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第二六話 元・《魔王》様と学園祭準備 Part1

 歩く天災ことシルフィー。さしもの彼女も先の一件が堪えたか、二限目以降の授業は非常に大人しく過ごしていた。……俺を監視する眼差しは相変わらず鋭いものだったが。

 ともあれ、爆弾を抱えての学園生活は、無事に昼休みまで辿り着いたのだった。

 それからすぐのこと。教室内に一人の女性が入ってくる。漆黒の礼服を纏い、眼鏡をかけたその女性は、確か学園長の秘書であったか。


「アード君。イリーナさん。学園長がお呼びです。ついてきてください」


 断る理由もないので、俺達は彼女に従い、学園長室へと赴いた。

 豪奢な調度品に彩られた室内には、むっつり顔のオリヴィアと、


「おぉ二人とも。よう来てくれた。すまんのう、せっかくの昼休みに」


 好々爺とした老齢の男。当学園の長たる、ゴルド伯爵が着席していた。


「いえ、お気になさらず。……それで、今回はどういった御用命で?」

「うむ。単刀直入に行こう。一月後に我が校は学園祭を迎える予定じゃが、これについては君も知っておろう?」

「えぇ、もちろん」

「楽しみよねっ! 学祭っ!」


 ニコニコしながら元気の良い言葉を出すイリーナちゃんに、ゴルドもまた笑顔で頷く。


「うむうむ。君達生徒からすれば、まさに祭りじゃからのう。とはいえ……学園祭にはの、ちゃんとした教育的狙いというのもあるのじゃよ?」


 そう前置いてから、ゴルドは「ごほん」と咳払いをして、


「学園祭では全学年の生徒達がなんらかの出し物を催すわけじゃが、設備を始めとした物資の調達や客引きなど、あらゆる要素を自分達の力で行わねばならぬ。家の権力を行使することは厳禁。常に生徒達が持つ力だけで困難を突破する。そうした経験は、将来どのような職種を選択するにせよ貴重な財産となろう」


 異論の余地はない。全く以て正しい考えである。

 しかし――


「それ以外にもまぁ、色々と狙いがあるわけじゃが」


 悪戯がバレた小僧のように苦笑しながら、ゴルドは頭を掻いた。


「ぶっちゃけてしまうとの、学園祭という行事は魔法学園にとって、体のいい金儲けという考え方が強い。確かに教育にも最適ではあるのじゃが、やはりそれは建前に過ぎぬよ。どの学園も、学祭は金銭目的で行うものという認識じゃ」

「まぁ、それも無理からぬ話でしょう。我が校は国立ゆえ国からの援助金などがありますが、他校はそうしたものがなく、ゆえに運営は常時火の車だと聞きます」

「うむ。しかし、それはこちらもさして変わらんよ。何せ我が校は他校とは違い、学ばせる分野が多岐にわたるからのう。そのためどうしても、設備費用などがかさんでしまう。……それに加えて、我が校は先日、優秀な講師を一人失ってしもうた」


 優秀な講師というのは、ジェシカ嬢のことだろう。

 公爵家の長女であり、弱冠一八にして学園講師となった才女……だったのだが。

 先日、《魔族》が引き起こした一件により、その存在は永遠に失われてしまった。


「……彼女のお家は、今どうなっておられるのですか?」

「てんやわんや、どころのさわぎではないのう。何せジェシカ嬢は時期当主とされておったからな。それが突如として消えてしまったわけじゃから」


 無関係だと言い切れる立場ではないので、なんとかしてやりたいところだが……

 難しいところである。


「まぁ、それはさておいて。ジェシカ嬢が抜けた穴を埋めるためにも、我が校は学園祭で大きく儲けたい。大人の汚い話に巻き込んでしまって申し訳ないのじゃが、二人に協力してもらえんかのう」

「……お話の内容によりますね。学園長はどういったプランをお考えで?」

「うむ。今年は客引き用の目玉イベントを二つ用意する予定でな。一つは剣王武闘会。これは毎年恒例のバトルイベントじゃが……参加に関しては強制せぬよ。こういった催しは、アード君の好むところではなかろう?」

