第九二話 元・《魔王》様と、迷宮での“再会”
《魔王外装》。
それはかつて、ヴァルヴァトスであった頃の俺が手ずから鍛造した、六六六種の強大な魔装具の総称である。
現代に残る伝承によれば、この《魔王外装》は未来の世を案じた俺が転生前に鍛造し、後世の民を想って遺したものとされているが……
それは半分が正解で、半分が間違っている。
確かに、《魔王外装》は俺が居ぬ間に《邪神》達が復活するといった、最悪の状況に対する備えとして、世界各地に分散する形で配置してはいた。
が、それはあくまでも、元来の用途を果たし終えたがために行った処置に過ぎない。
元を辿れば、《魔王外装》は、ただ一柱の《邪神》を殺すためだけに造ったものだった。
リディアの死後……あの仇敵を、メフィスト=ユー=フェゴールを、この世から屠り去るためにだけに造った、怨念の塊であった。
……けれども。俺は奴を殺し切れず、メフィストへの報いは永劫の封印という望まぬものとなり……そして、《魔王外装》はその役目を終えたのである。
「なるほど! 確かにアレを手に入れることが出来れば、可能性はあるね!」
古都・キングスグレイブの一角に居を構えた、ヴェーダの研究施設にて。
建物の主たる彼女の声が、室内に響いた。
「……わたしの記憶が正しければ、ここからほど近い場所にある迷宮の内部に、三つの外装が配置されてあったはずだ。それらを用いることが出来れば」
現状を打破することも、不可能ではない。
だが――
「なんていうか。都合が良すぎるのだわ」
怪訝な顔をするシルフィー。そんな彼女にオリヴィアは首肯を返した。
「あぁ。この都合の良さ……間違いなく、我々はメフィストに操られている。そのように動くよう、仕向けられていると断言してよかろう」
おそらく皆、同じ意見だろうな。
我々はメフィストの掌の上で踊らされている。こちらの行動は全て、奴の意図した通りのものだろう。
だがそれは、あくまでも現段階の話。
俺はオリヴィア、シルフィー、ヴェーダ、三人の仲間達を見回しながら、口を開いた。
「例え過程が、あの男の筋書き通りであったとしても。結末へと至るまで意のままに動くつもりはない。そうでしょう? 皆さん」
三人とも、力強く頷いた。
その姿に頼もしさを感じつつ……俺は、ジニーへと目線を移した。
床に寝かされた彼女は、まるで眠り姫のように瞼を閉ざしたまま微動だにしない。
「ジニーさんを救い、メフィスト=ユー=フェゴールを打倒する。そのためにも……あえて、彼の掌で踊るとしましょう」
その末に奴の手を斬り裂き、喉笛を引き千切ってくれる。
俺の強い意志に、ヴェーダは小さく頷くと、
「ワタシはジニーちゃんの看護をしなくちゃいけないから、迷宮には三人で行ってもらうことになるんだけど……大丈夫かな?」
ヴェーダにしては珍しく、真剣な面持ちで放たれた問いに対し、我々は無言のまま首肯を返した。
俺、オリヴィア、シルフィー。
皆、黙して何も語ることはしない。
ただ静かに、決意の炎を燃やすのみであった――
◇◆◇
ヴェーダとジニーを施設に残し、俺達はキングスグレイブを発った。
件の迷宮は山中に存在しており、急ぎ足で向かえば到着まで丸一日といったころか。
その道中、シルフィーがボソリと疑問を吐いた。
「ていうか。最初っから《魔王外装》とかいうやつをゲットするために動けばよかったんじゃないの? そしたら魔力も戻ってくるし、そのうえ凄い戦力まで手に入るんでしょ? まさに一石二鳥だわ。ヴェーダの発明品に頼るよりも、そっちの方がよかったと思うんだけど」
シルフィーの疑問はもっともなものだった。
魔力を失った後、俺達は合流し、それからヴェーダの発明品である腕輪を完成させるために動いた。魔力を取り戻し、形成を逆転するには、それ以外にないと考えたからだ。
しかし実はもう一つの択があり、そちらの方が理にかなっていたのではと、シルフィーはそのように考えているのだろうが……
