第二話 元・《魔王》様、友達が出来てウッキウキ
友達が作れなくて悩んでいた俺だが、好機は唐突に訪れた。
そう、イリーナちゃんである。……ていうか、ちょっと唐突過ぎて実感が沸かない。
まぁ、友達ができる瞬間なんてものは往々にしてこんな感じなのだろう。
なんにせよ、イリーナと出会って以降、俺の人生は煌めきを得た。
一緒に山に出かけて遊んだり、一緒に水浴びして遊んだり、一緒に同じベッドに入って寝たりなど……
マジで毎日が幸せ。前世から引きずってた孤独感はすっかりと癒え、ただただ幸せな気持ちだけが心の中にはある。
そして本日も、俺は元気に子供らしく、イリーナちゃんと野山を駆けまわる所存。
自宅にて彼女の来訪を待っていると……昼下がりのことである。
「うぉ~い、アードォ~! これこれ! これ見てくれよぉ~! キャッホォウ!」
イリーナちゃんではなく、鬱陶しいテンションの我が親父殿が部屋にやってきた。
その手には一振りの長剣が握られており、美しい刀身が煌めきを放っている。
「ここ最近、剣が劣化しててさぁ! だから思い切って買い換えちゃったっ!」
きゃっ、なんて言いながら全身をくねらせる親父殿。非常に気持ちが悪い。
「ほらほら、見てよアードくぅ~ん。スゲーべ、コレ? 超業物だべ?」
鬱陶しいテンションを維持したまま、こちらに剣を差し出してくる。
俺は柄を握り、刀身をまじまじと見つめ……
「父上。残念ながら、出来損ないを掴まされたようですね」
ほへ? なんて声を出し、首を傾げる父。どうやら彼は、モノを見る目がないらしい。
「この剣に付与された特性は、【切れ味一〇倍】のみ。これでは手抜きもいいところでしょう。この素材であれば付与術式の圧縮技術を用いることで、三種は付与が可能かと」
「…………えっ? いや……えっ?」
駄作を掴まされたことがよほどショックなのだろう。父がポカンとしている。
「ご安心ください。業物とまではいきませんが、普通の剣に昇華することは可能です」
そう述べると、俺は剣に付与を行い、父へと手渡した。
「……ちなみに、だけど。どんな特性を付与したんだ?」
「はい。【切れ味一〇〇倍】【火属性追加】【切れ味自動修復】の三種です」
答えてからすぐ、父は近くにあった机へ剣を振るい、角を両断した。剣には火属性が追加されているため、切り落とされた角は燃焼しながら床に落ち、すぐさま消し炭となった。
出来損ないを掴まされたことが相当頭にきているようだな。まぁ、今回はモノにあたってもしょうがあるまい。それぐらい、さっきまでの剣は酷かった。
「……おい、マジかよ、コレ」
刀身を見つめながら、ブツブツと呟く父。ふむ、よほど腹を立てているのだろうな。
ともすれば鍛冶屋の親父のもとへと殴り込みを――
「ア~ド~っ! あたしが来たわよ~っ!」
かけかねん様子だが、もうどうだってよくなった。やりたきゃやるがいい。
こちとらイリーナちゃんと遊ぶのに忙しいのである。それ以外は些事である。
怒り心頭の父など捨て置いて、俺は玄関へと向かうのだった。
「お待たせいたしました」
「ううん、大丈夫! さ、行きましょっ!」
俺の手を掴み、元気よく走り出すイリーナちゃん。その可愛らしさは本日も変わりがない。長く美しい銀髪。人形のように整った顔。透明感ある純白の肌。そして――
薄手の白いワンピースから覗くおっぱい。谷間。横乳。
この子と友達になれてよかったと、切実に思える瞬間であった。
さて。そんなこんなで、山に到着。
「あっ、そうだ。実はさ、パパに“剣を新調したいから素材を集めてほしい”って頼まれたんだけど……手伝ってくれない?」
「おやすい御用です。ちなみに、素材はどういったものをご所望ですか?」
「ん~っと、確か……【アルテマ・タイガーの大牙×二】、【メテオ・スライムの体液】、【エンシェント・ボアの魔石×一】だったかしら」
いや、そんな魔物、この山のどこにもいないのだが。どいつもこいつも超高難度冒険地にしか存在しない連中である。これは彼女の父親流のジョークだろう。
