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第三四話 元・《魔王》様と最優秀賞

 状況を打破するための知識は、かつての配下から得たものであった。

 俺の配下には異世界からやって来たと称する者も多々存在し、今回の危機を乗り越えられたのも、その大半が彼等のおかげだ。まこと、かつての配下達に感謝である。


 ……それにしても。異世界人の配下は皆、ニホンとかいう国から来たと言うのだが。

 彼等の世界にはニホン以外の国はないのだろうか? 不可思議なことに彼等は皆、自分の国の知識だけを語り、他国に関しては喋らなかった。


 当時はさほど異世界のことに興味がなかったので言及はしなかったが……

 今思い返してみると、なんとも不思議なことのように思える。今度異世界人と出会った際は、彼等の世界について少しだけ聞きだしてみようか。


 さておき。A組の妨害を逆にチャンスへと変える形で切り抜けた我々は、無事に学祭六日目の終了を迎えた。出し物はこの日の時点で撤収となるため、ある意味では本日が学祭の最終日と言ってもよい。

 それからすぐ、学内放送にて生徒達への待機命令が出た。これより各店舗の総売上が集計され、全クラスの頂点……最優秀賞獲得クラスが決定するのだ。


 しばらく待機していると、集計が完了したらしい。学内放送が全生徒に集会場へと集うよう指示を出してくる。それを受け、我々も緊張と期待を抱きつつ移動を開始。

 そして現在。多くの生徒が集結し、手狭となった場内にて。

 我々は壇上に上がった学園長、ゴルド伯爵の言葉を待つ。

 彼は皺が刻まれた顔に満足げな笑みを浮かべながら、口を開いた。


「まずは諸君、お疲れさまと言っておこう。この六日間、諸君は多種多様な苦労を経験したことじゃろう。それは必ず、未来に繋がる財産となる。この六日間、そして学祭に至るまでの準備期間。そこで培ったものを決して忘れぬように」


 教育者としての言葉を前置きとして述べてから、彼は息を吸って、


「さて! では早速、今年の最優秀賞受賞クラスを発表しよう! この賞を受けたとて、何か形あるものを得られるわけではない! しかし、その名は我が校の歴史に刻まれ、永遠と語り継がれることじゃろう!」


 物品は得られぬが、栄誉は得られるというわけだ。時と場合によっては、そちらの方がプラスに働くこともある。我が校は名門ゆえ、その歴史に名を刻むというのは社会に出た際、一定のステータスとなろう。

 さて。そうした栄誉に預かったクラスは――


「一年C組! 歴代最高の売上記録を叩き出した新鋭が! 今年の最優秀賞じゃ!」


 結果を受けた瞬間、我がクラスの面々が大いに沸き立った。


「よっしゃああああああああああああああああ!」

「フン。あれだけ手を尽くしたんだ。当たり前だろう」

「なんだかんだ、色々あったけど……決め手はシルフィーのアイディアだったなっ!」


 皆の笑顔に囲まれ、困ったように頬を掻くシルフィー。

 少し前まで批難の対象だった彼女だが、今やクラスの英雄として称えられている。

 最後の危機を乗り越えたアイディアは、シルフィーの発案であるということにした。


 その結果、彼女はクラスのピンチを救った存在となり……

 無事、学内での居場所は守られたのであった。


 手柄を譲る形となったわけだが、後悔などあろうはずもない。むしろ我が心の中には安堵だけがある。……まったく、とことん世話の焼ける奴だ。


「では、これにて解散とする。学祭は実質終了ではあるが……まだ翌日の剣王武闘会本戦がある。最後の最後まで学祭を楽しんでくれい」


 この言葉を受けて、生徒達が各々集会場から抜けていく。

 そうした中。イリーナがシルフィーとその取り巻きを引き連れ、彼等のもとへと進んだ。

 そう、A組の連中である。


「あたし達の勝ちね! さぁ、約束通り土下座してもらおうかしら!」

「ぐっ……!」


 彼女の一声に、忌々しげな顔をする相手方の面々。

 すると、いつの間にかイリーナ達の周囲に我がクラスメイト一同も集結し、各々A組の連中を睨む。どうやらこれまでの妨害工作について、クラスメイト全員が憤慨していたらしい。彼等は溜飲が下がる瞬間を今か今かと待ち望んでいた。