「いいえ。《魔王外装》を得るという選択は、頭に浮かんだその時点で消しておりました。ハッキリと申し上げますが、アレを得るために動くなど愚策としか言い様がありません」
「えっ。ど、どういうこと?」
理解出来ないといった様子で問い尋ねてくるシルフィーに、俺は嘆息しながら応答した。
「理由は単純。そもそも、私達には《魔王外装》が扱えないのですよ」
「えぇっ!?」
驚くシルフィー。その一方で、オリヴィアは特に反応を見せなかった。彼女は事前に、俺と同じ考えを抱いていたのだろう。
「つ、使えないって、どういうこと!?」
「……私は以前、エルザードさんと一戦交えた折、《魔王外装》を用いました。その際に発覚したこと、ですが」
そう前置いてから、俺は続きを語り始めた。
「《魔王外装》は古代生まれの人間が用いるよう、最適化がなされております。そのため私を含む現代生まれの人間には決して、使用出来ぬようになっているのです」
これは意図した仕組みでは断じてない。
むしろ俺は、一定の条件をクリアした者であれば誰でも使えるようにしたのだが……
大気中に宿る魔素濃度の低下と、それに伴う魔法文明の衰退といった想定外の事態により、古代人と現代人の間に大きな差異が発生。その結果、現代生まれの人間には《魔王外装》が使用出来なくなってしまったのだ。
「そのため、我々現代人が《魔王外装》を用いようとする場合、付与された術式を書き換えて、最適化をし直す必要があるのですが……魔力を失った今、それは不可能です」
「じゃ、じゃあ古代人のアタシが……って、そういえばアタシも魔力、なくなってたんだっけ……」
そうした事情により、俺は《魔王外装》の獲得を早々に断念していたのだが。
「そ、それじゃあ、外装を手に入れても意味がないのだわ! どれだけ強力な武器だろうと、使えなきゃガラクタも同然じゃないの! アタシ達はそんなもんを回収するために命を張るってこと!? わけがわかんないのだわ!」
まぁ、当然、そう思うよな。
使えぬガラクタを、なにゆえ命がけで回収せねばならんのか。
この疑問に対する回答については、オリヴィアにも予想が付かぬ内容だったらしい。彼女もまたシルフィーと同様に、こちらへ疑問の目を向けてきた。
「……一応、発動する方法に関して、アイディアがあります。とはいえ、それはあくまでも理論上のもので、成功確率がいかほどのものか予測することも出来ません。ただ……可能性はゼロじゃない、とだけ申しておきます」
あくまでゼロではないというだけでしかないが、それでも希望にはなろう。
……メフィストが組み立てたシナリオが、その希望を叩き潰すような内容でないことを祈るほかない。
「いずれにせよ、我々はもはや《魔王外装》という不確定要素に頼るしかありません」
「うむ。……もっとも。外装が使用出来るようになったとして、それで事態がこちらの有利になるかと言えば……悔しいが、そうではないと言わざるを得んな」
「い、いやいや! そんなことはないのだわ! こっちにはアードとか……ア、アタシだって居るんだもの! 《魔王外装》さえ手に入れば、もう勝ったも同然だわ!」
胸を張って豪快に笑うシルフィーだが……その態度はきっと、虚勢に過ぎない。とはいえ、そのように空元気が出せるだけマシといったところか。
「……貴様は確か、六年ほど、だったな。リディア率いる《勇者》の軍勢、その一員として働いた期間は」
「そうだけど。それがどうかしたの?」
「……貴様は奴の恐ろしさを知らん。貴様が姿を消した後だったからな。当然と言えば、当然だが」
今、オリヴィアの脳裏には、俺と同じ映像が浮かんでいるのだろう。
あの悪魔に苦しめられた、長い長い、生き地獄も同然の期間。
誰もが奴を憎み、復讐を誓い、そして――
全てをねじ伏せられ、恐怖と絶望を、刻み付けられた。
この俺さえも、例外ではない。
「《魔王》様が自ら記した伝記によれば…………かの《邪神》を討つべく行った決戦は、過去に例を見ぬほどの総力戦であったと、そのように記載されていました」
