表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/155

第一六話 元・《魔王》様、女達に困る PART2

「な、なな、ななな……!」

 

 こちらの痴態を凝視しながら、顔を真っ赤にして、全身を震わせるイリーナ。


 その格好は、なぜだか随分と過激なものだった。


 上は白いビキニ。下は蒼の超ミニスカで、黒いヒモパンがほとんど丸見え。

 なにゆえこうした大胆な衣服を着用しているのか。

 ……そんな疑問、今はどうだっていい。考えるべきことは一つ。


「なぁにやってんのよぉおおおおおおおおおおおおおッッッ!」


 怒りを爆発させたイリーナちゃんを、どうやって鎮めればいいのだろうか。

 彼女は怒声を放つと同時に、銀髪を振り乱しながらこちらへ突撃。

 俺の上に跨がるジニーにタックルをかましてブッ飛ばすと、


「ばかぁっ! ばかばかばかばかばかぁっ! アードのばかぁっ!」


 ジニーに代わって馬乗りとなり、こちらの顔面に拳を落としてくる。

 それは乙女の可憐なる抗議……と言うには、あまりにも高度なオフェンスであった。

 格闘家も顔真っ青になるほどのマウント・パンチである。めちゃくちゃ痛い。


「ぐごっ! おげっ! あばっ! イ、イリーナさん、落ち着いてくだ……ぶべらっ!?」

「うわ~~~~~~~ん! アードのおばかぁああああああああああ!」


 大きな碧眼から噴水のような涙を放つイリーナ。

 そんな彼女の背後にジニーが近づいて、


「野蛮ですねぇ。ミス・イリーナは。そんなんじゃアード君に嫌われちゃいますよぉ?」


 イリーナの体がビクッと震え、拳が止まった。

 そんな彼女をジニーは後ろから羽交い締めにして、引きはがす。

 それからイリーナの目を真っ向から見据え、問いを投げた。


「そもそもミス・イリーナ。貴女、何をしに来たんですかぁ?」

「そ、それは……アードと、仲直りしたかったから……ここ最近、あたし、酷い態度とってて……嫌われたくないって、そう思ったから……」


 バツが悪そうに、イリーナは唇をもごつかせた。


「へぇ~。そうなんですかぁ~。その格好も、仲直り計画の一環?」

「そ、そうよっ! アードのお母さん、カーラおばちゃんが言ってたのっ! お、男の子は、エ、エエエ、エッチな服を着てお願いすれば、なんでも聞いてくれるってっ!」


 ……母者よ、貴様、ウチの娘に何を吹き込んでくれているのだ。


「それから、え~っと……セなんとかをすれば、お互い気持ちよくなってすぐ仲直りできるとも言ってたわっ! だから、アードとセなんとかをしに来たのよっ!」


 ……母者とは後日、話し合いの席を設けねばなるまい。


「へぇ~。ところでミス・イリーナ、セなんとかがどういうものか、知ってるんですかぁ?」

「そ、それは……! ア、アードに教えてもらうわっ!」

「……ぷっ (笑)」

「なっ!? なにが可笑しいのよっ!?」

「いえいえ、そういうお子様なところが、ミス・イリーナの魅力なんだなぁ~って思っただけですよぉ~? この歳でそういう知識がないなんて、とっても清純ですねぇ~」

「ぐぬぬぬぬ……! あんたぁっ! あたしのこと馬鹿にしてんでしょ! だいたいねぇ! あんたがアードにちょっかい出すからこんなことになってんのよっ! あんたがアードに近づくようになってから、我慢ができなくなったのっ! これまではずっと我慢できたのに! もう、アードが女の子に囲まれてるとこ見ると腸が煮えくりかえるのよっ!」

