第三三話 元・《魔王》様、卑劣な連中を笑い飛ばす
学祭も残すところ二日である。
これまで多種多様な出来事があったものだが……その中でもとりわけ印象深いのは、やはりシルフィーであろう。突如やって来た嵐の如き転入生が引き起こした案件は数多く……思い返してみれば、学祭の大半はクレーム処理で埋め尽くされていたように思える。
オリヴィアからは待機命令が再三出されているのだが、正義感が無駄に強いシルフィーはこれを無視。毎日のように自主警邏を続け、学内中に破壊と混沌をもたらしていた。
そういうわけで。俺は本日も、警邏を兼ねた謝罪巡りに勤しんでいる。
あの馬鹿が迷惑をかけた店へ出向いて、一軒一軒頭を下げていく。こうしていると昔を思い出すな。前世でもよく、こうしてシルフィーやリディアがやらかした馬鹿に対し、責任をとって頭を下げ続けたものだ。……この時代の人間は想像できんだろうな。《魔王》が平民に対し本気の土下座をしているさまなど。
……さておき。謝罪参りをしている最中、多くの者が俺に声をかけてくれる。
中には悪感情に満ちたものもあったが、おおよそは好意的なもの。
「剣王武闘会の本戦、頑張ってください! 応援してます!」
「この前はアドバイスありがとう! おかげでお店が繁盛し始めたよ!」
温かい声をかけられると、強く実感できる。俺は今、人々の輪の中にいるのだと。
前世ではそうじゃなかった。《魔王》という称号が世間に浸透し、神殺しの旅も終盤にさしかかった頃。俺はもはや完全に神格化され……そのせいで、誰も彼もが俺に対してビビりにビビりまくり、輪の中に入ることなどできはしなかった。
何やら楽しげに話している雑兵達に、自分も雑談に混ぜてもらおうと話しかけたら、
「ぎゃひぃいいいいいいい!? ま、ままま、《魔王》様ぁあああああああああ!?」
「な、ななな、なんでこんなところに《魔王》様がぁあああああああああ!?」
「皆、そうかしこまらんでもよい。俺はただ――」
「う……うぉえぇえええええええええええええええっ!」
「あぁっ! ダニエルが緊張のあまりゲロを――うぉええええええええええええ!」
……どいつもこいつも俺に対する畏怖により、こちらの顔を見た瞬間ゲロを吐きやがる。
そのせいでもう、会話どころの騒ぎじゃなかった。
ていうか顔見た瞬間ゲロ吐くって、そっちの方がよっぱど不敬ではなかろうか。
こういうことがあるから、俺は《魔王》という身分を隠して学園に通うようになったのだが、学園でも状況はさほど変わらず、
「あ、あのさ。もしよければ、学祭の日、俺と――」
「は? アンタ誰?」
「いや、一緒のクラスの――」
「知らねーよ、話しかけてくんなよ、気持ち悪い。か~っ、ぺっ!」
こっちではゲロの代わりに唾を吐かれた。死にたくなった。
そうした辛い日々の積み重ねの末、俺は転生することを選んだわけだが……
本当に、そうしてよかったと思う。こうして再び人々の輪に入れているのだから。
幸せな気分で謝罪回りをしていると、「なにニヤついてんの? 反省してんの?」とか怒られたが、全然気にはしない。俺は今、人生の中でも最高レベルの幸福を――
「ア、アード君っ! た、大変ですっ!」
と、ふわふわしている最中、ジニーの声が耳朶を叩いた。
緊張と不安に満ちたそれを聞き、さっきまで陽気だった俺の心に、緊迫が訪れる。
「……どうされました? 何か問題でも?」
「く、詳しいことは後で説明しますっ! とにかくついてきてくださいっ!」
だいぶ急を要する話なのか。ジニーに引っ張られるままに、俺は学内を駆けた。
もしや、とうとう《魔族》が襲撃してきたのか? いや、それにしては魔力の反応がない。学内でテロが起きた、という気配もない。ならば、このジニーの慌てようは一体……。
思考の途中、目的地へと到着したらしい。俺を引っ張っていたジニーが立ち止まる。
果たしてその場所とは、我がクラスの出し物、お色気メイド喫茶の店舗前であった。
そのまま彼女は店内へと入り、厨房へと足を運ぶ。その後ろをついていき、俺もまた厨房へ……入ったと同時に、ずいぶんと酷い光景が、目に飛び込んできた。
