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第三五話 元・《魔王》様VS――

 一週間に渡って続いていた学園祭も、本日で最終日となる。


 この日はまず、朝から昼にかけて各出店の撤収作業が行われ、昼から夜にかけて最後の祭りが開幕する。

 そう、剣王武闘会の本戦トーナメントだ。


 全店舗の撤収が確認された後、再度一般客の入場が促され……

 現在。学園の校庭内にデンと構えた闘技場の客席は膨大な観客で埋め尽くされ、その熱気たるや天を突くような勢いである。


 そうした状況を、俺やイリーナ達は控え室に置かれた水晶型映像器で確認。

 俺としては大舞台など慣れ親しんだものなので、特別緊張などはなかったが、イリーナやジニーはそうでもないらしい。一定の緊迫感を抱いているようで、先程から一言も喋らない。それはオリヴィアを始めとした、他の闘技者達も同様で……


 極めて意外なことに、シルフィーさえも腕を組んで黙りこくっていた。


 こうしたお祭り騒ぎの際、彼女はいつでもテンションを上げて、鬱陶しいぐらい絡んでくるのだが……

 やはり、昨夜からどうも、様子がおかしいように思えてならない。


 水晶に映る光景を睨むシルフィー。そこでは第一の試合が今まさに、決定されようとしていた。


 本戦トーナメントはサプライズ性を重視しているとのことで、勝負の組み合わせはランダムで決定される。

 闘技場の中央上空にぷかぷかと浮かぶ巨大な水晶。そこには各選手の名前が映っては消え……しばらくそれを繰り返した後、二人の名前が映り、そこで停止する。


 最初の試合は、シルフィーと外来の参加者となった。


「が、頑張りなさいよ!」

「まぁ、応援してあげなくもないです」


 イリーナとジニー二人の声を受けて、シルフィーは、


「……うん」


 ニコリとも笑わず、無表情のまま、対戦者と共に部屋から出て行った。


「なんか、おかしいわね、あの子」

「思い悩んでるんですよ。アード君に告白するタイミングを。そんなんで試合に勝てるのかしら?」


 思い悩んでいる、という点に関しては、同意できる。

 シルフィーは何か、一つのものごとに対して考え込んでいるようにも見えるのだ。

 そんな彼女の試合内容は……やはり、らしくないものだった。

 あまりにも静かで、冷ややか。あいつのあんな戦い方は見たことがない。

 結果は圧勝である。地力が違いすぎるのもあるが、冷静沈着な試合運びには危なげがなく、対戦者が哀れになるほど隙がなかった。


「す、凄いわね、シルフィー。いつもとは完全に別人じゃないの」

「気合いが入ってる感じですね~。……優勝していいところ見せてから告白、みたいなベタな作戦を思い描いてるのかな」


 ジニーの発言は横に置くとして。イリーナの言葉通り、今のシルフィーはまるで別人だ。

 控え室に帰ってきても明るさを振る巻くことなど一切なく、その目はどこを映しているのかもわからない。

 そうした様子に、オリヴィアさえも首を傾げる始末。

 いったい、シルフィーはどうしてしまったのだ? まさか本当にジニーが言う通り、恋煩いにかかったとでも?

 頭の中で悶々と疑問符が渦を巻き続ける。

 が――


『圧倒的な力量差で決着がついた第一戦! さぁ、次の試合はどのような展開を見せるのかッ!? ルーレット、スタートッ!』


 次の対戦カードが決定された瞬間。


『お? おぉ? おぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!? だ、第二試合にして、早くもッ! 早くもビッグカードが実現したぞぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!』


 頭の中が真っ白となり、シルフィーへの疑問など吹き飛んでしまった。

 果たして、第二試合の組み合わせは。


『伝説の使徒オリヴィア様と――ここ最近、世間を賑わす大魔導士様のご子息ッ! アード・メテオールッ! 生ける伝説とナンバーワン・ルーキーが早くも衝突だぁあああああああああああああああああああッッ!』


