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第一〇二話 元・《魔王》様と、悪魔の導き 前編

 イリーナの救出は俺にとって、全てを差し置いてでも成さねばならぬ最優先項目であった。そのために策を練り、実行し、完璧な成功を収めたと、そう考えていたのだが。


「こんな、ことが……あって、たまるものか……!」


 目の前にある現実はあまりにも衝撃的で。あまりにも信じがたく。ゆえに俺は思わず、アード・メテオールの仮面を取り外していた。


「落ち着け。貴様らしくもない」


 姉貴分に言われて、はっとなる。無意識のうちに気を放っていたらしい。それに当てられたか、ジニーが尻餅をついて、怯えた様子でこちらを見ていた。


「……失礼。取り乱しました。申し訳ありません、ジニーさん」

「い、いえ……」


 差し出された手を取って、立ち上がりながら、彼女はオリヴィアの方へと目をやった。


「仕方、ありませんわ。ミス・イリーナが、大変なことになっているのですから……」


 オリヴィアの腕の中で、眠るように目を瞑っているイリーナ。その姿に心を揺らしているのは、俺やジニーだけではない。表向きは平然としているが、オリヴィアだってそうだろう。ヴェーダやシルフィーもまた口を閉ざし、何か考え込んでいる様子だった。


 ……ゆえにおそらく、この場でもっとも冷静なのは。


「まずは状況を整理し、今ある現実が真に絶望的なものであるか否か。それを話し合うことこそ肝要である。皆々、頭を冷やされよ」


 ライザー・ベルフェニックス。かつて我が軍の参謀を務めた、最善最優の智将。

 マリアが絡んでいなければ、この男はどこまでも冷静に状況を分析出来る。


「我々はイリーナ・オールハイドと《ストレンジ・キューブ》の奪還を目指し、事前に立てた策略通りに行動した。結果、いずれも回収は成ったが、イリーナ・オールハイドの霊体は既に失われており……ゆえに計画が破綻したのだと、(みな)はそのように考えている」


 反論を出す者が誰も居なかったため、奴はそのまま言葉を続けていった。


「まず前提として。我々の目的が実現不可能となったわけでは断じてない。そもそもの主目的は《ストレンジ・キューブ》を相手方の手から奪い、改変された世界を元に戻すというもの。それを達成するための条件に、イリーナ・オールハイドの生死は含まれて――」

「死んだ姐さんのことなんか、どうでもいいって、そう言いたいわけ?」


 凄まじい殺気が、シルフィーの体から放たれる。

 常人であれば失神してもおかしくはない。けれどもライザーは眉一つ動かすことなく、


「早とちりをするな、シルフィー・メルヘヴン。我輩はむしろ、イリーナ・オールハイドの救助は可能であると考えている」


 この応答に、シルフィーの顔色が変わった。


「救助、って……どうするのよ? 霊体がないなら、もう……」

「確かに、蘇生は不可能。であるが」


 ライザーは我々の顔を見回しながら、言葉を重ねていった。


「違和感を覚えぬか? なぜ、アルヴァート・エグゼクスはこのようなことをしたのか。我々の心に強い負荷をかけ、動ずる様を楽しむためか? 否。彼奴めは悪戯を好むが、決して外道ではない。では、なにゆえイリーナ・オールハイドの霊体を消し去ったのか」


