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第二一話 元・《魔王》様VS狂龍王・エルザード PART2


   ◇◆◇


 王都を発った後、俺はジェシカ先生改めエルザードの魔力痕を辿っていった。

 さすが古代世界からの生き残りなだけあって、痕跡の偽装などを施し、追跡を防ぐ工夫を凝らしたようだが……俺の目を欺くほどのものではなかった。


 そうした経緯の末に現地へ到着し、まずは気色の悪い触手の塊を始末した。


 ウチのイリーナちゃんをキズモノにしようとした報いである。

 続いて、《魔族》共を掃滅。……と言っても、


「ぐ、あぁ……!」

「目が……目がぁ……」


 誰一人として殺してはいない。無価値な命を奪うことは美学に反するし……

 殺戮する姿など見せたら、イリーナに畏怖されてしまう。

 ゆえに、《魔族》達にはまだある程度動ける者もいる。さりとて、無視しても構わんだろう。肉体的にも精神的にも、奴等はもう無力だ。


「さて、と……」


 イリーナの姿を確認する。山頂の中央で未だ台座に拘束されている彼女は……

 やはりどこからどう見ても全裸である。


 なんて破廉恥な。よくも彼女にこのような格好を……!


《魔族》共に対する純粋な怒りを感じながら、俺はイリーナの方へ歩み寄り、魔法を発動。指をパチンと鳴らすと、鎖の周囲に陣が顕現。彼女を拘束しているそれをたちまち凍結させ、数瞬後、バリンッという音を立てて砕け散る。


「うわ~~~んっ! アァアアアドォオオオオオっ!」


 よっぽど怖かったのだろう。普段の強気さなどはどこにもない。

 イリーナちゃんは滝のような涙を流しながら、メロンのようなおっぱいを派手に揺らし、こちらへと走り寄ってきて――


「怖かったよぉおおおおおおおおおっ!」


 抱きついてくる。彼女の長い白髪の先端が尻尾のように左右へブンブン揺れ動く。まるでご主人様との再会を喜ぶワンコのようであった。


 ……そう、イリーナちゃんは友人であり愛娘であり飼い犬的存在なのだ。

 腹部に押し当てられた、柔らかな二つの膨らみ。視界に映るむっちりした尻肉。

 常人であれば欲情してしまうのだろうが、俺にそんな感情はない。ないといったらない。


 震える彼女の体をそっと抱きしめ、優しく頭を撫でてやりながら、俺は口を開いた。


「少々遅れてしまったようですね。淑女(レディ)にこのような格好を晒させてしまうとは……まったく、私もまだまだ未熟者だ」


 嘆息と共に、俺は羽織っていた黒い外套をイリーナに纏わせた。この外套は身に付けている間、常に魔力を吸い取ってくるのだが、その代わり一定レベルの攻撃を完全に無効化してくれる。今の彼女には必要な装備だ。