 沸きに湧き上がる場内。それに反し、こちらの気勢は氷点下にまで落ち込んでいる。


「俊英と伝説のぶつかり合い、か……!」

「両者共に相手をしてみたかったが……仕方なし」

「小僧の方は魔法こそ達者なようだが……さて、その剣技がオリヴィア様に届くか否か」


 参加者達もにわかに盛り上がっている。それはイリーナやジニーも同様で、


「頑張って、アード! あんたなら絶対大丈夫! オリヴィア様にだって勝てるわっ!」

「大金星をあげるお姿、この目にしかと焼き付けますからねっ!」


 そして――当事者たるオリヴィアは黒い猫耳と尻尾の毛を逆立たせ、美貌に素敵な笑みを浮かべながら、こちらを見据えてきた。


「早くも、望んだ展開がやってきたなぁ? ア・ー・ド・くぅん?」


 その顔に映る表情こそ友好的かつ爽やかなものだが……内心に渦巻く心理は真逆。

 この勝負で白黒ハッキリ付けて、場合によっては……

 姉貴分による地獄の折檻フルコースを、たらふく食らわせてやる。

 表情から伝わる意図に、俺は冷や汗を流した。


「両選手、出番となりましたので入場をお願いします」


 係員が室内にやってくる。……逃げ出してしまいたいと思うのは、いつ以来か。

 オリヴィアと二人並び、場内へと向かう。

 そうして対峙する瞬間を迎えるまで、俺は必死に頭を働かせた。


 ……まさか、一番来てほしくない展開がやってくるとは。

 こちらの望みとしては、イリーナかジニーあたりとぶつかり、バレぬよう手を抜いて勝ちを譲る、というものだった。


 しかし、相手がオリヴィアとなると……バレぬよう手を抜くのは難しいぞ……!


 さりとて、やり通さねばならぬ。

 姉貴分の本気折檻など受けたくはない。冗談抜きで心を破壊されてしまう。

 俺はまだまだ、イリーナ達と楽しいキャンパスライフを過ごしたいのだ。

 ゆえに、この勝負……


 全身全霊を以て苦戦を演じ、誰の目にもバレぬよう敗北を喫してみせるぞ。


 そうして、俺=《魔王》という疑惑を晴らすのだ。

 決意と覚悟を固めた俺は、支給された刃引きの剣を握り締め――

 会場中央にて、オリヴィアと向き合う。


『す、凄まじい睨み合いです! 両者の体からは尋常ならぬ闘気が放たれ……それにあてられたのでしょうか、先程から場内に響く声はわたくしのそれのみであります!』


 手は抜く。が、バレぬようにするには、ある程度の本気具合を出さねばならん。

 ゆえに俺は、闘気のみ全力のそれを放っているのだった。

 やる気など、これっぽっちもないのだが。


「あぁ、懐かしいな、この感じ……貴様の気は、奴のそれとそっくりだ」

「……お褒めにあずかり、光栄の極み」


 短い言葉を交わし、そして。

 始めの合図を受けた瞬間。


「久方ぶりにじゃれ合おうか。馬鹿弟」


 オリヴィアの全身から、激烈な殺気が放たれ――

 瞬き一つする間に、奴は間合いを詰めていた。

 斬閃。こちらの頭頂部を目掛け、縦一文字に繰り出されたそれは、数瞬後、一〇〇を超える斬撃へと分裂する。


 最初に狙った頭頂部を始め、指先、前腕・上腕、胴、下腹部、大腿など、あらゆる部位、それも急所とされる場所のみを正確に狙ってくる。

 ほんの一瞬にして、無数の斬撃を繰り出すこの技を、オリヴィアは《刹那ノ太刀・一式》と呼んでいたな。

 無論、彼女の技量は知り尽くしている。回避は容易……だが、ここはあえて斬撃の一〇分の一を貰っておこう。


「ぐぅっ!」


 さすがにキツいな。頭蓋の一部を始め、一〇カ所の骨にヒビが入った。

 しかし、これでいい。全て避ければ自分が《魔王》だと明かしたようなもの。

 だから、ある程度は受けねばならんし……こちらも、攻撃する必要がある。


「シィッ!」


 鋭く息を吐き、両手で握った剣を振るう。大気を引き裂きながら半円を描くそれは、一応、渾身の斬撃であるが、


「遅い」


 狙い通り回避され、返礼の一撃を浴びて、俺は場内の端へと吹っ飛んだ。


『……えっ? な、何が起こったのでしょうか!? あ、あまりにも早すぎて、り、理解が……! 気付けばオリヴィア様が移動しておれれて、アード選手が吹き飛んで……! と、とりあえず、戦況はオリヴィア様の優性ということでしょうか!?』