「うわぁ。ご自身の不出来を他人のせいにするだなんて、淑女としてどうかと思いますわ」

「なぁ~にが淑女よっ! そ、そそ、そんな、いや、いやらしい格好しておいてっ!」


 バチバチと、両者の間で火花が飛び散る。

 そして、怒気で顔を真っ赤にしたイリーナが、目を吊り上げて叫んだ。


「こうなったら決闘よっ! 今度のバトルイベントでボッコボコにしてあげるわっ!」

「いや~ん。ミス・イリーナったら、野蛮だわ~。…………けれど、まぁ、私もほんのちょっぴり野蛮なのよね」


 ジニーの瞳に、好戦的な色が宿る。


「いいですよ? その決闘、受けて立ちます。どうせ私が勝ちますし」

「言ったわねぇ……! じゃあ、負けたらあんた、アードに近づくのやめなさいよっ!」

「えぇ、えぇ。お約束します。なんなら、そのついでに全裸で王都を一周してさしあげますわ。ただし、ミス・イリーナが負けた場合、貴女に全裸で走ってもらいますけど」

「上等よっ! 全裸で王都を一〇〇周したうえ、鼻でミートパイを食べてあげるわっ!」


 両者共に髪を逆立たせ、激しい戦闘意思をぶつけ合う。いやぁ、乱世乱世! ……などとふざけたことをぬかしている場合ではない。緊張のあまり現実逃避をするところだった。

 二人が傷付け合う姿なんて見たくはない。だから、俺は緊張と恐怖に耐えつつ、


「お、落ち着きなさいッ! 二人ともッッ!」


 両者同時にこちらを睨んでくる。なんというプレッシャーか。どこぞの《勇者》よりもよほど怖いのだが。

 しかし、ここでたじろいではならない。どちらが上かハッキリとさせるため、俺は土下座したくなるのを必死に我慢し、勇気を振り絞って怒鳴った。


「二人とも、そこに正座なさいッ! 早くッッ!」


 怒ってるんだぞアピールはなんとか通じたらしい。躾されたワンコの如く、二人はビクリと体を震わせると怒気を消し、代わりにこちらを畏怖したような顔となって正座した。


「決闘とはなんですかッ! この程度のことで憎み合い、傷付け合うだなんて、あまりにも愚かなことですッ! 決闘なんて、私は絶対に許しませんからねッ! 二人とも、お互いに謝りなさい! そして仲直りなさい! さもないとご飯抜きにしますからねッ!」


 気分は完全に飼い主のそれである。そんな俺に二人はもごもごと口を動かしたが、しかし、反論することなく互いに向き合って、


「ご、ごめんね、ジニー。ついカッとなっちゃって」

「わ、私の方こそ、ごめんなさい。一時のテンションに惑わされ過ぎました」


 正座の体勢のまま誤り合って、握手をする。

 この子達は根が素直なのだ。そうだからこそ、俺はこの二人が好きなのだ。

 これで一件落着……と、そんな時だった。



「話は聞かせてもらったよ!」



 ドアを派手に蹴破って、何者かが乱入してきたのは。


 俺達の視線が、一斉にそちらへと向けられる。

 床に届くほど長い、プラチナブロンドの美髪。人形のように精緻な美貌。

 乱入者は、ジェシカ先生であった。

 彼女は両腰に手を当て、大きな胸を張りつつ、ニヤリと笑う。


「決闘はダメでも、とりあえずイベントには出てみないかい? 二人とも」


 ……なんだろう、嫌な予感がする。俺は脂汗を流しつつ、事態を静観した。


「でも、アードが出ないし」

「アード君が参加しない以上、私も出る気になれません」

「うん、乗り気でないのはわかる。でも、そこを曲げてイベントに出てほしいんだ」


 ここで一度切ってから……ジェシカは、随分と予想外な言葉を口にした。


「アードくん講師化計画を成すためにも、ね」


 数瞬、唖然とした後、俺は動揺しながら口を開いた。


「はっ!? な、なんですか、それは!?」

「計画名の通りさ。アードくん、キミはもはや生徒という立場に収まる人間じゃあない。我々と同じ立場となって教鞭をとるべきだ。……と、学園長がおっしゃっててね」


 なんてことをしてくれているのだ、あのクソジジイ。


「ただ……やっぱり反対派が多くてね。特に貴族出身の講師なんかは、平民の子供なんぞを講師にするなど絶対に認めないと言って、こっちの話を聞いてくれないんだ」


 いいぞ、もっとやれ、反対派の皆々よ。


「けれど、アピールできる実績があれば彼等を封殺できるかもしれない。それが今度のバトルイベントってわけさ。アードくんの薫陶を受けた二人が活躍し、優勝でもすれば、アードくんの指導力を証明できる。それが計画の突破口になるかもしれないんだ」


 ジニーもイリーナも、なるほどとばかりに頷いた。


「そういうわけで。二人とも、イベントに出てはくれまいか」


 ジェシカの頼みに、二人が悩むそぶりを見せる。


 いかん、これはいかんぞ。アードくん講師化計画? そんなもの成功させてたまるか。

 講師などになったら今以上にオリヴィアとお近づきになるハメになるだろうが。

 そのせいでオリヴィアの素敵な笑顔をいつも見るハメになるだろうが。

 そんなの絶対に嫌だ。ゆえに俺は、二人に釘を刺す。


「私は普段から口酸っぱく申し上げていますよね? 力は見せびらかすものではなく、誰かを守るため、あるいは己の信念を貫くためにあるものだと。バトルイベントなど、その対極にあるものです。よって――」


 二人とも、俺の言葉に真剣な表情を作る。よし、これで不愉快な計画が成功することはなくなった。まったく、二人は素直でいい子――


「……ねぇ、二人とも。講師用の超カッコいい制服を着たアードくん、見たくない?」

「「見たいっ!」」


 ……二人は素直な女の子である。……欲望的な意味でも。


「いや、あの、私は認め――」

「出るからには優勝するわよっ!」

「ちょっ、待っ――」

「ふふん。負けませんよ、ミス・イリーナ」

「だから、私の――」

「「お互い、正々堂々勝負しましょうっ!」」


 二人はライバル同士の熱い握手を交わすと、ジェシカ共々部屋から出て行った。

 俺のことなど、まるでいないもの扱いである。

 ……なんかもう、泣きたくなってきた。


「はは。モテる男は辛いってとこかな?」


 明るい顔で、背中をバシバシ叩いてくるジェシカ。

 そして――


「いやはや。バトルイベント当日が待ち遠しいねぇ。本当に」


 そう呟いた彼女の顔は、普段通りのにこやかなものだったが――

 気のせい、だろうか。


 その表情が、どこか邪なものに思えたのは。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