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閑話 いじけ虫と、煌めく少女


 燦々と降り注ぐ陽光の下。

 微塵の不穏もない学舎の只中で。

 響き渡るは有象無象共の大合唱。

「こ、これは! 製法が失われた伝説のポーションじゃないか!」

「さすがです……! メフィスト君……!」

「君は我が校始まって以来、いや、我が国始まって以来の天才じゃっ!」

 室内に木霊する礼賛は、一切の淀みなく。

 そうすることが彼等の正義であり、そして。

「チッ、調子に乗ってんじゃ――」

「こいつ! メフィスト君を侮辱したぞ!」

「なんだと!? そんな奴に生きる価値はない!」

「メフィスト君を馬鹿にする奴は、どいつもこいつも死ねばいいんだ!」

 寄って集って一人の生徒を惨殺する。

 倫理も何もない。

 特定の誰かを称賛し、全肯定することだけが、彼等の存在意義。

 それに反する者はすべからく排除すべきだと、彼等はそう思っている。

 悲鳴を怒号で掻き消し、不届き者をバラバラに解体するという残酷を誰も止めることはなく、むしろそれを称賛するのみで、何者もそこに疑念を抱かない。

「メフィスト君万歳! メフィスト君万歳! メフィスト君万歳! メフィスト君万歳!」

「メフィスト君万歳! メフィスト君万歳! メフィスト君万歳! メフィスト君万歳!」

「メフィスト君万歳! メフィスト君万歳! メフィスト君万歳! メフィスト君万歳!」

「メフィスト君万歳! メフィスト君万歳! メフィスト君万歳! メフィスト君万歳!」

 教室の中に広がる、大音声の中。

 メフィスト=ユー=フェゴールは並べられた長机の上に腰を掛け、穏やかに微笑する。

 絶世の美貌を笑ませて、皆々の姿を見回す姿は、天使のように可憐で――

 悪魔のように、恐ろしいものだった。

「――――あぁ、実にくだらない」

 穏やかな笑みの向こうから底冷えするような冷気が放たれた、次の瞬間。

 場に存在する有象無象ことごとくが全身を破裂させ、肉と骨と臓物と鮮血とを撒き散らし、室内に血の雨を降らせた。

 紅き穢れを浴びてなお、彼は無機質な微笑を維持したまま、

「これのどこがいいのだろう。理解出来ないよ、ハニー」

 脳裏に男の姿が浮上する。

 ヴァルヴァトス。あるいはアード・メテオール。

 この世界に存在する、ただ一人の同類。

 他の生命が有機物と無機物の区別も付かぬような、無価値に等しきものである一方で。

 彼だけが、メフィスト=ユー=フェゴールにとって唯一無二の、対等な人間であった。

「さて。そろそろ第一の襲撃をクリアした頃かな」

 遠望の魔法を発動。

 目前に鏡面が現れ、そこに映像が映った。

 地面へ座り込んでいたアード・メテオールが、かつての敵と手を取り合い、立ち上がる。

 そんな場面を目にして、メフィストは安堵の息を漏らしながら。

「あぁ、よかった。立ち直ってくれたようだね」

 天使の美貌に、形だけではない、真の微笑みが宿る。

「それでこそだよ、ハニー。君は唯一、僕に敗北を教えてくれるかもしれない(、、、、、、、、、、、、、、、)存在なのだから」

 一息吐いて、それから、メフィストは鏡面から目を離した。

「さてさて。彼がここへやって来るまでの間、彼と同じ体験をして、彼に対する理解をより深めようと思ったのだけど――」

「飽きてしまわれたのですね。メフィスト君」

 言葉を継いだのは、破裂の対象とならなかった三名のうちの一人。

 ジニー・サルヴァンであった。

「あぁ、そうだね。だって酷く退屈なんだもの」

 この言葉に反応を見せたのは。

「どうして退屈なのか、理由が聞きたいのだわ」

 シルフィー・メルヘヴン。

 彼女の問いにメフィストは淡々と受け応えた。

「君達が、人ではないからさ」

 あまりにも簡潔な真理。

 これに対し、彼女が。

 イリーナ・オールハイドが、言葉を返す。

「あたし達は人間よ。血も通っているし、心だってある」

 メフィストの微笑が無機質なものへと変じた。

「なるほど。血肉の中に高度な知性を宿した存在こそは、確かに人間と呼ぶべきものだ。けれどねイリーナちゃん。それは君達のような有象無象の常識(、、)であり……それを掲げている限り、超越者の認識(、、)は理解出来ないのさ」

