬質な音を響かせた。
「ちぃいいいいいいいいいいッ!」
焦燥感に溢れた声を放ちながら、仮面の某は両断された右腕を癒やすこともせず、上空へと跳躍し、飛行魔法を発動。天高くへと昇り、静止する。
「王都ごとッ! 消し飛ばしてくれるわッ!」
怒声を吐き散らしながら、奴は聖剣・デミス=アルギスを構え、詠唱を実行する。
「《ヴェル(邪悪なる者よ)》・《ステナ(我が一刀のもとに)》・《オル――」
その途中、デミス=アルギスの全体が眩い煌めきに覆われ――
黄金色の刀身から電撃が奔り、仮面の某を襲う。
「ぐぁあああああああああああああ!?」
悶絶する仮面の某。あまりにも耐えがたい激痛であったのだろう。奴はその手からデミス=アルギスを手放してしまった。
落下した聖剣が我が目前に突き刺さる。その柄を握りながら、
「聖剣は使い手を選ぶ。どうやら貴様は、デミス=アルギスに選ばれなかったようだな」
まるで道化だ。
いや、道化とは違うか。道化は人を楽しませるものな。
奴は……ただひたすら、不愉快なだけだった。
「よく見るがいい。聖剣は、このように使うのだ」
大地に突き立っていたデミス=アルギスを抜き取ると、俺は未だ激痛の余韻で動けぬ仮面の某へと身構え――詠唱を開始した。
「《ヴェル(邪悪なる者よ)》」
心中に渦巻く敵方への怒りを吐き出すように。
「《ステナ(我が一刀のもとに)》」
俺が元凶であるとはいえ……よくも、シルフィーを傷付けてくれたな。
それだけで万死に値する。あの馬鹿は俺にとって、いつでも迷惑な存在で。常に不愉快な存在で。疎んじることなどしょっちゅうだった。
しかしそれでも。あいつは俺にとって、出来の悪い妹のような奴なのだ。
そんなシルフィーのことが、俺は……決して、嫌いではない。
それをよくも、傷付けてくれたな。足蹴にしたな。罵倒したな。
貴様の命など、取る価値はないが、しかし。
「《オルヴィディス(消え去るがいい)》」
最後の一唱節を紡ぎ終えると同時に、デミス=アルギスの黄金色の刀身が眩い発光を見せた。
そして、上空にてこちらを見下ろす敵方を両断するように、俺は聖剣を振り上げた。
刹那。
黄金色の刀身から煌めく奔流が放たれる。
濁流のようなそれは一直線に天空を駆け――
「こっ、こんなッ! こんな馬鹿なぁあああああああああああああああッ!」
仮面の某を、その叫びごと消し去っていった。
天に残るは夜闇のみ。間が抜けたあの敵の姿は、どこにもない。
……これで、終わりか。
今回の相手は、あまりにも道化じみていたな。
それゆえに……何か、違和感がある。
あぁいった手合いは前世でも幾度となく打倒したものだが……
なぜだろう。あの仮面の某をその括りの中に入れることに、違和が生じる。
と、モヤついた感情をもてあましていると。
「姐、さん……アタシ、は……」
すぐ傍で倒れ込んでいるシルフィーが、呻きながら何かを呟いた。
……全てが終わった今。
俺には、やるべきことがある。
自らの正体を改めて彼女へ明かし、リディアを奪ったことを明かし……
この身を、彼女の好きにさせる。
死ねというなら、そうしよう。その覚悟は決めてある。
許してくれなどとは、口が裂けてものたまうつもりはない。
俺は顔を引き締めながら、緊張を抱きながら、地面に落ちていた聖剣・ヴァルト=ガリギュラスを拾い上げる。
もし「死ね」とシルフィーが言うのなら……我が親友、リディアが用いたこれで、命を断ちたい。そう思ったから。
そして、彼女へ近寄りながら、声をかけるという直前。
ドクリと、聖剣に呼応して、リディアの魂が疼き――
【馬鹿、野郎、が】
途切れ途切れな、かすれた声が、黒剣から再び放たれた。
「リディア……!?」
驚愕に目を見開いてからすぐ。
まさに、奇跡としかいいようがない光景が、目前に現れた。
なんの命令もしてはいないというのに、黒剣が粒子となって弾け飛び――
それがシルフィーのもとへ移動し、人型を形成していく。
「姐、さん……!?」
闇色の拘束服を纏うリディア。自我などなく、ただ俺の命令を聞くだけの人形でしかない彼女が、今――かつてのように、動いていた。
【こ、の……大馬鹿、野郎、が……】
片膝をついて、シルフィーの顔を覗き込む。
そして彼女は、無理やり右腕の拘束を解いてシルフィーの頭を小突いた。
【なん、も、変わって、ねぇ、な。てめぇは】
「姐、さん……! ア、アタシ……! アタシ、は……!」
言葉が無限に沸き出ているのだろう。シルフィーは口をもごつかせながら……
愛する者との再会に、涙を流すことしかできなかった。
そんな彼女の頬を撫でながら、リディアは優しく微笑んで、
【なぁ、シル、フィー……この、世界は、まだ……捨てた、もん、じゃ……ないぜ】
我が子に言い聞かせるような口調で、言葉を送り続けた。
【精、一杯……生き、ろ。全力、で……生き、抜いた、ら……そん、とき……】
そして、リディアは生前のように。
どんなときも、俺達に見せたあの顔を。
太陽のように眩しい笑顔を浮かべて。
【また会おうぜ、シルフィー】
……奇跡はここで、終わりを迎えた。
リディアの姿が再び、黒い粒子となって、霧散する。
「姐さん……それが、姐さんの意思なら、アタシは……」
そう呟くと、シルフィーは繋ぎ止めていた意識を手放したらしい。
瞳を瞑り、寝息をかきはじめた。
そんな彼女のもとへ、イリーナとジニーがおずおずと近寄り、身の安全を確認する。
そうした光景を見つめながら、俺は自らの胸に手を置いた。
「馬鹿野郎、か。久しぶりに言われたな」
俺のことを、止めたのか。
なぁ、リディア。お前は……俺のことを、許してくれるのか?
……いや、違うか。お前は最初から、俺のことを恨んでなどいない。
俺が俺を、未だに許せていないから、馬鹿野郎だと、そう言ったのだろう。
「精一杯生きろ、か」
無論、それはシルフィーに向けての言葉だった。
しかし……俺に対するものでもあったと、そう解釈するのは、自分勝手だろうか。
「リディア……お前は相も変わらず、ずるい奴だな。俺なんかと違って、簡単に人を救っていくのだから」
シルフィーから死を賜ることで、俺は、許されようとしていた。
自分を、許そうとしていた。
だが……きっとそれは、間違いなのだろう。
それをリディアは、伝えようとしたのだろう。
自分勝手かもしれないが、俺はそのように解釈することにした。
そして、彼女の言うように精一杯生きれば。
「……俺も、またお前に会えるだろうか。リディア」