「……うむ。アレは文字通り、全てを賭した戦いだった。我々四天王のような戦士達は当然として、普段、荒事に参加することがない文官達でさえ、後方支援として動員されていた。あの戦はまさしく、出せるものを全て出し尽くした、総力戦だった」
「戦力の内訳は……アルヴァート様が率いる《血盟狂団》、およそ一〇万、ライザー様が率いる《青瞳の殉教者》、およそ一五万、ヴェーダ様が率いる《魔学特戦隊》、およそ七万、オリヴィア様が率いる《斬魔衆》を含む精強歩兵軍団、およそ九万。ここに《勇者》軍の生き残りと、後方支援の文官達などを加え……総勢、およそ五四万。それだけの大軍勢が、メフィスト=ユー=フェゴールただ一人を討つためだけに動員され、そして」
記憶が、蘇る。
途端、全身から脂汗が噴き出てきた。
アレは、もう。
アレはもう、戦じゃない。
ただの、一方的な、虐殺だった。
「……わたし達は皆、一丸となっていた。おそらく、最初で最後だろうな。曲者揃いであった我々が、真に一致団結したのは。……しかし、それでも」
勝てなかった。
滅ぼすことが、出来なかった。
メフィスト=ユー=フェゴールは最後の最後まで、笑い続けていた。
奴は、天使の美貌に悪魔の笑顔を浮かべながら。
歴史上最大・最強であった大軍勢を、真正面から打ち破り、壊滅へと追い込んだのだ。
「……《魔王》様は、全てを投げ打ちました。己を慕う配下達や、信頼する仲間達は当然のこと、かつて敵対し殺し合いを演じた相手さえも味方に付けて……己の命さえも駒にしたうえで、万全の態勢で挑んだ。……その果てに得た勝利は、望んだ形とは別物だった」
激戦の最中、俺は思い知らされた。この怪物を殺すことなど、出来はしないと。
だから、抹消ではなく、封印という逃げ道を選んだのだ。
……果たして、その結果を勝利と呼べるだろうか。
否。己の意を完全に通せていない時点で、それは敗北に近い。
その論理に当てはめて考えたなら。
メフィスト=ユー=フェゴールはまさに、無敵の怪物と呼ぶべき存在であろう。
「あの悪魔を相手取った場合、形式的な勝利を得ることは出来ても、本質的な勝利は得られない。どのような状況になろうとも、メフィスト=ユー=フェゴールは笑うでしょう」
奴に、後悔の苦汁を味わわせることは出来ない。
奴に、破滅の恐怖を味わわせることは出来ない。
ゆえに我々は永遠に、あの悪魔を負かすことが出来ない。
だが――
「例え形式的なものであったとしても。我々は勝たねばなりません」
「……うむ。勝算がいかほどのものかはわからんが、事ここに至っては、挑むほかあるまい」
どこか不安げなオリヴィアに対し、俺は頷きを返しつつ、
「状況は絶望的、ですが……しかし今回に限っては、勝ち目があるのではないかと踏んでいます。メフィスト=ユー=フェゴールにとって、此度の一件は気楽な遊戯でしかありません。それを楽しむために、己の力を縛ると明言しています」
「いや、でも。それって口約束みたいなもんでしょ? 追い詰められたら――」
「それはない。あの男はいかなる事態になろうとも、制定したルールは必ず守る。例えその結果、自分が死ぬことになるとしても、事前に取り決めたルールを破ることは決してない。……少なくとも、我々がルールを守り続ける限りは、な」
奴は俺達と違って、相手を見据えての勝負など、していないのだ。
だから勝とうとも思わないし、負けようとも思わない。
ただ、自分にとって面白い結末になってくれれば、それでいい。
その先にあるのが己の破滅であったとしても、楽しければ問題ない。
そんな、壊滅的なまでの狂人なのだ。あの男は。
「……ともあれ。我々が現段階において考えるべきは、《魔王外装》を手に入れること、これに尽きます。まず間違いなく、一筋縄では行かないでしょう」
件の外装は、迷宮内に設けられた隠し部屋の内部にて保管されている。
