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第三八話 元・《魔王》様と、巡りし因果 PART1

『皆様、お待たせいたしました! スピリット・フェスティバル、スタートです!』


 アナウンスと共に、闇色の天蓋にて五色の光源が煌めいた。

 赤、青、緑、金、土。鮮やかな色彩を放つ精霊達が、大空の中をめまぐるしく躍動し、見る者を楽しませる中。


 地上にて。俺とシルフィーは激しくぶつかり合っていた。


 直線的かつ感情的な踏み込みを見せるシルフィー。

 激烈な突貫が暴風を生み、彼女の紅い髪を揺さぶる。

 彼我の間合いは瞬時にゼロとなり――


「きぃいいいいいいいいあああああああああああああああああッッ!」


 狂的な殺意を叫びとして放出しながら、シルフィーが二刀を振るう。

 まさに嵐のような斬撃。桁外れの速度と威力は、かつてリディアが愛剣としたヴァルト=ガリギュラスの効力によるものだ。

 銀の鎧を思わせる、彼女の全身に纏わり付いたオーラ。アレは使用者の身体能力を飛躍的に上昇させるだけでなく、刀身の殺傷力なども大きく高まる。

 その反面……副作用が一つ。

 アレを扱う間、使用者は狂気に飲まれていくのだ。


「あががががががが! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね! 死ねねねねねねねね!」


 狂ったように叫びながら、斬撃を繰り出していくシルフィー。それらは全て単純であるがゆえに回避は容易い。

 このデメリットがあるため、これまであの聖剣を使いこなせた者はリディアしかいなかった。強靱な精神力と鋼の如き信念を持つ彼女でなければ、たちまち狂気に支配され、むしろその力量を鈍らせてしまう。

 だが……そうであっても、シルフィーの戦闘能力はあまりにも危険だ。

 近くに潜むイリーナやジニーを戦闘に巻き込みかねんし……なんらかの拍子で大技を使われたなら、間違いなく学園全域が消滅し、多大な犠牲が出てしまう。

 ゆえに俺は、飛行魔法スカイ・ウォーカーを発動し、瞬時に天高くへと飛んだ。


「ぐがぁあああああああああああああああッッ!」


 血走った眼を向けながら、彼女もまた飛行魔法を発動し、こちらへと突撃。

 そうして闇色の天蓋を舞台に、戦いを続行する。

 そこでは五色の精霊達による幻想的な舞踏が展開されており……


 その只中へと、乱入する形になった。


 互いに夜空を縦横無尽に駆け回り……俺はヴァルト=ガリギュラスを奪うタイミングを探る。アレを取り上げれば、狂気も消えるのだ。

 そうしてから、シルフィーにかけられたなんらかの魔法……おそらくは洗脳の類いを解除する。そうしなければ、まともに話し合いもできん。

 ……とはいえ。

 彼女を元に戻したとしても、結果は何も変わらないだろうが。

 夜闇に覆われた空をシルフィーと共に駆けながら、俺は苛立ちと共に呟いた。


「あぁ、まったく……! どうしてこうなった……!」


   ◇◆◇


 夜の闇が広がる天空に、色鮮やかな流線が絶え間なく描かれていく。

 五大属性を司る精霊達による幻想的な風景こそが、このスピリット・フェスティバルのウリであるが……


「最初は、去年の劣化コピーかと思ってたけど」

「さっすが国立なだけあるわ~。まさか五大属性だけでなく、禁断二属性まで使うなんて」


 禁断二属性とは、光と闇の属性を指す。いずれも強力な反面、制御が難しいため一般的には使用を禁止されている。また、それらの属性を司る精霊達も気性が荒く、人がコントロールできるものではない。

