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閑話 欠落者の夢


 どのような人間であろうと、過去を持たぬ者はいない。


 ()もまた例外ではなかった。


 辺境の村に住まう没個性的な夫婦の子として生まれた彼は、二人の兄弟達と共にすくすくと育っていった。


 そしていつしか、兄二人は村の中で頭角を現していく。


 長兄は武勇に優れ、魔物の襲撃といった危機を幾度となく解決。その功績もあってか、村長の娘にして村一番の美女を娶り、次代の長として注目されていた。


 次兄は頭脳に優れ、まさしく神算鬼才と表すべき人間である。そんな彼の知恵を頼るべく、家の前には毎日のように多くの村人が並んでいたものだ。


 一方で。

 三男である彼は、一切目立たぬ存在だった。


 中性的な外見は実に見目麗しく、どこか妖しい魅力を放っていて、その瞳で見つめられれば年若い乙女はおろか、同性ですら危うい感情を抱いてしまうほど。

 しかしながら、そういった外見を除けばなんの優秀さもない人間……というのが、周囲の評価であった。


 ――が、二人の兄は知っている。

 弟が、恐ろしい怪物であるということを。


 ある日のことだ。

 長兄が彼に言った。


「弟よ、今日は一つ、狩りのやり方というものを教えてやろう」


 無気力な末弟の根性を叩き直すために、ちょっとした試練を課してやろう。

 そんなつもりで村近くの山へ入ったのだが……そこで二人は、未知の魔物に遭遇する。


 武勇に優れた長兄でさえ歯が立たず、あまりの恐怖から尻餅を付き、無様に命乞いをするその姿は、到底村の英雄とは思えぬものだった。


 当然、魔物が慈悲をかけるわけもない。

 長兄が鋭い牙の犠牲となる……その直前。


「仕方ないな」


 冷然とした、無機質な声。


 末弟たる彼がその一言を放ってからすぐ、魔物が動きを止め、そして。

 数瞬後、その首が地面へと落ちた。


 長兄はしばらく混乱するのみであったが……やがて目前の状況を理解し、末弟の顔をじっと見て、


「お前が、やったのか?」

「そうだよ」


 まるで、心の底からどうでもいいといった態度と口調が、長兄のプライドを傷つけた。


 自分が手も足も出なかった魔物を、これまで下に見ていた末弟が仕留めたというだけでも面目は丸つぶれ。そのうえ当人は己の力量を誇示するどころか、無為であると断言するような態度をとっている。