そこに至るには、精巧に隠匿された特殊な通路の存在を見破らねばならない。
別の言い方をするなら、隠し通路さえ見つけられたなら、もはや困難は何もないということになる。何せ、通路内に危険な要素など配置してないからな。
……しかし。
迷宮へと到着し、足を踏み入れ、隠し通路まで達した、その瞬間。
「やはり、こうなりましたか」
目前の薄暗い空間を見据えながら、俺はボソリと呟いた。
異様かつ独特な空気感が、通路内に充満している。元来、ここには危険な要素などなく、外装が安置された部屋まで一本道となっているのだが……今やそれは、過去の話。
おそらく、メフィストの手が入ったのだろう。
隠し通路は今、凶悪な罠が多数配置された迷路へと、変貌を遂げているに違いない。
「お二人とも、くれぐれも油断なさらぬよう。ここはもはや死地も同然。我等はこれより、戦場の只中を吶喊するものと、そのようにお考えください」
オリヴィア、シルフィー、両者とも黙して頷いた。
さすがに踏んできた場数が違う。迷宮内に漂う瘴気を明確に感じ取っている。
これならば問題はなかろう……
と、そう思っていたのだが。
「だばっ!?」
天井より突如降り注いだ滝のような水に押し潰され、シルフィーが小さな悲鳴を上げた。
……かれこれ、七回目か。トラップに引っかかったのは。
メフィストが仕掛けた罠の数々は巧妙に隠されており、全てを看破することは難しい。
とはいえ。
七度も掛かってなお、我々には傷一つ付いてはいなかった。
それもそのはず。仕掛けられていた罠が総じて、子供のいたずらじみたものばかりだったからだ。
「あぁ、もう! なんなのだわこれぇ! ……ぶぇっくしょいッ!」
水浸しとなったシルフィーが、床を蹴っ飛ばして叫んだ。
そこへ加わるかのように、オリヴィアもまた苛立ったような声を漏らす。
「……相も変わらず、不愉快な男だ」
獣の耳と尻尾をピクピクと小刻みに動かすオリヴィア。そんな彼女は今、全身が白濁液に塗れていて……ちょっと近づきたくないぐらい、臭かった。
おそらくは牛の乳などを加工して作られたものだろう。彼女はそれを見事におっ被ったというわけだ。
「あんのクソチビぃ~~! 次会ったらギッタギタにしてやるのだわっ!」
頬を真っ赤にして叫ぶシルフィー。
その顔からは、緊張感が抜けきっていた。
……まさに、悪辣さの証明(、、、、、、)、といったところか。
シルフィーは今、完全に、メフィストの術中に嵌まっている。
「心惑わされてはいけませんよ、シルフィーさん」
俺は足下に転がっていた小石を拾い、彼女の前に立つと、
「幼児が見せる無邪気さの中には、常に、底知れぬ悪意が宿っているのです。――ちょうど、このような具合に」
言ってからすぐ、俺は小石を投げ放った。
それは遙か前方へと弧を描くように飛び、そして――
カツン、と、地面に当たって音を鳴らした瞬間。
「グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」
床の一部が泥濘の如く軟化し、前後して、巨大な怪物の頭が突き出てきた。
滑り気のある鱗に覆われたそれは、石ころを飲み込んで、床の中へと消えていき……
その直後。
上下左右から無数の槍が飛び出たかと思えば、数瞬後には石壁から火炎が噴出。
溶けて消える槍達の様相を見つめながら、俺はシルフィーに向けて声を投げた。
「かの《邪神》と相対するにあたり、もっとも恐れるべきは邪悪な精神と頭脳。メフィスト=ユー=フェゴールは人の心を操ることに長けています。かの《邪神》は相手を巧みに己の手中へと誘導し、相手に気付かせぬまま踊らせ……笑う。ゆえに我々は、その邪悪さを常に正しく恐れ続けねばなりません。さもなくば」
皆まで言わずとも、理解出来よう。
もし、メフィストに対する理解が浅い者しか、この場に居なかったなら。
まんまと奴に心を操られ、頭に血を上らせて、警戒心を失い……
その末に、残酷な死に様を晒していただろう。
