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第二四話 元・《魔王様》、めんどくさい奴とまたまた再会する


 ラーヴィル魔導帝国最南端。

 ラストコードと呼称されるこの地方には、複数の秘境が存在する。


 そのおおよそは多くの衆人に認知され、一種の観光スポットとして扱われているのだが……例外が一カ所。

 幻影の森。近づく者は誰もが森に飲まれて死ぬと恐れられし、秘境中の秘境である。

 その中心部には巨大な遺跡型ダンジョンが存在しており、冒険者を今か今かと待ち受けていた。


 さりとて。このダンジョンが己の役割を果たすことはここ数千年なく。

 もはや誰もが、幻影の森に存在するダンジョンのことを忘れ去っていた。

 ゆえに――


「ふぅ~。やっぱ外の空気は美味しいのだわっ!」


 忘却されし秘境のダンジョンから出てきた一人の少女は、まさしく謎めいた存在と言えるだろう。

 種族はヒューマン。歳の頃は一五。されどその童顔と体型ゆえ、三つほど下に見られてもおかしくない。

 勝ち気な顔立ちはそのじゃじゃ馬振りを悠然と物語っており……実際、少女の性格には彼(、)さえも手を焼いたものだった。


「はぁ。さっさと村へ行って、湯でも浴びたいわね。さすがに長い時間、こもり過ぎたのだわ」


 己の長い赤髪を手に取って見やる。それから全身を見回す。

 髪だけでなく、装着している真紅の革鎧もまた相応に汚れが目立つ。


「やっぱ、三年(、、)もこもったのはやりすぎだったかしら? でも、これで――」


 一旦言葉を切ると、彼女は強気な満面にたっぷりと自信を浮かべ。

 その右掌を、天へと掲げた。


「デミス=アルギスッ!」


 叫ぶと同時に、それへ応えるかの如く周辺の空間が鳴動し……

 数瞬後、雷鳴に似た音響と閃光を伴って、彼女の手元へ一振りの大剣が顕現した。


「こいつも大分使いこなせるようになったのだわっ!」


 少女がうっとりとした目で見つめるその剣は、尋常のものではない。

 黄金色の巨大な刀身から放たれしは、見る者を圧倒するほどの鬼気。

 その名を、デミス=アルギス。

 世界三大聖剣に数えられし一振りであった。

 大きく、そして重いその大剣を、少女は矮躯に見合わぬ腕力で以て軽々と一振りして肩へ担ぐと。


「これで! アイツにも勝てるのだわっ! そう――あの《魔王》とか呼ばれるようになって調子に乗り始めたヴァルヴァトスの馬鹿をっ! こてんぱんにできるっ!」


 少女の顔には歓喜と興奮、期待感が満ちあふれていたが――


「それに。これでもう、誰も犠牲にしなくて済むのだわ。アタシが、皆を守るから」


 顔が歪む。されど、その悲壮はすぐに持ち前の明るさ、前向きさに掻き消され。

 それと同時に、少女の腹から「ぐぅ~~~」と盛大な虫の音が鳴り響く。


「お腹もぺっこぺこだし! 飛ばしていくわよっ!」


 元気いっぱいに叫ぶと、少女は全速力で駆け出した。

 道中、幻影の森と呼ばれし秘境が彼女に牙を剥くが、無駄であった。


「うらぁあああああああああああああああッ!」


 襲い来る魔物。森全体が見せてくる幻影の数々。それら全てを真正面からねじ伏せて突き進むさまは、まさしく脳筋の極み。

 古代より存続せし貴重な森林をなぎ倒し、破壊しながら進んで行く少女。


 その名は、シルフィー・メルヘヴン。

 またの名を――激動の勇者。


 かつて《勇者》・リディアが率いし軍勢の、主要を務めた戦士の一人である。


 そんな彼女は森を一直線にブチ壊しながら猛進し、恐るべき速さで大地を駆け抜け、通りすがりの商隊(キャラバン)の度肝を抜き、そのうち二人のカツラを疾走の風圧で吹き飛ばした末に。