 屈辱だった。

 羞恥もあった。

 しかし、長兄はそれを表に出すことなく、礼を言うだけだった。


 末弟への憤怒以上に、恐怖の方が勝っていたから。


 この日以来、長兄にとって末弟は、得体の知れぬバケモノとなった。


 ――そして次兄もまた、彼の怪物性を知ることになる。


 ある日のことだ。

 次兄が幼児達を集め、青空教室を開いた。


 村には学び舎などなく、勉学や教養といった一般常識を教えるのは、村内の才人が担う役目となっていた。

 次兄は多種多様な学問を子供達に教えていたが、やはり人気だったのは魔法学である。

 幼子達にとって魔法とは究極の未知であり、刺激的な玩具でもあった。


「おい、弟よ。お前も俺の指導を受けてみてはどうだ?」


 末弟は他の生徒達とは違い、もう一五才である。世間的には大人と見なされるような年齢であるが……彼をそのように扱うような者はいなかった。


 労働意欲がなく、村になんの貢献もせず、ただ食糧資源を消費するだけの存在。

 そんな彼を次兄は心から軽蔑していた。

 先の発言についても単なる皮肉でしかなく、本気ではなかったのだが。


「……うん。僕も参加する」


 末弟は無表情のまま、こんなふうに返してきた。

 そして実際、幼い子供達に囲まれながら、青空教室に参加したのである。


 周囲の子供達は誰もが末弟に好奇の目を向けた。中には面と向かって「大人なのになんでここに居るの?」「お馬鹿なの?」と、無邪気な悪意をぶつけるような者も居た。


 並の人間であれば、耐えられぬような環境であろう。

 しかし彼は眉一つ動かさなかった。

 そんな姿が次兄にはどうにも腹立たしく……何より、不気味に映った。


 思考が読めない。それは自他共に認める知恵者からしてみれば、屈辱の極みである。

 けれどもそんな内面を表に出すことなく、次兄は講義を進めていった。


 その途中で。


「待って兄さん。その術式、間違ってるよ」


 末弟が地面に描かれた魔法陣を指さしながら、こんなことを言い出したのである。


「爆裂の魔法術式をアレンジして、花火を打ち出す魔法に変えたかったんだろうけど、出力変換の式に不足がある。このまま発動したら怪我をするよ」


 そのように指摘された魔法陣は次兄が描いたものであり、初めて術式のアレンジという高度な技術に挑んだ結果の産物でもあった。


 理論上、この術式に問題はない。後は皆に披露し、勝算を浴びるだけ。

 自分の才覚が恐ろしいとさえ思うほど、完璧なアレンジだと自負している。


 それを無能な弟に否定されたのだ。


 次兄は声を荒げた。


「そんなに怖いならどこへでも逃げればいい。お前の思ってるようなことにはならん」


 遠くを指さし、目で「失せろ」という意思を表す。

 そんな次兄に、彼はやはり微塵も表情を変えることなく、


「……そうだね。|ここにも僕が求めているもの《、、、、、、、、、》はなさそうだし、去らせてもらうよ」


 淡々と述べてから、彼はその場から離れていった。

 その後ろ姿に内心で唾を吐きかけながら、次兄は地面に描かれた魔法陣へ魔力を流す。


 ――――結論から言えば。それは次兄にとって想定外の極みであった。


 末弟の指摘通り、術式には間違いがあったのだ。

 爆裂の魔法を花火の魔法へ変えたというところまではよかったが、出力系にミスがあり、結果として大量の花火が周囲に拡散。次兄だけでなく、子供達全員が火傷を負った。


 この一件で次兄の名誉には傷が付き、それは最期まで回復することはなかった。

 上半身に残った火傷の痕を見る度、次兄はたまらぬ不快感と……畏怖を覚える。


 あの末弟はなぜ、術式のミスを見抜けたのだろう。

 いったい、いつから、自分は追い抜かされていたのだろう。


 長兄に続いて、次兄の中でも、末弟は気持ちの悪いバケモノへと変わっていた。



 そして事実。

 彼はバケモノであった。

 彼にはその自覚があった。

 自分が心の一部を欠落したバケモノであると、彼はそう自覚していた。

 だから。

 村の最期を予見しても。家族の最期に思いを馳せても。

 なんの情も、湧かなかったのだ。



 彼が二〇才となった、その年のことである。

 社会的に高位な立場にある《魔族》の一人が、村にやってくるという知らせがあった。


 村で暮らす才人の顔を一つ、拝んでみたい。先方はそのようなことを言っているという。

 才人とは、長兄と次兄、この二人のことである。


 村はおおいに沸いた。

 村で初めて、《魔族》様の召使いが出るかもしれない。


 ……そんな熱狂の有様を、彼は無機質な目で見ていた。


 ここはもう終わりだろうな。

 彼はなんとなしにそう思った。


 この場にとどまると、何かよからぬことが起きる。

 根拠はないが確信はあった。


 だから、事前に村を出た。


 ちょうどいいと彼は考えていた。

 この村に自分が求める何かは存在しない。

 外の世界でそれを探そうと、そう思っていたところだ。

 

 ――そして、村から出奔し、あてもない旅を始めてから二月後。

 故郷が滅んだことを知った。


 件の《魔族》が、下手人であった。

 理由まではわからない。単なる気まぐれか、それとも誰かが粗相でもしたか。


 いずれにせよ、村人は皆、殺された。むごたらしく、最期まで苦しみ抜いて、死んだ。


 彼を内心で畏れていた兄達も。

 彼を愛してくれていた両親も。

 その死体は串刺しにされて、今も村跡に残されているだろう。

 