床に散乱する、木っ端微塵となった野菜達。
キッチンテーブルの上には、何をどうすればこうなるのか、炭化した肉や魚介が並ぶ。
そうした食材達が織り成す惨状のド真ん中で、
「びぇええええええええ! ごめんね、皆ぁあああああああああ! こんなはずじゃなかったのぉおおおおおおおおおおおっ!」
ぺたんと座り込んだイリーナちゃんが噴水のような涙を流し、泣き喚いている。その周囲をクラスメイト達が取り囲み、世界の終わりでも迎えるような顔で惨状を見つめていた。
「……いや、本当に。どういうことなのですか、これは?」
ここでようやく、ジニーからの説明が入った。
「A組の連中が、最悪な妨害工作をしてきたんです……! ちょっとこれを見てください」
そう言って、ジニーが指差した木箱には……グシャグシャにされた野菜達があった。
いや、台無しになっているのは野菜だけではないらしい。
肉類の表面が真っ白な膜に覆われている。これはカビであろうか。おそらく魔法による工作だと思われる。
魚介は野菜と似たような有様で、特に、目玉メニューとなる虎鮫のフカヒレはそのことごとくが細かく分解され、元あった美しさと迫力は見る影もない。
また、小麦粉は学園の古い井戸水をぶちまけられたのだろう。ダマになった粉が、黄色く変色している。
「ごらんの通り、食材の多くがダメになりました。しかし運営はまだ続けられると、ミス・イリーナが皆を勇気づけて……まず、グシャグシャにされた野菜について、これはまだ使えるとおっしゃられ、何か料理を作って見せると、そういうことになったのですが」
ジニーは未だ泣き喚くイリーナを見やり、大きく嘆息すると、
「ミス・イリーナの料理スキルは、壊滅的にダメだったんです」
……あぁ、そうか。この惨状は、そういうことだったのか。
「私も皆も、信じられませんでした。何をどうすれば、これほど見事に食材をダメにできるのか……もはやこれは、わざとやってらっしゃるのでは? そう思うほどに、彼女の手腕は最悪……いえ、ある意味では天才かも知れませんね。高級食材の数々を生ゴミ以下に変えるだなんて、なかなかできることじゃありません」
明らかにストレスを孕んだ言い草。心なしか、イリーナを見る目も鋭く見える。
「……そういうわけで。食材はもうスッカラカン。ミス・イリーナの手によって、使えるものがほとんど消え失せ……お店で出せる料理が、なくなってしまいました」
「ふむ。それは確かに、大変な事態ですね。当店は少女との触れ合いをウリにしておりますが、それだけでは不完全。やはり美味な料理を提供してこそ、売上が伸びるというもの」
「その通りです。だから、このままですと客足は次第に減っていき……最終的に、売上は僅差でA組に軍配が上がるかと」
この事態を打破する策を、どうにかもたらしてはくれまいか。
ジニーだけでなく、俺を見る生徒全てがそういう顔をしていた。
そんな中。シルフィーはイリーナへと近寄り、
「だ、大丈夫よ、イリーナ姐さん! 料理は愛情っていうじゃない! だから、ほら! この生ゴミだって、ちゃんとした料理だわっ!」
「な、生ゴ……!?」
「愛情さえ詰まってれば問題ないのだわ! 料理ってそういうものよ! 見た目と味がどれだけ最低でも、愛情さえあれば大丈夫っ!」
「さ、さいて……!? う、うわぁああああああああああああああああんっ!」
あの馬鹿にとっては、励ましたつもりなのだろうが。やはり馬鹿は馬鹿である。
イリーナにトドメを刺したという自覚がないのか、シルフィーはしばらくうろたえた様子であたふたしていたが……やがて何かを思いついたらしい。パンと両手を叩くと、
「そ、そうだわっ! 他のクラスの出し物に、食材をわけてもらえばいいのよっ!」
この言葉に、生徒一同、「あぁ!」と声を出した。我が校は名門ゆえ、貴族は当然のこと、平民もまた地位の高い家の子供が多い。そのためか人に頭を下げるという、他者から舐められそうな行為を、無意識のうちに選択肢から外す傾向がある。
