表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/155

第二二話 元・《魔王》様VS狂龍王・エルザード PART3

「まだだぁッ! まだ終わってないぞぉおおおおおおおおおおおッッ!」


 激しい怒気を宿した絶叫が轟いた直後、真の姿を晒した彼女の眼前に黄金色の陣が顕現。


「やれやれ……しつこい女性は嫌われますよ?」


 眉をひそめながら、俺は脳内にて全開の特級防御魔法の術式を構築。

 ほんの一瞬でそれは完成し、魔力を消費と同時に発動。

 俺とイリーナを中心として、半径五〇メルトが分厚い黄金色の膜に覆われた。

 最高レベルの防御魔法、《アルテマ・ウォール》の七重構造である。

 そして、こちらの防御陣が完成した矢先。


「消しとべぇえええええええええええええええッッ!」


 エルザードが、魔法を放ってくる。それは極太の蒼い光線であった。

 一撃で城の一つや二つは墜とせるほどの規模。しかし、こちらが展開した防壁もまた尋常のそれではない。並大抵の龍では傷一つ付けられぬほどの硬度だ。

 ……しかし、相手は並大抵ではなかぅたらしい。光線の直撃を受けて、七重層の第一層目が儚くも一撃で粉砕された。

 その軌道上には、複数の《魔族》達が並んでいたのだが、


「ひぃいいいいいいいいッッ!?」


 彼等を気遣う余裕はない。

 光線に飲まれて掻き消えていく《魔族》達の様子を見つめながら、俺は思考する。

 ……このトカゲ野郎、数千年前に鎮圧されてからずっとこの山頂に引きこもっていたようだな。《魔素》は宇宙空間に近しい場所ほど、濃度が濃くなる傾向がある。この場所ほど標高が高ければ、おそらく古代世界における普遍的な濃度とさほど変わりあるまい。

