第一一話 元・《魔王》様、誘いを受ける
学園主催のバトルイベントに出ろ? ド派手に優勝しろ?
そんなものごめん被る。
もう目立ちたくはないし、何より……これ以上オリヴィアを刺激したくない。
ゆえに、
「学園長。私の魔法は困っている人を助けるためにあります。よって、バトルイベントのような見世物で大衆に自らの力をひけらかすというのは、私の美学に反します」
だからお断りします、と言う直前。
「素晴らしい考えじゃ。しかし……困っている人を救うための魔法、というならば、何も問題はありゃせんよ。何せワシは困りに困っとるわけじゃからのう」
「……どういうことですか?」
ゴルドは髭をいじりながら返答した。
「恥ずかしい話、ここ最近、学園の卒業者・在籍者に目立った成果を上げる者が少なくてのう。ワシとしては、それだけ平和であると判断しとるんじゃが……国の方は違う」
……あぁ、そうか。話が見えてきたぞ。
「君も知っての通り、この学園は国家機関じゃ。ゆえに予算は国から下りる。つまり……」
「国側が予算を割く必要がないと判断すれば、容赦なく予算額が落とされてしまう、と。……バトルイベントは国家側に予算増額をアピールするためのもの、ですか」
「うむ。さすがアード君。察しがよいな。バトルイベントは王族を始め、国家上層部が総出で見学に来る。ここで優秀な生徒が在籍していることをアピールできれば、国側は彼等を育成すべく、一定の予算を割かざるをえん」
「……つまり、私をカネ稼ぎの道具にしよう、と?」
「いやいやいや! そんな邪なことは考えておらん! ワシはあくまでも、学園の未来と生徒達のためを思って、予算の増額を願っておるんじゃ!」
それからゴルドは、俺に頭を下げて懇願する。
「頼む! この通りじゃ、アード君! この学園ために一肌脱いでくれいっ!」
絶対に嫌だと即答できれば、どれだけ楽か。
人は歳を取れば取るほどプライドが高くなる。ゴルドのように権威ある者であればなおさらだ。
しかも俺は平民で、ゴルドは伯爵。それが頭を下げているのだ。
その気持ちを無碍にしたくない。
だが、目立ちたくもない。
「……頭をお上げください、学園長。今回のお話、少々考える時間をいただけませんか?」
「うむ。バトルイベントの開催までまだ時間があるからのう。ゆっくりと考えてくれ」
そういうことになったので、俺は部屋を出て行く……という直前。
「魔法は困った人を助けるためにある、か。どこぞのバカ弟もかつて、同じようなことをぬかしていたな」
オリヴィアが声をかけてきた。
どこぞのバカ弟とは俺のことだろう。とはいえ、こんな考えは普遍的なものだ。俺=《魔王》という材料にはなるまい。
「なぁ、大魔導士の息子よ。わたしの一人言に付き合ってはくれないか?」
こちらが同意する前に、オリヴィアは続きを語り紡いだ。
「わたしはあのバカ弟に対し、常に尊大な態度を取り続けていた。好意的な態度など、ほとんど見せたことはなかった、しかし……心の中では常にあいつのことを尊敬し……愛しても、いたのだ。この男のためならいつでも死ねると、心の底から思っていた」
……そんなことは、言われなくてもわかっていた。
俺だって同じだ。オリヴィアのためならいつでも死ねると、心の底から思っていた。
「そうだからこそ……そうだからこそ、わたしは、あのバカ弟と再会せねばらんのだ」
「……無断で転生した、裏切り者の《魔王》様に制裁を加えるため、ですか?」
「いいや。違う。……あいつに、謝るためだ」
あまりにも意外な言葉に、俺は想わず「えっ」と声を漏らしてしまった。
それを気にしたふうもなく、オリヴィアは黒い猫耳を伏せながら、言葉を続ける。
「なにゆえ、あいつが転生を決行したか。それは全てわたしのせいだ。わたしがあいつを孤独にした。それが原因だろう。あいつからしてみれば、裏切られたと感じたのだろうが……わたしにも、考えがあったのだ。それを話したうえで謝罪し……また、昔のような関係に戻りたい。姉弟のように笑い合いたい。そう思っている」
