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第一三話 元・《魔王》様、追跡す


 裏道を行く集団からつかず離れず、こちらの存在を悟られぬよう尾行する。

 奴等は迷路のような裏道を黙々と進んで行き、そして、マンホールの中へと姿を消した。


「下水道、ですか。隠れて何かを企むには最適な場所ですね」


 いよいよもって、きな臭くなってきた。

 俺達は顔を見合わせると、一つ頷き、マンホールの中へと入る。下水の内部、その壁面にはランプ型の魔道具が等間隔に取り付けられており、隅々まで見通すことができた。


 そうした空間の中をゆっくりと、静かに進んで行き、その果てに。

 目前にて、黒いフードの集団が歩を止める。


 彼等の目前にある壁面には、大型の特殊魔法陣が描かれており……その術式内容を把握した瞬間、俺は奴等の思惑を悟った。


「あぁ、なるほど。そういうことでしたか。どうやら我々は」


 言葉の途中。こちらの声を遮る形で、背後から鋭い警告が飛んできた。


「動くな。さもなくば殺す」


 イリーナとジニーが、ビクリと全身を震わせる。

 俺は内心で想定通りと呟きつつ、後ろを振り向いた。


 下水の通路内に、数十人の男女が立っている。黒いフードは着用していないが、しかし総身から放つ空気からして、彼等は黒フードの集団の仲間であろう。


「はは。まんまと釣られてくれたなぁ」


 特殊魔法陣の前に立つ集団の一人、リーダー格と思しきき男が厳めしい顔に笑みを宿す。


「もう一度警告をしておこうか。おかしな真似はするなよ? お前達の生殺与奪はこちらが完全に把握している。この特殊魔法陣を構築する攻撃用術式を発動したなら、お前達は地獄の苦しみと共に冥府へ送られることになる」


 この脅し文句にイリーナとジニーは顔面を蒼白にさせて、押し黙った。

 両者共に脂汗を全身から噴き出し、瞳に恐怖を宿しながら体を震わせている。

 その一方で。俺は敵方のあからさまな言い草に陳腐さを感じ、クスリと笑みを零した。


「この状況下で笑うか。随分といい度胸をしているな。殺されるやもしぬとは思わんのか」


 殺気を放ちながらの言葉に、俺は飄然と返した。


「えぇ、ちっとも。根拠は二つ。まず一つ目、ですが。貴方達は我々を始末するつもりがないように思えます。もしそのつもりであれば、このように取り囲んで問答をする必要はない。不意打ちを浴びせるなりなんなりすればよろしい」


 俺はリーダー格の男を見据えつつ、言葉を続けた。


「そもそも私達をあからさまな言葉で釣って誘導し、用意周到に攻撃用の特殊魔法陣を事前構築しているという時点で、我々のうちの誰か、あるいは全員を生かしたまま拉致誘拐せんという思惑は察するにあまりある。これが一つ目の根拠。そして二つ目は――」


 それを語ろうとする直前のことだった。

 壁面に描かれた特殊魔法陣が強く発光し――刹那、俺の全身が炎に包まれる。

 内部から灼熱が肌を突き破るようにして顕現。総身を焼き尽くさんと暴れ回った。


「ア、アードっ!?」

「アード君っ!?」


 悲鳴にも似た二人の声が、薄暗い下水道の中で反響する。

 その声の中に、男の下卑た笑い声が混ざった。


「ははッ! お前の言うことは半分だけ正解だ! 確かに、我々はお前達を殺すつもりはなかったがな。しかし、標的(、、)以外は生かしておく必要がないというのもまた事実。よって、気に食わぬガキを殺してもなんら問題はないのだよ!」


 なるほど。先刻の俺の態度は確かに、圧倒的優位に立つ彼にとっては不快なものであったろう。この状況で畏まらないというのは挑発的に映るに違いない。

 どうやら他の面々も男と同様の感情を抱いていたらしく、奴に同調して笑声を出す者が複数いた。しかし…………そうした笑みも、数秒ほど経過すると一様に消え失せ、


 代わりに、彼等は畏怖の念を放つようになっていた。


「……なぜ、立っている? もはや焼死する頃合いだが」


 集団の一人が呟いた疑問に、俺は悠然と答えてやった。


「立っていて当然でしょう? まだ、生きているのですから」


 途端、場が騒然となる。


「なっ!? こ、声を発した、だと!?」

「あ、ありえん! 臓腑を内側から焼いているのだぞ!?」


 奴等に俺は、クスリと笑いながら言葉を投げた。


「先刻、言わせていただけなかった、貴方達を恐れぬ二つ目の理由を語らせてもらいましょうか。これも非常にシンプルな理屈ですよ。即ち――貴方達が用意した策謀のことごとくは、私にとってなんの脅威にもならない。アリが数十匹徒党を組んだところで、獅子がそれを恐れぬのと同様に。私もまた、貴方達を畏怖する理由がない」


