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第二〇話 元・《魔王》様VS狂龍王・エルザード PART1


   ◇◆◇


 ヴィラムド山脈。ラーヴィル魔導帝国の最北端に位置するこの大山脈は、狂龍王・エルザードの縄張りとして知られており、人はおろか魔物の類いさえ近づくことはない。


 この山脈は古来より、白龍族の住処であった。往年は数多くの白龍達がその翼を休め、まさに龍族の楽園として繁栄していたのだが……ある一件により、エルザードが同胞のことごとくを虐殺したため、この地に棲まうは彼女のみである。


 そんな血濡れた狂龍王の住処には、一際巨大な山が存在する。その頂上は雲を貫き、宇宙空間にさえ届くほどの標高を誇っていた。


 そして今。狂龍王の寝床と呼称される巨山の頂上を舞台として、《魔族》達による《邪神》召喚の儀式が行われようとしていた。


 上空、闇色の宇宙に浮かぶ月と星の輝きが、山頂の様相を妖しく照らしている。

 頂上は広大で、平坦な地形となっており、地面には巨大な特殊魔法陣が描かれていた。


 その中央にて。祭壇の上に鎖で拘束されたイリーナが、冷たい汗を流していた。


 彼女は今、衣服の全てを脱がされており、一糸まとわぬ裸体を晒している。白く滑らかな柔肌には珠のような汗が浮かび、大きな乳房が呼吸に合わせて揺れ動く。

 そんな乙女の肢体に興奮しているのか、彼女の傍に控えた巨大なバケモノが、興奮するように蠢き続けている。


 混沌の遺児と名付けられたそれの姿は、端的に言えば触手の怪物。無数の触手が球体状を成してウネウネと蠢く。その中心には巨大な眼球があり、恐怖と緊張に怯えるイリーナの様子をジッと見つめていた。


 この怪物はかつて、《魔王》・ヴァルヴァトスに討たれる前、複数の《邪神》達が残した肉片を利用して生み出されたもの。

《邪神》の肉体の一部を持つ怪物と、《邪神》の血、即ち魂の一部を受け継ぐイリーナとを生け贄にすることで、異空間に封印されし《邪神》の一柱を召喚する。

 それが、此度の儀式の全容であった。そして今、《魔族》達は儀式の準備を整えるべく、足下に描かれた巨大な特殊魔法陣へと魔力を注ぎ込んでいる。


 エルザードは淡い紫色の輝きを放つ特殊魔法陣の様相を見て、それから、チラと横に並ぶ《魔族》達の顔を見やった。彼等の顔には緊張が色濃く浮かび、重々しげな空気を放っている。無理もない。彼等からすれば、長年の夢が叶う直前なのだ。

 そうこうしているうちに、特殊魔法陣への魔力注入が完了。

 ここでエルザードはニヤリと笑い、祭壇の上に拘束されたイリーナへと近寄った。


「やぁ、イリーナくん。ご機嫌いかが?」


 この問いかけに、彼女は涙に潤んだ瞳を鋭くさせ、キッと睨み付けてくる。

 ざまぁみろと、そう思う。自分と同じバケモノのくせをして温かい環境にいた者が、今や地獄の底にいる。そんなイリーナの現状に、エルザードは強い愉悦を感じた。

 そして、嗜虐心に突き動かされるがままに、言葉を紡ぐ。


「首を動かせば……ホラ、見えるだろう? あのおぞましい触手のバケモノが。これからキミは、あのバケモノに陵辱されるんだよ」

「陵、辱……?」


 言葉の意味を知らないらしい。イリーナの瞳に当惑が宿る。


「具体的に教えてあげよう。キミはこれから、無数の触手を穴という穴へ入れられる。口や鼻、耳は当然のこと……お尻と、ここにもね」


 すっ、とエルザードは指先でイリーナの下腹部をなぞる。その指が彼女の秘部へと達した時、イリーナは……顔面を蒼白にしつつも、気丈さを保ちながらこう返した。


「ぜんっぜん怖くないわっ! だって、アードが絶対に助けてくれるものっ!」


 その顔に宿るは、一人の少年に対する絶対的な信頼感。

 彼は、友は、決して自分のことを裏切らない。そんな確信を抱いている。

 そうした姿が、かつての自分みたいで……たまらなく、憎たらしくなった。


 コワシテヤリタイ。


 エルザードは口端を吊り上げ、欲求を満たすべく口を開いた。


「アードくんがここに来たなら、キミは一時的に助かるだろうね。でもさ、いいのかな? そうしたらボクは、キミの秘密を全て彼に話しちゃうぜ?」


 途端、イリーナが目を大きく見開いて、エルザードを見た。

 イリーナの顔に、先刻までの気丈さはない。やめてくれ、それだけは、といった怯えた顔。そんな表情にエルザードは口端を吊り上げた。


「アードくんは人間離れした強さを持っているけれど……でも、どこまでいっても人間なんだよねぇ。彼はずっと、この時代の人間として生きてきたわけだよ。だったら……言わずともわかるだろう? 彼だって皆と同じさ。キミの秘密を知れば、きっとキミのことを嫌いになる。バケモノだと、蔑むようになる」