並べ立てられた意外性の塊に、俺は絶句しつつ……瞳を涙で潤ませた。
そうだったのか。俺はてっきり、探し出して怒りをぶつけるつもりだとばかり思っていた。
しかし、実際は違ったらしい。
……そうだ。オリヴィアは誰よりも優しい姉貴分だった。それが弟分へ制裁を加えるために生き続けるなんて、ありえないことじゃないか。
あの時、配下としての一線を引いた時、彼女にどんな思いがあったのだろう。
思い返してみれば、俺はオリヴィアのことを一方的に裏切り者扱いして、その考えをまったく聞いてなかったな。
……我ながら、本当に大人げなかった。
「オリヴィア様……」
言おう。俺が《魔王》だと。そして、また家族のように――
「そう。わたしはあいつと和解し、そして……ふかし芋の恨みを、晴らしてやるのだ……!」
えっ。
「……えっ? あ、あの。それはどういう……?」
「どうもこうもない。あのクソ馬鹿野郎はな、転生前にわたしが大切にとっておいた芋を食ったうえで、逃げるように転生しやがったのだ……!」
……しまった。そうだった。完全に忘れていた。
最後の最後、こいつに対する嫌がらせとして、芋をかっ食らってやったのだった。
もはや二度と会うこともあるまいと考えたがゆえの行動であったが……まさか、こんなことになろうとは……!
「あの時の悔しさと憎しみは今でも忘れられん! ゆえに、必ず見つけ出し、落とし前を付けさせる! そのために! わたしはこの数千年を生き続けてきたのだッ!」
どんな人生だよ。
ていうか、なんて顔だ。鬼の形相というより、もはや鬼そのものである。
……《魔王》であることを告白しなくて本当によかった。
そして、今後も告白することはなかろう。
自分が蒔いた種とはいえ、それでもやはり、おそろしいものはおそろしい。
臭い物には蓋をさせていただく……のだが。
「今回の一件で、貴様が何者であるか見極めさせてもらうぞ。大魔導士の息子よ」
強い疑念を宿した声。これはもう、ほとんど確信に至っているような状態であろう。
此度のバトルイベントだけでなく、この嫌疑に対しても早急に対策を講じる必要がある。
脂汗を大量に流しながら、俺は室内をあとにしたのだった。
部屋を出てからすぐ、イリーナちゃんに出迎えられた。
彼女のエンジェル・フェイスを見たことで、ストレスが僅かに和らぐ。
そんなイリーナちゃんと共に寮へ帰るべく移動しながら、俺はバトルイベントの出場を辞退する方法について、思考を巡らせた。
ゴルドが俺を出場させたい理由は、学園に対する予算を増額させたいから。
それが成されれば、俺がバトルイベントに出る必要はなくなるというわけだ。
予算増加を決定するのは女王を始めとした国家上層部。
この国は絶対王政に近い政治体制をとっているため、女王との直接交渉でも叶えば……
いや、それができたとしても、交渉材料がない。
ゆえにどう転んでも、予算の増額は認められまい。まずは交渉材料を得て、それから交渉権の獲得が必要だ。
問題なのは、それら二つをどのようにして得るか、だが……
頭を悩ませながら、俺はイリーナと共に校舎を抜ける。と、その時だった。
「アード君っ!」
真横から聞き覚えのある声が飛んでくる。そちらを見やると、声の主が満面に明るい笑顔を浮かべて、こちらを見ていた。
ジニーである。肩まで伸びた桃色の髪と大胆に露出した豊満な胸を揺らし、彼女はこっちへと小走りで近づいてくる。そして、こちらを上目遣いで見つめながら、
「明日の休日、何かご予定とかあります?」
「いえ。特に何もありませんが」
「でしたらぁ……私と、デートしてくださいっ!」
……は? デート? デートとはアレか? 恋人同士が行う、アレのことか?
