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第二九話 元・《魔王》様と学園祭の始まり

 学園祭の準備は滞りなく……とは言えなかった。


 A組による妨害工作である。奴等は実に巧妙な方法でこちらを妨害し、かなりの苦労を強いられたが……

 なんとかそれをクラス一丸となって乗り越え、無事に学園祭を迎えることができた。


 さて。学園祭は一週間ほど続く。本日はその一日目である。

 普通の生徒であれば自らが属するクラスの出し物を手伝ったり、暇な時を見つけて他のクラスの出し物を覗くなどして、学祭を思う存分楽しむものだが……


 俺やイリーナ、シルフィー、オリヴィアといった面々は、事情が異なっていた。

 我々はこの学園祭の最中、《魔族》が事件を起こす可能性があることを知っている。

 そのため分散して校庭内を警邏することになった。


「ねぇアード! 次はあの店行きましょっ!」


 ……傍から見れば気楽に遊んでいるようにしか見えんだろうが、これはれっきとした警邏である。


「この氷菓子美味しいわね~!」

「おやイリーナさん、頬にシロップが付いてますよ?」


 ……これは楽しんでいる演技である。これならば誰も、我々が警邏中だと思わんだろう。

 決して、俺はイリーナちゃんとの出店回りを楽しんでいるわけではない。

 ちゃんと世のため人のため、真剣に働いているのだ。


 ……あぁ、それにしても本当にイリーナちゃんは可愛い。

 お祭り騒ぎなど、我が村ではあまりなかったものな。だからか、普段以上に子供っぽくはしゃぎ回り……父性が刺激されてしょうがなかった。


 もう、大抵のお願いなら聞いてあげちゃいそうである。

 世界の半分ちょうだい、とか言われたら瞬時に渡してしまう。それぐらい可愛い。


 そんな超絶可愛いイリーナちゃんは、当然のこと、学園の人気者であった。


「おっ、イリーナちゃ~ん! ウチの店にも寄ってってくれよ!」

「いやいや! こっちの方が美味いもん出してるぜ!」


 道行く毎に、多くの生徒から声をかけられる。

 そんな現状に、イリーナは嬉しそうに微笑んで、


「……なんだか、夢みたい。こんなふうに、皆と仲良くなれるときが来るなんて、思ってなかったわ」


 それから俺のことを見て、ニッコリと笑う。


「アードと出会ってから、人生が変わったと思う。それまではずっと、家にこもってて……死ぬまで独りぼっちなんだって、そう思ってた」


 無理もなかろう。彼女の血筋を思えば、人生に絶望して当然だ。


《邪神》の血を引く彼女は、この時代において最大の被差別対象。ゆえに友を作ったとしても、いずれ自らの正体がバレて、拒絶されてしまうのではないかと、彼女は常にそうした不安を抱えながら生きてきたのだろう。


「でも、あたしは独りじゃない。アードがいるし……もしかしたら、アードみたいにあたしの全てを知っても、受け入れてくれる人がいるかもしれないって、思えるようになった。だからあたし、今とっても幸せ。……全部アードのおかげよ、ホントに、ありがとね」


 魅惑的に微笑むイリーナに、俺は少々、照れくさくなってしまった。


「……何をおっしゃいますか。私は何もしておりません。全てはイリーナさんの人徳あってのもの。徳の高い者の周囲には自然と人が集まり、その繋がりは強いものとなる。これはまさしく世の摂理というものですよ」


 照れが原因か、少々早口になった。

 そのことを察したのか、イリーナがクスクスと笑っている。

 ……とても穏やかで、甘酸っぱい味がする、そんなひとときだった。

 このまま《魔族》の騒動など起こることなく、平穏無事なまま、彼女との時間を楽しめればいいのに。心の底からそう思う。



 さて。その後もイリーナと学祭を満喫しつつ、警邏を続け……

 学園の大広場へと、足を踏み入れた。

 名の通り開けた空間が広がるこの大広場には、一件も出店が建てられていない。

 それはなぜかと言えば、この場所が神聖視されているからだ。


「いつ見ても、不思議な感じがするわねぇ、この大樹は」


 瞳を細めながら、イリーナがボソリと呟いた。

 大広場のド真ん中にある大樹。ここが神聖視される理由はひとえにこれである。見上げるほどの巨体。威風堂々とした姿を晒すこの大樹は、正式名称を《剣王樹》という。


「確か三代目ラーヴィル……剣聖大王と呼ばれた彼が、何か特別なものをこの地に封印したという伝承がありましたね。結果この大樹が生まれ、封印したものを守護しているとか。……いったい何が封印されているのか、気になっているのは私だけではないでしょうね」