 それから、俺の言葉にイリーナは慌てたように首を振って、


「そっ、そんなことないわっ! べ、別に裸見られても恥ずかしくなかったし! むしろなんか……お股がムズムズして、なんだかちょっと、気持ちよかったっていうか……」

「……その件につきましては、帰還後にゆっくりと話し合いましょう。今はとりあえず」


 言葉の途中。こちらへ鋭い魔力の奔流が飛来する。

 反射的に防御魔法を纏わせた右掌をそちらへ向けると、掌全体に衝撃が伝わった。


 雷属性の下級攻撃魔法、《ライトニング・ショット》か。

 仕留めるための攻撃ではない。意識を向けさせるための行為であろう。


 その相手、エルザードの方へと目をやった。俺が知らぬ間に何かあったらしい。長い白金色の美髪は薄汚れ、衣服もボロボロだった。


「いやはや、少々気恥ずかしいね。今のボクは随分と酷い格好だろう? 顔なんか完全にスッピンだしさ。付け睫毛とか空飛んでる時に吹っ飛んじゃったよ」

「そんなことより貴女は世間体を気にしなさい、世間体を。いたいけな美少女を誘拐するだなんて、天国のお母さんが泣いてますよ」

「どうかなぁ、うちの母親、相当なアバズレだからねぇ」


 緊張感のない会話内容、だが。彼我の間に気安さはない。

 こちらは全開の闘志を放ち、あちらもまた姿形を変えつつ、殺気を放っている。

 エルザードの両手が白い鱗に覆われ、指先が鉤爪へと変化。人形のような美貌の口元が耳まで裂けていき、側頭部から捻れた角が伸びる。


 凄まじいプレッシャーを放つエルザード。大気が震撼し、大地が揺らめくような錯覚を味わう。その威圧感は……古代世界の猛者達と比べてもなんら遜色はない。


「おぉ……! なんという気迫か……!」

「我等は敗れたが、まだ彼奴めが残っている……!」

「例え大魔導士の息子といえども、神話に名を刻みし怪物には勝てまい……!」


《魔族》共の目に、希望の光が戻っていた。

 反面、イリーナの表情には暗澹とした色が再来し、


「ア、アード……」


 こちらの名を呼びながら、抱きつく力を強めた。

 俺はそんな彼女の頭を優しく撫でつけ、腰を抱きながら囁いた。


「ご安心ください。この程度のトカゲなど私の敵ではございません。すぐさま片付けますので、イリーナさんはその間、夕餉のことでも考えていてください。今宵は貴女の好物であるカレーを用意しておりますので、どうかお楽しみに」


 微笑みかけてやると、イリーナは緊張を幾分か和らげた。


「うんっ!」と短く返事をして薄く笑うイリーナちゃんマジ可愛い。

「おいおい、見せつけてくれちゃって。そんなに好きかい? そのバケモノが」


 イリーナを見やりながら、エルザードが邪な笑みを浮かべ、言った。……バケモノという言葉に反応したか、せっかく和らいだ彼女の緊張が、再び色濃いものになる。


「その子はねぇ、キミが思ってるほど綺麗なもんじゃないんだよ。実は――」

「やめてっ! もうやめてぇっ!」


 碧眼に涙を湛えながら、イリーナが叫ぶ。

 だがそれは、エルザードのサディスティックな感情を刺激するだけだったらしい。

 奴は満面に邪悪な微笑と薄暗い期待感を宿しながら、言葉を紡ぐ。


「その子はね、《邪神》の血を引いてるんだよ。言っておくが、これは事実さ。嘘偽りじゃあない。そうだからこそ、《ラーズ・アル・グール》の連中は彼女を狙ったんだ」


 イリーナの視線がこちらの顔に突き刺さる。怯え、恐怖、不安、そして……絶望。

 エルザードが口にした情報が、自分達の関係を破壊したと、彼女はそう思っている。

 エルザードもまた、これで望みの悲劇が見られるという確信を抱いているらしい。

 そんな彼女達に――俺は平然と断言した。


「そんなことはどうでもよろしい」

「……なんだって?」


 こちらの返答が意外だったのか、エルザードが目を丸くした。

 それは、イリーナもまた同じ。視線に込められた感情が明らかに変化した。

 エルザードの目論見を潰し、イリーナを安心させてやるため、俺は言葉を重ねていく。


「一般的な人間であれば、貴女の期待通りなリアクションをとったのでしょうが。私は非常識な人間でしてね。彼女が《邪神》の血を引いていようが、《邪神》そのものであろうが、そんなことはどうだってよろしい。大事なのは――」


 ここで一度区切ると、俺はイリーナの顔を見やった。不安と怯えを見せる彼女の美貌に微笑みかけてやりながら、震える頭をそっと撫でつける。


「大事なのは、彼女が敬愛に値する存在だということ。これだけです。イリーナさんは誰よりも優しく、そして、誰よりも強い勇気を持っている。私のような人間には本当に眩しい……まるで太陽のような御仁だ。だから私は彼女を尊敬している。それをバケモノという、ただ一言の差別表現で斬って捨てた貴女のことを、私は決して許さない」