「確かに、他のクラスから食材を借りれば……!」
「いや、しかし、プライドが……」
「んなこと言ってる場合かよ! もう少しで最優秀賞が手に入るんだぜ!? その名誉に比べりゃ、ちょっと頭下げる程度、なんてこたねぇだろうが!」
多数決により、俺達は他のクラスに頭を下げ、食材を借り受けることになった……が。
「やだね! お前等にくれてやる食材なんざ、どこにもねーよッ!」
全てのクラスが、にべもなく断ってくる。その理由は……
「ウチもさんざんその馬鹿に迷惑かけられてんだ! そいつがいるクラスになんか、誰が協力してやるかよッ!」
皆、口を揃えて言う。
シルフィーが大嫌いだと。
シルフィーがいるクラスには協力したくないと。
これにはさしもの彼女も、堪えたらしい。
「み、皆……ア、アタシ……」
脂汗を浮かべ、暗い顔を俯かせる。
皆の視線は、シルフィーにのみ集中していた。
しかし……彼女を批難する者は、一人もいない。
平民だけでなく、名誉を欲する貴族さえも、シルフィーを責めなかった。
皆、シルフィーがただのトラブルメーカーではないと、理解しているのだ。
これまでの付き合いで、彼女が常に他者のため動く優しい少女だと、理解したからだ。
「……まぁ、今回はしょうがねぇよ」
「だな。一位になれないのは残念だけど」
むしろ、シルフィーを気遣うような言葉を口にする者が大半だった。
「で、でも……! ま、負けたら……アタシのせいで、姐さんが……!」
水を向けられたイリーナだが、当然、彼女がシルフィーを責めるわけもない。
困ったように微笑し、「大丈夫よ」と呟くのみだった。
……責められた方が、むしろシルフィーにとって最良であったろう。
罪悪感が、彼女の瞳を涙で濡らし始めた。
……まったく。世話のやける妹分だ。
「シルフィーさん。例のプランを忘れたのですか?」
声を張り上げ、彼女の涙を止める。
「れ、例の、プラン……?」
「おや、どうやら忘れてしまわれたようですね。こういう事態になった場合の対応策を、私に話されていたじゃありませんか」
当惑したように首を傾げるシルフィーに、俺は微笑を浮かべてみせた。
「貴女がお忘れであれば、この私めが貴女に代わり、状況を打破させていただきましょう」
誰もがきょとんとした顔でこちらを見る。
……安心しろ、シルフィー。
お前にとっての新たな居場所は、俺が守るから。
◇◆◇
学祭六日目も夕暮れ時にさしかかり……
ついに、雌雄を決するその瞬間が訪れようとしていた。
一年A組が運営する店舗、ビキニ少女喫茶のバックヤードにて。
クラス長を中心とした集団が、キセル煙草を吹かせつつ、雑談に興じている。
「我が店舗の総売上は、歴代最高位となっている。即ち」
「最優秀賞は間違いなく、そして、目障りだった男爵家の娘も消えるというわけだ」
全員で呵々大笑する。彼等からしてみれば今回の一件、常に目が向いていたのはイリーナであった。元凶こそシルフィーだが、あのような平民の行く末など貴族たる彼等からしてみればどうでもいいこと。貴族は貴族にしか、興味がないのである。
そんな彼等からしてみれば、イリーナと彼女の家は目障りな存在であった。
男爵家という最底辺の位であるくせをして、英雄などと呼ばれもてはやされ、その発言権と影響力は、公爵家のそれと比較しても劣らぬ。
そんな特例的存在は、彼等中堅貴族の生まれにとって、何よりも腹立たしいものだった。
「英雄男爵の娘が消えれば……一学年において、もっとも影響力が強いグループは我々ということになる。公爵家のエラルドも、半ば退学したような有様だしな」
「あぁ。しかし……あの平民はどうだ?」
「アード・メテオール、か。まぁ、奴も目障りではあるが、所詮は平民。我々、貴族の領域には踏み込めんだろう」
クラス長からしてみれば、アード・メテオールは魔法の腕に長けているだけの村人、という評価に過ぎなかった。所詮は平民の村人である。人間としての器量ではこちらが上だ。ゆえにアード・メテオールなど人としては恐るるにたらず、注目すべき存在ではないと確信を抱いていた。いくら強かろうとも、それだけで通用するほど社会は甘くない。