 その答えを、これから皆で出そうと、ライザーはそのように促している。

 ……こういうとき、奴の徹底した冷ややかさは実にありがたいものだ。

 こちらの頭もずいぶんと冷えてきた。


「もし、実利のみを追求する手合いが相手だった場合。イリーナさんの存在が勝利を脅かすものとして映り、それゆえに抹消した、と。そのようになりますね」

「……しかし、あの男がそのような行動を取るとは思えん」

「だねぇ。アル君は戦いのスリルを楽しもうとするタイプだから。最後の最後まで、あえて負け筋を残すんだよね」


 そうだ。奴はいつだって、そういう男だった。普通、負け筋は徹底して潰していくものだが、アルヴァートはそうしたことを一切しない。

 まるで敗北を望んでいるかのような進め方をして……結局、圧倒的な勝利を収める。

 そうして奴は、いつだって笑うのだ。どこか、もの悲しそうに。


「イリーナさんを殺害した理由が負け筋を潰すためではなく、我々への嫌がらせというわけでもないとしたなら……残る可能性は……」


 というか。そもそもの問題。


「…………ともすれば、我々は前提を間違えているのかもしれません」

「どういうこと?」

「希望的観測も含まれてはいますが……もしかすると、イリーナさんの霊体はまだ、どこかに存在しているのではないかと」


 この考えに、ライザーが腕を組みながら頷いて、


「それが真実であったとしたなら。その目的は交渉を行うための人質、であろうな」


 霊体を抜き取り、別の場所に保管し、これを人質として交渉を行う。

 霊体操作の技術に長けた者であれば、不可能な話ではない。


「……なんか、それっぽい気がしてきたねぇ」


 ヴェーダが一つ頷きながら、語り始めた。


「ほら、アル君の目的って、あくまでも戦うこと、でしょ? でもワタシ達は彼と戦わずとも、目的が達成出来る状態にある。だから」

「戦わざるを得ぬ状況を創り出した、と。そういうことか」


 オリヴィアの結論に俺は得心を覚えた。

 確かに、それならばしっくりとくる。奴の行動原理は常に、俺を相手取っての闘争と……その先にある死。それだけだった。しかし、この仮説が正しかった場合。


「霊体を取り戻すにはアルヴァート様との交戦は必至。そこで問題になってくるのが――」

「うむ。現段階において我々に勝算はない。貴様が奴との交戦を徹底して避けてきたことからして、それは明らかだ」


 眉根を寄せるオリヴィア。彼女の言う通り、俺は奴との交戦を避け続けてきた。が、それは決して、勝算の有無が理由ではない。ある人物との誓約により、俺は奴の殺害を躊躇い続けてきたのだ。しかし……もはや、是非もなし、か。


 彼女との約束を守り続けることは、もう不可能だ。アルヴァートが述べた通り、その命を奪わねば、此度の一件はきっと、終わることがないのだろう。


 ならば、覚悟を決めよう。

 一つの約束を破り、罪悪感と共に、もう一つの約束を果たす覚悟を。


 ……とはいえ。


「状況を打破するには、彼の不死性がいかなる絡繰りによってもたらされているのか、その秘密を知る必要があります。さもなくば、望む未来など永遠にやっては来ない」

「問題なのは、どうやって秘密を暴くか。そこに尽きるわけだけど」


 腕を組むヴェーダ。彼女にはなんらかの考えがあるように見えた。

 きっとそれは、今、俺の頭にある内容と同じものだろう。

 その可能性を探るべく、俺はライザーに目を向けて、


「……貴方は、あの男(、、、)の封印を完全に解いたのですか?」

「いや。流石にそれは躊躇われた。さしもの我輩も、完全復活したあの男を御しきれるとは思わぬ。ゆえに霊体の一部分を切り離して、それを使役したのである」

「であれば……」

「左様。彼奴めはまだ、あの場所に居る」


 我々の会話に、シルフィーやジニーはピンときていない様子だったが、その一方で。


「……危うい選択だな」

「でも、リスクを負わなきゃ何も手に入らないよ」


 そうだ。確かにリスクは高い。けれども、あえて竜の逆鱗に触れるような危険を冒さねば、現状を打破することは不可能だ。


「我々はなんとしてでも、アルヴァート様の不死を破らねばなりません。けれども今、我々の手中にその手段はない。彼の異常な生存能力はいかにして成立しているのか。これを知るのは間違いなく、ただ一人。彼を創り出した、張本人のみでしょう」


 ゆえに我々は、面会しなければならない。

 あの、悪魔に。

 古代において、最後の最後まで俺達を苦しめた、あの宿敵に。


 ――その名は、メフィスト=ユー=フェゴール。


 最強にして最悪の《邪神》。

 二度と見えたくないと、そう思っていた相手に、我々は頼らざるを得なかった――


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