 先程の一合を理解できた者は、両手で数える程度だろう。

 それゆえ観客は誰もが我々を称賛する。優性のオリヴィアは当然のこと、俺に対しても一定の評価が飛んできた。

 されど、客の感情はこの際どうでもいい。

 もっとも重要なのは、オリヴィアの顔だ。


 ……先刻までの笑みが、僅かに曇っているな。


 よし! これは迷いを抱いている証拠だ! このまま騙し通し、見事に負けてやる!

 敗北へのモチベーションを燃やしながら、俺は大きく息を吐いて。


「さすがは剣神と呼ばれるだけのことはありますね。しかし……私の力量を判ずるには、まだまだ早い段階ですよ」


 さもやる気十分といった、青臭い台詞を垂れてから。

 今度はこちらから踏み込む。

 そして、いい感じに手を抜いた斬撃を繰り出し……いい感じの応酬を繰り広げ、一撃、オリヴィアの顔面へと入れてやった。

 彼女の額からツゥッと、細く紅い流線が零れ落ち、その白い肌に朱色を刻む。


『おぉッ! オ、オリヴィア様がッ! あ、あの生ける伝説がッ! 鮮血を流しておりますッッ! な、なんということでしょうッ! アード・メテオール一五歳ッ! その歳で伝説を射程圏に捉えているというのかぁああああああああああああああ!?』


 場が騒然となる。が、それは想定通り。

 さすがに一本も入れぬまま負けては不自然だからな。

 そして、こういう展開を作れば――


「……面白い」


 実はかなり熱くなりやすいオリヴィアは、一撃入れれば確実に本気を出してくる。

 実際のところ、放つ殺気は先刻以上の禍々しさとなり――


「死んでくれるなよ」


 冷徹なる言葉を、氷のような無表情から放つ。

 そして、激しい攻勢が始まった。

 刹那にも満たぬ刻の中、殺到する剣閃の数は億か兆か。

 完全に殺す気で仕掛けている。


 その猛烈な攻撃に対し、俺は苦悶の表情を作り、まるで防戦一方という芝居を打った。


 よし。あとは適当に、比較的安全な斬撃を貰い、吹っ飛ばされよう。

 それから芝居でもなんでもなく、本当に失神すれば、この仕事は完了である。

 我ながら自分の演技力が怖い。演劇の稽古で芝居の能力が上がってしまったかな?

 オリヴィアも完全に騙されているようだし、問題は何もない。


 いやぁ、当初は小便を漏らしかねんほど恐怖したものだが、実際に臨んでみれば、なんということはないな。はは、存外チョロいではないか、我が姉貴分は。


 ……よし。この、喉への突きを食らおう。失神は間違いないが、死ぬ可能性は薄い。それぐらいの、ちょうどいい斬撃だ。

 オリヴィアが執った剣がこちらへとやってくる。

 永遠と時間が引き延ばされ、その動きがゆっくりに感じ――


 その切っ先がこちらの喉を捉える瞬間を、今か今かと待っていると。


「なぁ、アード君」


 対面にて。

 オリヴィアの顔が――


「闘技場はなぁ」


 これまで見たことのない、黄金を思わせるような。


「芝居を打つ場じゃあないんだぜ?」


 美しすぎる笑顔に、変化した。

 この表情と、君付け、さらに荒っぽい口調。

 それを受けて、俺は確信する。


 あぁ、これは、失敗した、と。


 オリヴィアは騙されていなかったのだ。そういうフリをしていただけで、ずっと、俺の出方をうかがっていた。

 俺=《魔王》だと、確信を抱きながら。


 そのことに気付いた瞬間、彼女が繰り出した剣の先が動き――軌道が変化。


 先程までの温い剣閃ではない。首を両断することを目的とした、苛烈な一撃である。


“手を抜かれるのは嫌いだと、昔から再三言ってるよなぁ? 死にさらせ、馬鹿野郎”