 そうした情景を思い浮かべても、彼は何も思わなかった。

 

 怒りを感じなかった。

 悲しくもなかった。

 そんな自分が腹立たしくて、悲しかった。


 そして月日は流れ――

 齢、七六の頃。


 彼はある街に足を踏み入れた。


 道行く者はその姿を見るや否や、すぐに目を背け、二度と視線を向けようとはしない。

 当然だ。彼の様相は今や醜い浮浪者のそれである。

 中性的な麗しい容貌は見る影もなく、伸び散らかした髭と白髪が不潔な印象を与えている。身に纏う衣服は小汚い麻布で出来たものであり、そこらの物乞いの方がよほど立派なものを着ているだろう。


 そんな彼は周囲の反応など意に介したふうもなく、よろよろと危うい歩調を刻み続けていた。


 虚ろな瞳は、なにものも映してはいない。


 森羅万象、ことごとくが無価値。

 それが旅路の末に導き出された結論であった。


 彼は、何かを求めていたのだ。

 何かを求めて、旅をしていた。

 それを得て、人としての生を歩みたい。

 欠落した心の一部を埋めて、まっとうな人間として死んでいきたい。


 けれど。

 そんな願いは結局、叶わなかった。


 自分が求めた何かは、そもそもそれがいかなるものなのか、悟ることさえ出来なかった。


 つまりは、そういうことなのだろう。

 求むる何かなど、最初からどこにもなかったのだ。


 ……であれば、なぜ、自分は未だに歩いているのだろう。


 もはや結論は出た。ならばもう足を動かす必要はないはずだ。

 生命活動を続ける必要も、ないはずだ。


 そう疑問に思った瞬間。


 転んだ。


 地面のくぼみに足を取られて、前のめりに倒れた。


 どうやらいつの間にか貧民街へ足を踏み入れていたようだが、倒れ込んだ老人など誰も気にすることはない。

 よく周りを見てみれば、似たような浮浪者の死体がいくつも転がっていた。

 自分も彼等の仲間入りを果たすのだろう。

 そう思っても、やはりなんの情も沸いてこない。


 虚無より産まれ、虚無のままに生き、虚無として死ぬ。

 自分には相応しい末路だ。


 ――と、そんなふうに考えた矢先のことだった。


「お爺さんっ! 大丈夫っ!?」


 幼い少女の声。

 なぜだろう。それがどうにも、心地よかった。


 そこで一度、彼は意識を失い……

 次に目にしたのは、見知らぬ天井であった。


 彼は、どこぞのベッドに寝かされていた。


「あっ! お爺さん、目が覚めたんだね! よかった!」


 再び、声が脳を刺激してくる。

 そちらへ目をやると、幼い、素朴な外見をした少女が立っていて、安堵したような顔で彼のことを見ていた。


「……ここは、どこであるか」


 しゃがれた弱々しい声で紡がれた問いに、幼い彼女は彼へと近づきながら、返答する。


「孤児院だよ。本当は診療所とかに連れて行ってあげたかったんだけど……お金がなくてね。だから、体を拭いてあげたり、お粥を食べさせたり、水を飲ませたりしか、出来なかった。院長先生も言ってたよ。助からないって」

「……である、か」


 自分も、あの衰弱状態からよくぞ回復したと思う。

 とはいえ喜びや安堵など皆無だった。

 なぜ、自分は今も生きているのだろう。

 造物主はまだ、自分に苦しみ続けろと、そう言っているのだろうか。


「……あのまま、死ねればよかったものを」


 意図せず呟いた言葉。

 それを耳にした瞬間、幼い少女が目をつり上げた。


「こらっ! そんなこと言っちゃダメだよっ! 世の中にはね、生きたくても生きられない人達がたくさん居るんだよっ!」


 幼女に叱られる老人。

 普通は、逆だろうに。


 一般的な感性の持ち主なら、こういうときは自省したり、羞恥したりするのだろう。あるいは大人特有の理論武装を持ち出して、幼い相手を論破することもあるかもしれない。


 だが、彼はいずれの感情も抱かなかった。

 けれどその一方で……


 胸の中に、不可思議な熱のようなものを感じる。


 ほんのりとしたものだが、しかし、確実な温かさ。

 それは彼にとって初めての情だった。


 いったいこれは、なんなのだろう?