 それゆえ、禁断二属性を司る精霊は原則として召喚を禁止されているのだが。


「いや、すげぇな、今年は……見ろよ、あの光と闇の精霊による……演武ってやつか?」

「まるで本気の殺し合いって感じだな」

「いや、どっちかっていうと、光の精霊が一方的に闇の精霊を押してるように見えるぞ?」


 ガヤガヤとした喧噪を創り出す民衆達。

 彼等が目にしている光景はまさに、一生忘れられないような激闘であった。

 光の精霊と闇の精霊が白と黒、二色の軌跡を描き……


 光の精霊が、莫大なエネルギーの奔流を放つ。

 闇の精霊が防壁によってそれを掻き消して、返礼とばかりに紅い熱線を繰り出す。


 他の五大属性を司りし精霊達の舞踊も相まって、今年のスピリット・フェスティバルは歴史に残るほどの出来映えとなるだろう……

 などと、そう考えているのは、何も知らぬ一般客と生徒のみである。

 事情を知るイリーナとジニーからすれば、現状はあまりにも肝が冷えるもの。


「ど、どうなってるのよ、いったい……!」

「《剣王樹》がいきなり消えて、剣が出てきて……ミス・シルフィーが、突然……」


 何がどうしてこうなったのかはわからない。ただ、ハッキリしていることは……

 あの演武を行っているのが、闇と光の精霊ではなく、アードとシルフィーだということ。

 ……しばし、二人は呆然と状況を見つめていたのだが。


「イリーナくん! ジニーくん!」


 聞き慣れた声……学園長ゴルドのそれを耳に入れ、視線をそちらへ移す。


「何があったのか、説明してくれんかね?」


 表情こそ落ち着いたものであったが、その額には脂汗が浮かんでいる。

 イリーナ達は見たこと聞いたことを全て、包み隠すことなく説明した。

 それを聞き届けたゴルドは、苦々しい顔をしながら。


「まさか……シルフィーくんが裏切り者であったとは……」


 そうした呟きを聞いた瞬間。イリーナの中で、何かが爆発した。


「シルフィーは裏切り者なんかじゃないッッ!」


 この怒声に、ゴルドが吃驚したように目を見開く。

 イリーナもまた無意識の発言であったため、自分に自分で驚き、瞠目するが、すぐに表情を暗くして俯くと。


「……ごめんなさい。でも、あいつは悪人じゃないわ。これには何か、事情があるのよ」


 拳をギュッと握り締めるイリーナ。それから伏せていた顔を上げ、天を睨む。

 悔しいと、そう思った。

 アードにばかりシルフィーの面倒を見させているこの状況が、悔しいと思った。

 自分の無力さが、許せなかった。


「……とにかく。しばらくはアードくんに任せるとして。もし万一、いや、億に一、アードくんが状況を鎮められなかった場合……」


 最悪の状況を想像し、三人が三人とも、顔を青くさせた。


「……なんらかの手を用意しておこう。一般客と生徒の避難……は、さほど意味がないじゃろうな。アード君を退けるような存在であれば、もはやこの王都のどこに行こうと安全ではない。何か……何か、あるとよいのじゃが……」


 険しい顔をして何処かへと去って行くゴルド。

 まるでシルフィーを敵として処理することを前提に考えているような口調に、イリーナは憤りを覚えたが……

 その一方で、そういう判断をされてもおかしくないことを、あの妹分がしているということを、イリーナは理解している。

 だからこそ……心の底から、悲しかった。


「アード、そいつを頼むわ。元に戻してあげて。……でも、もし、そうできなかったら」


 そのときは。


「あたしが、なんとかしなくちゃ……!」


   ◇◆◇



 王都・ディサイアスは歴史ある古都としての一面を持つ。全体の街並みこそ微妙な変化を遂げていったが、それでもなお、古代の景観を強く維持したままである。

 中でもとりわけ、この王都が形成された頃から屹立し続けている巨大な時計塔は、王宮に並ぶディサイアスの代表的な建造物として知られている。


 天を突くように高いその塔の頂点。刻々と時を刻む巨大な時計よりもさらに上。

 まるで針のように尖ったその先端にて、夜空を見上げながら佇む者が一人。

 闇に溶け込むような漆黒の衣装に身を包み、独特な形状の仮面で顔を隠す彼または彼女は、中性的な声で楽しげに言葉を紡ぐ。


「嗚々、なかなかの喜劇じゃあないか。かつての師が扱いし武器を手に、仇を討たんとする少女。必死に逃げる仇敵。学園祭で見せたつまらん芝居よりもよほど見応えがあるというものだ」


 くつくつと笑いながら、仮面の某はここに至るまでの過程を追憶する。

 アード・メテオールからすれば、まさに現状は想定外の極みであったろう。

 さりとて、異変には気付いていたはずだ。

 そう……学園祭の六日目。彼のクラスが最優秀賞に輝いた夜のこと。

 ささやかな打ち上げパーティーの際、シルフィーが席を立ったあとの出来事だ。

 用を足しに出た彼女のもとに、仮面の某が姿を現した。

 廊下にて対面したとき、無論のこと、シルフィーは警戒の念を露わにした。


「アンタ、なんでこんなところに……!?」

「まぁ、いわゆる不法侵入というやつだが、気にしないでくれたまえよ。そんなことよりも重大な案件が世にはいくつもある。そう、例えば……貴公が未だ、《魔王》を討ち果たしていないという現実。これに比べれば、不法侵入など些事の極みだ」


