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第三二話 元・《魔王》様と、サキュバスの少女

 目玉イベントが一つ終わり、もう一つの目玉も順調に進行。

 こうなるともう、《魔族》の犯行予告も偽物あるいはハッタリか何かだったのではないかと思えてくる。


 本日付で学園祭も早五日目だ。今日を含め、開催期間は残すところ二日。このまま何事もなく終わってくれることを祈るばかりである。


 さて。前述した通り学祭も五日目。こうなると来場客の興味は出店から剣王武闘会に集中するらしい。闘技場にて飛び交う歓声と熱量は、これまで以上の高まりを見せている。

 今回の試合が予選トーナメントの最終段階であることも、客の熱を煽る要因になっているのだろう。各ブロックにてハイレベルな戦いが展開され、本戦トーナメントの出場者が順調に決まっていく。


 我が身内の中ではイリーナ、シルフィー、オリヴィアが既に本戦進出を決めている。

 俺もまた大変遺憾ながらも、本戦へと駒を進めた。


 残りはジニーのみ、であるが……

 客席にて試合の様相を見守る我々の目には、ボロボロになった彼女の姿が映っている。


「く、うぅっ……!」


 相手方の刃引きされた両刃剣を、自らの刀身で受け止める。そうすると同時にジニーの華奢な体が紙切れのように吹っ飛ばされた。対戦者の膂力は尋常のものではない。

 今回、ジニーの相手となった剣者はオリヴィアに並ぶ優勝候補とされる達人である。

 その力量差は誰の目にも判然としており……戦う当人もまた、弱気を覗かせ始めた。


 ……いかんな。これでは確実に負ける。弱気というのは、僅かなチャンスさえも掻き消してしまうのだ。俺としてはさまざまな意味でジニーには勝ち進んでもらいたい。だから。


「ジニーさんッ! 諦観するにはまだお早いタイミングですよッ! 貴女は強いッ! 対戦相手のそれと比べ、貴女の力量は決して劣っておりませんッ! 希望を捨てず、最後まで立ち向かいなさいッ!」


 全力で声を張る。と、この叫びが彼女に届いたのだろうか。ジニーの顔つきが明らかに変わった。先刻までの、心が折れたような表情から一変し、灼熱色の闘志が宿る。


「おぉぉぉあぁぁぁあああああああああああッッ!」


 魂を燃やすような雄叫びを上げて、突貫するジニー。

 そして。何度吹っ飛ばされても、倒れても、決して諦めることなく戦い続けた結果――

 彼女の奮闘に相手が畏怖を覚えたか、ほんの僅かに体捌きが狂い、隙が生じる。

 目前に現れた絶好のチャンスを、見逃すわけもない。


「ハァッ!」


 裂帛の気合いと共に放たれた剣閃が相手の首を捉え――その一撃で、対戦者が卒倒した。


『しっ、試合終了ぉおおおおおおおおおお! まさかの大逆転ッ! 本戦に駒を進めたのは、無名の逸材ッ! ジニー・フィン・ド・サルヴァンだぁああああああああああッ!』


 実況者の絶叫と共に、この日一番の大歓声が巻き起こる。

 観客の膨大なる熱量を一身に浴びるジニー。彼女は場内をキョロキョロと見回し……こちらの姿を見つけると、そのあどけない美貌に魅惑的な微笑を浮かべ、一礼するのだった。



 演劇。そして、剣王武闘会。二つの目玉イベントにて我がクラスの出し物を宣伝し続けた甲斐あって、お色気メイド喫茶は大盛況が続けている。

 当初こそA組に売上で結構な差を付けられていたのだが、宣伝効果により今や戦況は逆転。このまま行けば、ほんの僅かだが我がクラスの売上はA組のそれを上回るだろう。

 しかしながら……


「よろしいのですか、ジニーさん。看板娘である貴女が店を出ると、売上に響くのでは?」


 来場客の活気で溢れかえる校庭内を歩きながら、俺は隣に立つジニーへ問いを投げた。


「大丈夫ですよ~。私以外にも可愛い女の子はたくさんいますし。それにぃ……A組に負けちゃっても、ミス・イリーナが学園から去るだけですもの。ぶっちゃけ私に損はないどころか、得することしかないのよねぇ」