 この言葉に、イリーナは何も言い返せなかった。

 言い返したくはあるのだろう。アードはそんな奴じゃない、とか、彼は一生の友達だ、とか、彼は絶対に裏切らない、とか。そういう言葉を叫びたいのだろう。


 かつての自分と同じように。


 だが、彼女はできなかった。アードすらも、彼女は信じ切れていないのだ。

 無理もない。イリーナが抱えている秘密はそれだけ大きな爆弾なのだから。

 それを十全に理解しているからこそ、エルザードは笑う。ドス黒く、笑う。


「彼が助けに来なければ、バケモノに犯し尽くされて死ぬ。助けに来てくれたとしても、キミは唯一無二の友人を失う。つまりぃ……キミの人生はもう、終わってるんだよ」


 人形のような美貌を邪悪に歪ませながら、エルザードはイリーナに囁いた。


「ご愁傷様♪」


 ここに至り、ようやっと自分が詰みの状況に立っていることを自覚したのか。

 イリーナが被っていた強気の仮面が完全に剥がれ落ち、そして……

 残されたのは、哀れな被害者たる少女の顔。

 顔を真っ青にして、これから来る己の運命に怯え、カタカタと震える。

 そうした姿に一定の満足感を得たエルザードは、より強い愉悦を求め、口を開いた。


「混沌の遺児を動かせ。儀式を始めようじゃないか」


 この言葉に応じて、多くの《魔族》達が怪物に掌を向けた。

 魔力を送り込み、こちらの命令を伝える。と、混沌の遺児は喜ぶように触手を蠢かせ、ゆっくりとイリーナの方へ近づいていく。


「いやっ……やだっ……来ないで……来ないでぇえええええええええええっ!」


 心が完全に折れたらしい。イリーナは死に物狂いで逃れようとするが、鎖による拘束がそれを許さない。徐々に近づいてくるおぞましいバケモノを前に、彼女は泣き喚いた。


「助けてっ! 誰かっ! 助けてぇえええええええええええっ!」

 

 イリーナが叫ぶさまを、エルザードは邪な微笑と共に眺め続け――

 とうとう、混沌の遺児が彼女のもとへとやって来た。


 遺児は無数の触手を蠢かせ、やがてそれらを彼女の方へと伸ばす。黒くヌメヌメとした触手がイリーナの足元へと辿り着き、ゆっくりと彼女の足に絡みつく。


「あははははははは! バケモノ同士、お似合いじゃあないかッ!」


 エルザードの哄笑が周囲に響き渡る。《魔族》達が、儀式の様子に固唾を飲む。


「やだっ! やだやだやだぁっ! やめてっ! やめてよぉ!」


 どれだけ泣き喚いても、どれだけ暴れても無駄だった。混沌の遺児が触手を止めることはなく、ついにヌメついた太いそれが――

 という、直前のことだった。


 混沌の遺児、その巨体が、爆炎に覆われたのは。


「djふぁdjfjふぁっ!?」


 奇怪な悲鳴を漏らす怪物。多くの触手が吹き飛び、随所から緑の血を噴き出す。その様子に《魔族》もエルザードも一瞬呆然となったが……視界の外から何かが超高速で飛来し、遺児の目玉を貫いた時。皆一様に、ある方角を見た。