 そうした場所で長い時間を過ごし続けてきたがゆえに……


「ルゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」


 エルザードには、時代を経たことによる劣化がほとんどないのだろう。

 第二射が複数の《魔族》を飲み込み、これまた一撃で防壁を粉砕する。残り五層。

 ……やはりこういうことになったか。まったく、俺という奴はとことん運がないらしい。


「イリーナさん」


 俺は諦観と共に彼女の顔を見やった。

 怯えがある。恐怖がある。しかし、こちらに対する信頼がある。

 アードならなんとかしてくれる。そんな信頼が、彼女に希望をもたらしている。

 イリーナ、お前のことは何があっても守るよ。

 その結果どうなろうともかまわない。この子が生きていてくれさえすれば、それでいい。

 そう心の底から思っているのに……心が、勝手に言葉を紡がせた。


「できれば、ここから先の戦いは、見ないでください」


 声音に宿った悲痛さを察したのだろう。イリーナが疑問符を浮かべた。

 そんな彼女に何も言うことなく……

 俺は、アード・メテオールとしての仮面を脱ぎ捨て。

《魔王》・ヴァルヴァトスへと、人格を変じさせた。


「《《その道に在りしは絶望》》《《それは哀れな男の生き様》》」


 詠唱を開始する。我が最高・最強の術。《固有魔法(オリジナル)》の詠唱を。


「《《その者は独り》》《《背を追う者はいても》》《《覇道を共に進む者はなし》》」


 残り五層の防壁のうち、二層が砕け散る。


「ハハハハハッ! 絶望しろぉッ! アード・メテオールウウウウウウウウウッッ!」


 エルザードの狂声を受け、イリーナの顔に宿った恐怖が色濃くなる。

 そんな彼女を安心させるように強く抱きしめながら、詠唱を紡ぐ。


「《《誰にも理解されることはなく》》《《皆、彼のもとから離れていく》》」


 ついに残り一層となった。しかし、こちらの詠唱も残り僅か。


「《《唯一の友にさえ捨てられて》》《《彼は狂気と孤独の海へと沈んでいく》》」


 最後の一層が粉砕され、奴がトドメとばかりに魔法陣を展開。そして――


「《《その死に際に安らぎはなく》》《《悲嘆と絶望を抱いて溺れ死ぬ》》《《きっとそれが》》」



「《《孤独なりし王の物語(プライベート・キングダム)》》」



 我が《固有魔法(オリジナル)》が、その姿を顕現させる。

 無数の魔法陣が周囲に現れては消えて、その末に――一人の女が、現れた。

 美しい。本当に、美しい女だった。腰まで伸びた灼熱色の髪。大人びた美貌。尖った耳。

 どれだけの時間を経ても、彼女の美しさが陰ることはない。

 その全身は闇色の拘束服にて縛り付けられており……


【脅威認定レベル:Ⅲ 拘束の一五%を解放 防衛活動開始】


 無機質な声を響かせながら、人形のような無表情のまま、右腕の拘束を無理やり外す。

 瞬間、エルザードが極太の光線を放ってきた。

 殺到するそれに対し……彼女は掌を向ける。

 直撃。しかし、奴の一撃は彼女の手先に触れた瞬間、吸い込まれるように消失した。


「なんだ、そいつは……!?」


 質問に答える義務はない。ゆえに俺は、次の段階へと移行する。

 召喚した彼女へと接近。すると彼女は僅かに顔を動かし、こちらを見た。

 どこかイリーナに似た美貌。その碧眼にはなんの感情も宿してはおらず、まるで……

 いや、事実、彼女は人形なのだ。俺の魂に囚われた、哀れな人形でしかない。

 そんな彼女に、俺は語りかけた。


「……久方ぶりに踊ろうか、リディア(、、、、)」

【御意、御主人様(イエス、マイ・ロード)】


 こちらの意思に応じて、彼女が全身の拘束を弾き飛ばし……

 俺の全身を抱擁する。刹那、彼女の総身が輝きに包まれて、変異を遂げた。煌めく流体となった彼女は俺の右腕に絡みつき、闇色の鎖へと変貌。右腕全体に巻き付いたそれの先には、巨大な一振りの黒剣がある。