 そう、疑問に思っていると。


「ところでお爺さん、名前はなんていうの?」


 問い尋ねられ、再び幼女の顔に目をやる。

 こちらを見つめる大きな瞳はとてもまっすぐで、まるで吸い込まれるような魅力を感じた。

 そんな感想にますます当惑しつつも、彼は返答を送る。


「……名前など、ない。とうに捨てた。我輩にはそのようなもの、なんの価値も感じぬ」

「はぁ」


 よくわからない。小首をかしげた幼女の顔には、そんな思いが表れていた。

 それから彼女は、腕を組みながら、


「名前がないって、すごく不便だよ。あなたのこと、どう呼んでいいかわかんないし」

「……ならば、好きに呼ぶがいい」


 そっけないとも取れる返しだが、幼い彼女は特に気にした風もなく、腕を組んだまま天井を見上げ「う~ん」と唸りだした。


「う~~~~~ん、そうだなぁ。お爺さん、あたしが大好きな絵本のキャラクターに似てるから…………名前はアレで…………名字の方は……この街の名前でいっか」


 どうやら結論が出たらしい。

 幼女はまるで、自信作を発表するかのように胸を張りながら、笑顔を浮かべて、口を開いた。


「ライザー! ライザー・ベルフェニックス! 今からあたし、あなたのことをライザーって呼ぶね!」


 名付けになど、なんの興味もない……はずだった。


「……良き響きであるな」


 意図せず、勝手に漏れ出た言葉に、彼は驚きを覚えた。


 ライザー・ベルフェニックス、老齢の刻。

 人生の末期にてようやっと。


 欠落者は、望んだものを得たのだった――


◇◆◇


「過去を夢見るということは即ち、凶事の前触れを感じているということだよ」


 不意に響いた声。

 美声でありながらも、心地の良さなど微塵も感じないそれが、ライザー・ベルフェニックスの意識を眠りから覚まし、現実へと引き戻す。


 瞼を開けてすぐ目にしたのは、室内に広がる暗闇であった。


 ライザーはすぐさま身を起こし、苛立ちを感じながら、部屋の隅へと目を向ける。

 漆黒の闇が支配する空間の中、一人の美しい男が佇立し、こちらを眺めていた。


「……アルヴァート・エグゼクス」


 それが、男の名だ。

 艶めく闇色の長髪。傾国の美姫もかくやとばかりの容姿。真紅を基調とした荘厳な衣装。

 かつてライザーと同じく、四天王の一角を務めた男であり……今は、世界の協同運営者。


 そんな彼がジッと、こちらを見つめている。


 その美貌には今、普段の悠然とした微笑はない。

 真顔で、冷ややかに、細められた瞳を向けるのみ。


 非難されている。

 ライザーは相手方の様相から、そのような心情を読み取った。


「……睥睨される筋合いはない。全ては其処許の下らぬ欲求が招いたことだ」

 

 さもなくば、禁断の果実(、、、、、)に手を伸ばしはしない。


「もう半月になる。世界を改変し、理想郷を築き上げ、そして……奴儕めを排除すべく動き出してから、半月。にもかかわらず、我等は何一つとして成果を挙げられていない。それどころか……合流を許してしまった」