 上空。闇色の宇宙空間を背景に浮かぶ、一人の少年。

 漆黒の外套を纏い、一振りの槍を携えたその姿を目にして、《魔族》達が騒ぎ出す。

 喧噪の只中、エルザードは少年を睨み据え、牙を剥くように笑った。


「来たか……! アード・メテオール……!」


 そして、少年は悠然とした表情を見せながら、こちらへと降下する。

 地面へ降り立つその様は、まるで高名な歴史画の一つ、「魔王の降臨」を思わせた。


「ムシケラの皆様、ごきげんよう」


 微笑と共に言葉が発せられた瞬間。彼の総身から絶大な鬼気が放たれる。その威圧感たるや、神話に名を刻みし怪物、狂龍王・エルザードにすら冷や汗を流させるほど。


《魔族》達は、ただ一人の敵を前に指先一つ動かすこともできなかった。

 この場に居合わせる者達は、古代世界を生き抜いた古強者など、精鋭揃い。にもかかわらず、彼等は皆、少年を睨み返すことも困難な有様であった。


「このたびは、よくもやってくださいましたね」


 ゆっくりと、悪さをした子供に語りかけるように。彼は紅い瞳を爛々と輝かせながら。


「一匹も逃がすつもりはありませんので、お覚悟を」


 宣戦を布告すると同時に、総身から放たれし鬼気が一層の高まりを見せた。

 その絶対的な存在感は、被害者たるイリーナからすれば救いそのもの。されど、加害者たる《魔族》達にとっては、恐怖以外のなにものでもない。

 脂汗を流し、微動だにできぬ歴戦の戦士達。だが……

 ここに至り、彼等のリーダー格たる老魔族が気骨を見せた。


「うろたるなッ! 現状は想定の範囲内であろうがッ! 打ち合わせ通りに動けッッ!」


 彼の怒声が皆を奮起させた。

《魔族》達が一様に決意の表情を浮かべ、躍動する。全員が瞬く間に隊列を組み、


「「「《超越者よ》ッ! 《我が猛き雷で以て》! 《汝、滅びへ向かうがよい》ッ!」」」


 協調発動。長年の訓練を経た集団のみが扱えるこの技術は、その習得難度の高さに見合った力をもたらす。

 素早い三節の詠唱の果てに、足下に大型の法陣が顕現し……巨大な光の柱が立った。

 彼等が数十人がかりで発動した魔法は、ルーン言語とは異なる、《魔族》特有の魔法言語を用いた特級攻撃魔法である。


(大した威力だ。これは古代世界でも十分に通用するだろうな)


 内心、エルザードは《魔族》達に称賛の念を送っていた。

 よくぞ、ここまで練り上げたものだ。

 かの魔法を浴びたなら、どのような強者とて跡形もなく消え去るだろう。


「や、やったか……!?」

「我等が全身全霊の一撃を浴びて、生きていられるわけがない……!」


 勝利を確信する《魔族》達。エルザードすら、決着の予感を抱いている。

 だが――魔法発動の限界時間を迎えたことで、光の柱が消失すると同時に。


「申し訳ありませんが。お遊戯事なら余所でやってください」


 誰もが、愕然とした思いを抱く。


「む、無傷、だと……!? そんな、馬鹿な……!」

 

 若い《魔族》が目を見開きながら呟いた。

 優雅なる立ち姿を見せるアード・メテオール。その身に損傷は皆無。

《魔族》達が積み上げた研鑽は、彼の微笑を僅かに曇らせることすらできなかった。


「さて……次は、私の番ですね」


 アードの口元に冷然とした笑みが浮かぶ。

 その直後、彼の周辺に九つの魔法陣が顕現した。一種の多重発動ではない。これは――


「ナ、《九重発動(ナイン・キャスト)》だとぉッ!?」


 老魔族の驚嘆。前後して、魔法陣から攻撃魔法が次々と放たれた。

 爆炎。雷撃。氷刃。土塊。衝撃。閃光。瘴気。鉄杭。闇衝。

 それはまさに、圧倒的な暴力であった。

 百戦錬磨の《魔族》達。一人一人が一騎当千の怪物。

 そんな集団が今、一方的に蹂躙されている。


「殺せッ! 奴を殺せぇええええええええええッ!」

「ぎぃああああああああああッ!?」

「あっ、足が! 足がああああああああ!」


 怒号と悲鳴の中、アードは悠然と、絶大な力を行使する。

 周囲には敵しか存在せず、孤立無援。まさに絶望的状況の只中であるにもかかわらず。

 あの男は、まるで己が庭を散歩するかのごとき気安さで、唇に微笑すら浮かばせながら、一方的に敵方を叩き潰す。しかも……誰一人、殺さずに。


「凄い……! やっぱりアードは凄い……!」


 エルザードのすぐ近くで、鎖に繋がれたイリーナが感極まったように呟いた。

 その表情には希望と称賛のみがある。

《魔族》達がアードに向けるような、畏怖の念はどこにもない。


「……よく計算できてるね、アードくん」


 エルザードは目前の現実に冷や汗を流した。

 アード・メテオールはまだ、本気を出していない。

 最愛の友人に畏れを抱かせぬよう、手を抜きながら戦っている。

 万の軍勢さえ相手取れるような、怪物の集団を相手にして。

 かの少年はまさに、規格外と呼ぶに相応しい異常者であった。


「……そんなにも、友達が大切か。友達を失いたくないか。アード・メテオール」


 呟くと共に、エルザードは一つの気づきを得た。

 彼は、かつての自分と同じなのだ。

 孤独に苦しみ、友を求め、報われぬ努力を健気に積み重ねる、愚かな自分。

 そうだからこそ、エルザードは彼のことを深く理解できる。


(きっと彼もまた、こちらの全てを知れば、ボクのことを理解してくれるんだろうな)

(ボク達は良き理解者としてわかり合うことができる)

(それはボクが、ずっと望んでいた存在だ。ずっと望んでいた関係だ)

(でも、だからこそ)


 だからこそ……憎しみが募る。


「なんで、もっと早く生まれてくれなかったのかな」


 遅い。何もかもが、致命的なまでに遅すぎた。もはや望むものが手に入ったとしても、エルザードの心に安らぎがもたらされることはない。


「もっと早く生まれてくれたなら。もっと早く、ボクと出会ってくれたなら……!」


 破竹の勢いで《魔族》達を仕留めていく少年の姿を睨みながら。


「あぁ……久しぶりだな、この感じ……」


 孤独に狂いし暴虐の龍は、拳を握り締めた。


「気が狂いそうだよ、アード・メテオールッ……!」


   ◇◆◇



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