 真っ黒な微笑と共に、くつくつと邪悪な笑声を漏らすジニー。

 ……ここ最近思うのだが、もしかするとこの娘、かなりの腹黒かもしれない。


「まっ、そんなことはさておいて、ですね! 今日は学祭デートを楽しみましょっ!」


 はしゃいだように笑いながら、腕を組んでくる。

 見慣れた学生服、その胸元にて大胆に露出した巨乳が、こちらの腕を挟み込む。その柔らかさと色気ある光景が、顔に熱をもたらした。


 隣侍る美しい少女。周囲からは羨望の眼差し。これはまさしく、前世での学生生活時に思い描いていた理想的な学園祭の過ごし方の一つであった。


 感激しながら、俺はジニーと共に出し物を巡っていく。

 そうしていると多くの来場客、生徒達が、一様にジニーを指して、


「おい見ろよ、彼女があの大剣豪を倒した女の子だぜ」

「マジで? とてもそうは見えねぇな」

「まさかジニーが本戦に出るなんてね」

「最近のあいつ、なんだかすげぇよな。昔と違って強くなったし……見た目もなんか、可愛くなったっていうか。華が出てきたよな」


 道行くたびにこうした声を浴びるジニーは、得意げな顔……とは真逆の表情を見せた。

 まだ幼さが残る綺麗な顔。その唇はきゅっと引き結ばれ、桃色の髪に隠された瞳には暗い色が宿っている。


「……ねぇ、アード君。私は、変われたんでしょうか?」


 強い不安を感じさせるその声に、俺は返答を――という直前。


『来場者の皆様! 間もなく校庭西側の特設ステージにて、三年C組主催のミスコンテストが開催されます! まだまだ飛び入り参加をお待ちしておりますので、参加希望者もそうでない方も、ぜひぜひお集まりくださいっ!』


 校内アナウンスが、言葉を送るタイミングを奪った。


「ミス、コンテスト……」


 ポツリと呟いたジニーは、俯き気味だった顔を上げてこちらを見た。


「ねぇ、アード君。私がミスコンに出たいって言ったら、やきもち妬いちゃいますか?」


 冗談と期待が混ざったような声音に、俺はどう応えてよいものか迷った。

 衆目に晒され、その容姿を称賛されるジニー。そうした姿を想像して浮かび上がる感情は……喜びだけだった。独占欲の強い者であれば、あるいはジニーの言う通り嫉妬心を芽生えさせるのかもしれない。自分だけの彼女を他の者達と共有するハメになった、という感覚を抱くのかもしれない。だが、俺にとってジニーは友人であり……


 師弟関係というのもあって、半ば娘のような存在として見ている。


 そうした思いを包み隠さず口にすると、ジニーは嬉しそうな、寂しそうな顔をして、


「……私、ミスコンに出たいです」

「それは結構なことですが……私は警邏がありますし、ジニーさんのご勇姿を見守ることは……」

「い、いや、でもっ! ミスコンは大勢のお客さんが集まりますよっ! だったら、《魔族》達はそこを狙うんじゃないですかっ!? だからミスコンを見に行くのは、警邏の一環になるのではないかと!」