だいたいコレだろうな、という魔物には目星がつくので、それを狩ることにした。
それを簡単にこなした後。俺達は遊びを兼ねた“経験値稼ぎ(ファーミング)”を実行する。
山中のダンジョンに潜ってひたすら魔物狩り。一体を倒すごとに、自身の魔力量が微量ながらも上昇する。魔法の使い手たる《魔導士》が強くなるには、これが一番早い。
およそ五時間ほどこもって経験値稼ぎ(ファーミング)をした後、ダンジョンを出る。
俺はまだまだ余裕なのだが、イリーナがバテにバテた。
外へ出て小休憩をとる。……と、回復したイリーナがこちらを見て、
「ね、ねぇ、アード。あたしに、その……無詠唱のやり方を教えなさいよっ!」
山中にて、イリーナがこんなことを言ってきた。
「これはまた異なことを。イリーナさん、貴女以前おっしゃっていたではありませんか。無詠唱なんて三歳の時点でマスターした、と」
「そ、それは、その…………べ、別にいいでしょっ! そんな昔の話はっ!」
顔を真っ赤にして、涙目となりながら叫ぶ。この様子から察するに、嘘をついたな。
本当は無詠唱ができないのか。
「まぁ、よろしいでしょう。ただイリーナさん。無詠唱について語る前に……そもそも魔法とはいかなるものか、お聞かせ願います」
「ふふん! 簡単よ、そんなのっ! 《魔王》様が創造したルーン言語! それで作られた魔法術式を詠唱して、魔力を消費することで発動するパワー! それが魔法っ!」
正解でしょ? だから褒めていいのよ? ていうかむしろ褒めて! わんわん!
みたいな顔をしながらこちらをチラッチラ見てくる。
そんな期待に応えて、俺は彼女の頭を撫でながら褒め言葉を送ってやった。
「ふへへへへ……! ま、まぁ、あたしだからね! 当然よね!」
得意げな顔して大きな胸を張るイリーナちゃん、マジ可愛い。しかし、
「ではイリーナさん。詠唱とはそもそもなんですか? なぜルーン言語でなければいけないのですか? ルーン言語と魔法の関係性についてはご存じですか?」
これにはイリーナも口ごもってしまった。まぁ、答えられなくて当然だ。何せ教本はそこまで突っ込んだ内容を記していないからな。もっと言えば、教本に記されている内容は下級魔法どまり。しかも、前世の時代よりも遙かに弱体化された術式が掲載されている。
これは民衆に大きな力を与えぬための措置だろう。
この国の為政者はよほど民衆に力を渡したくないらしいな。掲載されている呪文の弱々しさからして、かなり民衆を恐れていると思われる。
おそらく、強力な術式は貴族達が独占し、一子相伝で伝えているのだろう。
「よろしいですか、イリーナさん。魔法というものは、ひとえに魔法陣の構築によって成される業です」
「魔法陣の、構築?」
「その通り。そして詠唱とは、陣の内容、術式を読み上げることで陣を構築する方法です。それをやったうえで陣に魔力を流し込む。これが魔法発動のプロセスの一つ、ですね」
俺は人差し指を立てながら、説明を続行した。
「陣の構築は詠唱だけでなく、脳内に陣そのものを鮮明にイメージするだけでも可能です」
指先に《フレア》の魔法陣を顕現させる。それをイリーナに見せながら、
「この魔法陣を脳内に思い浮かべつつ、魔力供給のイメージをしてみてください」
「わ、わかったっ!」
頷き、掌を天へ突き上げるイリーナ。次の瞬間――
彼女の掌の先に陣が現れ、そこから小規模な炎柱が一直線に伸びた。
「わっ! わわっ! できた! できたわ! 無詠唱っ!」
無邪気に喜ぶさまがなんとも可愛い。心がほっこりする。
「やった! やった、やったっ!」
よほど嬉しかったのだろう。何度も何度も、無詠唱で《フレア》を放つイリーナ。
その姿に俺は……ほっこりすると同時に憐憫を覚えた。
魔法の威力、効力というのは、法陣に対する魔力供給の量によって変動する。
通常、《フレア》に対する一般的な供給量を一〇〇とするなら……イリーナのそれは、二〇かそこらだろう。ゆえに彼女が放つそれは普通よりもずっと弱い。