「ご理解いただけで感謝の極み。私が身に付けた力は衆人に見せびらかすものでなく、何者かを守るためのもの、ですので」


 嘘はついてない。本心である。さりとて出たくない理由はもう一つ。さっきからむっつりした顔でこちらをジィ~ッと見ている我が姉貴分に、怪しまれたくないというのもある。


「で、じゃ。二つ目のイベントなんじゃがの、今年は演劇を開こうと思っておる」

「演劇、ですか。それは良きお考えですね。昨今、民衆の間では演劇が流行しているようですし、役者次第ではありますが客引き効果は高いかと」

「さすがアード君、時勢がようわかっておるのう。そういうわけで、君達のクラスに演劇をお願いしたいのじゃ。アード君、そしてイリーナ君。君達の名は先の一件で王都中に広がっておる。そんな二人が役者として演劇を行うとなれば、これ以上の宣伝効果はない」

「ふむ。イリーナさん、いかがいたしますか?」

「あたしはやってみたいわっ! お芝居なんて初めてのことだし、昔っから女優さんには憧れがあったのっ! だから舞台に上がれると思うともう……ワクワクしてくるわね!」


 女優になったイリーナちゃん、か。想像しただけで頬が緩む。きっとイリーナちゃんのことだ、その名演ぶりで瞬く間に世界中を席巻することであろう。

 ウチの娘はホント、優秀すぎて困る。


「了解いたしました。それではこのアード・メテオール、不肖ではありますが、伯爵様にご協力させていただきたく存じます」


 たかだか演劇である。ここで目立ったところでオリヴィアに怪しまれることもなかろうし、民衆に畏怖の念を抱かれ、孤独に落ちることもない。むしろ少々特別な立場にいた方が友人を作りやすいということを思えば、此度の案件は俺にとってプラスに働くであろう。


「うむ。舞台の脚本などは君達が好きにしてくれてよいからな。ほっほっほ、こりゃあ学祭が楽しみになってきたのう」


 髭を撫でながら快活に笑うゴルド。だが、その一方でオリヴィアはため息を吐いて、


「そうだな。楽しみだな。……面倒事がなければ、の話だが」

「面倒事、ですか?」

「あぁ。ゴルド、そろそろ例の話に移ってもいいか?」

「無論にございます、オリヴィア様」


 真剣な面持ちになりながら頷くと、ゴルドは執務机の引き出しを開けて、一枚の皮紙を取り出した。


「二人とも。ちょいと、これを見てくれんかの」


 彼の言葉に従って、机に近寄り、文面を確認する。

 記された内容は……要約すると、学園祭の開催を中止せねば酷い目を見るぞ、といったもの。要するに脅迫文書である。


「まぁ、こんなもんは毎年送られてくるもんじゃ。普通のものであれば君等に見せることもない。……そう、普通のものであれば、な」


 頬杖をつき、うんざりした顔のゴルド。彼の言う通り、この文書は普通ではない。

 この皮紙は、人間の皮を用いたもの。そして文面の最後に刻まれた、独特な形状の紋章。

 これらの情報から、差出人は――


「《ラーズ・アル・グール》、ですか。この脅迫文書を寄越してきたのは」


《ラーズ・アル・グール》。それは《邪神》を主と崇めし《魔族》達によって結成された、反社会的組織の通称である。


 奴等は俺が前世にて封印、あるいは抹殺した《邪神》達の復活を目論んで日々暗躍しており……つい最近、王都で派手な動きを見せた。

 そのときの記憶が蘇ったのか、イリーナが不安げな顔で唇を噛みしめる。


「……前の一件からして、狙いはあたし、よね」

「十中八九そうじゃろう。奴等の目的を思えば、の」


《邪神》復活を目論むかの者達は、復活の儀式に必要な贄を求めている。

 それが、イリーナだ。彼女はこの国における真の王族であり、《邪神》の末裔である。

 その魂は《邪神》のそれに近い。ゆえに贄としては最高なのだ。そういった事情もあり、《ラーズ・アル・グール》はイリーナの身柄を狙っている……わけだが。


「彼等が学園祭に絡んでくる理由が、とんとわかりませんね。狙いがイリーナさんであることは確定しているとして……その身柄の誘拐と、此度の脅迫文。二つの要素はどうやっても結び付かないように思われますが」

「うむ。儂もオリヴィア様も、その点に関して頭を抱えておってのう」

「奴等の考えが現段階ではまるで読めん。ともすれば、想定以上の惨事が発生するやもしれぬゆえ……臨時の戦力として、シルフィーの入学を決めたのだ」


 ……なるほど、そうした考えがあったのか。


「あの馬鹿は様々な意味で面倒臭い奴だが、力量は十分だ。おそらくは《魔素》濃度の高い場所に居続けたのだろう。《魔素》濃度の低下による劣化はさほどみられん。よって現時点におけるシルフィーの戦闘能力は、世界的に見ても指折りであると言えよう」


