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第一〇〇話 元・《魔王》様と、欠落者の救済


 決着の時を迎えてからすぐ。

 俺は眼下へと視線を向けた。


 巨人を構成していた残骸が地表へと降り注ぐ中――

 ライザー・ベルフェニックスもまた、真っ逆さまに落ち続けている。


 命を絶つつもりか。


 俺は飛翔し、奴のもとへと赴いた。

 周囲の残骸については無視しても問題はなかろう。落下地点は荒野も同然となったメガトリウムだ。残骸が衝突することで壊れる物もなければ、怪我をする者もない。


 俺は落下の最中にあるライザーへ浮遊の魔法を掛けた。

 そうして緩々と地上へ誘導する。

 奴は倒れ伏した状態で地面に着き、首を動かして、こちらを見ると、


「……なぜ、死なせてくれなかった」


 問いに対し、俺は嘆息で以て応えた。


「言ったはずだ。間違いを重ねるなと」


 ライザーは己の罪に対し、死を以てしか償えぬと、そう考えたのだろう。

 残されたマリアの悲哀をも考慮に入れたうえで、それが最適解だと結論づけたのだ。

 まさに愚考そのものであった。


「今の貴様が死を選択したとしても、それは逃避に過ぎん。確かに、貴様が犯した罪は万死に値するものだ。赦しなど決して得られるものではない。だが……それでも貴様は、赦される方法を見出さねばならん」


 きっと、ライザーの今後は生き地獄にも等しいものだろう。

 きっと、死んだ方が楽に感じるような人生になるだろう。

 だがそれでも。


「生き続けねばならない。苦しみ続けねばならない。……貴様と、そしてこの俺は、そうした宿命にある」


 俺もまた、間違いを犯し続けていた。

 背負う罪はきっと、ライザーよりも重いだろう。

 だから常々、罪の意識が俺の心を苦しめている。


「災禍に遭わば、その精神的苦痛は常人の倍以上。幸福に恵まれたとしても、罪の意識が自虐的に働き、苦痛を覚えてしまう。……そうした人生を送り続けることが、俺達に下されし罰だ。いつか相応しき死が向こう側からやって来るまで、俺達は生きねばならん」


 ライザーは何も応えなかった。

 瞳に諦観を宿し、蒼穹を見つめるのみだった。

 ともあれ、此度の一件はこれにて落着と言えよう。

 後は――


「《ストレンジ・キューブ》なら、(わたし)が回収させてもらったよ」


 聞き覚えのある声が、耳に入る。

 そちらに目をやると、そこには一人の麗人が立っていた。

 紅を基調とした荘厳な衣装。スラリとした長身。艶やかな黒髪。絶世の美貌。

 俺はその姿を睨みながら、奴の名を呟いた。


「……アルヴァート・エグゼクス」


 奴はくつくつと笑いながら、その手元にある立方体――《ストレンジ・キューブ》を見せつけてきた。


「我が元・主の狂乱に骨を折っていただいた手前、これを申し伝えるのは実に忍びないが……あえて言わせてもらおう。今回の働きは実に見事であったが、貴公には報酬など用意されてはいない。残念ながら、くたびれ儲けとさせていただく」


 そう伝えると同時に、《ストレンジ・キューブ》を自らの拠点へと転送したのだろう。

 手中にあった立方体が、忽然と姿を消した。


「……俺達が宿敵と戦う最中、貴様は火事場泥棒に勤しんでいたというわけか。実に意外だな。貴様が左様な、小物めいた働きをするとは」


 瞳を細めるこちらに対し、アルヴァートはバツが悪そうに笑って、


「意地悪をしないでおくれ。吾の本心は貴公が一番良くわかっているはずだ。……堪え忍ぶのに難儀したよ。貴公等の動向を見つめる間、何度、己を抑え込んだことか。出来ることなら自分の立場を忘れ、貴公のもとへ馳せ参じ、肩を並べて戦いたかったさ。あの懐かしき、最終決戦の時と同じように」


 アルヴァートの微笑には、悔恨めいた情が宿っていた。

 奴もまた、メフィストとの間に因縁を持つ人間の一人。その言葉に偽りはなかろう。

 ただ……


「今の吾は元・主ではなく、貴公にゾッコンの状態にある。よって全てを投げ打ち、かの《邪神》を討ち滅ぼすなど、愚の骨頂極まりない」


 この男は数千年かけて、準備を整えてきたのだろう。

 それを用いて打倒するのは、憎き悪魔ではなく……

 この《魔王》であると。

 アルヴァートは、そのように決めているのだ。


「……前世における、最大級の厄介ごとだったのかもしれんな。貴様に好かれたことは」

「お互い様というものだよ、我が《魔王》。貴公に惚れてしまったことは、吾にとっても最大級の厄介ごとさ」


 俺は再び嘆息してから、ジトリとした目を相手へ向けて、


「用件は済んだのだろう? であれば、早急に消え去るがいい。我々は敵同士だ」

「つれないね、我が《魔王》。吾は貴公を焚き付けに来たというのに」

「どういう意味だ?」


 この問いかけに、アルヴァートはニッコリと笑った。


「かの《邪神》との戦いで、疲弊しているだろうと思ってね。そんな貴公のやる気を、再び最大限に高めてもらう。……彼女の姿を見れば効果は覿面であろう」


 言い終わるや否や、目前に鏡面が出現する。

 遠望の魔法によるものだろう。

 そこにはベッドの上で眠る、一人の美しい少女の姿があった。


「イリーナ……!」


 煌めく銀色の髪。透き通るような白い肌。艶やかな桃色の唇。

 目に飛び込んでくる情報の全てが、彼女を我が親友であると証明するものだった。


「美しいだろう? 学生服から花嫁衣装へと着替えさせたのだ。その美麗さと来たら、まさに御伽噺の眠り姫もかくやと言ったところか。……ちなみに、着替えの際はバッチリと裸体を拝ませていただいた。いや、まっこと…………良い物をお持ちであったよ」


 唇に手を当て、いやらしく笑う。

 そんなかつての配下に、俺は両目を吊り上げながら宣言した。


「いいだろう。貴様の宣戦布告、確かに受け取った。生まれてきたことを後悔させてやるから覚悟しておけ」


 常人であれば、目で殺せていただろう。

 だがアルヴァートはむしろ嬉しそうに微笑んで、


「うむ。心から待ちわびているよ、愛しき我が《魔王》。だから出来るだけ早く来ておくれ。さもなくば……状況は刻々と悪化していくだろうと、予言しておくよ」


 そして。

 鏡面が消えると同時に、奴もまた姿を消失させた。


「やれやれ。早急にイリーナを救い出してやらねば、いかなる恥辱を味わわされるか、わかったものではないな」


 そう呟いてからすぐ。

 ライザーが天を見上げたまま、ポツリと言葉を漏らした。


「……決戦の際は、我輩も力を尽くそう。かつて、其処許に仕えた頃のように」

「あぁ、期待している」


《ストレンジ・キューブ》を回収出来なかったのは痛い。

 だがその代わり、仲間が増えた。


「勘定は正と負、合わせてゼロと、そう思いたいところだな」


 俺もまた蒼い空を見上げながら息を唸らせ、


「待っていろよ、イリーナ……!」


 改めて、親友の救出に熱意を燃やすのだった。



 本日、最新第七巻が発売いたします。

 なにとぞよろしくお願いいたします。

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