おそらく、イリーナの魔力量は平均値よりも遙かに低いのだろう。
即ち、才能がない。だから今後、彼女は手ひどい挫折を味わうだろう。さりとて……
「やった! やった! これでアードとおそろいだわっ!」
……例えどんなことがあろうとも、俺はこの子を支えると決めている。
どんな悲しみだろうと、どんな苦しみだろうと、俺が一緒になって背負う。
何度挫折しても、そのたびに手を引っ張って、起き上がらせてみせる。
それが、友達というものだから。
イリーナちゃん (マジ天使)との日々は流れるように過ぎていった。
そんなこんなで、俺も一五歳である。前世でもこの時代でも、一五歳となれば立派な成人であり、職業選択を含めた人生設計をし始める年頃だ。その点については、うちの親やイリーナの親も重々承知しており――
本日、我が家でイリーナの親も交え、進路相談の会議を開く予定である。
さて現在、時刻は夜九刻。空は闇色に染まり、黄金色の月が地上を照らし、虫達による合唱が耳に心地良い。そんな時間に、ノックの音が響いた。
両親の代わりに俺が来客を出迎える。その相手は――
「こんばんわっ! アードっ!」
夜だろうと関係なく元気はつらつなイリーナと――
「やぁ、アード君。こんばんわ」
白髪の青年エルフ、ヴァイスである。イリーナは彼の娘さんであった。
二人と共にリビングへ移動し、皆で食卓を囲むと、まずは食前のお祈りを行う。
「我等が神祖、《魔王》・ヴァルヴァトス様と、女王陛下のお恵みに感謝いたします」
この時代では、俺を主神とした宗教が全世界に根付いているのだが……非常に複雑だ。
女王はともかくとして、自分に対しなぜ感謝の念など捧げねばならんのか。
「さ、辛気くせぇお祈りも済ませたし、食え食え。今日も美味ぇぞ? アードのカレーは」
「わ~いっ! いっただっきま~すっ!」
もくもくとカレーをかっこむイリーナちゃん。食いしん坊なところも可愛らしい。
「うふふふ。イリーナちゃんは相変わらず可愛いわねぇ~。お母さんにそっくりだわぁ。……あぁ~、快楽責めしたぁ~い……」
危ない発言をする危ない顔した危ない我が母者のことなど目もくれず、イリーナはカレーに舌鼓を打っている。……ちなみに彼女の母親についてだが、詳しいことは知らない。この場に出席していないうことからして、なんとなく察しはつくが。
さて。主にイリーナちゃんのおかげで楽しい食事の最中。
「もうそろそろ、話をしようか」
ヴァイスがスプーンをテーブルに置きつつ、こう切り出してきた。
その中性的な美貌には柔和な微笑が浮かんでいるものの、瞳には真剣な光がある。
「まずアード君。君はこれから、どうしたい?」
「そうですね……やりたいことはいくつかありますが、目下達成したい目的はと問われたなら……友達を一〇〇人ほど作りたいですね」
「はは。君はなんというか、本当に読めない子だね」
なぜだか苦笑しつつ、ヴァイスは続いて、イリーナに水を向ける。
「君はどうする? 本(、)質(、)的(、)な(、)将(、)来(、)は(、)既(、)に(ニ、)確(、)定(、)し(、)て(、)い(、)る(、)けれど、そこに至るまで、まだまだ時間的余裕はある。その間、君はどうしていたい?」
「う~ん……まぁ、とりあえず、その……ア、アードと一緒にいたい、かな」
照れくさそうに紅い頬を掻きながらそっぽを向く。イリーナちゃんマジ可愛い。
「うん。二人の気持ちはわかった。となるとやはり」
「魔法学園へ入学するのがベストだわな」
「アードちゃんのやりたいことにピッタリだし、イリーナちゃんの願いも叶うしね~」
学園。その単語を聞いた瞬間、俺はズキリと胃の痛みを感じた。
友達作りがしたけりゃ学園に通うのがもっとも手っ取り早い。かつて前世でそう考えた俺は、外見を普遍的な醤油顔に変え、経歴を偽り、学園に入学したことがある。