 俺は武装となった彼女をそっと撫でてから……エルザードを睨み据え、宣言した。


「貴様の土俵で戦ってやる。ついて参れ、下郎」


 浮遊の術式を構築し、発動。ふわりと浮かび上がると、一瞬で空高くへと飛翔する。


「龍に空中戦を挑むかッ! その傲慢、死を以て償わせてやるッッ! 自らの無力さに絶望するがいいッ!」


 巨大な三対の翼を広げ、エルザードはこちらに追従する形で飛翔した。

 宇宙空間に限りなく近い場所で俺達は向き合い、


「貴様、先程から絶望、絶望とやかましいが……それにしては、絶望のなんたるかがわかっていないようだな。そもそも、俺に対しその台詞を吐くなど千年早い」


 そして、敵方を睥睨しながら、冷然と言葉を放つ。


「この俺(魔王)が、真の絶望というものを教えてやろう」


 牙を剥くように笑むと、エルザードがビクリと体を震わせる。

 しかし、奴はすぐさま気迫を放ち、


「できるものならやってみなッッ!」


 猛る感情を解き放つ。

 龍の領分たる空中での戦いが今、始まりを告げる――


   ◇◆◇


 白龍・エルザードの魔法により、大きく数を減らした《魔族》達。

 さりとて、殲滅されたわけでなく……

《魔族》特有の回復力で以て、アード・メテオールに付けられた傷も、十分に癒えた。

 ならば、自分達はどうすべきか。

 それは無論、使命を果たすべきである。目前にて無防備な姿を晒す贄、イリーナへと襲い掛かり、この場を離れ、儀式を続行するのだ。


 ……そうすべきであると、生き残った《魔族》達は誰もが思っていた。

 しかし、動けない。己が成すべきことを十全に把握しつつも、実行できない。

 全ては、目前の光景が原因である。


「なんなのだ、アレは……!?」

「こ、これは、現実なのか……!?」

「我々は、あんなものを相手にしていたのか……!」


 それはまさに、神話の世界であった。

 闇色の天蓋にて。黒と白が激しくぶつかり合っている。

 紅い閃光が煌めいたかと思えば、蒼い波動が空一面を埋め尽くし、絶え間ない輝きの只中に、黒と白の閃光がジグザグの軌道を描く。

 何をしているのか、まるで理解ができない。

 世間では怪物として畏れられている《魔族》でさえ、理解が及ばなかった。

 ただ一つ、わかることがある。


 かの存在達に比べ、自分達がいかに矮小な存在であるか。


 それだけは、誰もが痛感していた。

 そして――気付けば、皆一様に手を組み、膝をつく。


「あぁ……! あぁ……!」

「お赦を……! お赦しを……!」


 誰もが全身を戦慄かせ、カチカチと歯を打ち鳴らしながら、赦しを乞うた。

 その心の中にあるのは、絶対的な畏怖。

 理解が及ばぬ状況、あるいは絶対的な存在を前にしたとき、人は皆、こうなる。

 あらゆる思考を放棄して、目前のそれへと祈りを捧げるのだ。

 もはや《魔族》達の心に使命感はなく、主への忠誠もない。

 二体の怪物に対する強烈な畏れが、彼等の心を完全に粉砕したのだった――


   ◇◆◇


 恐慌に陥り、心がへし折れ、今や祈りを捧げることしかできぬ《魔族》達。

 そのすぐ近くで、エルフの少女・イリーナもまた、全身を震わせていた。

 怪物達の戦闘に伴う衝撃波を絶え間なく浴び続けながら、彼女はボソリと呟く。


「あれが、本気のアード……!」


 もはや桁外れだとか、規格外だとか、そういう言葉でさえ物足りない。

 運動速度は、おそらく光に迫るものだろう。

 放つ魔法は、全てが一撃で都市を滅ぼすほどのものだろう。

 それを彼は、さも当然の如く扱っている。


 あれはもう神の領域だ。人の域など遙かに超越している。

 だからこそ、イリーナは心の底から思う。思ってしまう。

 彼のことが恐ろしい、と。


 ……結局のところ、自分はアードのことをまるで理解できていなかったのだ。

 理解したつもりでいただけだったのだ。

 しかし今、イリーナはアードという存在がいかなるものなのか。十全に理解した。

 それゆえに……彼との間に、一線を引きたくなってしまう。


 人が神を崇めるように。人が神を畏れるように。イリーナはアードのことを、自分と同じ人間として考えることができなくなりつつあった。

 そして。彼女もまた《魔族》達と同様、畏怖に心敗れ、手を組んで祈りを捧げる――

 という状態に陥る直前。


「なに考えてんのよ、あたしはっ!」


 自らの両頬を張り、活を入れる。

 先刻、アードが口にした言葉を思い出した。できれば見ないでほしい。そう告げた理由は、まさにこれであろう。彼は自身の本気を見せることで、イリーナが自分のもとから離れることを恐れたのだ。そう……自分と同じように。


「アードは、あたしの秘密を知ったのに……それでも、友達だって言ってくれた……!」


 ならば、自分だって。彼のことを一生、友達として思い続けよう。

 彼に悲しい思いは、絶対にさせたくない。だから――

 遙か頭上にて展開される、神域の闘争を睨みながら、イリーナは拳を握った。

 この光景を、胸に刻むのだ。あれこそ、自分が目指すべき究極の到達点。


「あたしもいつか、そこへ行って……あんたと肩を並べてみせる。そうしたら」


 そうしたら、自分の中に芽生えた彼への畏れも消えるだろう。

 その時、自分達はようやく、真に友となれるのだろう。


「待ってなさいよ、アード……!」


 強い決意を胸に刻みながら、イリーナは大切な友の姿を見つめ続けるのだった――

 