 そうした中、A組の生徒達は当事者たるクラス長とその取り巻きに全ての責任を押し付けることにしたらしい。自分は無関係であると口々に言い合って、そそくさと逃げていく。

 完全に孤立無援となったクラス長達は、しばらくイリーナ達を睨んでいたが、やがて開き直ったような笑みを顔に浮かべ、


「そんな約束、した覚えはないな」


 鼻で笑いながら、誓った内容を平然と反故にした。

 まぁ、予想できた結末ではあるが、しかし、イリーナ達が納得するわけもない。


「はぁ!? そんなの通ると思ってんの!?」

「イリーナの言う通りだぜ! さっさと土下座しろやゴラァッ!」

「さんっざん妨害工作しやがって、この腐れ外道共がッ!」


 大ブーイングを浴びながらも、クラス長とその取り巻きは涼しげな顔をして肩を竦めた。


「君等がなぜそうも立腹しているのか、我々には理解しかねるね。妨害工作? 人聞きの悪いことを言うなよ。そんな卑劣な真似、我々がするわけないだろう。それとも……証拠があるのかね? こちらが何かをしたという、確たる証拠が」


 それを言われれば、黙るしかない。彼等は巧妙に動いており、決して自分達に繋がる痕跡を残さなかった。そこらへんは実に見事なものである。


「さて。では我々は失礼させてもらうよ」


 そう述べると、彼等はこちらに背を向け、立ち去ろうとする――が、その前に。

 学園長の秘書たる女がこちらへと歩み寄り、声を投げた。


「どこへ行かれようとも勝手ではありますが。その場合、貴方達は退学処分となりますよ」


 逆光で眼鏡を光らせる秘書官に、A組の連中がぎょっとした顔を向ける。


「た、退学!? どういうことだ!?」

「どういうことも何も。心当たりがないとは言わせませんよ? 貴方達は学祭のルールに反しました。家の力を使ってはならないと再三説明したにもかかわらず、貴方達はそれを平然と破りましたね」

「な、何を根拠に、そんな――」

「証拠ならば全て揃っています。貴方達のようなお子様が、我々大人の目をごまかせるとでも? ……まぁ、もっとも。証拠がなかったとしても貴方達は我々に従うほかないわけですが。貴方達と我々、どちらの立場が上か、わからないわけありませんよね?」


 サディズムに溢れた笑みを唇に浮かべる秘書官に、A組の連中が冷や汗を流す。


「無論のこと、貴方達とC組の確執についてもこちらは把握しております。そこで、今回の不正を学園長に報告したところ……ルールに反したとはいえ、歴代二位の売上を残したことは天晴れ。ゆえに約束通りC組の面々へ土下座をしたなら不問に処す。それを反故にするならば、本校から放逐。そのように決定を下されました」


 冷然とした目を向けながら、秘書官は選択を迫る。


「土下座なさるか、名門校からの破門という汚点を経歴に刻むか。お好きな方をどうぞ」

「ぐ、うぅ……!」


 クラス長を始め、集団の全員が苦悶の表情となり、そして。


「く、そぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!」


 クラス長が絶叫を放ちながら膝をつき……その両手と額を、床に擦り付けた。

 これに続いて、彼の取り巻き達もまた土下座を実行。

 我々を卑劣な手で苦しめた者達が、一様に地べたへと這いつくばる。

 そうした光景に、我が学友達は皆溜飲を下げたらしい。


「へっ! ざまぁみさらせ!」

「くくく……! 伯爵家嫡男の土下座姿……! これは一生忘れられんなぁ……!」

「ほほほほほ! 今日も気持ちよく眠れそうねぇ~!」


 平民・貴族関係なく、目前の光景に笑い合う。

 A組の連中にはクラスの団結に一役買ってくれてありがとうといったところか。


「……覚えていろよ、アード・メテオール……!」


 なぜだか俺に対し敵意の念を向けてくるA組クラス長。

 このような逆恨み、いちいち覚えてはいられんので、早々に忘れることとする。

 かくして。

 A組との確執も、これにて決着と相成ったのであった。



 その後。俺とイリーナ、シルフィー、ジニーの四人は寮へと帰宅し……

 前もって決めていた通り、ささやかな打ち上げパーティーを行う。

 四人でテーブルを囲み、各々、葡萄酒入りのグラスを手に持つと、


「では、乾杯といきましょうか。我が方の勝利を祝い……乾杯」

「「「かんぱ~いっ!」」」


 俺の音頭に合わせ、皆がグラスを打ち合う。

 小気味良い音を鳴らせたそれを口元へ運び、葡萄酒を一息に飲み干す。

 やはり、勝利を収めた後の酒は美味いものだ。

 そうしてから、各々思い思いにつまみを食したり、新たなボトルを開けたりなど、好きに動きながら言葉を交わす。

 その全てが、俺に対する称賛であった。


「いやぁ~、それにしても。アード君がいなかったら負けてましたね、私達」

「ほんっとにね! さすがあたしのアード! まさにクラスの英雄ね!」

「お褒めに預かり、恐悦至極にございます。しかしながら……今回の勝利は私のみの功績ではございません。皆さんの努力あってこそのもの。およそ一月ほどの時間でしたが、お三方も本当にお疲れさまでした」