 必死に食らいつき、説得しようとするジニー。


「……アード君に、見てもらいたいんです。ダメ、ですか?」


 今にも泣き出しそうな彼女を、拒絶できる者がいるだろうか。


「……わかりました。ジニーさんのご活躍、この目に焼き付けさせていただきます」


 まぁ、彼女の言い分も説得力皆無というわけではない。実際のところミスコンには人が集まるだろうし、警邏の一環と言えなくもなかろう。

 そうした判断を下した俺に対し、ジニーは嬉しそうに微笑んだ。


「じゃあ早速行きましょっ! 参加受付に間に合わなかったら元も子もありませんもの!」


 こちらの腕を引いて走るジニー。

 その顔には、期待と不安が混ざり合った、複雑な心模様が宿っていた。



 ミスコンテスト。名の如く、女性の容姿を評価し、格付けを行う催しである。

 校庭西側に特設されたステージに一人一人、順番に参加者が現れ、客に笑顔を振りまいたり色気あるポーズを取ったりして、自らの美貌を誇示する。


『エントリーナンバー八番! メリーちゃん(一二歳)の女豹のポーズ! なんという愛らしさでしょう! これぞ萌えの極致であります!』


 マイクを持った、おそらくは三年の生徒が煽り文句を口にする。


 司会者も男であれば、審査員も男。観客もやはりほとんどが男であった。

 それゆえにステージ周辺の熱は凄まじく、野太い歓声が常に続いている。

 むさい野郎共の、汚い欲望に塗れた視線を浴びる女達。その顔には皆、少なからず優越感が宿っているものだが……次に現れた少女には、そうしたものがなかった。


 というか、優越感だけでなく、全ての感情が欠落しているような顔である。


『エントリーナンバー一八番! リリスちゃんの登場だぁあああああああ! 清楚なメイド服に身を包んでおりますが、これはコスプレではありません! 彼女の仕事着です! 彼女はあるやんごとなきお家に仕えるメイドさんですので、観客の皆さん、くれぐれも手を出そうとか考えないように! マジで痛い目見るから、マジで!』


 何やら実感がこもった言葉を叫ぶ司会者に合わせて、リリスとやらがクルクル回ったり、変なポーズを見せたりする。そうしている間も顔にはなんの感情も宿らず、そこが随分と不可思議な印象を――


