第九五話 元・《魔王》様と、謎の幼女
我々が足を向けた頃には、既に決着が付いていたらしい。
シルフィーを探し、通路を行き来していると。
「……おい」
オリヴィアに袖を引かれ、立ち止まる。
彼女の指差す先には、シルフィーの姿があった。
「あぁ、シルフィーさん。よくぞご無事で」
「うん。アード達も大事なかったようで、よかったのだわ」
小さく微笑むシルフィー。
その面構えに、俺は思わず「ほう」と息を唸らせた。
俺やオリヴィアの例に照らし合わせて考えれば、シルフィーがいかなる苦痛を味わったか、想像に難くない。
だが、彼女はそれを見事に乗り越えた。そのうえで、最低最悪の経験を糧とし、戦士としてさらなる高みへと昇ったのだ。
「貴女のことを、とても誇らしく感じますよ。シルフィーさん」
「あはは。何よ、いきなり」
「……生まれて初めてかもしれん。貴様に敬意を表したくなったのは」
「もう、オリヴィアまで。……って、アンタは微妙にアタシのこと馬鹿にしてない?」
言い合いを始める両者に、俺は微笑した。
我が胸の内に住まうリディアの魂も、きっと今、微笑んでいることだろう。
「さぁ。では皆さん、先へと進みましょうか」
二人は意気軒昂といった様子で、大きく頷いた。
その後。我々は一本道となっている通路を、奥へ奥へと進んでいく。
事前に告知された通り、罠の類いは品切れとなっていた。
特にこれといったこともなく、我々は目的の小部屋へと到着する。
室内には中央に三つの祭壇があり、そこに三種の《魔王外装》が置かれてあった。
――映し出したものを真実の姿へ戻す、《万理解変の鏡盾》。
――標的が強大であればあるほどに拘束力を増す、《縛神の天鎖》。
――森羅万象を両断し、その存在を消去する、《崩滅の覇剣》。
これら三種のうち、現状もっとも必要なのは、鏡盾である。
この外装を起動出来たなら、我々の失われた魔力が元の状態へ戻るだろう。
しかし、問題なのは、
「で、どうやって使うのだわ?」
そこに尽きる。
魔力を失った状態で、膨大な魔力を必要とする《魔王外装》を、いかにして使うのか。
その答えは――
「私が独自に考案した魔法概念に、《崩字魔法》というものがあります。これを応用し、魔力を外装へと流し込む。……これがダメなら、別の策を考えるしかありません。」
「《崩字魔法》。確か、己の魔力を一切用いることなく、大気中に宿る魔素を魔力に変換して発動するという、貴様独自の技術、だったか」
「左様にございます。それを用いて、大気中の魔素を莫大な魔力に変換出来たなら」
「あるいは《魔王外装》を発動出来るやも、と」
俺は首肯を返した。
クリアすべき課題が実に多く、ぶっつけ本番でやるには成功率が低すぎるため、選択肢から外していたのだが……事ここに至っては、もはや成功を祈るほかあるまい。
「では早速、始めましょう」
指先でつらつらと、虚空に術式を描写していく。
「あと、もう少し…………これで……」
最後の仕上げを行い、描写を完了させる。
望み通りになったなら、これで外装が起動する、はずなのだが。
「これは、失敗――」
と、呟く最中。
どうやら俺は、早とちりをしたらしい。
次の瞬間、目前の鏡盾が煌めきを放ち――
「よかった。成功して、本当によかった」
安堵する俺の体には、失われていた魔力の流れが戻っていた。
「え? ア、アタシは別に、なんにも変わってないんだけど?」
「あぁ、すみません。一人を元に戻す分しか、魔力を注げませんでしたから」
これより外装に付与された術式を書き換え、最適化を行い、今の俺が扱えるようにする。 さすれば皆の魔力もまた、元に戻すことが出来るだろう。
俺は早速、作業へと――
「えっ……? あれ……?」
作業へと、取りかかろうとする直前。
第三者の声が、耳に入った。
瞬間、我々は一様に警戒心を高め、弾かれたように首を動かした。
果たして、突如現れた闖入者は。
「ここ、どこ……?」
怯え、惑っている様子で、周囲を見回す。
そんな、見知らぬ幼女であった――