 あのシルフィーが世界屈指の実力者、か。世も末だな。


「そうした力量に加え……奴はかつて、わたし達と共に《魔族》共と戦った人間だ。一定以上の信用ができる」


 こうしたオリヴィアの評価に、イリーナが目をパチパチさせて、


「あ、あの、オリヴィア様。……あいつ、ホントに激動の勇者なの?」

「そうだ。……信じたくないのはわかる。英雄譚などでは立派な人物として描かれているからな。そうした虚像しか知らぬ貴様等にとってはショックなことだろう。しかしアレが現実だ。受け入れろ」


 げんなりした顔になるイリーナちゃん。わかる。わかるぞ、その気持ち。


「ともあれ。奴はトラブルメーカーではあるが、決して悪ではない。極めて不器用であるがゆえに間違いも起こすが、根は善良な少女だ。よくよく思い返してみれば、奴には何度となく助けられたこともある。今回もまたそうなってくれると、わたしは信じて――」


 珍しく。本当の本当に珍しく。オリヴィアがシルフィーに対しポジティブな発言をする。

 その最中のことだった。


「あぁあああああああんッ!? もっかい言ってみやがれだわ、ゴラァッッ!」


 ……馬鹿の叫びが、馬鹿馬鹿しいほど強く、我々の鼓膜を震わせた。

 学園中に轟いたであろう奴の大声量に、オリヴィアは苦虫を噛み潰したような顔となり、


「……すまん。さっき言った内容は全て忘れてくれ。わたしが愚かだった」


 わかる。わかるぞ、オリヴィアよ。お前の気持ち、本当によくわかるぞ。


「……様子を見に行っても?」

「う、うむ。かまわぬよ」


 了承を得たので、俺達は退室し、声の主を探した。

 階を駆け上がり、そして――発見。なんともまぁ、面倒くさそうな状況であった。

 厳つい体格の、ガラの悪い見た目をした男子達を引き連れ、腕組みしながら仁王立ちするシルフィー。その目前には大きなたんこぶを作った貴族の生徒達が尻餅をついている。

 どこからどう見てもシルフィーが悪役といった状況であるが。


「ちょっとシルフィー! どういうことよ、これはっ!」


 イリーナちゃんの怒声に、シルフィーがビクッと体を震わせる。

 彼女はこちらを見やると、まるで怯えた子犬のような顔になり、


「イ、イリーナ姐さん!? こ、これは、その……こ、こいつらが悪いのだわ!」


 姐さんに格上げされたイリーナはズカズカとシルフィーに近寄り、険しい顔のまま口を開いた。


「説明しなさいよ! つまんない理由で誰かを傷付けたんだったら、容赦しないからね!」

「つ、つまんなくないのだわっ! こ、こいつらがウチのクラスの生徒達を馬鹿にしたのよ! 平民如きが調子に乗るな、って! だからアタシ、カチンときて……!」


 ウチのクラス。……なるほど、よく見ればシルフィーが連れた厳つい男子達は我がクラスの学友である。彼等はシルフィーをかばうようにイリーナの前へ出ると、


「勘弁したってください、大姉貴!」

「シルフィーの姐さんはワシ等のためにコイツ等シバいてくれたんでさぁ!」


 厳つくて濃ゆい外見に似合った口調で、口々に言う男子達。

 そうして、彼等は貴族の生徒達を睨む。その視線を受け、彼等は一瞬ビクッとするが、しかしすぐに人を見下したような目つきとなって言葉を紡ぎ出した。


「ハッ! 馬鹿にした? 何を言ってるんだい。僕達はただ事実を述べたまでじゃないか。平民如きが貴族である僕達に叶うわけがない。今回の学祭で最優秀賞に選ばれるのは僕達貴族が率いるA組だよ。君達のように平民が多いクラスが僕等に叶うわけないだろ」


 最優秀賞? ……言葉から察するに、学祭でもっとも稼ぎを出したクラスに送られる賞、といったところだろうか。


「そもそも、僕等貴族と平民には隔絶的な違いがあるんだよ。僕等は《魔王》様が率いた軍勢の血を引く高貴な存在。対して、君等の体に流れてる血にはなんの価値もない。この時点で君等平民が家畜以下の存在だと言うことは明確――」