正体を隠し、別人として生きれば友達ができるのではと考えた末の行動だったのだが……学園内にて、俺は見事に孤立した。ていうか、いじめられてた。
《魔王》とか呼ばれてるくせに、下々の連中にいじめられてた。
ちょっと授業中、用を足しにトイレへ行っただけなのにウンコマンというあだ名を付けられて笑いものにされたり、心ない連中に机や教本を汚されたりして……
結局、一年程度で自主退学した。
そういうわけで、学園というのは俺にとってトラウマの宝庫なのだが。
「魔法学園っ!? なんだか楽しそうねっ!」
目をキラキラと輝かせているイリーナちゃんを前にして、まさか入学したくないとは言えぬ。守りたい、この笑顔。ゆえに俺は。
「異存はございません。イリーナさんと共に魔法学園へ入学いたします」
「うん。それがいいよ。きっと友達もたくさんできるだろうし……特にアード君。君にとっては常識を学ぶいい機会だと思う」
常識? そんなの誰よりも理解しているつもりだが。何せこちとら元・《魔王》である。ありとあらゆる常識・マナーを習得していなければ外交などできはしない。
まぁ、ヴァイスにとっては俺もまだまだ単なる子供、という認識なのだろう。
ここは素直に頷いてから……別の話題を切り出す。
「ところで。入学するのはいいとして、我々にそうした資格があるのですか?」
「うん? 資格、とは?」
「魔法学園について、私はよく存じ上げませんが……平民が入学を許されるような場所、なのでしょうか? お貴族様専用の学び場という印象が強いのですが」
「その点については問題ないよ。一昔前は今以上に貴族の平民蔑視が強くてね。学費の高さなどもあって平民は魔法学園に入学できなかったんだけど、今はそうしたこともなく、学園は広く門戸を開いてる。……というか、君達が入れない場所なんてどこにもないよ」
「――? それは、どういった意味ですか?」
首を傾げる。と、ヴァイスもまた同様に小首を傾げ、
「……なぁ君達、この子に何も話してないのか?」
我が両親達を見やりながら、問いを投げた。
「いやぁ、なんつーかよ。人の武勇伝聞くのは好きだが……」
「自分のことなんて語りたくないのよね~。なんだか恥ずかしいし」
照れ笑いを浮かべる二人に、ヴァイスはため息をついた。
それから彼は、俺のことをジッと見据えて、
「いいかい、アード君。これから語ることは、正真正銘の真実だ」
そのように前置いてから、ヴァイスは……衝撃的な内容を口にした。
「君の両親はね、かの名高き大魔導士様。そしてこの僕は、恥ずかしながら英雄男爵と呼ばれている。要するに、君の親も僕も、特別な存在というわけさ」
「えっ」
淀みなく紡がれた情報に、俺は思わず間の抜けた声を発していた。
ヴァイスの表情には、冗談の気など微塵もない。彼の発言は事実とみて間違いなかろう。
……少々、現状は気に食わないものであった。
俺は特別な存在になるということを、自分でも引くぐらいに拒絶している。
過去、《魔王》と呼ばれるほど特別な存在になったことで、様々なものを失ったからだ。
特別な存在になるというのは、孤独になることと同義なのである。それを知っているがゆえに、俺は特別であることを嫌うし、そうなることを避ける。
しかし、過ぎてしまったことはもはやしょうがない。大魔導士の息子という立場、遺憾ではあるが受け止めよう。幸いにも、書物によれば父母は突然変異体である。
突然変異体とは、種族の限界を超えた異常な才能を持って生まれた者達の総称だ。
彼等の才覚は一代限りで、次世代に受け継がれることはない。それだけが救いである。
親が特別でも俺は特別ではない。ゆえに……再び《魔王》と呼ばれることにはなるまい。
以降、会議は穏やかに過ぎていき、大きく揉めることもなく終了。
そして、食事も終わりに近づいた頃。
ヴァイスがこちらを見て、真剣な面持ちで口を開いた。
「……学園でも、イリーナのことをよろしく頼んだよ、アード君」
親としては当然の言葉、なのだが。なぜだろう?
ヴァイスの顔には、必要以上の緊張と不安が張り付いていた。