第一〇九話 元・《魔王》様と、取dアsj戻dfせkf日mdハsm常dハml
――全てが終わった。
数千年前から続く因縁。その全てに、決着が付いた。
しかしそれは、我が手によるものではない。
此度の一件を最善の結末へと導いたのは、我が親友・イリーナであった。
殺すのではなく、生かす。そんなハッピーエンドを成し得たのは、ひとえに彼女の人徳と、人間としての厚みによるものだろう。
俺にはない二つの要素が、イリーナには確かに備わっている。
そのことを再確認すると共に、俺は一層、彼女への敬意を深めたのだった。
――さて。
決戦を終えた後、我々は肩を並べて、冥府から現世へと帰還した。
途中離脱したライザー、シルフィー、オリヴィア、ジニーは存命であり、後遺症の類いも確認されてない。アルヴァートはあくまでも己の死を願っていただけで、復讐などは望んでいなかったのだ。ゆえに極力、誰も死なせぬよう立ち回っていたのだろう。
そして、現世へと到着してからすぐ。
《ストレンジ・キューブ》を再発動し、世界を元の形へと戻し――
我々は、平穏な日常を取り戻したのだった。
そうして、我々は穏やかな生活へと身を投じていく。
まずはなんといっても、夏期休暇の満喫だ。此度の一件は、その最中に発生したもので……結果、我々は休暇の半分以上を犠牲にしたのである。それを取り戻すべく、《ストレンジ・キューブ》で時を巻き戻し、事件の全てをなかったことにしたのだ。
そして俺はイリーナと共に生まれ故郷へと戻り――
素晴らしい夏期休暇を楽しみ尽くしたうえで、学園生活の再開を、迎えたのである。
新学期の到来に際して、我々はまず始業式へ出席し、それから学生寮の自室に足を運ぶ。
どうやら我々が居ぬ間にも定期的に手入れがされていたらしく、生活を再開するにあたって、不便に思うところは何一つとしてなかった。
俺は久方ぶりに寮での一日を過ごし――
翌日、同室のイリーナ、ジニー、シルフィーと共に起床して、朝餉を摂るべく、食堂へと移動する。
その道中のことだった。
「おや、エラルドさん。貴方も今から朝食ですか?」
「おっ、おう……」
先の一件で怪物となってしまったエラルドだが、今は元通りとなっている。
彼は俺の顔を見てからすぐ、ジニーへと目をやって、
「そういえば急用が――」
「せっかくですから、共に参りましょうか」
逃げようとする彼の腕を掴んで、引っ張るように連れて行く。
アサイラス連邦との一件を経て、エラルドとジニーの関係は少しばかり修復されたが、やはりまだまだ完全ではない。
この問題は根深く、二人だけに任せていてはいつまで経っても解決することはなかろう。
よってここは、お節介を焼かせてもらう。
このエラルドもまた、今や我が学友の一人だ。胸を張って、堂々と、学園生活を楽しんでほしいと思う。
そんな彼を加えてから、すぐのことだった。
「教鞭を執る際に重要視されるべきは、生徒への思いやりだ。貴様にそれが出来るか?」
「……まだ、わからない。でも、努力するよ。そのために、ここへ来たのだから」
廊下の端にて、話し込む者が二人。
片方はオリヴィア。もう片方は――
「この学園もいよいよ以て、とんでもねぇところになってきたよな。歴史に残る天才が在籍してるってだけでなく、伝説の使徒様がお二人も教職に就いてるんだから」
エラルドの言葉通り、オリヴィアの対面に居る男もまた、四天王の一人。
男性用の講師服を纏った、アルヴァート・エグゼクスの姿が、そこにあった。
奴は不意にこちらを見ると、やや気まずげに目を伏せたが……
「あ、オリヴィア様! あとアルヴァート!」
イリーナが明るい顔をして、二人の方へ駆け寄っていく。
「ア、アルヴァート様を、呼び捨て……!?」
先の一件について、何も知らぬエラルドからしてみれば、イリーナの言動はとんでもない狼藉として映ったろう。けれども瞠目する彼のことなど気にすることなく、イリーナは快活な笑顔を浮かべながら口を開いた。
「あんた、始業式の挨拶で噛み噛みだったわよね」
「……噛んでない」
「あれぐらいのことで緊張してたら、今後やってけないわよ?」