   ◇◆◇


【下方より魔力反応。コンマ二秒後に陣形成の可能性:大】


 無機質な声が闇色の大剣から放たれると同時に、俺は下方へと注意を向けた。

 戦闘支援ユニットであるリディアの言う通り、コンマ二秒後に黄金色の陣が顕現。

 そこから極太の蒼い光線が放たれた。彼女の先読みがなければ直撃を浴びていただろう。しかし、発動が事前にわかっているため、対処は可能である。


 迫り来た凶悪極まりない威力の熱線に対し、大剣を一振り。その斬撃が奔流の先端に触れると同時に、エルザードの魔法が剣の中へと吸収され、消失する。

 それと同時に、魔力が補充されていく感覚を味わう。

 相手の攻撃を吸収し、己の魔力へと変換。それが我が《固有魔法(オリジナル)》の力の一つだ。

 ゆえに《固有魔法(オリジナル)》を発動したなら、一撃で魔力のほとんどを消耗するような大技を発動しない限り魔力が尽きることはない。


 そして、俺は闇色の天蓋の中をエルザードと共に駆け巡りながら、


【左方、右方より高熱反応。現在の運動速度では三秒後に直撃します】

「加速術式を構築。回避後に反撃するぞ」

【御意、御主人様(イエス、マイ・ロード)。加速術式、スタンバイ……構築完了。加速します】


 刹那、凄まじい圧力が全身に掛かる。光速に迫るほどのスピードを得て推進。きっかり三秒後、背後にて二本の熱線が衝突したか、ド外れた衝撃と熱波がこちらを襲う。

 灼熱を全身に感じながら、俺はリディアと共に術式を構築する。


「リディア。コード:アルファ、レディ」

【了解。《エクスキューショナー・レイ》、スタンバイ…………完了、撃てます】


 魔力を消耗した瞬間、我が前面に無数の法陣が顕現する。その総数六六六。

 前後して、膨大なる陣から血色の閃光が迸った。数千を超える光線の群れが、エルザードへと殺到する。それに対し、奴は巨体を思わせぬ俊敏な動作で対応。


「遅い遅い遅いッッ!」


 悠然と翼を羽ばたかせ、天空の中を尋常ならぬ速度で()ぶ。

 迫る光線の数々を時には躱し、時には相殺し、片付けていく。だが、さしものエルザードもこの物量を捌ききることはできず……およそ一〇〇の光線が直撃した。

 されど……ダメージの色はさほどのものではない。三対の翼のうち二枚が消失。左腕腕が根こそぎ千切れ飛び、脇腹に風穴が空く。

 しかしこの程度の損傷は、我々古代世界の住人にとって軽微なものでしかない。

 実際、エルザードの全身は瞬く間に再生し、すぐさま全快となった。


「ハハッ! 当初はどうなることかと思ったけど……なんのことはない! キミの《固有魔法(オリジナル)》は、ボク達白龍族が持つ《固有技能》の劣化コピーじゃないか!」


 奴の声音には、勝ち誇るような色があった。事実、奴は勝利を確信しているのだろう。


「白龍族は大気中の《魔素》を取り込むだけで、傷を癒やすことができる。それに対してキミの《固有魔法(オリジナル)》は相手の魔法を取り込む必要がある。ハッキリ言って、回復手段としては二流の産物だ。まぁ、基礎能力(パラメーター)の大幅強化という側面もあるようだけど……それでも、この姿のボクを倒せるほどの火力じゃない」


 その通りだ。現段階では火力不足。よって、俺はエルザードを倒せない。

 当初こそ危うげな場面もあったからか、奴も緊張を抱いていたようだが……

 今や勝利の確信を抱いており、それがもたらすカタルシスに酔っているようだった。

 だから、奴は全てが終わったかのような語調で語る。


「キミは、ここで死んでおいた方がよほど幸せだと思うよ? ……足下にいるイリーナくんに何か期待をしているようだけれど、そんなのは無駄さ。彼女もまたバケモノだが、キミは別次元だ。同類であれば友達でいられるなんて、そんなことはありえない。キミのことを本当に理解したなら、彼女はキミを畏れ……平然と、裏切るだろうさ」