 この言葉を受けて、シルフィーは肩を震わせ、整った眉をひそめた。


「アンタはアード・メテオールを《魔王》の転生体と言ったけれど。アタシはそう思わないのだわ。アイツはヴァルと違って――」

「はぁ、やれやれ。相も変わらず馬鹿だな、お前(、、)は」


 明らかな侮蔑の意思が、その声と態度には宿っていた。

 それに対しシルフィーが何か反応を見せるよりも前に。

 仮面の某は彼女のすぐ目前へと一瞬にして移動。

 シルフィーの細面を無遠慮に掴むと、


「彼は《魔王》の転生体。これは覆せぬ真実である……と、そう述べたところで、愚かにも仇敵に惚れた馬鹿の心には我が言葉など届くまい。ゆえに……」


 その瞬間。仮面に隠された顔が笑みに歪んだような、そんな気配があった。

 そして。


「無理やり踊らせることとしよう」


 邪悪な色を含む、楽しげな声がシルフィーの耳に入ると同時に。

 彼女の視界が、暗転した。

 それからすぐ、これまで映してきた像とはまったく違う光景が視界に広がる。


 それは――シルフィーを愕然とさせるようなものだった。


 荒れに荒れた大地。

 空は暗雲に覆われ、雷鳴が轟き、地上へと黒い雨を落とし続けている。

 滴が大地へとぶつかり、弾けた音を鳴らす中――


 一人の男が、一人の女を見下ろしていた。


 黒と赤を基調とした荘厳なる装束を纏いし男。

 絶世の美貌を悲哀に歪めた彼は――かの《魔王》・ヴァルヴァトスに間違いない。


 その足下に転がる女は。

 美しい白銀の髪を泥水で汚し、絶望の表情で血涙を流すその女は。


 シルフィーにとって、最愛の存在。

 師であり、姉貴分であり……母も同然の、命より大切な人。


《勇者》・リディアだった。


 彼女の瞳からは次第に生気が失われていき――

 それに合わせて、《魔王》の掌には膨大な魔力が血色の奔流となって凝縮されていく。

 そして。


「……さらばだ、我が親友(とも)よ」


 震える唇から、悲壮感に満ちた言葉が吐き出された直後。

 彼は躊躇うことなく、倒れ伏せたリディアへと、攻撃魔法を打ち込んだ。

 視界一面が、紅い波動で覆い尽くされる――


 と、ここで、視界に映る光景が先刻までのそれへと戻った。


 薄暗い学生寮の廊下で、シルフィーは涙を流す。

 勝手に溢れるそれと、嗚咽。

 心中は当惑に満ち満ちて、何も考えることができない。

 仮面の某が彼女の頭から手を離すと、シルフィーは力なくくずおれ、ぺたんと尻餅をついた。そんな様子を仮面の某はくつくつ笑いながら見下ろして、


「貴公に見せたのは、数千年前の真実だ」


 その口から紡がれるは、


「かの《魔王》陛下はな、己にとっての親友を。お前にとっての恩師を。その手にかけたのだよ。即ち――」


 シルフィーにとって、残酷極まりない現実だった。


「もはや、お前が求める存在はどこにもない。この世界から《勇者》・リディアは消え失せ……今や彼女は、ただただ語り継がれるだけの虚構となったのだ」


 理解できない。したくない。

 滂沱の涙を流しながら、現実から逃げようとするシルフィー。だが、仮面の某がそれを許さなかった。

 再びシルフィーの頭を掴むと、


「仇敵を殺せ。《魔王》を討て。お前の存在意義はそこにしかないのだよ、激動の勇者」


 瞬間、シルフィーは己の中に、別の何者かが紛れ込むような感覚を味わう。

 そこからはただ、茫洋とした意識が続き……

 この時点で、彼女は半ば操り人形と化したのだった。


「よし。これにて仕込みは完了といったところか。では皆のもとに戻り、平穏を楽しみたまえよ。シルフィー・メルヘヴン」

「……うん」


 瞳の輝きを失ったシルフィーがコクリと頷き、静かにその場から離れていく。

 ……そうした過去の映像を脳内で思い返しながら。

 仮面の某は現在の様相に目を向ける。

 闇色の天蓋にてジグザグの激しい軌道を描き続ける両者。

 ここはまさしく、特等席であった。


「絶景哉、絶景哉。両役者共、最高の喜劇にて吾を愉しませておくれ。ここから先は、吾も結末までの過程が読めぬ。ゆえに面白い。さりとて……」


 仮面の向こう側で、その顔が邪悪に歪む。

 そして仮面の某は、両手を広げ、踊るようにくるくる回りながら言葉を紡ぐ。


「定められしエンディングに変わりはない。最後は道化が道化を演じきり、この物語は喜劇で終わる。嗚々、そのときが愉しみだ。とてもとても、愉しみだ」


   ◇◆◇



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