 言葉を終えるや否や、メフィストは再び魔法を発動した。

 再生、分解、組み変え。

 室内に広がる血肉、骨片、臓物の塊が寄り集まり……再構築されていく。

 それはまるで、悪夢のような光景だった。

 グチャグチャの死体から、再び人へ戻った彼等は、ことごとくが奇形そのもので。

 知能を低く設定したからか、誰もが呻き声を上げ、夢遊病者のように移ろっている。

「うん。イメージ通りだね」

 指を鳴らすメフィスト。

 次の瞬間、奇形の集団となった彼等が、再び全身を破裂させ――

 再生し、分解され、組み変わる。

 今度は姿形こそ真っ当なものだったが、しかし、肉の内側にあるそれは、異常を極めていた。

「なに見てんだてめぇッ!」

「あぁッ!? 死ねよ糞がッ!」

「どいつもこいつもブッ殺してやるッ!」

 凄惨かつ醜悪な殺し合い。

 己以外の全てを罵倒し、憎悪し、平然と傷付ける。

 その姿を見つめながら、メフィストは、

「――――うるさい」

 もう一度指を鳴らし、そして。

 蘇らせていた生徒達を、バラバラな肉片へと、再変換する。

 彼等の返り血を浴びて、全身を真っ赤に染めながらも、メフィストは眉一つ動かすことなく言葉を紡いだ。

「見ての通り、僕は他者の全てをコントロール出来る。肉体も心も思うがままだ。好きなように殺し、好きなように復活させ、好きなように変えて、好きなように操る。そんなことが可能であるのなら、人間関係など、もはやあってないようなものなんだよ」

 気に入らなければ、消してしまえばいい。

 あるいは作り変えてしまえばいい。

 メフィストにとってそれは造作もないことだ。

「せめて対象となる存在が限られていたのなら、僕も君達のような凡庸の常識を胸にして、愛と正義と平和のために力を振るうことも出来たのだろうね。でも……残念ながら、僕は彼以外の全てを思い通りに出来てしまうんだ」

 だから。

「人間とは、彼だけを指す言葉。だって彼は、彼だけは、僕の思い通りにならないから。僕の想定を、覆してくれるから。けれど……君達はダメだ」

 無機質の中に冷気を潜ませて。

 メフィストは、右の人差し指をシルフィーへと向ける。

「実のところ、ほんのちょっぴりだけ君には期待していたんだよ、シルフィーちゃん。君は僕の(リディア)と親しくて、その気概を継承した唯一の存在だから。もしかしたなら、僕の想定を覆し……本物の人間として接してくれるのではないかと、思っていたのだけど」

 細めた瞳に刃のような鋭さを宿して、彼は言い続けた。

「君はどこまでも想定通りだった。今もこうして、僕に操られるがままだ。所詮君も他の連中と同様に、有機物の皮を被った無機物に過ぎない」

 そして、メフィストは。

 心内に生じた負の情念を理不尽な暴力へと変えて、叩き付けんとする。

「僕はね、期待を裏切られるのが一番嫌いなんだよ」

 シルフィーへと向けられた指の先に、魔法陣が顕現する。

 もはや彼女の末路は決まっていた。

 このまま一瞬にして、シルフィーは床に散らばる肉塊の一部に加わるだろう。

 メフィストにとってそれは、覆し難い状況であり――

 そうだからこそ。

「やめ、な、さいッ……!」

 そのとき。

 目に映った光景はまさしく。

 歓喜に値する、想定外であった。

「………………君は。あぁ、そうか。そういえば、そうだったな。うん」

 目を大きく大きく見開いて、それを凝視する。

 シルフィーを庇うようにして立つ、イリーナの姿を凝視する。

 彼女は依然として、メフィストの支配下にあるはずだった。

 認識を狂わせられ、彼の命令には逆らえず、口から出される言葉も自己意思とはまったく関係のない、空虚なもの。

 にもかかわらず、今。

 イリーナは命令されてもいない行動を取った。

 メフィストの支配から、ほんの僅かではあるが、抜け出していた。

「友、達、を……傷、付ける、奴は……許、さない……!」

 激しい炎のような意思。

 それを目にして、メフィストは。

「ふふ。ふふふふふ。ふふふふふふふふふふふふ」

 頬を紅潮させ、合わせた手を口元へ移し、唇を笑みの形へと歪ませた。

「血筋なんてものに価値を感じたことなんて、一度さえなかった。僕にとっては妻と娘だけが家族の全てであって、それ以降の血縁に興味なんかなかった。……そんな考えが、今、大きく変わったよ」

 メフィストの目に宿ったそれは、強烈な愛。

 けれどもその情念には、只人が見せるような尊さなど微塵もない。

 悪魔の愛とは常に、おぞましいものだ。

「あぁ、イリーナちゃん。君に興味が湧いてきたよ」

 天使の顔に悪魔の笑みが浮かぶ。

 そして彼は、己が子孫を見つめながら。


「正気の君と話がしたい。ゆっくりと、ね……」



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