「……緊張なんかしてない」
そっぽを向きながら、ぶっきらぼうに言葉を返す。
そんなやり取りを見つめながら、ジニーが一言。
「大丈夫、なんでしょうか?」
彼女にとってアルヴァートは、今なお、信用ならぬ敵対者として映るのだろう。
そんな相手が、教職として、自分達の傍に居座ったのだ。警戒心を抱くのも無理はない。
しかしながら。
「問題はありませんよ。先の一件を経て、彼は変わりましたからね」
今まで被り続けてきた仮面を脱ぎ捨て、真の自分を晒しているところからして、それは明らかであろう。
その姿勢がまさに、奴の意思表明となっている。
死への渇望を捨て、未来に目を向けて歩いて行く、と。奴はその意思を、態度で以て示しているのだ。
「そういえば、カルミアは?」
「さっきまで、そこに居たけど…………嫌な奴が近くに来たから、姿を消したよ」
チラリとこちらに目を向けるアルヴァート。
その視線には特別、悪意も敵意もなかったが……奴の相棒には、とことん嫌われているようだな。無理もない話では、あるのだが。
「あの子とも一緒にご飯、食べたかったんだけどな」
「……君が望むなら、説得してみるよ」
「ほんと? ありがと!」
「……ところで。僕も、その…………朝はまだ、なんだけど」
「そうなの? じゃあ、一緒に行きましょ!」
「…………………………うん」
なんとも、微笑ましいではないか、アルヴァートよ。
かつての敵とはいえ、我が心に奴への悪感情など微塵もない。むしろ、学園生活を経て、望ましい何かを得てほしいと思っている。
そうしたなら、オリヴィアやライザー、ヴェーダも併せて……
一度、元・《四天王》、元・《魔王》として、皆との飲み会でも開きたいものだ。
古代において、我々は同じ釜の飯を食い合ってはいたが、その関係性は複雑なものだった。そうした過去を清算し、皆で笑い合うような仲になれたならと、今はそう思う。
こんな心境に至れたのもまた、イリーナのおかげだ。本当に凄い娘だな、彼女は。
「あ、オリヴィア様も――」
「いや。わたしは転入生(、、、)を迎えねばならん。悪いが、欠席させてもらう」
言ってからすぐ、彼女はその場から離れていった。
「じゃ、行きましょっか、皆!」
笑顔のイリーナに、皆も自然と頬を緩めて、頷く。
我々の生活は、刻一刻と変化を続けていく。
それが皆にとっての幸福に繋がることを、願わずにはいられなかった――
――朝を摂り、登校の準備を済ませて、寮を出る。
久方ぶりの校庭を仲間達と共に歩み、校舎へ入って、教室を目指す。
道中で別クラスの学友達と挨拶を交わし、それから教室の中へ。
各々、座り慣れた席に腰を下ろす中。
「エラルドさん。そんな離れた場所に座らずとも、ほら、こちらが空いておりますよ」
「い、いや、俺は……」
チラ、とジニーの顔色を伺うエラルド。
そんな視線に対し、彼女は溜息を吐いた。
「変な気を遣わないでくださいまし。気持ちが悪いです」
「あ、あぁ。すまねぇ、な」
バツが悪そうな顔をしつつ、俺が勧めた席へ座るエラルド。
この二人の関係改善が、今後の学園生活における優先事項となりそうだ。
――そんなふうに思っていると、不意に、離れた席に座る学友達の雑談が、耳に入った。
「転入生って、どんな奴なんだろうな?」
「ウチに来るぐらいだから、まぁエリートなんだろうけど」
「出自が謎、なんだっけ? オリヴィア様が拾ってきたんだよな?」
転入生。そういえば、オリヴィアがそのようなことを言っていたな。
まぁ、新学期となれば、転入生の一人や二人、居ても当然であろうが……
なぜだろう。妙に、気になる。
「……エラルドさん。貴方の御家は確か、学園の運営に深く関わっておいでとか。であれば、転入生の情報など、お持ちなのではありませんか?」
「ん? なんだ、お前もそういうの気にするタイプか?」
「えぇ、まぁ」
目線で続きを促す。と、エラルドは顎に手を当て、
「ウチは確かに、転入生への入学試験だとか、入学許可だとか、そういうのを担当してっからな。だからまぁ俺の耳にも、どの学年に、どんな奴が入ってくるのか、情報が流れてくるわけだが……今回、ウチのクラスに入ってくる奴は、ちょっとやべぇな」