 そう断言してから、俺は肉体に纏わり付く鬱陶しい炎を、防御魔法によって掻き消した。

 無論、焼け消えた衣服は物質変換の魔法で再構築する。


「ふむ。まだ内側には炎が残っているようですね」


 言葉を紡ぐたびに、煙が口からモクモクと放たれて気持ちが悪い。

 どうやら特殊魔法陣を潰さぬ限り、永続的に対象者を焼くらしい。

 鬱陶しかったので、俺は壁面に描かれていた特殊魔法陣へと指を向ける。その直後、指先に幾何学模様が顕現し、そこから一筋の紫電が放たれた。


 狙い過つことなく、特殊魔法陣へと炸裂。陣の一部を消失させたことで、臓腑を焼いていた炎もまた消え失せた。


「ば、馬鹿な……! い、いったい、何が、どうなって……!?」

「簡単な理屈ですよ。肉体が常に焼け続けるというなら、常に回復をし続ければいい。ただそれだけのことです」


 俺からしてみればなんの面白味もない実態であるが、奴等からしてみれば異常極まりないことであったらしい。


「あの魔法が加える燃焼と同等レベルの治癒を、無詠唱で実行し続けたというのか!?」

「あ、ありえん! も、もしそれができたとしても、身を焼かれていたことに違いはない! こんな長時間、内側から身を焼かれたなら、その苦痛で発狂して然るべきだ!」


 何を驚くことがあるのか、俺にはサッパリわからん。

 この程度の痛みで発狂だと? どうやらこの時代の連中は随分と軟弱になったようだ。

 古代世界における戦士であれば、たかだか臓腑を焼かれる程度の痛みで弱音を吐くなどありえないことだった。


 ……まぁ、それはさておいて。


「う、うろたえるなッ! 相手は三人! こちらは数十人! 我々の優位は崩れないッ!」


 リーダー格の発言は、この時代水準で言えば正しい。何せこの時代の《魔導士》は一度につき一種の魔法しか行使できぬため、単独で複数の敵を相手取った場合、手数が足りなくなって敗北する。

 

 よほどの実力差があれば話は変わるのだが、それでも、達人クラスの《魔導士》であろうが、二〇人の凡人に敗れると言われている。


 しかしながら、それはこの時代の連中の話に過ぎない。


「さて。貴方達のような雑魚にいつまでもかかずらってはいられません。もうそろそろ食事を楽しみたいのでね。そういうわけで――」


 パチンと指を鳴らす。その直後、俺達を取り囲む集団の頭上に大量の魔法陣が顕現し、そこから紫電が放たれた。集団の面々は頭部にそれを浴びて、次々と倒れ伏せる。

 多人数の強みなど、俺(魔王)に通用するわけもない。


 一息吐きながら、地面に転がる連中を見回す。それから最後に……

 ただ一人、両足で立ってこちらを睨む、リーダー格の男へと目をやった。


「貴方はあえて残しておきました。我々を狙ったその理由を知らぬままでは、安眠の妨げとなりますので。大人しく白状なされば、手荒なことはしないで済むのですが」

「くッ……! この、バケモノがぁッ!」


 完全に負け犬の遠吠え。

 どうやら大人しく吐くつもりはなさそうだ。なんとも面倒臭いな。

 しかし、洗脳の魔法を用いればすぐに終わることではある。


「では、洗いざらい話していただきましょうか」


 微笑と共に、俺は奴の方へとゆっくり近寄っていく。すると――


「くッ……! お前の好きなようにはさせんッ!」


 何か抵抗でもするつもりらしい。男は身構え、全身に力を込めるような仕草を見せた。

 果たして――

 奴が実行した悪あがきは、俺にとって意外極まるものであった。


「ぐむむむむ……! ぐ、ご、がぁあああああああああああああああッ!」


 絶叫と共に、黒いオーラが奴の総身を包み込み。

 その肉体が、変貌し始めた。



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