 彼女の目がそんなことを言った気がして。

 迫り来る必殺の剣が否応なしに緊張を生み。

 そして――


 気付けば俺は、無意識のうちに魔法を発動していた。


 防御魔法、《リフレクト・ウォール》。中級の防御魔法メガ・ウォールの術式を改変したこの魔法は、自らの全身を半透明の防壁で覆い――

 数秒間、命中した物理攻撃の威力を、相手へとそのまま返す。

 オリヴィアが放った斬閃は見事こちらの首を捉えたが、魔法によってその威力はゼロへと導かれ――


「ぐぁっ」


 運動エネルギーの全てを返されたオリヴィアが、小さな悲鳴を上げながら吹っ飛んだ。

 それだけなら、まだよかったのだが……大いなる意思の悪戯というやつか、オリヴィアの衣服にさえ、威力が反射したらしく……

 彼女が纏っていた身軽そうな衣服が、より一層身軽になってしまった。

 つまりは全裸である。あれならばもう、どのような動きにも布は干渉すまい。

 何せ、布が一切ないのだから。


「ぐ、うぅっ……!」


 一〇歩分離れた場所で、彼女が着地し、悩ましげな声を放つ。

 それから彼女は己の痴態に気付いたか、「ひゃんっ!?」とか聞いたことのない声を出して、自らの裸体を隠した。

 右腕で豊かな胸を。左手で乙女の茂みを。

 ……俺からしてみれば、姉貴分の裸体などなんの興奮材料にもならんのだが。


「う、うぉおおおおおおおおおお!? オ、オリヴィア様の裸体じゃぁああああああああああああああああ!?」

「な、なんという見事なお尻っ……!」

「おっぱいも! おっぱいも凄いぞ!」


 観客からすれば、それはまさに夢のような光景なのだろう。

 主に野郎の野太い歓声が、大地を揺らさんばかりに轟いている。

 そんな中。


「う、うぅ……!」


 オリヴィアが猫耳を伏せながら、呻き声を漏らす。

 その顔は売れた林檎のように真っ赤で、プルプル全身を戦慄かせながら、俯いている。

 ま、まずい。どうなるんだ、これは? こんな展開、今までないぞ。

 こ、こういうとき。オリヴィアはいったい、どういう行動をとるのだ……!?

 冷や汗をダラダラと流しながら、固唾を飲んで、相手の動きを待つ。と――

 彼女はガバッと顔を上げた。

 その瞳は涙で潤んでいて、もうその時点で俺は引き気味だったのだが、


「き、ききき、貴様は……も、もしかすると、本当に奴では、な、なな、ないかも、しれんな……! 奴はどんなことがあろうと……わ、わた、わたしに! こんないやらしいこと、しなかったもんっ!」


 もん!? あのオリヴィアが、語尾に「もん」ッ!?


「こ、この屈辱、ぜ、ぜぜ、絶対に忘れないんだからなっ! 覚えてろよばか! ばかばかばーかっ! くたばれ、このばーかっ!」


 幼子のような悪口を言ってから、彼女は涙を零しつつ、柔肌を腕や尻尾で隠しつつ、通路の方へと走り去っていった。


『え、えぇっと。使用禁止魔法を扱いましたので、この勝負、アード・メテオール選手の失格負け、ということになるのですが……し、試合に負けて、勝負には勝った、ということでしょうか……!? あ、あのオリヴィア様に……!? し、しかしながら。わたくし、オリヴィア様の裸体で頭が一杯でして……正直、アード選手の凄まじさが、どうでもよく感じております……いや、凄かった……魔導式映写装置、持ってくりゃよかった……』


 うん。俺も実況者と同じだ。頭の中はオリヴィアのことで一杯である。

 だが当然、奴の裸体なんぞはどうだっていいが。

 とにかく……疑惑は晴れた、ということでいいのか?

 いや、そうだったとしても、新たに大きな問題が発生したので、嬉しくないのだが。

 ……なんか、もう、本当に。


 どうしてこうなった?


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