 エルザードは断言する。


「この世界には、友情も愛情もないんだよ」


 彼女の言葉に、俺は重みを感じ取った。

 ……実際のところ、イリーナは俺のことを畏れるだろう。もはや、俺達の関係は終わったのだろう。それを思うと、心が暗くなる。

 そんな俺を嘲笑うように、エルザードは鼻を鳴らし、


「孤独を抱えて死んでいけ。そんな最期が、キミにはお似合い――」


 憎悪に満ちた言葉が紡がれる中。

 それを斬り裂くように、彼女の声が耳に届いた。


「頑張れぇえええええええええッ! アァアアアアアアドォオオオオオオオオオッッ!」


 イリーナの声援。その声には畏れが宿っていたが……

 同時に、友愛もまた込められていた。


「そんな奴にッ! 負けちゃダメなんだからねぇえええええええええええッ!」


 生きて帰ってこい。自分のところに、帰ってこい。そんな思いが込められた言葉を受けて……俺は、己の瞳が涙で濡れていくことを自覚する。

 そして、対面にて天空に浮かぶエルザードへ、悠然と微笑した。


「貴様は一つ誤った。……俺はもう、独りじゃない」


 この宣言に、エルザードは不快感をあらわにして、


「そうかい! けれどね、死んじまったらなんの意味もないぜッ!」


 巨龍の目前に、五つの大型魔法陣が顕現する。その様相を睨みながら、俺は口を開いた。


「さて。仕込みも万全。ここいらで始めるとするか」


 そして――俺はリディアに命令を送る。

 眼前にて勝利を確信する間抜けな龍に、本物の絶望を味わわせるために。


「リディア。フェイズ:Ⅱ、レディ」

【了解。勇魔合身(ゆうまごうしん)、第二形態へ移行します】


 応答と同時に、右腕に巻き付いた鎖から黒いオーラが漏れ出し――

 こちらの全身に纏わり付き、変異を起こす。

 纏う衣服が闇色の装束へ。次いで、髪が燃え盛る紅蓮の如き炎髪へと変わった。


「ハッ! 姿がちょっと変わっただけで! 何ができるってんだいッ!」


 相も変わらず勝ち誇ったような声音で叫びながら、奴は魔法を発動した。

 エルザードの眼前にて浮かぶ黄金色の魔法陣五つが、強い発光を見せる。その時、


【解析完了。マジック・キャンセラーを実行します】


 無機質な声が大剣から発せられ……前後して、五つの魔法陣が砕け散った。


「なにッ!?」


 驚嘆の声を放つエルザード。何が起こったのか理解できぬという声音。

 しかし、すぐさま気勢を取り戻したらしい。再び五つの陣を目前に顕現させ、叫ぶ。


「終わりだッ! アード・メテオールッ!」


 号令一下、今度こそ魔法が放たれる。

 ただし――放たれた蒼穹色の光線はこちらではなく、あちらへと直進した。


「~~~ッッ!?」


 まさに不意打ちの中の不意打ち。これはさしものエルザードも回避できず、全弾直撃。その全身に五カ所の大穴を空けた。


「なん、だ、コレは……!? いったい、何が……!?」


 困惑する白龍に、俺はネタばらしをしてやった。


「貴様は先刻、我が《固有魔法(オリジナル)》に対し得意げに語ってくれたがな。吸収など力の一端に過ぎぬ。我が《固有魔法(オリジナル)》の真骨頂は……解析と支配にある」

「解析と、支配……!?」


 傷を癒やしながら問うてくる敵に、俺は一つ頷いた。


「然り。この姿になった俺は、敵方が行使する一定レベルの力を解析することが可能となる。そして……解析が完了したなら、その力を支配下におくことが可能。今しがた貴様にやってみせたように魔法の暴発を促すだけでなく、術式に施された偽装を解除し、コピーすることで、あらゆる秘術を我が物にすることもできる。即ち――」


 黒き大剣の切っ先を敵方へ向けながら、俺は微笑と共に断言した。


「貴様の攻撃は全て俺のもの。ゆえに、もはや貴様の勝利はありえない」


 ビクリと、エルザードが総身を震わせた。表情こそ変わらないが、その心中には絶望が芽吹いていることだろう。そこに、さらなるダメ押しをくれてやる。


「我が《固有魔法(オリジナル)》は親友の魂との融合率を高めれば高めるほど、形態を変えていく。そして俺は、残り二つの形態を残している。それが何を意味するか、理解できるか?」


 この問いかけに、エルザードは全身をわなわなと震わせながら、


「う、ぉおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 絶叫と共に七つの法陣を展開。そこから蒼い光線を放とうとするのだが。


