第一七話 元・《魔王》様×バトルイベント×大騒乱
バトルイベントまでの七日間。
俺はあらゆる妨害工作を行ったのだが、運命の悪戯か、どう考えてもそうはならんだろうという展開が発生し、ことごとく失敗。
そして本日。バトルイベントは無事、開幕と相成った。どうしてこうなった。
舞台は王都最大の多目的スタジアム。古代に作られたコロッセオを増改築したこのスタジアムには、最大で二万人もの客を収容できる。
ラーヴィル国立魔法学園は国内どころか大陸でも随一の名声を誇るため、その生徒達によるバトルイベントは毎年人気の催しとなっていて……場内は超満員であった。
開放型の天蓋から降り注ぐ太陽光がスタジアムを明るく照らす。
場内中央にて繰り広げられている、一対一のド派手な魔法戦に、観客は割れんばかりの声援を送っていた。スタジアムは今、まさに灼熱の坩堝と化している。
その要因は前述した通り、生徒による本気の戦いが大きいのだが……
特別ゲストとして、ウチの両親とイリーナの父、つまり、大魔導士と英雄男爵が司会者として参加していることも、熱気の要因であると考えられた。
しかし……皆、英雄による高度な解説などを期待していたのだろうが。
「女子の試合はいまいち燃えねぇんだよなぁ~。ゴリラみたいな奴ならイケるんだが」
「貴方はそうでしょうねぇ~。……にしてもこの子達、かなりイイわぁ~。おっぱいのサイズもお尻の形も最高。これ終わったら声かけようかしら(ジュルリ)」
ウチの両親は人として終わっているので、そういうのを期待しても無駄である。
「レミングさんの攻撃魔法の腕前は目を見張るものがありますね。しかしリジーさんの洞察力も素晴らしい。実戦では魔法の腕前以上に人間としての基礎能力が問われます。よって、まだまだこの試合、どう転ぶかわかりませんよ」
ウチの馬鹿親とは違い、ヴァイスは的確かつわかりやすい見事な解説を行っている。
さすが、俺の中での「お父さんと呼びたい人ランキング」NO.1の男である。
さて、そうした司会者達の真後ろ。即ち、最前列の特等席にて、俺もまたバトルイベントの行方を見守っていた。そんな俺の隣には、
「此度の試合も中々のものだな。どちらも筋がいい。貴様もそう思うだろう?」
「えぇ、まったく、おっしゃるとおりです」
素敵な笑顔を張り付けたオリヴィアが座っている。
彼女に対応する俺もまた、微笑みを崩してはいない。それゆえに……
「あの二人、凄くいい雰囲気よね……」
「やっぱりデキてる噂、本当なのかな」
こんな誤解(、、)をする者がほとんどであった。
そう。俺達は全然、いい雰囲気でもなんでもない。
なぜなら、俺達がやっているのは仲睦まじい男女の会話などでは断じてなく。
高度な心理戦、なのだから。
「いやぁ、それにしても素晴らしい生徒達だなぁ。あの二人、アルヴァートが弟子に取りたいと思えるほどの逸材ではなかろうか。貴様もそう思うだろう?」
「さて。私はアルヴァート様とはお会いしたことがございませんので、なんとも」
奴はさっきからデタラメなことばかり言って、こちらの反応をジッと観察し続けている。
ほんの僅かでも、「いや、そんなことありえんわ」といった表情をしたなら、その時点で終わりだ。何せオリヴィアは表情の僅かな変化で相手の心理・思考を全て把握できる。
そのため、俺は常に平然とした微笑を作り続け、ツッコミを入れたい気持ちを必死に抑え込んでいるというわけだ。
それにしても。さっきのは危なかった。あの四天王一、というか、我が軍の中でも随一の戦闘狂が弟子など取るわけがない。
有望な人材のことごとくを襲って再起不能にするような人間だぞ、あいつは。
逸材と感じた瞬間、殺しにかかるのがアルヴァートという男である。
……あいつは今頃、いったい何をしているのだろうか。そんなことを考えつつも、オリヴィアに対する警戒は一切怠ることなく、俺はイベントの進行を見守った、のだが。
ハッキリ言ってしまうと、客がなぜ興奮するのかまるで理解できない。
古代世界における魔法戦に比べると、まさにスライムとドラゴンである。
そのため、全ての試合が俺にとって興味の対象になりえなかった、のだが。
我が愛娘的存在のイリーナちゃんと、弟子の一人であるジニーだけは話が別。
保護者、あるいは師匠として、俺は二人の勝利と栄光を願うべきなのだろうが、アードくん講師化計画などというものがある手前、真逆の思いを抱いていた。
二人が負けますように。なるべく怪我をせず、あっさりと負けますように。
……そうした祈りに反して、二人は順調に勝ち進んでいった。
「いやぁ、それにしても! イリーナさんは素晴らしい逸材ですね! あれほど悪い精神状態にもかかわらず、他の生徒を寄せ付けていません!」
一時休憩の際、司会者が拡声の術式が組み込まれた短筒型の魔道具に向かって声を放つ。
イリーナへの称賛に対し、ヴァイスはニコリと微笑んで、応答を寄越した。
「あの子の実力は、当人の才覚もありますが……やはり、アード君の指導が大きい」
はっ? ちょ、ちょっと待て。一体なにを――
「イリーナと出会ってからの数年間、アード君は常に彼女を指導し続けてきました。その指導内容と方針は、彼女の口からいつも聞かされていたのですが……本当に見事な内容でした。幼くしてこれほどの指導力を持つアード君を、僕は末恐ろしく感じましたよ」
こんなことを言って、ヴァイスはチラリとこちらを見やり……ウインクしてみせた。
いや、ありがた迷惑だよ!