 イリーナからエルザードへと、視線を移す。

 俺は瞳に冷然とした殺気と、熱い怒りを宿しながら言い放った。


「私の友人を侮辱するな」


 迷いなく、自らの本音を口にした瞬間。腕の中で、イリーナが嗚咽を響かせた。

 しかし、その姿を見ることはしない。きっと見られて嬉しいものではなかろう。

 腕に伝わる彼女の震えからは、怯えも恐怖も感じない。ただ、激しい喜びと安堵だけがある。それを察するだけで、十分だ。


「……ふ~ん。ま、想定の範疇だし、別にいいや。まだまだプランはあるし」

「左様ですか。ならばその(はかりごと)、真正面からことごとく叩き潰して差し上げましょう」


 言い切ると、俺はイリーナを抱いていた腕を放し、


「下がっていてください。その外套があっても、危険であることに変わりはありません」

「う、うんっ! あんなやつ、すぐにやっつけちゃえっ!」

「御意、お嬢様(イエス、マイ・レディ)」


 微笑と共に返答すると、イリーナは後方へと下がっていった。


「さて。我が友人を誘拐したうえ、裸体に剥くなどという破廉恥極まりない行為。さらには彼女を極限にまで怯えさせ、挙げ句の果てに侮辱の言葉まで投げかけた。そこに加えて……古代世界の英雄に匹敵するその戦力も加味すれば……」