「ヤバい、とは?」
「あぁ、それがな……転入生は、ウチが出す試験をクリアしねぇと、入学出来ねぇ決まりになってる。んで、その試験な、入試よりも厳しいんだよ。だから基本、転入生ってのは天才しかいねぇ。それも並外れた天才だ。そんなだからか、妙に変わった奴が入って来やすいんだか……」
件の転入生は、そこに輪をかけている。エラルドの顔が、そんな情報を物語っていた。
「それで?」
「具体的に、どんな奴なの?」
我々の会話にイリーナ達も興味を抱いたらしい。
先を促されたエラルドは、顎を擦りつつ、
「まず、出自がわかんねぇ。平民なのか、貴族の子息・令嬢なのか。過去に関する情報だとか、身元に関する情報だとかが一切ねぇんだ。普通、そんな奴は書類審査の時点で弾くんだが……オリヴィア様の推挙となると、そうはいかねぇんだよな」
「アイツが推薦したって言うなら、身元は保証されたも同然だわね」
「あぁ。けどまぁ、なんつぅか。オリヴィア様のお墨付きとはいっても……なぁ~んか、不可思議な感じがするんだよなぁ」
「……不可思議、とは?」
「あ~……まず以て、そいつの外見、なんだが……」
「外見? もしかして、すっごい不細工とか?」
「いや、その逆だ。姿見の魔法で映写されたものを見たんだけどな、これがまぁ、あんまりにも綺麗というか、可憐というか……」
「へぇ~。そんなに可愛いんだ、その子」
「恋のライバルになるやもしれませんわねぇ」
「……あぁ、それなんだが。性別が不明なんだよ」
「性別、不明?」
「見た目的には女って感じ、なんだが……どっか男っぽいところもあるっつぅか」
「それはなんとも、ミステリアスな空気を纏っていそうな御方ですね」
「だろ? お前も見たら驚くんじゃねぇかな。特に、笑顔が独特でよ。一度見たら、頭にこびりついて離れねぇんだよなぁ」
ポリポリと頭を掻きながら、エラルドは続けていく。
「んで、だ。試験の結果なんだが……これがまぁ、マジでヤバい。アード、お前以来の満点越えだぜ。しかも、お前が受けた入試よりも遙かに難度が高い試験で、だ」
「ほほう。それはそれは、実に優秀な御方なのですね」
「あぁ。なんでも、実技試験の最中、近場にあった山脈を消し飛ばしたりとか、色々やらかしたらしいぜ。本人はウッカリとかなんとか言ってたそうだが……山脈をウッカリで消せるわけねぇだろって話だよ」
「……ほほう」
現代生まれで、そんなことが出来るような人間はおるまい。となると……件の転入生は、古代生まれか。ウッカリで大規模な破壊をもたらすような奴は……我が元・配下にも何人か心当たりがあるな。
「経歴不明。性別不明。それだけでも規格外じみてるってのに、実技、筆記、共にアードの再来と来てやがる。……まぁ、色んな意味で、新学期は荒れそうだよな」
「えぇ。しかし、それもまた一興というものでしょう」
多少の問題は、今の俺にとって心地のよい刺激にしかならない。
「それにしても、アードの再来だなんて。ホント、どんな子なのかしら?」
イリーナの口から疑問が放たれた、次の瞬間。
教室のドアが開かれ、オリヴィアが入ってくる。それと同時に、皆、一斉に彼女へと目線を向けた。誰もが件の転入生を拝んでみたいと、そう思っているのだろう。
皆の心情を知ってか知らずか、オリヴィアは平坦な足取りで教壇へと向かい、
「ホームルームを始める前に。今学期から、我がクラスに転入する生徒を紹介しておこう」
極めて淡々とした口ぶりで、オリヴィアは言葉を紡いだ。
「衝突などすることなく、これから皆の一員として、共に切磋琢磨せよ。では……」
入ってこい、と。
廊下に立っているであろう転入生へ、オリヴィアが入室の許可を出した。
そして――
転入生が、室内に足を踏み入れた、そのとき。
ぶわり。
我が総身に、冷や汗が浮かぶ。
その姿を見て取った瞬間、俺は、ほぼ反射的に、声を漏らしていた。
「……どういう、ことだ」
おかしい。あまりにも、おかしい。
奴がなぜ、ここに居る?