世間に君の凄さをアピールしてあげたよ、みたいな顔をするんじゃない!
お前が余計なこと言ってくれやがったもんだから!
「……あのバカ弟も、大した指導力の持ち主であったなぁ?(ニッコリ)」
ほらこうなった! どうしてくれのだ馬鹿者! 世が世なら打ち首モノの失態だぞ!
イリーナやジニーも勝利者インタビューで俺のことを持ち上げるようなことばかり言ってしまうし……このままでは迷惑極まりない計画が成されてしまう。
だが、現状に対する良策は終ぞ見出せず……とうとう、決勝戦を迎えてしまった。
決勝の舞台でぶつかるのは、イリーナとジニーであった。
場内中央。円形のフィールドの中で、二人が対峙し、睨み合う。
「ふん。なかなか見応えのある戦いになりそうだな」
「……えぇ、そうですね」
我々だけでなく、会場内の客全員が、両者の勝負に注目していた。
俺としては、大きな怪我なく無事に終わってくれればそれでいい。
講師化計画なるものについては……もう考えない。現実から目を背けさせていただく。
そして、本イベント最後にして最高の試合が幕を開ける――その直前であった。
「きゃあああああああああああああああああっ!?」
唐突に。なんの前触れもなく。鋭い悲鳴が上がると同時に。
遠近、随所から破壊と怒号が響き渡った。
何事か。完全なる不意打ちに驚きを覚えつつ、周囲を見回した。
視界に映る光景、それは客席にて、多数の《魔族》が暴虐の限りを働く姿。
場内はまさに阿鼻叫喚、だが。そうした状況が展開されているのは、ここだけではないかもしれない。遠方の空に、黒い煙が上がっていくのが見て取れる。これはつまり……
「どうやら、連中が暴れているのはここだけじゃないみたいだね」
不意に耳へ届いた美声。それはジェシカのものだった。彼女はいつの間にか俺達の傍に立っていて、先刻までの俺と同様、遠方に上がるのろしを睨んでいる。
「……動くんだろう? アードくん。それならば、ボク達も手伝うよ。貴女もそうしてくださるでしょう? オリヴィア様」
「無論だ」
無言のまま、険しい顔をして頷くオリヴィア。
俺達の会話を耳にしたか、我が両親やヴァイスもまた、こちらを見て、
「オレ等も手伝うぜ!」
「ふふ、久しぶりに全力出しちゃおうかしら~」
「いや、それはやめときなよ。王都が消し飛ぶから」
悲鳴と怒号、破壊音がおぞましい音楽を作り上げる中でも、三人は平然とした表情で構えている。さすがは大英雄。なかなかの胆力だ。
「場内の連中はオレとカーラ、ヴァイスで請け負うぜ!」
「うむ。ならばわたし達は外部、だな」
「となると、オリヴィア様とアードくんは単独で。ボクはイリーナくん、ジニーくん、両名を連れて対処するのがベストだね。他の生徒達は疲労困憊で使い物にならないだろうし、講師陣は指示を与えずとも勝手に動くんじゃないかな」
異論はない。ジェシカのプランはもっとも効率的であろう。
ただ、個人的感情を述べると……イリーナには参加してほしくなかった。
しかし、ダメだと言っても彼女の性分だ。勝手に出て行ってしまうだろう。
ならばせめて、二人を手元に置いておきたい。何せ彼女等は《魔族》に狙われている可能性がある。……とはいえ、ジニーはともかく、イリーナはそれを拒否するだろう。
もっとも効率的に、多くの人民を救うには、分散した方がいいに決まっている。
彼女は確実に、自らの危機を度外視して人々のために動くだろう。
こればかりは、どうやっても説得できる気がしない。
俺の暗澹とした感情を察したのか、ジェシカはこちらの肩を叩き、微笑する。
「安心してくれよ。キミには及ばないが、これでもボクは名門侯爵家の才女だぜ? イリーナくんもジニーくんも、怪我一つさせずに帰してやるさ」
「……お任せしましたよ、ジェシカさん」
一つ頷くと、俺は全員に指示を出した。
「では、散開いたしましょう」
無言のまま、全員が一斉に躍動する。
俺は浮遊の術式を構築し、跳躍。そのまま天空へと飛翔し、スタジアムの上空へ移動。
眼下に広がる王都には、やはり、多くの場所で悲劇が生まれているようだった。
「まったく……! どうしてこうなった……!」
舌打ちを一つかましてから、俺は手近な場所へと向かい、掃討を開始する。
敵勢力はかなりの数だが……なんだろう、《魔族》にしてはどうも、弱すぎる。
付け加えると、外見が皆そっくりというのも気になるところだ。
まるで、誰か一人のコピーを大量に造り出したかのような……
まぁ、なんにせよ。
掃討戦は極めて簡単なものであった。
王都の只中を疾駆し、目に映る敵方へ適当に攻撃魔法を叩き込む。
そうしたつまらぬ行為を三〇分ほど続けたところ、徐々に喧噪が収まり始めた。
どうやら魔導士団が出張ってきたらしい。これならば、あと一時間もあれば事態は沈静化するであろう。ならば……
「一旦、イリーナ達の様子を見に行くか」
そう呟いて、探査魔法、《サーチ》を発動しようとした、その瞬間。
「アードッ!」
聞き慣れた声――我が父、ジャックのそれが耳に入る。
彼の方を見やる、と。その表情には強い焦燥感が浮かんでいて。
否が応でも、胸騒ぎを感じさせる。
そして――
「は、早く、来てくれ! このままじゃ……」
ジャックが紡いだ言葉は、俺がもっとも恐れていた事態の発生を、示していた。
「このままじゃ、あいつ(、、、)が死ぬッ!」