「な、なんじゃこりゃあ……!?」


 目的地へ到着すると同時。シルフィーは困惑の声を漏らした。

 彼女が目指した場所は小規模の村、なのだが……

 向かった先にあったのは、巨大な都市だった。


 眩い陽光に照らされし大通りを、人種問わず大勢の者達が行き来する。活気に溢れたその光景は、シルフィーが数年前に見収めたそれとはあまりにも食い違うものだ。


「す、数年たらずで、こんなにも変わるものかしら? 村の皆、ものすごく努力したのね」


 白い肌に汗を流しながら、シルフィーはそう結論づけたのだが。


「はっはっは。的外れな結論に行き着きやすいその思考回路。全く以て変わりなく、まことに安心といったところか」


 シルフィーのすぐ横から、楽しげな声が飛んでくる。

 男のものとも女のものともとれるその美声を受け、シルフィーは目線を横へ向けた。


 果たして、そこには奇妙な風貌の誰かが立っていた。


 男にしては平均より少し上。女にしては長身な背丈。細身な肉体を、燕尾服じみた衣装で包んでいる。

 髪色は艶やかな黒。サラリとしたそれは、膝に届くほど長い。

 これだけならばそこまでおかしな格好でもないのだが……その顔に装着された独特過ぎるデザインの仮面が、さまざまな意味で彼または彼女の印象を決定付けている。


 即ち、頭のおかしい奇人である、と。


 されど道行く人々は誰もその存在を奇妙に思っていないのか、一瞥さえしない。不思議と、シルフィーもまた同じような感覚であった。まるで認識を操られているような……


「さておき。長き鍛錬、まことにご苦労でありましたなぁ。さしもの(わたし)も、流石に数千年もの長き時を鍛錬に費やすとは予想外の極み」

「えっ」


 仮面の某について気になることはあったが、しかし、その口から出た発言が全ての興味を引っ張った。


「す、数千年? ど、どういうこと?」

「おやおや? 知っていてなお幻影の森へ向かわれたのでは? あそこにあるダンジョンは極めて《魔素》濃度が高く、ゆえに魔物の質も良い。まさしく武者修行にうってつけであるが……反面、時の流れが外部と大きく異なるといったデメリットがある。まさか、これを知らずダンジョンへこもったとでも?」

「えっ。い、いや、それは、その……も、勿論、知ってたのだわっ! あ~、数千年振りの空気は美味しいわねぇ~~~~~~!」


 完全にデタラメだが、仮面の某はくつくつと笑うのみで、追及はしなかった。

 そんな彼または彼女に、シルフィーは疑問符を覚える。


(コイツ、どっかで会ったような……いや、むしろかなり親しい間柄だったような……)


 やはり何か奇妙だ。しかし深く追及する気になれない。なぜだかは、わからないが。

 ともあれ。今はこの仮面の某よりも気になることがある。


「数千年経ったってことは……世界も、大きく変わったのよね?」

「然り然り。吾としてはつまらぬ世になり申したよ」

「……ヴァルヴァトスの馬鹿は、生きてるの?」


 問うた瞬間、仮面の奥にある某の顔が、笑みに歪んだような気がした。

 そして、


「いいや。あの男は既に死んでいる」


 紡ぎ出された言葉は、まさに衝撃の一言。


「し、死んだ!? あの《魔王》が!?」

「まぁ、驚かれるのも無理からぬことよ。かの《魔王》陛下が追い詰められた末に自刃するなど、吾とて想定外であったわ。しかし……確かに、かの《魔王》は死んだ。が、彼の魂はこの世に在る。嗚々、とてもとても素晴らしい」


 うっとりした口調の彼または彼女に、シルフィーはことの顛末を問うた。


「ア、アタシがいない間に、なにがあったの……!?」


 すると。仮面の某は愉快げに身振り手振りしながら、言葉を紡ぎ出す。


「暴走だよ。あまりの強大さゆえ《魔王》と呼ばれるようになった男は、ある日暴走したのさ。いやはや、人の心に永遠などないというのは吾の信条の一つであるが、これまさに真理であったなぁ。かの《魔王》陛下はある日乱心し、圧政を敷くようになったのだ。それはまるで、貴公等がかつて殲滅せんとした《外なる者達(アウター・ワン)》……この時代においては《邪神》と呼ばれし者共の如く」