「うぉおおおおおおおおおお! リリスたん萌えぇえええええええええッ! 世界一可愛いおッ! ラブリー、ラブリー、リ・リ・スッ! 超絶美少女リ・リ・スッ!」


 野太い歓声を斬り裂く、一際大きな声。……なんか、聞き覚えがあるな。

 件の人物は叫ぶと同時に珍妙な踊りを見せており……大きく丸々太った体が躍動するたびに、太い顔から大量の汗を周囲にまき散らせている。

 まるで白饅頭、といったその顔には……やはり、見覚えがある。


 ……こいつ、まさか。


 自らの中に芽生えた強烈な疑問符。これを解消すべく、俺は踊り狂う饅頭へと近寄り、


「もし、そこの貴方。ひょっとして……エラルドさん、ですか?」

「あぁん!? なんだお! 話しかけるなお! 今リリスたんの応援に忙し――」


 彼は迷惑げにこちらを見て、


「ぷっ、ぷぎゃあああああああああああっ!?」


 外見に似合う、豚のような悲鳴を上げた。

 この反応からして、こいつはエラルドと見て間違いない。

 ……見た目変わりすぎだろ。いくらなんでも。


「決闘騒動以来、寮の自室に引きこもられたと聞き及んでおりましたが……かなりの不摂生をされておられたようですね」


 悪く言えば爬虫類顔、よく言えば野性味ある美形であったエラルドだが、その総身はブクブクと肥え太り、かつての原型を留めていない。

 そんなエラルドはダラダラと脂汗を流し、


「オ、オオオ、オレはなんも悪いことしてないお! 本当だお! だ、だから殺さないでくださいっ!」


 あの一件がよほどのトラウマとなったらしく、エラルドは怯えきった様子でこちらから距離を取る。……喋り方もだいぶ変わったな。外見も相まって別人ではないか。


「ご安心を。私は友人の晴れ姿を見るためにここへ来たのです。エラルドさんと再会したのは完全な偶然、ですので」

「そ、そうかお……」


 安心しきったように息を吐く。と、そうこうしている間にメイドのリリスが出番を終えて去って行く。


「あぁっ! も、もう終わっちまったのかお! リリスたぁああああん! 最高だったおおおおおおおおおおおおっ!」


 口角に手を当て、叫ぶエラルド。するとリリスがこちらを振り向いて……ほんの僅かに微笑する。そうした表情の変化に、エラルドも嬉しそうに笑った。


「……失礼ながら、少々意外、ですね。貴方が他者の応援……それも、自身のメイドに声を送り、そのうえ、活躍を喜ぶとは」

「……お前等に見せてたのは、全部芝居だお。こっちがオレの素の顔だお。公爵家ってのは舐められちゃいけねぇって、ガキの頃から仕込まれてて……だから、いっつもあんな粗暴な態度とってたんだお。……今となっちゃ、ホントに馬鹿だったお。過去のオレは」


 自嘲するように呟くエラルド。しばらく見ぬ間、彼にどのような環境と心境の変化があったのか。それはわからないが……ともあれ、今の彼は以前までの、わかりやすい悪役じみた貴族ではなくなっている。それだけは確かだ。


「つーか。お前の友達って、もしかして」


 言葉の途中で、彼女の出番が回ってきたらしい。


『さぁ、続いてエントリーナンバー一九! 我が校の一年C組! ジニーちゃんの登場だぁあああああああああああ!』


 司会者の声に合わせて、ジニーがステージへと上がる。

 主催側が用意したものか、髪色と同色のピンク色のビキニを纏うその姿は、非常にセクシーで……場内の男達は皆一様に、これまで以上の声援を送る。


 ステージの上で笑顔を振りまき、きわどいポーズをとったりするジニー。

 その姿は、なんだろう、必要以上の必死さを感じさせるものだった。


 なにゆえこのようなイベントに、そうも精を出すのだ?

 彼女の真意が理解できず、首を捻っていると、


「……そっか。あいつも、変わろうとしてるんだな」


 ジニーの姿を見つめながら、エラルドがひっそりと呟いた。


「変わろうとしてる……ですか。私には既に、彼女は変わられたように思うのですが」

「……そうだな。お前があいつの面倒を見てることは、知ってるお。だからきっと強くなったんだろうし、色んなものを得たんだと思う。それは一目見てわかったお。でも……根っこに刻まれた劣等感は、まだ消えてねぇ。……それを刻み込んだ本人がこんなこと言うのも、愚かしい話、だけどな」


 自虐的な苦笑を浮かべ、嘆息するエラルド。その顔には深い後悔の念があった。


「……なぜ、貴方はジニーさんをいじめておられたのですか? 今の貴方が素であるというなら……とても、他者を虐げるような人間にはみえませんが」

「……そりゃ買い被りだお。オレはただの屑野郎でしかない。あいつをいじめることで、あいつの人格にどういう影響を及ぼすのか。それを理解していながら、弱さに負けた。どうしようもなく醜い糞野郎だ」


 再び嘆息すると、エラルドは遠い目をしながら、語り始めた。


「あいつの……ジニーの家は、オレん家に代々仕えててな。半ば肉盾みたいな役割を担ってた。代々、ジニーの家の人間は我が家の人間を守護する使命を帯びていて……ジニーも、昔はオレの護衛役として、常に一緒にいたもんだ」

「お二方は幼馴染み、だったのですね」

「あぁ。けどまぁ、友好的な関係とは言いがたかったが。その当時から、オレは公爵家の長男としての振る舞いってやつを叩き込まれてた。王族以外の連中には常に上からモノを言え。決して舐められるな。他者は皆、アリか何かだと思え……ぶっちゃけ、性に合わなかったお。でも、親父が怖くてな。従わないって選択は、オレにはなかった」