 隣に立つイリーナをチラと見やる。

 彼女はコクリと頷くが、しかし、腕を組んで首を傾げ、


「あたしもそれは気になってるんだけどね、でも、パパでさえ知らないって」


 彼女はこの国における、真の王族である。その父たるヴァイスは本物の国王であり、国中の機密要素全てを把握しているはず。

 そんな人物さえ知らぬというなら……もしかすると、大したものではないかもしれない。

 まぁ、とはいえ。何か嫌な感じがするので、一応、警戒はしておくべきか。


《魔族》共が狙うのは、イリーナのみ……というわけでもなかろう。

 と、引き締まった思いで大樹を見つめる、そんな最中のことだった。


 ドカァアアアアアアアアアンッ!


 派手な爆発音が耳朶を叩く。

 すわ《魔族》かと、俺もイリーナも警戒心を露わにして、音が飛んできた方向へと目を配った。

 すると――


「ゴラァアアアアアアアッ! 怪しいのだわ、アンタッ! 大人しくお縄につきなさい!」

「ひぃいいいいいいいい!? や、やめてくださいっ! 堪忍してくださいっ!」


 ……馬鹿が大騒ぎしてる光景が、目に入った。

 小太りの中年男性を前に、デミス=アルギスを構えて何やら怒鳴りつけている様を見て、俺達はため息を吐くと、


「とりあえず」

「馬鹿……いや、失礼。シルフィーさんに話を聞きましょうか」


 そういうわけで、彼女のもとへ。


「あのう、シルフィーさん? いったい何をしているんです?」

「あっ、アードに姐さん! こいつ《魔族》なのだわ! 間違いないっ!」

「いやいやいやいやいや! 違いますよぉっ! 僕が何したって言うんですかぁっ!」

「見た目がなんだか怪しいのだわ! アンタみたいなのはだいたい《魔族》なのよっ! 大人しく正体を現しなさいっ!」

「ひぃいいいいいい! そ、その剣を下ろして! お願いっ!」


 ドッタンバッタン大騒ぎしていると、喧噪を聞きつけたか、オリヴィアが駆けてきた。

 すると中年男性は彼女へと走り寄り、その背中に隠れると、


「オ、オリヴィア様! お助けくださいっ! 頭のおかしな少女が、あらぬ嫌疑をかけて殺そうとしてくるんですぅうううううううううう!」


 は? という顔になるオリヴィア。それから彼女は俺達を見て、問いを投げる。


「……おい。どういうことか説明しろ」


 状況説明をすると、その途端、オリヴィアは大きくため息を吐いた。


「……彼は《魔族》ではない。わたしが行きつけにしている定食屋の店員だ。彼が揚げるポテトフライは絶品で、一時弟子入りしたこともある。ゆえに身元はわたしが保証しよう」


 そうだったのか。……って、ちょっと待て。弟子入り? 定食屋に弟子入り?

 お前、腐っても四天王だろうが。それが芋の揚げ方教えてもらうために弟子入りって。

 姉貴分の芋狂いぶりに少々引いていると、シルフィーが脂汗を額に浮かせて、


「ま、またアタシ、やっちゃったのだわ?」


 その後。シルフィーはオリヴィアによるキツい説教を食らい、涙目になるのだった。


「はぁ……貴様はもう、警邏に参加せんでいい。わたしの判断が間違っていた」


 頭が痛そうな顔をして、盛大なため息を吐く。

 それから。


「……まったく。よりにもよって、ここで騒ぎを起こすとはな。さしものわたしも、今回は肝が冷えた」


 ポツリと呟きながら、大樹へと視線をやる。その瞳には畏怖の念が宿っており……


「オリヴィア様は、この大樹に関して何かご存じなのですか?」


 自然と、問いが放たれていた。

 オリヴィアは迷うような表情を見せたが、それも一瞬のこと。

 首を横に振って、俺達に背中を見せ、


「……これに関しては、相手が貴様等であっても話すことはできん」

「別の言い方をするならば。それほどに重大なものである、と?」


 この問いには何も答えることなく、オリヴィアは去って行った。


「《剣王樹》……先程イリーナさんがおっしゃられたように、なんとも不可思議な感情を掻き立ててきますね」


 どことなく懐かしいが、それと同時に……何か、おぞましく思える。

 そんな《剣王樹》のことを、俺達はしばらく凝視し続けるのであった――



本日、書籍版の二巻目が発売となりました! そちらもよろしくお願いいたします!

また、コミカライズも決定! 詳細は活動報告にて……

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