 仮面の某は踊るように体を回しながら、歌うように言葉を放ち続けた。


「なにゆえそうなったか? それは誰にもわからぬ。まさしく彼のみぞ知る、というやつだ。ともあれ判然としていることは三つ。あの男がまるで《邪神》に取って代わるかの如く動き出したこと。それにより反乱が起こり、世が混迷に至った末、《魔王》が自刃にまで追い込まれたこと。そして――かの《魔王》は現代に転生し、再び世界を混沌へと陥れようとしている」


 シルフィーはさっきから目を見開いたまま、一言も発することなく固まっていた。

 それに反して、仮面の某の舌は回る回る。


「転生体には既に目星がついている。アード・メテオールがそうであると吾は踏んでいるよ。根拠はただ一つ。今より半月ほど前に起きた《魔族》による王都襲撃と、伝説の白龍による少女誘拐。アード・メテオールはそれらを、まとめて片付けてしまった。膨大な《魔族》を掃除し、その協力者へと成り下がった白龍・エルザードを打倒。果たして彼は王都を救い、美しき娘を救い、英雄へと至るのであった」


 ここまで語ると、仮面の某は「ふふん」と鼻で笑い、


「まさにつまらぬ三文芝居じゃあないか。善良を装い、英雄譚を築き上げ、その末に世界を手中に収めようとしているのだ、あの男は。そう、前世と同じように」


 そして、仮面の某はジッとシルフィーを見据え、真剣な声音で問うた。


「激動の勇者よ、貴公はこれを見過ごすのかね? 暴虐なる《魔王》の再来。罪なき民の悲鳴。そして、地獄のような闘争。このままでは、再び世界は混沌へと導かれてしまう! あの男に! アード・メテオールと名を変えた、《魔王》・ヴァルヴァトスに!」

「そ、そんなの……!」

「もはや貴公しかいないのだ! あの恐ろしい恐ろしい《魔王》を止められるのは! だから! 激動の勇者よ! 今こそ貴公の力を振るってほしい! 修行の末に得た力を存分に振るい、おぞましき《魔王》の野望を打ち砕いてくれ!」

「そんなのッ!」


 シルフィーは叫んだ。仮面の某に向かって、灼熱色の髪を振り乱しながら。

 彼女は仮面の某が発した言葉の数々を――


「そんなのッ! 当たり前のことだわッ! 《魔王》はこのアタシが倒すッ!」


 言葉の数々を、馬鹿正直に、完全完璧に、信じ込んでいた。


「あの野郎! やっぱりやらかしやがったわね! 前々からアイツは危険だと思ってたのだわッ! なのに皆、アタシの話に聞く耳持たなくて……! リディー姐さんまでアイツの肩持つんだもの! アレだってきっと、アイツが姐さんを洗脳したに違いないわッ!」


 拳を握り締め、怒気を放つと、シルフィーは仮面の某へ鋭い視線を向ける。


「どこッ!? あの馬鹿野郎は今! どこにいやがるのだわッ!?」

「王都ディサイアス。その中心に建てられし学び舎、ラーヴィル国立魔法学園に籍を置いているよ。この街より南へまっすぐ進めば着くだろう。貴公の足ならば二日とかかるまい」

