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第三六話 元・《魔王》様、妹分の様子に首を捻る

 第二試合……俺とオリヴィアの勝負はこちらの反則負け、ということになったのだが。


 どうやらオリヴィアは試合後、羞恥からか職員寮に引きこもってしまったらしい。

 そのため彼女は失格処分となり……これで、誰が優勝者となるのかわからなくなった。


 ゆえに場内の活気は一層高まり、誰もが次の試合を今か今かと待ち望んでいる。

 俺もまた会場後方、立ち見席にて、次の組み合わせの発表を待つ。

 そうしていると、会場の中央、上空に浮かぶ巨大な水晶に変化が見られた。


『さぁ、第三試合の組み合わせは――』


 実況者の声に合わせて、水晶に闘技者達の名が現れては消え……その末に。

 二人の名が、刻まれる。

 一人は、イリーナ。そしてもう一人は……


 ジニーだった。


『英雄男爵のご令嬢とッ! 無名のダークホースッ! 第三試合も見逃せない勝負になりそうだぁああああああああああああッッ!』


 場内が白熱する中、俺は腕を組みながら、彼女等の登場を待った。

 やがて二人が通路の奥から姿を現し、会場中央の大舞台にて睨み合う。

 そして一言二言、言葉を交わした。場内の大歓声により、その声はここまで届くことはなかったが、両者の唇の動きから、俺は会話の内容を読み取った。


「バトルイベントのときは、邪魔が入ったけど」

「今回はキッチリと、最後までやりましょう」


 互いに闘志十分。

 ……俺としては、複雑な心境だった。

 両者共に、こちらからすると弟子であり……大切な友人である。それが勝敗を争うのだ。

 できることなら、両方とも勝ってほしい。だが、それは叶わぬ願いである。

 悶々とした心情を抱える中――試合が、開幕した。


「いやぁああああああああああッ!」


 イリーナが気迫を放ちながら、先んじて仕掛ける。

 踏み込んで直線的に敵へと向かい、剣を大上段へと振り上げた。

 それに対し、ジニーは後の先をとる構え。


「フゥッ……!」


 どっしりと腰を落とし、イリーナの斬撃を受け止める。ぶつかり合った刀身が火花を散らす中、ジニーは瞳を鋭くさせながら、押し込むように前へと出て、


「ハァッ!」


 剣を握ったまま体を捻り、接していた相手の刀身を逸らすと、その勢いのまま肘をイリーナの顔面へと叩き込む。


「ぐっ……!」


 痛打を受けたイリーナが苦悶し、たたらを踏む。

 ……その様子に、俺は思わず身を乗り出してしまった。


「ハァッ!」


 イリーナの様相を好機とみなしたジニーが、追撃せんと踏み込む。しかし、


「調子にッ……! 乗らないでよッッ!」


 渾身の一撃。縦一直線に振られたそれは極めて荒々しく、パワー感に満ちていた。


「ちぃ……!」


 追撃から防御の構えへと即座に変化させるジニー。

 刀身で斬撃を受け止め、再び轟音と火花が飛び散った。

 イリーナの膂力は凄まじく、今度は止めたジニーが苦悶の顔となり、その足下で地面が砕けて破片が四散する。


 以降、両者共に一進一退。互角の勝負が展開される。


 まさに手に汗握る戦い。場内は沸きに沸きあがり、客のボルテージは天井知らずに高まり続けた。

 そうして、俺も含めた観客全員が勝負の行方を見守る中。

 とうとう、均衡が崩れ出す。

 イリーナが、じわりじわりと押し始めたのである。


「く、ぅ……!」


 地力と膂力の差が、ゆっくりとだが、確実に出てきた。

 無理もない。ジニーはサキュバスである。どちらかと言えば、彼女等は攻撃魔法を得手としており、身体機能強化には不向き。

 その反面、イリーナが属する種族――エルフは、特筆して得意とする分野こそないものの、あらゆる魔法を高水準で使いこなす。肉体強化もまた、得意中の得意だ。


 そうした種族差というのも、現状に繋がる要素であろう。


 次第に防戦一方となり、被弾も目立ち始めるジニーだが。

 その瞳に宿った戦闘意思は、微塵も萎えてはいない。


「貴女なんかにッ……! 貴女なんかにッ! 負けてたまるもんですかッ!」


 強引に前へと出て、つばぜり合いの形へと持って行く。

 そうして顔を寄せ合いながら、力を込め合いながら、


「貴女みたいにアード君を独占しようとする輩にッ! 私は負けませんッ!」


 ……んん? なんか、妙に雲行きがおかしくなって……


「貴女はアード君を友達として見てるんでしょ!? だったら別に構いませんよねぇ!? アード君が私を始めとした、大勢の女の子に込まれていてもッ! 所詮友達でしかない貴女には、なんの関係もないでしょうがッ!」