「…………お貴族様には、お貴族様の苦悩があるということですか」

「はっ。そんなたいしたもんじゃねぇお。心が弱い間抜けなガキが、親にビビって自分を曲げ続けた。そんだけのことだお。……当時のオレは自分を曲げることや親からの重圧とかで、ストレスが酷くてな。そんな中、与えられた初めての子分が、ジニーだった。初めて会ったときのあいつは、本当に何をやらせてもダメで……こいつはむしろ、オレの方が守ってやらなきゃって、そう思いながらも、どんくさいあいつにイライラして」


 気付けば、攻撃を行っていた。

 まるで懺悔するように、エラルドは語り続ける。


「ジニーを馬鹿にして、心身共にいじめることで……オレの中から、ストレスが消えていった。だから、それが悪いことだとわかっていながら……オレは誘惑に負け続けたんだ。ストレスから逃げるためにジニーをいじめて、追い詰めて……今なお消えない、劣等感という名の呪いを残しちまった」


 ステージの上では今なおジニーが笑顔を振りまき、その豊満な肉体を、幼い美貌を誇示している。その表情は華やかなものだが……やはりどこか、必死さを感じさせる。


「……まるで、殻を破ろうともがいてるみたいだな。オレみたいなのが、こんなこと言うのもなんだが……安心したよ」

「安心、ですか」

「あぁ。……毎日毎日、こんなことはやめなきゃって思ってた。でも、やめられなかった。だから……お前には感謝してる。あのとき、オレをぶちのめしてくれたおかげで、きっかけができたんだ。オレにとっても、あいつにとっても、変わるためのきっかけが。……ジニーはそのきっかけで、いい方向へ進んだみたいだな。だから、安心した。あいつの呪いはもう半ば消えかかってる。このまま行けば、きっといつか……」

「……彼女はそうかもしれませんが。貴方の呪いは、どうなのです? ……罪悪感、そして、自己嫌悪という名の呪いは、解けそうですか?」

「はは。そりゃあ、ありえねぇお。きっと一生、背負うことになるんだろうな」


 苦い笑いを浮かべながら、エラルドはジニーをまっすぐに見据えた。

 その瞳が糸のように細くなる。まるで眩い光に、苦しむように。


「……オレはあいつに、まだ謝罪ができてねぇ。あのとき入れた詫びなんてのは、詫びのうちに入らねぇ。あいつに対し、誠心誠意向き合って、真剣に頭下げて……これまでしてきたぶんをなんらかの形で償う。そうしてようやく、謝罪が終わる。そうしてようやく……オレの呪いは解ける。でも……」


 ダメなんだよ。エラルドはそう呟いて、首を横へ振った。


「怖いんだ。あいつと向き合うのが、怖い。今さらどのツラ下げてって思いもあるが……なんつぅのかな。言葉で言い表せねぇ恐怖が、心を支配するんだ。……お前にゃまず、理解できない感情だろうな」