「ディサイアスの魔法学園ねッ! よぉ~~し! 待ってやがれだわ、《魔王》ッッ!」


 力強く叫ぶと、シルフィーは全力全開で地面を蹴り飛ばし、舗装された道を盛大にブチ壊しながら駆け出した。その姿はまさに人型の天災である。

 みるみるうちに街から離れていき、小さくなっていく彼女の姿を見つめながら。

 仮面の某は、ひっそりと呟いた。


「かくして、道化は壇上へと上がり、再び彼の物語が幕を開ける。フフ……踊れ踊れ、シルフィー・メルヘヴン。貴公の役割を果たし、そして、吾を楽しませておくれ」


 楽しげに。嬉しげに。懐かしげに。

 震える総身は、やがて、まるで光の中に溶ける闇の如く掻き消えていった。


   ◇◆◇


 ここ最近、どうにも同じ台詞ばかり紡いでいるような気がしてならない。

 まるで永遠に続くメトロノーム。止めたくても止められぬその旋律は、このアード・メテオールの人生に深く深く結び付き、捨てることのできぬものになってしまっている。

 ゆえに――俺は再び、この台詞を紡ぐことにしよう。


「どうしてこうなった?」


 我が目前にて広がる光景は、まさしく想定外であり、微塵も望んでおらん状況。

 即ち。


「す、すげぇ……! さすが龍殺し(ドラゴンスレイヤー)のアード・メテオールだぜ……!」

「あ、あのハルケイン教官を一発でのしちまいやがった!」


 称賛する学友達。泡吹いて倒れ伏せているハゲ頭の男。


「ふふん! あたしのアードなら、この程度よゆーよ! よゆー!」


 得意げな顔で大きな胸を張るイリーナ。とりあえず可愛い。


「貴女のじゃないでしょ! ミス・イリーナ!」


 むすっとした顔をして、頭に生えた羽をピコピコ揺らすジニー。

 そして。


「いやぁ、凄いなぁ~? ハルケインはわたしの教え子の中でも優秀な方だが、それを一発だなんてなぁ~? まるであの馬鹿弟みたいだなぁ~? ア・ー・ド・くん?」


 満面に素敵過ぎる最悪な笑顔を浮かべた、かつての我が姉貴分、オリヴィア。

 なにゆえこのような事態になったのか。


 時は数分前に遡る。


 俺が現世において身を置く学び舎、ラーヴィル魔法学園には他の学園と同様、定期試験というものがある。春夏秋冬、季節の変わり目に行われるこの試験には筆記と実技の二種があり、昨日は筆記を、本日は実技を行う運びであった。

 俺としては普通に、まこと普通に、目立つことなく試験をクリアするつもりだったのだが……件の《魔族》および白龍・エルザードによる事件の解決により、俺は望まぬ栄誉を受け、多くの者から様々な意味で注目されるようになった。