しかし、俺達はそういう関係では……
あ、まさか。この前の一件か? この前の一件で、ジニーは俺のことを――
いや待て。早とちりをするな。前世でも痛い目を見ただろうが。
これはそう、思わせぶりというやつだ。女はそういうことをする生き物なのだ。
……アレはそう、世を忍ぶ仮の姿で学園に入学し、生徒として過ごしていた頃のこと。
当時の俺は教室の隅にいるアレとか、真ん中分けのバカとか、うすらいのハゲとか呼ばれ、孤立していた。
しかしそんな中、一人の女子だけは俺のことを気にかけてくれていた。
彼女は気立てがよく、見目も麗しく、まさに学園のマドンナ的存在であった。
当然、彼女が優しくするのは俺だけではなかったのだが……
なんとなしに、俺だけは特別、という雰囲気があったのだ。
色恋に疎い俺はそれが思わせぶりであると気付くことができず、彼女に入れ込み続けた結果……色々と過程を踏んだうえで告白。彼女の返答は次の通り。
「あたしも君のこと、好きだよ? ………………ゴブリンの次ぐらいに」
さすが学園のマドンナにして気遣い上手。相手を振る際も“嫌い”という単語を使うことなく、しかしそれでいて、決定的なまでの拒絶を示してくる。
いやはやまったく、ゴブリン以下とは恐れ入る。実は嫌いだったのだな、俺のこと。
この告白以降、皆に優しかった彼女は、俺にだけ優しくない彼女になったのだった。
「ア、アード君? な、なんで泣いてるの?」
「目にゴミが入ったんですよ。思い出という名のゴミが」
やや引いたような顔のジニーだったが、すぐに気を取り直したらしい。
「そ、それでっ! さっきの話、なんですけどっ!」
期待の眼差しを向けてくるジニーに、俺は内心で頭を抱えた。
この子の考えがわからない。どう対応すべきかもわからない。
……断る、というのはダメだな。きっと悲しむだろう。……となると、答えは一つか。
「わかりました。明日は貴女にお付き合いいたします」
「え~~~~! 本当ですかぁっ!? やったあっ!」
嬉しそうにピョンピョン跳ねるジニー。鮮やかな桃色の髪と大きな胸が一定のリズムで揺れる。と――その時。
「ちょっ、ちょっと待ったぁああああああああああああああああっ!」
叫び声を発したのは、イリーナちゃんであった。
彼女自身、なにゆえ声を発したのか、わかっていないような様子である。その可憐な美貌を当惑に歪めながらも、しかし、ジニーのことをキッと睨めつけて、
「あ、あたしもっ! ついていくからっ!」
灼熱色の長髪を犬の尻尾のようにブンブンと揺らすイリーナ。まるで威嚇しているような姿である。対し、ジニーは爽やかな笑顔のまま、口を開いた。
「はい! ぜんぜんオッケーですよっ!」
あまりにもアッサリとした了承を、イリーナは意外に思ったのだろう。
怪訝な顔をして小首を傾げながら、彼女はジニーに問うた。
「ほ、ほんとにいいの?」
「もちろんです。私は別に、アード君を独占しようとは思ってませんし。むしろ、アード君はハーレムを作るべき人間だと思ってますからねっ! まずは私とミス・イリーナが一号・二号になって、ドンドン盛り上げていきましょう!」
いや、ハーレムって……。そういうのはガラじゃないのだが。
というか、俺はハーレムという言葉が嫌いである。
何せ前世ではハーレム (野郎限定)が勝手に築かれてしまい、その結果……
うん、これ以上はよそう。封印した過去を掘り起こす必要はない。
……そうした考えを巡らせていると、イリーナちゃんが愛らしく小首を傾げながら、
「ねぇ、アード。はーれむってなぁに?」
こう尋ねてきた。
……ウチのイリーナちゃんは清純な美少女である。ゆえにそうした知識などは皆無だし、教える必要はこれっぽっちもない。
イリーナちゃんには今のまますくすくと育ってほし――
「ハーレムっていうのはですねぇ」