「無駄だと言った」


 冷然とした声を放ちながら、敵方の陣をコントロール。

 結果として、エルザードは再び、自らの攻撃に総身を貫かれたのだった。


「ぐ、ぁああああああ……! こん、な……こんな、馬鹿な……!」


 全身七カ所に大穴が穿たれ、大量の鮮血を雨のように降らしながら、苦悶を口にする白龍。その姿に、俺は黒い微笑を浮かべながら言葉を紡ぐ。


「どうだ? それが真の絶望というやつだ。知的生命がもっとも絶望する瞬間というのはな、勝利を確信した際の強いカタルシス状態からの急転落だ。他にもまだまだ指南してやれることは大量にあるが……残念ながら、貴様に教えてやれるのはここまでだ」


 俺は大剣の切っ先を突きつけたまま、宣言する。


「狂暴なる龍の王よ。絶望と共に死ぬがいい」


 対し――エルザードは怪我を癒やしつつ、全身から怒気を放った。


「ふざ、けるなぁあああああああああッ! 死ぬのはお前だぁあああああああああッ!」


 絶叫の後、奴は最後の悪あがきを開始する。


「《フルム》《エヴィザ》《グウィネス》……解析できるもんなら、やってみろッ!」


 龍言語による詠唱後、奴の目前にド外れたサイズの法陣が顕現した。

 目算して、一〇〇メリルはゆうに超えている。

 ……なるほど、このレベルの術式は現段階では解析不能だ。しかし、


「解析など不要。真正面から叩き潰すのみ」


 俺は微笑を崩さぬまま、リディアに命令を下す。


「コード:シグマ、レディ」

【了解。《アルティメイタム・ゼロ》、スタンバイ】


 刹那、我が眼前に七つの巨大な黒き法陣が、重なるようにして顕現した。


【魔力充填率、三〇%……四〇%……五〇%……】


 やがて、七つの魔法陣が回転し始め――ゴウン、ゴウン、と、鐘の音に似た音響が轟く。


「《エヴシム》《ルファサ》《ウルヴィス》《アズラ》……」


 エルザードの詠唱に合わせて、あちらの法陣もまたゆっくりと回転し――

 キィン、キィン、と、甲高い音が鳴り響く。


【魔力充填率、七〇%を突破】


 互いの魔法陣が音を立てる中、俺達は鋭い視線をぶつけ合い、


【八〇%……九〇%……九五%……充填率、一〇〇%に到達しました】


 こちらの準備が整うと同時に、敵方の詠唱も終わりを迎えた。


「消えてなくなれッッ! 《エルダー・ブレス》ッッ!」


 黄金色の巨大な法陣が、一際強い煌めきを放つ。その様相を睨みながら、


【いつでも撃てます。いかがなさいますか?】

「是非もなし。《アルティメイタム・ゼロ》、発射(ファイア)


 そして――

 黄金色の魔法陣から蒼い奔流が。

 闇色の魔法陣から紅き奔流が。


 一気呵成に放たれた。


 まるで大瀑布の如き二つの光線が、彼我の間で激突する。

 紅と蒼、両者が拮抗し、激烈な輝きと衝撃波を放った。

 星を何周も巡るであろう桁外れな衝撃に、こちらの炎髪が激しくなびき続けた。

 拮抗状態はたっぷり三〇秒続いたが、やがて均衡が崩れ出す。

 俺が放った紅き膨大な流線が、蒼いそれを飲み込んでいき、やがて――


「ばっ、馬鹿なッ! こんな、馬鹿なああああああああああああああッ!?」


 絶望感に満ちた叫声を放つ巨龍の全身をも、掻き消していった。



 宇宙空間へと突き進む紅き奔流は、発動限界を迎えたことで次第に細く縮まっていき、最後は僅かな紅い粒子を残して消滅。

 あとには何も残らない……

 はずだった。


「……ほう。これは想定外だな」


 目前の光景に、俺は僅かながらも驚きを覚えていた。

 手心を加えたつもりはない。全力全開で放った《アルティメイタム・ゼロ》、だったが。

 それを浴びてなお、エルザードは生きていた。

 さすがは神話に名を刻みし龍といったところか。この魔法を受けて生き残った者は、こいつが初めてだ。全盛期に比べ、我が切り札も弱体化してはいるが、それでも、アレを受けてなお生存しているという事実は称賛に値する。