 冷え切った心が唇を勝手に持ち上げていく。

 久方ぶりの感覚に、俺は陶酔感を覚えていた。全力全開で戦い、そして……


「貴女は、私が手ずから殺すだけの価値はありそうだ」


 猛々しい魂を奪う。その瞬間に思いを馳せただけで、鋭い快感の波が全身を(はし)った。

 無意識のうちに漏れ出したドス黒い戦闘意思に、エルザードは警戒心を強めたか、その頬に汗を流しながら呟く。


「……まったく、とことん腹立たしいな、キミは」


 そして、奴は身構え――


「ますます、キミの絶望した顔を見たくなったよッ!」


 叫ぶと同時に、左手をこちらへ向けてきた。刹那、手先に黄金色の魔法陣が顕現。

 数は八。原初の魔法言語とされる龍言語を用いて構築されたと思しき術式が、牙を剥く。

 一瞬後、法陣から青白い光線が放たれた。

 直撃と同時に、土煙がもうもうと立ちこめる。

 その後も、エルザードは次から次へと魔法を放ち、攻撃の手を緩めない。


「な、なんたる猛攻……!」

「さすが伝説の白龍……! まさに桁違いか……!」


《魔族》共が戦慄した声を漏らし、


「ア、アードッ!?」


 俺の身を案じたか、イリーナの叫び声が空間を引き裂く。

 その一声に、俺は笑みを作った。


「心配ご無用。先程申し上げた通り……この程度のトカゲなど、私の敵ではございません」


 平然と口にしたことが、エルザードに警戒心を与えたか。攻撃の手が止まった。

 立ちこめる土煙が晴れていき、周囲の面々にこちらの姿が晒される。


「なっ……!?」

「あ、あれだけの猛攻を浴びて、無傷、だと……!?」


 当惑したのは、《魔族》だけではなかった。エルザードもまた眉をひそめ、


「……おかしいな。防御魔法を発動した風には見えなかったが」

「隠すようなことでもないので、お教えいたしましょう。全てはこの槍のおかげです。これは雷属性の攻撃魔法を無力化する効果をもっておりまして」

「へぇ。だから、先刻の雷撃を無効化できた、と」


 微笑を浮かべ合いながら言葉を交わし、そして――


「その程度のことで、ボクが絶望するとでも思ったのかなぁッ!?」


 再度、エルザードは無数の雷撃を放ってきた。


「それが魔装具である以上、吸収限界ってもんがあるだろッ!? ブッ壊れるまでしこたま打ち込んでやるから、たらふく食らいなッ!」


 そう、彼女の言う通り、吸収限界を迎えれば《魔王外装》とて崩壊する。

 古代世界でも通じるほどの猛者が放つ雷撃となれば、もってあと一〇〇発前後か。

 しかし……よしんば、奴が槍を破壊できたとしても、俺には勝てぬだろうが。

 こちらにしこたま雷撃を放ってくるエルザード。対し、俺は相手方の撃ち終わりを狙う形で、炎撃を放つ。それを消極的と感じたか、敵方の顔に嘲笑が浮かぶ。


「ハッ! どうしたどうしたッ! 攻めなきゃ勝てないぜッ!?」


 勝ち誇った顔で雷撃を放ち続けるエルザード。

 その間抜けぶりに、俺は思わず噴き出してしまった。


「フフ……エルザードさん、貴女……お歳を召されている割には、まるで若造のような戦い方をなさるのですねぇ」


 嘲笑に対する冷笑に、奴がなんらかの反論を返そうとした、その時。


「足下がお留守ですよ?」


 横飛びしたエルザードが着地したと同時に……その足元から、超高熱の嵐が発生した。

 地属性と火属性の複合魔法、《グランド・ボム》である。

 さっきからずっと、俺は奴の移動ルートをコントロールしていた。

 その結末がコレだ。


「ぐ、ぁああああああああッ!?」


 閃光と熱の只中にて叫声を上げるエルザードに、俺は冷ややかな笑みを送る。


「貴女の戦い方には、絶対的強者特有の欠点が大きく出ている。苦戦した経験が少ない強者はどうしても戦闘が単調になりがちだ。ゆえに、こんなたいしたことのない罠にも引っかかってしまう。数千年前に足元を掬われた経験がまるで活きていませんねぇ」


 魔法発動の限界を迎え、《グラウンド・ボム》が消失する。

 先刻の一撃がエルザードに与えたダメージは深刻なものであったらしい。

 黒焦げた総身から煙を上げる彼女を冷笑と共に見据えながら、俺は槍を構えた。


「私が思うに、強者には危機感が足りていない。自分は絶対に死なない、必ず勝つ、といった間抜けな幻想が原因なのでしょう。……貴女もまたこの期に及んでなお、自分は死なないと思っているようですので、ハッキリと断言しておきましょうか」


 俺は槍を握る手に力を込めて。


「この世界に、滅せぬものなど何処にもありはしませんよ」


 紅き槍を、エルザードに向かって投擲した。

 虚空を引き裂いて推進するそれは、狙い過つことなく彼女の胸を穿つ。

 そのままの勢いで、槍は彼女の総身を引っ張り、山頂の只中を突き進んでいく。

 エルザードは貫かれた胸部から鮮血を撒き散らし……

 やがて、下部に広がる雲海の中へと姿を消したのだった。


「ア、アァアアアアアアアアドォオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 絶叫と共に、イリーナちゃんが飛びついてくる。


「か、勝てるって信じてたけどっ! でもっ! 不安だった! 勝ててよかったっ! 怪我しなくてよかったっ! よかったよぉおおおおおおおおおおっ!」


 今回の戦いは、さしものイリーナちゃんも俺のことを信じきれていなかったのだろう。

 大粒の涙を流し、俺の勝利を祝う。そんな彼女を抱きしめ、頭を撫でてやる。

 まったく、イリーナちゃんは最高である。


「こ、これは、夢だ……! 悪い夢に、違いない……!」

「かの狂龍王が、こんな……こんなにも、あっさり……!?」


 悄然とした様子の《魔族》達。だが、その心情を慮る必要はない。

 これで全て解決。後は王都へ帰還し、皆で一緒に夕餉を――

 と、そう思った矢先のことだった。

 山頂の下方、彼方まで続く雲海の中で、何かが蠢くような気配。

 刹那、乳白色の雲がたちまち闇色に染まっていき、雷鳴を響かせ――

 眩い閃光が、宇宙空間へと奔った。


 そして。


「グゥオオオオオオオオオオッ! アァアアアアアドッ! メテオォォォォォォォルッ!」


 大地を揺らすほどの轟声と共に、奴が現れた。

 雲海を突き抜け、三対の翼で以て宙を舞う、巨大な白龍。


 それはまさに、狂龍王と呼ばれるに相応しい威容であった。


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