ジニーが俺の気持ちを完全に踏みにじった。
彼女はイリーナにそっと近寄って、もにょもにょと耳打ちをする。
その内容が過激であったのか、イリーナは白肌いを林檎の如く紅潮させ、
「な、ななななな……! だ、ダメよっ! ダメダメ! 絶対ダメ! ハーレムなんか、あたし、絶対認めないからねっ!」
「……え~? なんでですか~?」
「気持ち悪いからよっ! アードがたくさんの女の子に囲まれるだなんて! そんなの創造しただけで気持ちが悪いわっ!」
「……気持ち悪い? カッコいいじゃなくて?」
「大勢の女の子に囲まれてるのがカッコいいとか、ワケわかんない! ていうかね! アードはあたしだけのお友達なのっ! そんな、女の子がたくさんだなんて……考えただけでもイライラするわっ! だからハーレムなんて、絶対にさせないんだからっ!」
ぷんすかと頬を膨らませながら愛らしく怒るイリーナちゃん。そのさまは天使そのもの。
それに対し、ジニーは爽やかな笑みを崩すことなく、こう答えた。
「そうですか~。まぁ、考え方は人それぞれですしね~」
……目の錯覚、だろうか。
にこやかな顔のジニー、その背後にて、真っ黒なモヤが右図を巻いているような……
「さておきっ! デートプランはもう決めてますから! アード君は楽しむことだけ考えててくださいねっ!」
可憐な笑顔を作りながら優雅に一礼すると、彼女は胸を張りながら去って行った。
「ミス・イリーナをどうやって排除しようかしら」
……何やら、腹黒そうな言葉が聞こえたのだが、きっと気のせいだろう。
翌朝。俺は平民用の寮から出ると、まっすぐ校門へと向かった。
イリーナだけでなく、ジニーもまた寮生であるため、必然的に待ち合わせ場所は校門になる。
「あっ。アード! おは――」
「おはようございますっ! アード君っ!」
イリーナの挨拶を遮ったうえ、前に出て姿を隠してしまうジニー。
「むぐぐぐぐ……!」
これにはイリーナちゃんもご立腹。頬を膨らませて愛らしく怒りをアピールしている。
しかし、ジニーはおかまいなしといった調子で駆け寄ってきて、
「どうですか、アード君っ! 今日のために服を新調したんだけど……似合ってます?」
「え、えぇ。とてもよくお似合いになられていますよ」
これは素直な気持ちであった。今、彼女が身に纏っているのは白を基調とした衣服で、なんというか、清純そうなイメージを与えてくる。
とはいえ、胸元はやや露出しており、彼女の見事な谷間がアピールされていて……
サキュバスの特性によるものか、激しいエロスを感じる。
「あれぇ? どこを見てるんですかぁ?」
「えっ。あ、いや、その……」
「ふふふ。アード君ってば、私に見とれちゃってたんですねぇ~」
口元を手で隠しながら、クスクスと笑う。そんな彼女はまさに小悪魔のようであった。
それからジニーはチラとイリーナの方を見やる。彼女の衣服は学園の制服だ。今回のデートは急な話であったため、オシャレな衣服を用意する時間がなかったのだろう。
「……開幕戦は私の勝ち、といったところかな」
ボソリと呟かれた言葉に、負けず嫌いなイリーナちゃんは目を吊り上げて叫んだ。
「はぁっ!? あんたがあたしのどこに勝ったって言うのよっ!?」
「あれぇ? 私、何か言いましたっけ? 記憶にないなぁ~」
すっとぼけた顔のジニーと、唇を尖らせて「ガルルル」と唸るイリーナ。
……おかしいな。デートとは、もっとこう、浮ついた気持ちになるものではないのか?
今の俺は、ただただ胃が痛いだけなのだが。
「さっ、それじゃ行きましょ、アード君っ!」
「なっ、なに腕なんか組んでんのよっ! 馴れ馴れしいわっ!」
火花を散らせる少女達に挟まれながら、俺は初めてのデート体験を迎えるのであった。
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