 とはいえ。


「ぐ……うぅ……」


 その姿はまさに満身創痍。体面積の六割近くが失われており、先刻の大技で魔力をほとんど使い果たしたか、自己再生もできない様子。エルザードの命は風前の灯火に等しい。

 どれ、その命、刈り取ってやろうかと手を伸ばした、その時。


「死ぬ、のか……独りで生きて……独りぼっちのまま、死んでいくのか……」


 弱々しい声が耳に入った瞬間、俺はトドメの一手を躊躇った。

 末期の言葉には、その者の本性が表れる。エルザードが口にした言葉には……

 底知れぬ悲哀と、孤独感が宿っていた。

 それが一瞬、判断を鈍らせ――


「嫌、だ……! 死んで、たまるか……! 殺す……! 殺し尽くす……!」


 白龍の全身から並々ならぬ殺気が溢れたと同時に、ようやっと俺は我に返った。

 が、時既に遅し。トドメの一撃を加える前に、敵方の一手が先に出た。

 エルザードの全身が透き通っていく。これは……転移魔法か。

 試しに《フレア》を放ってみたが、炎は奴の体を貫通し、なんの影響も及ぼさない。


「アード・メテオール……! ボクは、キミが――」


 言葉の途中。奴の姿が、完全に消失した。


「……まるで、泣き出す手前の幼子のようであったな」


 去り際、彼女の金色の瞳から、俺は悲哀と寂寞を感じ取った。

 正史において、彼女は友となった女を裏切り、国を滅ぼした恐ろしい怪物として記されているが。しかし、俺にはどうも、奴がただの怪物だとは思えなかった。


 どこか、俺と似た何かがあるような、そんな気がしてならなかった。


 ……まぁ、そのことを今どう思おうと、詮無きことだが。


 俺は右手に握る黒剣へと目をやり、言葉を紡ぐ


「リディア。此度は大義であった。我が魂の中へ戻るがいい」

【御意、御主人様(イエス、マイ・ロード)】


 闇色の大剣と、腕に巻き付いていた鎖が煙となって霧散する。それと同時に、変化していた全身が元のそれへと戻った。その後、俺は再びアード・メテオールとしての仮面を被り、眼下の山頂へと降り立ち……イリーナの姿を見る。


 途端、彼女はビクリと体を震わせた。……あぁ、やはりこうなったか。俺が最後に放った魔法、《アルティメイタム・ゼロ》を見たことで、考えが変わったのだろう。心が完全に折れたのだろう。ついさっき声援を送ってくれた彼女は、もういない。


 別にいいさ。孤独には慣れている。リディアの時とは違って、今回は守ることができたのだ。それだけで十分――


「い、いや~、やっぱアードはすごいわねっ!」


 俺の思考を切断するように、イリーナが明るい声を放つ。

 こちらをまっすぐ見つめる瞳には、畏怖だけでなく……強い決意が秘められていて。


「さっすが、あたしの友達(、、)だわっ! あたしも負けてらんないわね! もっともっと、強くなって、それで……」


 彼女は自らの思いを、一言にまとめて、口にした。


「あんたが頼れるような、そんな女の子になるわ。絶対に」


 この言葉に……目頭が、熱くなった。

 はは。馬鹿だな、俺は。イリーナが俺を見捨てるわけがないだろうに。

 この子は、誰よりも優しい女の子、なのだから。

 目尻にたまった涙を拭いながら、俺は口を開く。


「イリーナさん……私と、友達で居続けてくれますか?」

「あったりまえでしょっ! これからもよろしくね、アードっ!」


 初めて会った時のように、握手を交わす。

 俺は照れたように笑いながら。

 イリーナは幼子のように、純粋無垢な笑顔をふりまきながら。

 数千年後の未来にて、俺はようやく、真に孤独から解放されたのだった――



「――ところでイリーナさん、以前に続いて、またもや左手を出しましたね?」

「あっ! ご、ごめんっ! わ、悪気はなかったのぉおおおおおおおおっ!」


 色々あったが、とりあえずこの言葉で締めよう。

 イリーナちゃん、マジ可愛いッ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