いや、それ以上に。
「うわぁ。ほんっとに綺麗(、、)っていうか、可憐(、、)っていうか」
「え? 何を言ってますの、ミス・イリーナ。どう見たって彼は精悍な男子(、、、、、)でしょう?」
「いや、二人とも、お目々だいじょうぶ? アタシよりも小っちゃな子供(、、、、、、、)じゃないの」
奴を知るはずの面々が、なんの違和感も抱いていないという現状。
そんな中で……奴は悠々と、室内を歩いた。
下に履いた、女子用のスカートと、上に纏う男子用ブレザーの裾元を揺らしながら。
艶やかな黒髪を棚引かせ――
教壇に立つや否や、その黄金色の瞳で以て、我が姿を見据えてくる。
天使のような美貌に、悪魔の微笑を浮かべて。
「……では、皆に自己紹介を」
オリヴィアに促されて、一つ頷くと、奴は生徒一同を見回した。
やめろ。その目で見るな。
皆の顔を、皆の、顔を――
「貴様の視線で汚すなッ!」
辛抱たまらず、俺は無意識のうちに叫んでいた。
途端、室内に静寂が訪れ……皆が、こちらを見る。
冷然とした瞳で。その貌に、虚無を映しながら。
「どうして、そんなことを言うんですか」
なんの情念もやどってはいない、あまりにも無機質な言葉が、ジニーの口から放たれた。
それを皮切りに、
「ちょっと、酷すぎるだろ」
皆が、
「あれだけ良くしてくれたのに。この恩知らず」
口々にした、言葉は、
「こうして私達が真っ当に暮らしていられるのは、あの人のおかげなのに」
俺に、
「ていうかさ――」
俺に、絶望をもたらす、ものだった。
「「「お前、誰だよ?」」」
絶句、せざるを得ない。
人形のように虚ろな顔をした友人達。
誰もが、奴の呪縛によって、何もかもを変えられてしまっている。
――そんな姿を前にして、俺は、思い知らされた。
幸せな日々を取り戻したという感慨が、幻想に過ぎなかったのだと。
気付かぬうちに、混沌はすぐ近くにまで這い寄っていて。
大切なもの全てを、蝕んでいた。
「なぜ……! こんな……!」
悪夢のような光景に、目眩を覚える。
奴はそんなこちらの姿を嘲笑うかのように、はつらつな笑みを作り――
「やぁ、皆。会えて嬉しいよ。学園生活というのは実に久方ぶりで、勝手も覚えていないのだけれど……どうか、仲良くしてほしい」
奴が発言すると同時に、人形のようであった皆の様相が、変化する。
誰もが奴へと目を向けて、男子も女子も例外なく、頬を紅く染めながら、
「なんて綺麗な声……! まるで吐瀉物(、、、)のようだわ……!」
「あんなに小っちゃい体なのに、どうしてこんなに馬鹿馬鹿しいんだ……!」
「吐き気がするほど歓迎の挨拶が清らかで解れた感じが実に矛盾しているな」
全てが異常だった。
全てが、狂っていた。
全てが――きっと、もう、取り返しがつかぬほどに、壊されていた。
強烈な嫌悪感と、それがもたらす吐き気に耐えながら、俺は、奴の姿を睥睨する。
そんな、我が視線の先で。
「時間も押しているようだから、自己紹介は手短にしようか。本当は趣味の話などをして、僕のことを深く知ってもらいたいのだけど。まぁ、それは今後に期待といったところかな。……では、遅ればせながら」
奴は、己が名を紡ぎ出した。
未来永劫、決して忘れ得ぬ、怨敵のそれ。
未来永劫、顔を合わせることはないと、そのように思っていた、宿敵のそれ。
そう、奴の名は。
「メフィスト=ユー=フェゴール。親しみを込めて、メーちゃんと呼んでくれたまえ」
皆が、拍手を送る中。
俺は、崩壊の音を聞いた。
崩れていく。
崩れていく。
取り戻した平穏が。友と歩む日常が。
何もかも、最悪の形で、変わっていく。
あの、悪魔の手によって。
「――忘れたのかい? ハニー。僕の言葉を」
奴の声に呼応するかの如く、我が脳内にて。
呪いのような言葉が。おぞましい言葉が。
頭の中に浮かんで、反芻、し続けていた。
“過去からは、逃げられない”
“過去は決して――――――君を、逃がさない”
本日、書籍版8巻目が発売となります。
なにとぞよろしくお願いいたします。