 平民の生徒からは良い意味で。貴族の生徒からは悪い意味で。


 一方、教官からはというと、これまた様々。敬意もあれば、敵意もあった。

 中でもハルケインとかいうハゲ頭の男は、俺のことを「オリヴィアの寵愛を受けし、小生意気な生徒」とみなしたらしい。その結果。


「アード・メテオール、君の実技試験……模擬戦の相手は、このハルケインが務めよう」


 この男、頭髪こそ皆無だが、その戦力は学園でもトップクラスと噂の猛者であった。

 なんでも女王直属の魔導兵団に身を置いていたこともあるとかで、そんな怪物的教官と俺の対決に、大勢の注目が集まったわけだが……


 まぁ、ここまでは望むところであった。


 このハルケインは確かに強い。俺が負けてもそこまで違和感がない程度には。

 ゆえに芝居を打とうと決めたのだった。

 オリヴィアにバレぬよう接戦を演じ、その末に惜敗する。こうすれば「アードも実はこんなもんか」といった、いい感じの低評価を受けることができるだろう。


 先の一件で上がりすぎた己の評価を望んだ形へと下げ、普通の村人へと印象を戻すため。

 俺は誠心誠意、接戦を演じようとした。


 具体的には、此度の模擬戦、まず先手を取り、あえて相手にこちらの魔法を掻き消させる予定だった。それを皮切りに、惜敗へ繋げる演技の数々を打つ。

 ……そのつもりだったのだが。


「さぁ、行くぞアード・メテオ――」


 言葉の途中、俺は二割ほどの力を込めて《フレア》を放った。

 下級の火属性魔法である。この程度なら、ハルケインはなんなく防ぐだろう。そして土煙が立ちこめる中、奴はこう言うのだ。「ずいぶんと不躾じゃあないか」、と。

 そんなふうに強者のオーラを纏うハルケインに、俺は「くっ」とか言ってプレッシャーを感じているような振りをする。

 ……といった展開を、望んでいたのだが。


「ぐわぁあああああああああああッ!?」


 ハルケインは俺が放った火球を防ぐことができず、ド派手に吹っ飛んでしまった。

 ……なにをしてるんだお前は。

 あの程度の魔法も止められないとは、予想外もいいところだ。そのせいで、


「う、嘘だろ……!? あの、ハルケイン教官を……!?」

「なんて威力の《メガ・フレア》だ……!」


 こういうことになる。

 ていうか、今のは《メガ・フレア》じゃない。ただの《フレア》だ。

 ……ともあれ。


「さぁ~て、あたしも気張らないとね! あたしのアードと同じぐらい、皆のド肝を抜いてあげるんだからっ!」

「もう貴女、わざとでしょっ!? 私に喧嘩売ってますよね!? ミス・イリーナ!」

「ところでアード君。今夜あたり我が家に来ないか? 存分にもてなしてやるぞ?」


 もう一度、言わせてもらおう。

 どうしてこうなった?



 さて。不安の朝と騒乱の昼を乗り越えた末に、俺はようやっと平穏なる放課後を迎えることができた。

 オレンジ色に染まりつつある空の下、寮へと帰る俺の隣には、


「さすがアード君ですね! 全科目一〇〇点満点中一二〇点だなんて!」


 こちらの腕を組み、大きな胸をこれでもかと押し付けながら、魅惑的な微笑を浮かべたジニー。我が隣に立つは、彼女のみである。

 普段ならばここにイリーナも加え、まさに両手に華といった状態で帰路につくのだが。

 本日の実技試験にて、我等がイリーナちゃんはメチャクチャ頑張った。


 メチャクチャ頑張った結果、校舎の一部を崩壊させた。


 ゆえにオリヴィアに大目玉を食らい、現在学園に居残って修復作業の真っ最中である。

 友人にして保護者的な立ち位置である俺からしてみれば……かなり不安だ。

 彼女を放って帰宅するなど、許されるだろうか。

 今からでも引き返すべきか、そう悩んでいると。


「アード君。ミス・イリーナのことを考えてますね?」


 どこか拗ねたような調子で、ジニーが唇を尖らせた。


「そうですね。彼女は狙われている立場。ゆえに心配にもなろうというものです」

「……それは、友人として?」

「えぇ、もちろん」

「ふぅ~ん……」


 なんだか納得のいかぬような顔であった。ジニーはそのままの表情で言葉を紡ぐ。


「大丈夫ですよ。オリヴィア様が付いてますし」

「まぁ、それもそうですが」

「……私と一緒のときは、他の女のことなんて考えないで、とは言わないけれど。ミス・イリーナのこととなると話は別なのよね」


 小さな声で何やら呟くジニー。よくわからんが、これ以上この話題を続けるのはよくないように思える。彼女の機嫌が際限なく悪化していくだろう。

 だから俺は、この件に関して口を閉ざすことにした。

 せっかくの平穏な時間だ。心安らかに、友人とのひとときを楽しみたいのである。


「そういえば、ジニーさん。本日の手作り弁当は素晴らしい出来映えでしたね」

「えっ! そ、そうですか!?」

「はい。本当に美味なものばかりでした。毎日味わってみたいとワガママを言いたくなるほどに」

「まかせてください! 全然オッケーですよ! 毎日作っちゃいますから! お弁当!」


 先程とは打って変わり、嬉しそうに頬を緩ませながら、頭の羽をピコピコ動かすジニー。

 うむ、やはりこの娘は笑っている姿が一番好ましい。

 本日の放課後は、彼女に料理の手習いでもしようか。前世である程度は料理道を究めた俺だが、まだまだ学ぶべきことはある。

 イリーナちゃんもそこに加えれば……うん、なんだか楽しみになってきたぞ。

 できることなら、このまま平穏な時間を堪能したいものだな。面倒事など永遠に起こることなく、イリーナやジニーを始めとした友人達と、平穏無事で楽しい時を――


「アード・メテオオオオオオルッ! アード・メテオールはどこだぁあああああああ!?」


 楽しい、時、を――


「出てくるのだわぁああああああああ! この卑怯者ぉおおおおおおおおお! コソコソしてんじゃねぇのだわ、臆病者めぇえええええええええええええええッ!」


 ……校門付近から轟く不快な大音量が、俺の心を暗澹へと導きやがった。


 ていうかこの声、聞き覚えがあるのだが。

 もう、色んな意味で会いたくない奴のそれにそっくりなんだが。


 チラ、と校門の方を見ると……果たしてそこには、前世にて俺の頭を悩ませた馬鹿の一人が、鬼のような形相で立っていたのだった。


 シルフィー・メルヘヴン。なにゆえあいつがここにいる?