「ふぅ……なぁ、ここで駄弁るのも、そろそろ飽きてこないか? 一つ、楽しいアイディアがあるんだが」
「ほう。言ってみろ」
「これからC組の店に客として出向いてやるというのはどうだ? もはや我が方の勝利が確定している中、勝者たる我々が敗者たる連中に僅かばかりの売上を恵んでやるのさ。なかなか皮肉が効いていて面白いだろ?」
「はは。それはいい。奴等がどのような顔をするか、見てみたいものだな」
皆が賛成の意を示し、席を立つ。そうして店から出ると、C組の出し物、お色気メイド喫茶へと足を運んだ。
もはや行列などはない。さすがに学祭最終版の終わり際である。ここに至り、そうした盛況具合はありえない。そこはA組の店とて同じだった。
「さて、中はどうなっているかな」
「僕等以外、人がいないんじゃないか?」
「そうだったら思い切り笑い飛ばしてやろうぜ」
ニヤニヤと笑いながら、集団が店へと入る。と――
その瞬間、彼等の目に飛び込んできたのは、意外極まる光景。
大繁盛といった賑やかな様相が、店内に広がっている。
それは明らかに、自分達の店以上のもので……
「「「お帰りなさいませっ! ご主人っ!」」」
当惑している最中、色気溢れる改造メイド服に身を包んだ女子達が、挨拶を飛ばしてくる。心なしか、その瞳には勝ち誇るような色があった。
その気に食わぬ目に何か言ってやろうかと、クラス長が口を開く、その直前。
「ようこそおいでくださいました」
よく通る、流麗な声が耳に入った。
アード・メテオールである。彼は悠然とした微笑を浮かべながら、次の言葉を投げた。
「さぁ、A組の皆様方。お席はご用意しております。どうぞこちらへ」
まるで当方が足を運ぶことを先読みしていたような口ぶり。
そこに何か、嫌な感覚を味わう。それはクラス長だけでなく、集団全員の総意であった。
ともあれ、店の出入り口で突っ立っているわけにもいかず、アードの案内通り店の隅にある席へと座る。そうするとメイドの一人がメニュー持ってきたので、それを開く、と。
「……なんだ、これは?」
そこには見知らぬ品名がビッシリと並んでいた。
おかしい。こちらが把握しているメニューとはまるで別物ではないか。
「くっ……! おい、何か適当に料理を持ってこい!」
品目の説明を求めるは、自らの知識不足を露呈するに同じ。それゆえ皆、こうした言い方を選んだのだった。そして料理がやってくる待ち時間の間、彼等は顔を突き合わせ、
「おい、なんだか妙だぞ」
「な、なぜこうも賑わってるんだ? 食材は――」
「シッ! 敵地の真ん中で迂闊なことを言うな!」
「ま、まぁ、問題はないだろう。何か小細工でもしたのだろうが、所詮は――」
侃々諤々と言葉を交わす中、注文した料理が次々と運ばれてくる。
無論のこと、この店は食事でなく女をメインとするものゆえ、さまざまなサービスがあった。しかしながらクラス長を中心とするこのグループに、色気など通じるわけもない。
皆既に女を知り、性的欲求に敗北するようなメンタルなど捨て去っている。
ゆえに、女子達のもてなしは全て鼻で笑ってやったのだが……
料理の方は、そうならなかった。
「このステーキの旨味……! 尋常じゃないぞ……!?」
「黄金ピラフなどと、あまりにも大仰な名前を……と、そう思っていたが……こ、この美しい煌めきは……! あ、味も抜群にいい……!」
「ラーメンとかいう、わけのわからん名前の料理……見た目はスープパスタに似ているが……この麺の食感と風味……! これまで味わったことのない麺料理だ……!」
どれほど相手方をけなしたいと思っていても、これを不味いとは言えぬ。それはもはや、自分の舌が狂っていると喧伝するようなもの。
悔しげに歯噛みする面々に、アード・メテオールがにこやかに笑いかけながら、
「皆さんが召し上がられた料理。その食材は、親切心溢れる方々(、、、、、、、、)によってもたらされたものでしてね」
この言葉に、ピクリと、皆が反応する。
まさか、これは……!