それを見つめて、あの悪魔はゲラゲラと笑うのだ。
「この通路が、見た目通りに広々と感じるようになったなら、警戒なさい。気が緩んでいる証拠です。……さぁ、先へ参りましょう」
シルフィーは黙ったまま頷いた。
顔には緊張感が戻っている。
彼女とて古代の戦場を生き抜いた戦士だ。一度の忠告で十分だろう。
実際、シルフィーはもう二度と、警戒心を解くようなことはなかった。
我々はメフィストの悪意に溢れた罠の数々を突破し、そして――
おそらく、目的地のすぐ近くまで迫ったのだろう。
――唐突に響き渡った奴の声が、何よりの証だった。
『やぁ皆、どうだったかな? 僕お手製のアトラクションは』
俺達は一様に立ち止まり、虚空を睨み据えた。
奴の姿はない。気配なども、感じられない。
遠方より声だけを送っているのか、はたまた……
「お二人とも」
「あぁ」
「言われなくても、わかってるのだわ」
皆同時に、臨戦体勢をとった。
そして油断なく、不快な声に耳を傾ける。
『やはり急ごしらえというのはよろしくないねぇ。クオリティーは低くなりがちだし、数を撃つこともままならない。そういうわけで、残念ながらアトラクション・エリアはお終いだ。ここからは――――君達が、僕を楽しませておくれ』
刹那。
我々の目前にて、不定形の闇が蠢き――
やがてそれが、人の形を作った。
黒いローブで顔と全身を隠した、三人組。
奴等は同時に抜刀し、そして、
『笑えて、熱くて、泣ける。そんな愛情劇を、僕に見せてくれ』
メフィストの声に合わせたかのように。
三人の刺客が、踏み込んできた。
「ッ……!」
疾い。
気付けば敵方の姿が目前にあって、白刃が煌めいていた。
こちらもヴェーダ手製の魔剣で対応する。
「フッ……!」
時に身を躱し、時に刃をぶつけ合わせ、機を伺う。
薄暗闇の中に硬質な音が鳴り響き、火花が互いの顔を照らす。
……女か。フードで全体像は把握出来ないが、この顔立ちは女のそれだ。
しかも、まだ年若い。
とはいえ、手心を加えてやることは出来ん。
「けっこうなお手前……! 称賛に値するッ!」
強い。この刺客は、強い。
周りの状況に気を配ってはいられなかった。少しでも相手から目を逸らしたなら、途端、首と胴が分かたれてしまう。
そんな強敵との戦いは激烈を極め――
偶然か、あるいは必然か。
俺は仲間と分断され、開けた空間へと足を踏み入れた。
当然のこと、伏兵の存在などを警戒したが、しかし、そうしたものは皆無。
俺と刺客、二人だけの空間であった。
「まるで決闘場といった風情……! 貴方も、そうは思いませんか……!?」
闘争の最中に言葉を吐くは、ひとえに相手の心を揺らすため。
戦いは剣や魔法だけで行うものではない。言葉もまた、一つの武器になり得る。
「なかなかの太刀筋。見事なものですね。いったい、誰に教わったのですか?」
何が切っ掛けで、ほころびが生まれるか。それを予想することは難しい。
此度も、そうだった。
特にこれといった内容でもなかったはずだが、しかし。
先刻の発言を受けて、ほんの一瞬、敵が体を竦ませた。
好機。
俺は相手方の首を狙い、突きを見舞った。
最小限の動作で繰り出される、最速の一撃。
だが――
そう易々と取らせてはくれんか。
敵は咄嗟に地面を蹴って、後方へと跳躍。
我が剣は、その切っ先を敵方の肌に触れさせたものの……
喉の薄皮一枚、斬るのみに終わった。
惜しい。
が、これで相手の底は見えた。
決着までに、そう時間は――
「……なんだと」
思考の最中。
俺は無意識のうちに、声を漏らしていた。
目前。
後方へ跳び、それから着地した、敵方の姿。
なびいた風によるものか、フードがめくれ上がり、その顔が晒された。
「まさか、そんな……!」
額に、脂汗が浮かぶ。
心がざわざわと、揺れ動く。
……目前の刺客。その顔は。
間違いなく。確実に。
「助けて、アードっ……!」
怯えた様子で、瞳を涙で濡らした彼女は。
我が親友、イリーナであった――