 言葉の途中。饒舌に喋っていた貴族の頭が跳ね上がり、ブッ飛んだ。

 蹴り飛ばされたのである。それをやったのは――


「お馬鹿なこと言ってんじゃないわよッ!」


 誰あろう、我等がイリーナちゃんであった。その行動は誰にとっても予想外だったらしい。貴族の生徒達はもとより、シルフィー達もまた唖然とした様子でイリーナを見ている。

 完全に場の主役となった我が友人は、腕を組んで烈火の如き怒りを顔に宿すと……

 先程蹴り飛ばされ、鼻血を流しながら起き上がる生徒をビシィッと指差した。


「人間の体に流れてる血なんて、誰だって一緒でしょうが! あんたの血も、あたしの血も、そして平民の血も! 全部おんなじ赤色よッ! そんなことで人を区別したり差別したりするなんて、ホントにくっだらないわッ!」


 ……こういうところも、リディアにそっくりだな。

 俺と同様、平民の出だった彼女はいつだって平等主義を掲げ、差別主義者の貴族達に喧嘩を売りまくっていた。それは身分が高くなった後も変わりなく……俺はあいつの、そういうところが好きだったのだ。


「イ、イリーナ姐さん……!」


 俺と同じように、シルフィーも彼女にリディアの面影を見たのだろう。

 その大きな瞳が、感動の涙で濡れている。

 そして、我等がイリーナちゃんはA組の貴族達を指差したまま、


「最優秀賞はあたし達がいただくわっ! あんた等なんかに絶対負けないんだからっ!」


 宣戦を布告したのだった。これに貴族達は、一様に不快感をあらわにする。

 特に、彼等のリーダー格と思しき少年は射殺すような視線をイリーナに向けて、


「よくもまぁ、この伯爵家嫡男たる僕にそこまでの暴言を吐けたものだな、男爵家の令嬢如きが……!」


 彼はイリーナを指差し、宣言する。


「決闘だ。君に決闘を申し込む。といっても、野蛮な魔法戦なんかじゃない。ちょうど学祭もあることだし……出し物でより多く稼いだ方が勝ちということにしよう。君が勝ったら、土下座して謝罪してやるよ。代わりに、僕等が勝ったら――」

「全裸でグラウンド一〇〇周したうえ、この学園から立ち去ってあげるわっ!」

「ふん。言ったな? 覚えとけよ、この底辺貴族――ぐぎゃっ!?」


 イリーナちゃんの蹴りを再び浴びて、ブッ飛ばされる。

 その一発で完全にノされてしまった彼を担ぎながら、取り巻き達が歩き去って行った。


「イ、イリーナ姐さん……! アタシ、感動したのだわっ! 一生ついてくのだわっ!」

「人を傷付けるのはよくないことだけど、あぁいう連中は別よ。今後もガンガンやんなさい。あたしが許すわ」


 いや、許しちゃダメだぞイリーナちゃん。そんなことしたら、


「わかったのだわ! 世界中に蔓延る差別主義者共を、一人残らず殲滅してやるのだわ!」


 あぁ……これからドンドンめんどくさいことが起こるんだろうなぁ……

 やれやれとため息を吐く。すると、イリーナちゃんがこちらを見て、


「ごめんね、アード。勝手に一人で決めちゃって」


 巻き込んですまないと、そう謝ってきた。

 バツが悪そうに俯くイリーナに、俺は微笑を返しながら応える。


「何をおっしゃいますか。私達はもはや一心同体でしょう? 貴女の意思は即ち、私の意思ですよ、イリーナさん」

「ア、アード……!」

「実際のところ、彼等の言い分には私も少々腹が立っておりますので。これから一丸となって、彼等に痛い目をみせてやろうじゃありませんか」

「うんっ! やっぱアードだいすきっ!」


 満面に華が咲いたような笑みを浮かべ、抱きついてくるイリーナちゃん、マジで可愛い。


「アンタ……すごく、まともなことを言うのだわ。もし《魔王》だったらこんなとき、平民のことなんぞ知るか、どいつもこいつも死ねばいい、とかなんとか、冷酷非道なことを言うはず……」


 おいコラ。貴様、俺のこと内心でそんな奴だと思ってたのか。


「……少しだけ、アンタに対する認識を改めるのだわ」


 俺のことを認めた、的な台詞と微笑。傍から見れば魅惑的な態度だが……

 なんだろう、こいつにそんなんされても腹立たしいだけなんだが。

 ……まぁ、とにかく。


「私達に喧嘩を売ったこと、後悔させてやりましょう」


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