「皆さんはドライエイジングという肉に対する技法をご存じでしょうか? 肉類は乾燥熟成させることで風味・旨味が増していくもの。特に……白カビが表面を覆うほどの熟成具合となったものはエイジングビーフと呼ばれ、その味は普遍的なものとは一線を画します」
カビ。それは、自分達が行った妨害工作の一つではないか。
「当然のこと、食品の衛生管理は万全ですのでご安心を。……続いて、黄金ピラフですが。こちらも親切な御方があえてフカヒレをグシャグシャにしてくださいまして。それをライスの味付けと見栄えの良さを造り出すために利用しました。味はもちろんのこと、黄金に煌めくフカヒレの欠片が非常に美しい逸品となっておりますでしょう?」
ぐうの音も、出せなかった。
これは、つまり。
「そしてラーメン。これもまた、親切な方が小麦粉に古い井戸水をぶちまけてくださいまして。その水はどうやら、かん水に似た性質を持っていたようですね。ちなみにかん水とは高いアルカリ性を持つ水で、これを小麦粉に混ぜて練り込むことで独特の風味を持つ麺を作ることができるのです」
自分達がやったことを、全て、プラスに変えたのか……!
「いや、本当に。世の中には親切な御仁がいらっしゃるのですねぇ。どれだけ感謝しても足りませんよ。その親切な方々のおかげで、学祭終盤を乗り切るどころか……最優秀賞までいただけるのですから」
ニッコリと微笑む。その表情こそ穏やかなものだが……
クラス長はその顔の向こうに、悪魔のような恐ろしさを感じ取った。
どうやら、自分以外の連中は全員、「全てが裏目に出た」とか「なんという不運」とか、そういった的外れな考えを抱いているらしい。
それは違う。確かに不運もいいところだが……それ以上に着目すべきは、このアード・メテオールという男の知識量と機転である。
熟成肉だのかん水だの、そんな言葉、聞いたこともない。普通の人間であれば肉にカビが生え、小麦粉に水を入れられた時点でそれはダメになったと判断する。
それをこの男は、誰も知らぬような知識で以て切り抜けたのだ。
そして、フカヒレに関しては別の使い方をすることにより、斬新な目玉メニューへと昇華させている。やはり普通の人間であれば、形の崩れたフカヒレなど無価値と断じて廃棄してしまうだろう。それをこの男は……!
(所詮は平民と侮っていたが、考えを改めねばなるまい)
(排除すべきはイリーナでなく――)
(アード・メテオール……! こいつだった……!)
この平民はいずれ、自分達貴族の領域を侵すほどの存在となろう。
そんな予感を覚えながら、クラス長はアード・メテオールを睨む。
(今回は負けだ。しかし……お前が今回掴んだ勝利は、その身を破滅させるものだと思え)
内心で敵意を渦巻かせる。
しかし、それすらも見透かされているようで……
彼は頬に、一筋の汗を流すのであった。