「関係ないことなぁあああああああああああああいッ! 何がハーレムよッ! 絶対に認めないわ、そんなものッ! アードの隣にいていい女の子は、あたしだけなんだからぁあああああああああああああああああああッッ!」


 叫びながら絶大な力を込めていくイリーナ。

 つばぜり合いの均衡もまた、崩れようとしている。


「くぅッ……! なんっ、ですか! その台詞! 貴女、本当は彼のこと友達以上に思ってるんでしょ!? だったら男として好きだってハッキリ言いなさいよッ!」

「うっ、うるさいうるさいうるさぁ~~~~~~~~~いッ! そんなの、今はどうだっていいでしょッ!」


 顔を真っ赤にしたイリーナが、つばぜり合いを制す。押し負け、体勢を崩したジニーへ剣閃を浴びせるが、しかし、それでもジニーは倒れない。


「アード君は……皆のものですッッ!」

「アードはあたしのものよッッ!」


 こんなことを叫び合いながら、再び激しい打ち合いへと突入した。

 ……もう、恥ずかしくて見てられん。


『一人の男を奪い合ってのキャットファイトッ! 果たしてこの試合は! そして恋の行方は、どのように転がっていくのでしょうか!?』


 煽るな。頼むから、煽らないでくれ。

 回りの客も。俺のことを見るのはよせ。試合にだけ集中していろ。

 ……あぁもう、早く終わってくれんかな、この試合。

 そうした願いが天に届いたのか、決着のときは、唐突に訪れた。


「あっ……!?」


 激しい戦闘の中、穿たれた地面の穴。

 そこにイリーナが足をとられ……体勢が大きく崩れてしまう。

 この絶好のチャンスを、ジニーが見逃すわけもない。


「アード君はッ! 私達が貰い受けるッ!」


 こんなことを叫びながら、ジニーは剣を構え、踏み込んだ。

 そして――イリーナの頭頂部目掛けて、刀身が振り下ろされる。

 直撃は免れぬ。俺を含め、誰もが決着を確信した、その瞬間。


「アードはッ!」


 叫びながら、イリーナは……あえて、さらに体勢を崩していった。

 真横へと倒れ込んでいく。そうして、


「誰にもッ! 渡さないんだからぁああああああああああああああああッッ!」


 絶叫と共に、握り締めていた剣を、ジニーの喉元へと投げつけた。

 超近距離からの投擲は、ジニーにとって想定外のものだったらしい。

 動揺は剣の振りに現れる。半円を描くその挙動から僅かに鋭さが失われ――

 両者の攻撃は、まったく同時にぶつかり合った。

 ジニーの剣がイリーナの頭部を捉え、イリーナの剣がジニーの喉を突く。

 果たして、勝負を制したのは――


「わた、しは……負け、な……」


 かすれた声は、ここで途切れて終わる。

 意識を失い、倒れ伏せるジニー。

 対して、イリーナはほぼ無傷。一撃を頭部に浴びたものの、倒れ込みながらのそれであったため、威力は大きく半減されたのだ。

 ゆえに、両者共地に倒れ伏せたが。

 イリーナは体を揺らめかせながらも、すぐさま立ち上がった。

 それに反して、ジニーは倒れたまま。それゆえに、


『ジ、ジニー選手ッ! 戦闘不能ッッ! 勝負を制したのは、英雄男爵のご令嬢ッ! イリーナ・リッツ・ド・オールハイドだぁああああああああああああッッ!』


 勝負あり。

 その言葉を受けて、イリーナはしばらく呆然としながら、荒い息を吐いていたが。


「やっ……たぁあああああああああああああああああああっ!」


 満面に華が咲いたような笑みを浮かべ、嬉しそうにピョンピョン跳びはねる。

 その様子はとても微笑ましく……敗れたジニーには気の毒だと思うが、俺は心の底から、イリーナの勝利を祝福した。


「う、うぅっ……」


 判定がくだってからしばらくすると、ジニーは目を覚ましたらしい。

 首が痛むのか、はたまた敗戦の悔しさからか、眉根を寄せながら半身を起こす。そんな彼女にイリーナがムスッとした顔で手を差し出し……ジニーの総身を引っ張り上げた。

 そうしてから、互いの健闘を憮然とした顔のまま称え合う。

 ……やはり、二人は良き人格を持つ、素晴らしい少女達だ。

 そんな彼女等の師となれたこと、心の底から誇りに――


「これで! 誰がアードの隣にいるべきか、完全に決まったわね!」

「……はぁ? なに言ってんですか? たかだか剣術試合に勝っただけで、そんなもの決まるわけないでしょ。馬鹿ですか、貴女」

「……は?」


 イリーナの額に、青筋が浮かび、そして。


「だぁぁぁぁぁれが馬鹿よッ! このふしだらサキュバスがぁああああああああッ!」