「……そんなことは、ありませんよ。私も、似たようなものを背負っておりますので」


 エラルドの姿が、今の俺とダブって見える。

 己の罪と向き合うのが怖い。謝罪すべき相手に向き合うのが怖い。

 ……俺とて同じだ。だから。

 俺は未だ、シルフィーにあのことを伝えられずにいる。


「……お前のこと、ただただ恵まれてるだけの、いけすかない奴だと思ってたけど。意外と苦労してんだな」


 こちらに親近感を覚えたのか、瞳に穏やかな色が宿る。

 しかしそれも一瞬のこと。すぐさま自己嫌悪に満ちた目でジニーを見やり、


「ミスコンの結果は、もう決まったようなもんだな。優勝トロフィーを抱えたリリスたんを客席から祝福するつもりだったが……オレみたいな奴は、ここに居残るべきじゃねぇ」


 そう呟くと、エラルドは足早に去って行った。

 まるで、ジニーから逃げるように。



 彼の言葉通り。

 ジニーがミスコンの優勝者に選ばれ、豪奢なトロフィーを手にすることとなった。

 そして今。

 彼女はトロフィーを手にしながら俺の隣を歩いている。そうしていると、


「おいあの子。あの子だぜ、ミスコン優勝者」

「へぇ~。さすが、めっちゃ可愛いな。おっぱいもデカいし」

「付き合いてぇなぁ~。……隣にいる奴、死ねばいいのに」


 羨望と嫉妬、殺意の念が俺の総身に突き刺さり続ける。

 そうした状況に、ジニーは落ち着いた微笑を浮かべたまま、


「いやぁ~。まさか優勝できるだなんて思ってませんでしたよ~。私、女としてちょっとは魅力的ってこと、なんですかねっ?」

「ちょっとどころではありません。貴女はミスコン優勝者として胸を張って良いほど美しいですよ、ジニーさん。無論、それは肉体だけでなく心にしても同じこと。貴女は心身共にお美しい。私が保証いたします。もっとも、私などが保証したところで、なんの権威もありませんが」


 冗談めかした調子で言って、笑みを浮かべる。

 が――ジニーは笑顔を返すことなく、むしろ真剣な面持ちでこちらをジッと見つめて、


「本当に、そう思ってますか? 私のこと、綺麗だって。本当に、そう思ってくれてるんですか?」


 ……あぁ、これは、ミスコンのときに見せたそれと同じだ。

 彼女の心に蝕む、劣等感という名の呪い。それが面に出ている。

 ……正直、俺がこの呪いに対し何かをしてやれるとは思えない。結局のところ、彼女自身がどうにかすべき問題なのだから。

 しかし、それでも。この言葉が彼女を救う一助になればいいと、そう思いながら。

 俺は真摯にジニーを見据え、口を開いた。


「貴女は美しい。だから、自信を持ちなさい」


 短い言葉だが、万の思いを込めたつもりだ。

 それが伝わったのだろうか。ジニーの瞳が一瞬揺れ動いて……

 そしてすぐ。彼女の顔に、穏やかな微笑が戻ってきた。


「ありがとうございます。……ほんのちょっとだけ、自分を好きになれそう」


 前向きな言葉は、呪いの消失を意味しているのだろうか。

 そうであったなら。

 きっと、ここにいない彼もまた、いずれ笑える日がくるだろう。

 そのときが訪れることを、願わずにはいられなかった――


   ◇◆◇


 学園祭の五日も終わりにさしかかる頃。

 空は暮れなずみ、来場客の数もまばらとなっている。

 にもかかわらず……一年C組が運営するお色気メイド喫茶には、未だ活気が見られた。

 閉店間際だというのに、今か今かと客が並び立つ。

 そんなさまを遠くから眺める、少年達の集団があった。

 一年A組の生徒達である。


「おい、どうすんだよ。このままじゃ負けるぞ」


 生徒の一人が、集団のリーダーにして、クラス長たる少年へと声をかけた。


「奴等の宣伝効果が、まさかここまで強いとは……!」

「負けたら土下座……! 男爵家のイリーナが相手でも腹立たしいというのに、どこの誰とも知れぬ平民なぞに頭を下げるなど……!」


 もはや敗戦ムード一色の生徒達に、リーダーは「はぁ」と嘆息する。


「まだ、とっておきの策が残ってるだろ? これをやれば確実に勝てるって方法が」

「な、なんだよ、その策ってのは?」


 こんな発想さえできないのか。想像力の足りぬ連中だ。

 彼は内心で彼等を見下しながら、己の考えを話す。


「な、なるほど。確かに、それができれば……!」

「勝てる、けど……なんか、卑怯すぎないか?」

「はん。何をいまさら。勝てば官軍さ。そうだろ?」


 リーダーに反発する者はおらず――


 ゆえに彼等は、闇に乗じて行動を開始するのであった。


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