 ていうか、今までどこをほっつき歩いていたのだ? ある日、「アンタをブッ倒すまで軍を抜けるのだわ!」とか馬鹿なことを言って姿を消したきり、全然戻らなくなったんだよな。どこぞでのたれ死んだのだろうと考えていたのだが、まさか生きていたとは。


 ハッキリ言って、奴は厄介という言葉を体現するような存在である。ゆえに絶対関わりたくないので、さっさと帰ろう――と、そう思った瞬間だった。


「そこのアンタッ! アード・メテオールはどこにいるのッ!?」


 目が合ってしまったからか、こちらへと詰め寄ってくる。

 そんなシルフィーをジニーが不快に思ったのか。


「なんですか、貴女。アード君になんの用ですか」

「決まってるのだわ! アード・メテオールをぶちのめしに来たのよッ!」

「は? なに言ってんですか貴女。そんなの無理に決まってるでしょ。ねぇ、ア――」


 こちらを向き、俺の名を呼ぼうとしたジニーの口を、慌てて塞ぐ。

 ……よかった。シルフィーは俺=アードだと気付いていないようだ。

 さすがシルフィー。相も変わらず察しが悪い。あの頃と同様、馬鹿のまんまだ。


「ア、アード君ならば、まだ校舎にいると思いますよ? 彼は有名人ですから、いつも遅くまで学友達が拘束するのですよ。本日もまた友人達と談笑に興じているのではないかと」

「校舎の中ねッ! よぉ~~~し! 待ってやがれだわ! アード・メテオールッ!」


 叫んだ後、馬鹿が猪の如く馬鹿馬鹿しい速度で馬鹿げた疾走を見せる。

 騙されてくれたようで何より。


「さぁ、帰りましょうか、ジニーさん」

「あ、あの子のこと、放置していいんですか?」

「……ジニーさん。私にもね、やりたくないことの一つや二つはあるのですよ」


 そう返して、歩みを再会した直後。


「アード・メテオォオオオオオオオルッ! いざ勝負だわぁあああああああッ!」

「ひぃいいいいいい!? ぼ、ぼくはアード君じゃありませぇええええええん!?」

「問答無用だわぁああああああああああああ!」

「なっ、き、貴様、シルフィーか!? ちょっ、待て! やめろ! こんなところでそんな大技を放ったら――」


 ズゴォオオオオオオン!

 凄まじい轟音が背後から轟いたが、気にしない。

 オリヴィアよ、悪いが前世の頃と同様、その馬鹿の面倒を頼んだぞ。

 そしてできれば、俺にとって都合のいい感じに処理してくれ。

 具体的には……その馬鹿をどっか別の場所へ誘導してくれ。マジでお願いします。



 ……翌日。

 さんさんと降り注ぐ陽光が、本日も気持ちのいい目覚めを運んできてくれた。

 今日こそは平穏無事に一日が終わるといいな。

 そんな願いを抱きながら登校したのだが。


 ……やはり、大いなる意思は俺に艱難辛苦を与えたがっているようだ。


 教室内に入り、着席してからしばらくして。室内にオリヴィアが入ってきた。

 その美貌には明らかな疲れと、苛立ちが宿っており、


「不本意ながら。全く以て、心の底から不本意ながら。……転入生を紹介する」


 入れ。と、オリヴィアの乱暴な声を受けて、教室のドアが勢いよく開いた。

 果たして、室内へとやってきた転入生とは――


「アァァァァアドッ! メェェェテウォオオオオオルはッ! どぉぉぉぉこぉぉぉぉだぁあああああああああああああああああああッッ!」


 見まごうことなき馬鹿。

 シルフィー・メルヘヴンその人であった。

 よし。

 まだ早い時間だか、今日も一発やっておこう。

 せ~の。

 

 どぉおおおおおおおしてこうなったああああああああああああああああああッッッ!?




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