「ふしだらで結構ッ! 体だけ立派な精神的ちんちくりん女よかマシですううううう!」


 取っ組み合いの喧嘩を始めた二人。係員などがそれを引きはがそうとするが、そのたびに弾き飛ばされ、収拾が付かない。

 ……まぁ、なんというか。

 元気があって、けっこうなことだと思いました。


 …………

 ……

 第三試合が終わって以降、四つの勝負を経て、剣王武闘会本戦はまず、第一フェイズを終了した。次の第二フェイズは二時間程度の休憩を挟んでから行われるとのこと。

 この休憩時間中、選手は自由に過ごすことができるため……俺は勝ち残ったイリーナとシルフィー、惜しくも敗戦を喫したジニーと共に、飲食店へと足を運んだ。


「では、少々気が早いかもしれませんが……イリーナさんとシルフィーさんの勝利を祝うことにいたしましょうか。お二人とも、見事な戦いでしたよ」

「ふっふ~ん! まぁ、あたしにかかれば――」

「調子に乗らないでよ、まぐれ勝ちのくせに」

「……は?」

「……あ?」


 火花をバチバチと散らせ合うイリーナとジニー。

 二人を必死になだめる中。

 俺はシルフィーに目をやった。

 やはり、様子がおかしい。イリーナの勝利を喜びもせず、無言のまま水を啜っている。

 強烈な違和感が心中にわだかまる。

 と――シルフィーがそんな俺をジッと見て、口を開いた。


「ねぇ、アード。アタシ、この大会、絶対に優勝するわ。それでね……大会が終わったら、《剣王樹》の前に来てほしいの。話したいことが、あるから」


 拒否は許さない。そんな強い意志を感じさせる瞳。

 これを受けては、素直に頷くほかなかった。


「……グッドラック」


 ジニーが俺の肩を叩き、サムズアップする。


「ぐぬぬぬぬ……」


 イリーナはどのようにしてよいものか悩んでいるらしい。歯噛みしながら、俺とシルフィーの顔を交互に見やるばかり。

 ……シルフィーよ。本当に、そういうことなのか?

 もしそうなら、俺は……


 …………

 ……

 苦悩と葛藤の昼を過ごした末に、剣王武闘会は再開の運びとなった。

 第二フェイズ、第三フェイズと試合が展開していき、闘技者達の数も減っていく。

 そして、遂に。

 今年の覇者を決めるための勝負。決勝戦が、開幕する。

 その組み合わせは――

 イリーナVSシルフィー。


『今年の剣王武闘会を一言で表すなら――予想外。この一言に尽きるでしょう。オリヴィア様の参戦に始まり、優勝候補者の予選敗退、ダークホース達の台頭など、今年の剣王武闘会はとかく予想外の展開が次々とやってきました。そして――決勝の舞台へとあがる両者の顔ぶれ! これについてもまた、予想外の極みでありますッ!』


 実況者が客の熱を煽る中、イリーナとシルフィーは舞台中央にて見つめ合う。

 どうやらイリーナが何度か声をかけているようだが……シルフィーは反応を示さない。

 そこに彼女の本気を感じ取ったのだろう。イリーナは口を噤んで、真剣な面持ちでシルフィーを睨んだ。そして、両者共無言のまま時は流れ――


『さぁ! 大大大大大注目の一戦ッ! 剣王武闘会決勝が今ッ! スタ――――』


 ト。

 その一文字が実況者の口から放たれるよりも前に。

 シルフィーの姿が、消失した。

 これは、桁外れな踏み込みによるものである。

 俺の目にさえ、消えたように映るほど、シルフィーの初動は激烈な速度であった。

 その動きは、今のイリーナが捉えきれるものではなく――


「がっ……!?」


 首を強かに打たれ、小さな苦悶を漏らすと。

 イリーナが、後方へと倒れ込む。

 卒倒。大の字に転がったイリーナ。指一本動かせぬその様相が、一つの単語を脳内に浮かび上がらせる。


 即ち――決着の二字。


 試合開始から一秒にさえ満たぬ瞬殺劇に、場内が静寂に包まれた。


『えっ……? し、試合、終了……?』


 客を盛り上げるべき実況者もまた、困惑を口にするのみ。


 かくして。

 学園祭最大のイベントは、冷ややかなムードのまま、終わりを迎えたのであった。


 ……会場中央。イリーナを見下ろすシルフィーの様子を、俺は腕を組んで見つめながら。

 覚悟を、決めた。


 シルフィーよ。お前が本気であるならば、俺もそれに応えよう。

 お前を傷付ける覚悟を、決めよう。

 もう逃げも隠れもしない。俺は、真実を明かす。その結果――


 お前に殺されたとしても、後悔はしない。



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