 労いの言葉を送り、微笑する。と――

 シルフィーがこちらをまっすぐに見て、顔を紅くしながら、口を開いた。


「ね、ねぇ、アード。アタシ、あんたのことを誤解してたのだわ。アンタのこと、《魔王》の転生体だと思ってたけど……どうやら、違うみたいね。だってアンタ、ものすごく優しくて、すごく頼りになるし……カ、カッコいいもの!」


 ……なぁ、シルフィーよ。その言い草だと、《魔王》は優しくなくて、頼りにならず、格好悪い奴、と言ってることになるんだが。

 お前、いい加減にしないと本当にブン殴るぞ。

 褒められてるのに、ぜんっぜん嬉しくないわ。

 ……こちらの気持ちなどつゆ知らぬシルフィーは、ますます顔を紅くしながら、言葉を続ける。


「今回は本当に、迷惑をかけたのだわ。いつだって、アタシのせいで事態はややこしくなって……でも、アンタは文句一つ言わずに、フォローしてくれた」

「それは学友として当然のことをしたまで。気負うことはありませんよ、シルフィーさん」


 前世の頃であれば、「まったく、クソ迷惑をかけおって、この馬鹿者が」と言いつつ、ゲンコツでも落としてやるところだが。そういうことをしたら自分=《魔王》だと明かすようなものなので、俺はグッと堪えながら優しい言葉を投げ返した。

 するとシルフィーは目を伏せて俯き、申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。


「最後の方なんか、アンタの手柄を横取りしちゃって……本当に、ごめんなさい。でも……アンタのおかげで、アタシは大切な何かを失わずに済んだ気がする」


 そして。シルフィーは紅い顔のまま唇を震わせ、大きく息を吸うと。


「あ、ありがとうだわっ! アード・メテオール!」


 恥ずかしそうに礼の言葉を叫ぶと、もう俺の顔を見てられないとばかりに顔を逸らし、「ト、トイレ行ってくる!」などと言い置いて、部屋から去って行った。


「……これは落ちましたねぇ~。間違いなく」


 ドアを見つめながら、ジニーがボソリと呟く。


「落ちたって、どういうこと?」

「そのまんまの意味ですよ~。ミス・シルフィーはアード君に惚れちゃったんです」

「なっ!?」


 目を大きく見開いた後、複雑そうに口をもごつかせるイリーナ。

 ……あいつが、俺に惚れる?

 やめてくれ。本当にやめてくれ。想像もしたくない。


「う~ん。ミス・シルフィーのこと、実はあまり好きじゃなかったんですが~。まぁ、ハーレム要員として考えると中々ですね。彼女、なんだか妹キャラって感じですし。私が見繕ってた女の子の中には、ちょうど妹系がいなかったんですね~」


 一人ぶつぶつと呟いてから、ジニーは瞳を煌めかせながらこちらを見て、


「きっと近いうちに告白イベントが来るかと思います! そのときのために、今からお返事を考えておいた方がよいかと!」

「いや……はは……勘弁してくださいよ……」


 こんなにも苦い笑いは生まれて初めてだ。

 と、そう思っていると。


「……ただいま」


 用を足し終えたらしいシルフィーが、部屋に帰ってきた。


「お、おおお、お帰り! 早かったわねっ!」

「……うん」


 ジニーが語った内容を気にしてか、イリーナの態度がどこか変である。

 しかし、変と言えば……シルフィーもまた、どこか様子がおかしいような気がしてならない。俺もイリーナと同様、ジニーの言葉に惑わされているのだろうか?

 どうも、シルフィーが俺に対し頻繁に視線を送ってくるような……


 ……もし、彼女が本当に俺に惚れたというなら。

 その思いには、応えられない。

 そんな資格、俺にはない。


 ……告白されたときの返事を考えておけ、か。

 もしそうした瞬間が来るのなら。そのときは。


 いよいよ以て、彼女に全てを話すことになるだろう。自らの罪を告白し、自分にはその好意を受け取る資格がないと、明かすことになるだろう。


 ……そのときが来ないでほしいと、願わずにはいられない。

 エラルドがジニーと向き合えぬように。

 俺もまた――


 この案件に関してだけは、目を背けていたかった。



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