第三七話 元・《魔王》様、驚愕
『これにて、我が校の学園祭の全課程が修了いたしましました。ここからは恒例のスピリット・フェスティバルが開幕いたします。皆様どうぞ、その場に待機し、めくるめく精霊達の舞踏をお楽しみください』
剣王武闘会終了後。
場内から人がいなくなった頃合いを見計って、学内にこんなアナウンスが流れた。
「今年はどんなプログラムなんだろうな」
「さすがに去年のは超えられないだろ~。ありゃ凄すぎた」
メインイベントであった剣王武闘会が終了してもなお、学内には多くの一般客が生徒達と混ざり合い、闇色の天蓋を眺めながら待機している。
皆が学園祭のフィナーレを迎えようとする中、俺は《剣王樹》へと向かっていた。
シルフィーとの約束を果たすためである。
……足取りは重い。これから待ち受ける展開を思うと、どうしても歩調は鈍くなる。
おそらく、シルフィーは既に目的の場所で待っているだろう。
彼女には悪いが、もう少し待ってもらいたい。
「……まったく、なぜこうなったのか」
嘆息し、空を見上げる。
何もかもを他者のせいにすることは容易い。だが……
手を下したのは俺自身だ。
この問題の責任は、全て俺にある。だから――
「結末がどういうものであれ、受け入れるほかあるまい」
緊張と不安を胸に抱きながら歩を進めていく。
目的地への距離は確実に縮まっていき……そして、俺はとうとう、そこへと辿り着いた。
《剣王樹》。夜闇の中に堂々と佇むその威容は、一種の神秘性を帯びている。
そんな大樹の周囲には人が誰もおらず……
ぽつねんと、シルフィーが一人、樹木の前に立つのみであった。
大会の優勝賞品たる聖剣のレプリカ……リディアが振るいしそれを模したものを、胸に抱きながら。
その光景は、どこか胸の痛むもので。それと同時に……
とうとう因果が巡ってきたのだと、覚悟を決めさせるような光景でもあった。
……そんなふうに悲壮を抱く中、背後に気配を感じ取る。
「あいつ、なんで聖剣のレプリカなんて持ってるのかしら?」
「褒めてもらうために決まってるでしょう。そんなこともわかんないんですか」
イリーナとジニーである。物陰に隠れてこそこそやっている二人を、さてどうしたものかと悩む。その最中のことだった。
「ねぇ、アード・メテオール。この一ヶ月間、アタシはずっと、アンタのことを見続けてきたのだわ」
穏やかな声音で、柔らかい微笑を浮かべながら、シルフィーが言葉を紡ぎ出す。
「アンタはいつだって優しくて、頼りになって……アタシの尻ぬぐいを、愚痴の一つも零さずやってくれたわね」
送られる言葉は全て、称賛の思いだった。
「あぁ、これ完全に告白ですわ。間違いない。アード君がどんな返事をするのか、見物ですねぇ~」
「……あ、あたし、止めてくるっ!」
「えっ。ちょ、ちょっと! 邪魔しちゃダメですって!」
「は~な~し~な~さいよ~~~~!」
後ろでわいわいとやっている二人については、俺もシルフィーも無視を決め込んだ。
「ねぇ、アード。アタシね――」
ここまで来たら、色恋下手の俺でもわかる。
シルフィーは、己の好意を伝えようとしているのだ。
「アンタのこと――」
その思いを、言わせるわけにはいかない。
「シルフィー。聞いてくれ、俺は」
彼女に全てを明かすことで、どういう事態が発生するのか。
何もかもを理解してなお、それを実行に移す。
が――そんな俺の言葉を遮る形で、シルフィーはさらに言葉を紡いだ。
穏やかな表情から放たれたそれは、あまりにも。
あまりにも、予想に反するものだった。
「アタシ、アンタのこと――殺したくてしょうがないの」
わけがわからず、ただ呆然とするしかない。
一方で、シルフィーが浮かべる微笑に、殺意と狂気が宿り――
刹那。
彼女が抱えていた聖剣のレプリカが、淡く発光し始めた。
それに伴って。
彼女の背後に在る大樹が、白銀色のオーラを放つ。
「これ、は……!」
大樹が放つ白銀の煌めきは、どこか懐かしさを感じさせるもので……
ドクリと、胸が高鳴る。
心臓の反応ではない。これは……我が身の内に宿る、リディアの魂が呼応しているのだ。
「《我》《ここに》《封印の解除を》《宣言す》」
詠唱がシルフィーの口から放たれた直後。
聖剣のレプリカと《剣王樹》が、まったく同時に、光の粒子となって弾けた。
その膨大な光の粒は群体の如く流動し、やがてシルフィーの目前へと集結。
そして――
一振りの大剣を形造り、その実態を露わにする。
「な、に……!?」
宙に浮かぶそれを見た瞬間、俺は目を見開いた。
心臓の鼓動が、急速に速まっていく。脂汗が、ブワリと噴き出してくる。
それに伴って……ドクリ、ドクリ、ドクリと。
俺の中に宿るリディアの魂が、呼応する。こんなにも強い反応は、初のことだ。
その要因は間違いなく、シルフィーの目前に浮かぶアレであろう。
蒼穹色の複雑な模様が刻まれた、白銀の刀身。過度な装飾がない、無骨なシルエット。
あの剣は――
「聖剣・ヴァルト=ガリギュラス。かつて、《勇者》・リディアが愛用せし神造兵器」
無機質な声で呟きながら、シルフィーがそれの柄を握りしめた。
「《剣王樹》に封印されていたものの正体がこれ。聖剣のレプリカは、封印を解くための鍵だったというわけだ。貴公が通う学園に隠されていたというのが、実に面白い。まさしく運命というやつか。いずれにせよ、これで目的の一つは果たされた」
その口調は、明らかにシルフィーのそれではなかった。
まるで何者かに操られているような様子、だが……
彼女の総身から放たれる殺意と憎悪は、偽らざる本心のように思えた。
「……デミス=アルギス」
彼女が声を漏らしてからすぐ、空いた方の手元へと、もう一振りの聖剣が召喚される。
黄金色の刀身を持つデミス=アルギス。
白銀色の刀身を持つヴァルト=ガリギュラス。
二振りの聖剣を携えたその姿は――
かつての親友、《勇者》・リディアを連想させるものだった。
ズグン、と胸が痛む。……俺の中に宿りしリディアの魂が、聖剣に共鳴しているのか。
「シルフィー……お前は……!」
何をするつもりだ。そう紡ぐ前に、彼女はその目的を明確に、行動で示した。
「《アルステラ(煌めけ魂)》《フォトブリス(我、聖なる光となって)》……《テネブリック(闇を打ち払わん)》ッ!」
聖剣・ヴァルト=ガリギュラスの刀身に刻まれし蒼き模様が、超古代言語による詠唱に呼応し、明滅する。
そして――シルフィーの総身が、白銀色のオーラに包まれた。
まるで銀の鎧を纏ったような様相となった彼女は、その瞳を爛々と、殺意の光で輝かせ、
まっすぐに、踏み込んできた。
「ブチ殺してやるのだわ、アード・メテオール」