 アード・メテオール。かつて《魔王》と称されし男と、その仲間達。

 彼等はライザーにとって最大の危険分子である。


 世界改変の折、やろうと思えば彼等の存在を抹消することだって出来た。

 けれども、アルヴァートとの契約により、それは叶わず……


 結果、ライザー達はじわじわと追い詰められている。


「当初は、どうとでもなると考えていた。魔力を奪ってしまえば、さしもの《魔王》とて我輩の敵にはなりえぬ、と。そう確信していた。……それがよもや、これほど粘るとは」


 油断などした覚えはない。最初から全身全霊で臨んだ。徹底して悪辣を貫き、卑怯・卑劣を極めた策略で以て、かの一味を殲滅せんと尽力した。


 けれども。

 アード・メテオールはこちらが打った最善手のことごとくをねじ伏せ、最低最悪の盤面をひっくり返さんと動いている。


「……怪物だ。やはりあの男は、規格外の怪物である。魔力を失ってなお、《魔王》は《魔王》のままであった。そうだからこそ」

「《魔王(、、)》を上回る怪物(、、、、、)を求むるは必然である、と。貴公はそのように判断したわけだ」


 アルヴァートの美貌に宿る冷気が、一層強くなった。


「理解は出来る。想定もしていた。だがしかし。まさかまさか。まさかまさかまさかまさかまさか。実際問題、貴公がそれを選択するとは思わなかった。あり得ぬことだ。自殺も同然だ。よもやこうも早く耄碌するとは思わなかったぞ、ライザー・ベルフェニックス」


 矢継ぎ早に繰り出される非難の数々。

 アルヴァートを少しでも知る者からしてみれば、信じがたい態度であろう。

 この男は常に優雅で、常に余裕を持ち、常に心を静かに保っている。

 そんなイメージを破壊するほどに、アルヴァートは(いか)っていた。


 ……いや、焦燥していたと、言うべきだろうか。

 その感情は彼だけのものではない。ライザーとて同様の思いを共有している。


「正直に申せば、不安は否めぬ。此度、我輩が作りだした駒はあまりにも凶悪で、あまりにも御し難く、あまりにも……強い。だが、準備は万全である。制御は可能だ。さもなくばあのようなもの、掘り起こしはしない」

「そうかそうか。ならば見物させていただこう。もはや賽は投げられた。投げられてしまった。貴公の手で、封印は破られてしまった。だからもう、こうして夜半にネチネチと罵詈雑言を吐いたとて無駄なのだろう。嗚々、まっこと嘆かわしい。ライザー・ベルフェニックス、吾は貴公に失望したよ。愛は人を愚者にすると言うが、貴公は違うと信じていた」


 むっつりとした態度のまま、アルヴァートはこの場より消失した。

 最後に一つ、言い残して。


「此度の過ちが、貴公と、貴公の愛する者にとって、最善の結果をもたらすものになるよう祈っている」


 嫌味めいた言葉が、夜の静かな空気に溶けてからすぐ、彼は忽然と姿を消したのだった。


 さて。

 不快な男が去ってすぐ、ライザーは嘆息し、頭を抱えた。


 アルヴァートの言葉は確実に、彼の不安を煽っていたのである。


 胸がざわめき、胃がキリリと痛む。

 それはライザーという存在が確かに、人間であるという証であった。


 そう、今の彼はバケモノではない。一人の人間だ。

 そのようにしてくれた彼女の顔が、自然と頭の中に浮かぶ。


「……一目見れば、この苛立ちも治まろう」


 呟いてすぐ、ベッドから下りて、転移の魔法を発動する。

 移動した先は、別の部屋。

 室内は寝台近くの壁に掛けられたランプの、淡い光によってうっすらと照らされていた。

 そんな室内には今、彼女の寝息が静かに響いている。


「……マリア」


 ライザーはベッドの上で眠る一人の幼い少女を見つめながら、愛おしげにその名を呼んだ。

 一〇を数えるか否かといった、実に幼いヒューマン族の娘。外見にはこれといった特徴もなく、素朴な印象を受けるこの幼女こそ、ライザーの全てだった。


「我輩はもう二度と、其処許を失いはしない……! 今回(、、)こそは確実に、其処許を幸福にしてみせる……!」


 安らかに眠る、幼いマリアの寝姿を見つめながら。

 ライザー・ベルフェニックスは、改めて決意の炎を燃やす。


 この娘のためにも、必ずや、障害を取り除いてみせる、と――



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