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第八五話 元・《魔王》様、敵国で大暴れ そして――


 俺の力を又聞きでしか知らぬような者達にとっては、あまりにも大言壮語が過ぎる発言。

 しかしこちらからしてみれば、実現可能な内容を口にしただけのこと。

 それを証明すべく、俺は会議後すぐさま動いた。


「もちろん、私達も連れて行ってくださるんですよね?」

「ダメって言っても聞かないんだからっ!」


 此度の経験も、人生の糧としては良いものとなるだろう。

 そう思った俺は、イリーナとジニーを連れて敵国へ乗り込むことにした。

 無論、シルフィーも忘れてはいない。彼女は俺に万が一のことがあった際の保険だ。

 普段は手の付けようがない馬鹿者だが、その戦闘能力は折り紙付きである。再び武者修行の旅を続けていた彼女と合流し、我々は一路、アサイラス連邦の入り口へと向かう。

 そしてスペンサーの砦を経由し、アサイラスとラーヴィルの狭間へと入った瞬間。

 陽光が降り注ぐ平野の只中にて、俺はボソリと呟いた。


「どうやら敵国全域に、反魔法術式が展開されているようですね」

「えっ。そ、それじゃあメガトリウムのときみたく、魔法が使えないの?」

「いいえ。あのときほど強力なものではありません。飛行魔法や転移魔法の類いを封じるのみに留めた術式のようですね」


 おそらくはライザーの仕業であろう。国内全域に反魔法術式を展開させるなど、この時代では奴にしか出来ぬ芸当だ。

 とはいえ、さしものライザーも経年劣化には耐えられんかったようだな。

 古代であれば、超広範囲に全ての魔法を封じる反魔法術式を展開可能だったはず。

 しかし、今は特定魔法の封印が限界といったところか。


「つまり敵の本拠地である王都に乗り込むまで、けっこうな時間を食ってしまうということ、ですわね」

「問題は相手の狙いだわ。時間稼ぎみたいなことをして、何を企んでるのやら」


 神妙な顔つきで呟くシルフィー。

 彼女の言う通り、この反魔法術式は時間稼ぎが目的であろう。

 だが、時間を稼ぐことで何を狙っているのかは、まだ判然としない。


「なんにせよ前へ進みましょう。我々にはそれ以外の選択肢がありません」


 皆で頷き合い、そして歩を進めていく。

 当然ながら、道中、俺は反魔法術式の解析と支配に努めた。

 しかし……

 アサイラスの首都へ到着するまでに解析を完了することは、不可能だと思う。

 反魔法術式は、封ずる魔法の種類が多いほど解析が簡単になる。

 だが、今回は転移と飛行、二種の魔法のみを封ずるもの。しかも術者はあのライザーだ。解析は不可能じゃないが、けっこうな時間と労力が必要になる。


 具体的には、およそ一〇日ほど。

 対し、アサイラスの首都へ乗り込むまでの時間は九日程度と予想している。

 ゆえに解析作業は無駄骨になる可能性が高い。


 が……作業は最後まで続行しようと思う。


 無駄な作業であると思わせ、それを放棄させるのが敵方の狙いやもしれぬ。

 転移と飛行を封じることには、何か意味がある。それらの魔法を使えぬまま進行するよりも、使えるようにした方が良いと判断した俺は、歩行しながら解析作業を進めていった。


 そして丸一日歩き続けた結果。

 空が闇色に染まりきった頃、我々は相手方の砦へと到達した。


 この場を中心に、国境線沿いには無数の砦が建造されている。そうした防衛ラインを抜けることでようやっと、本格的にアサイラスの土を踏むことが出来るのだ。

 しかし当然、敵方がそれを許容するわけもない。

 平野に築かれた巨大な砦。

 小型の城郭都市といったそれの入り口たる、巨大な門前にて。

 周辺警戒のために配置されていたであろう複数の敵兵が、夜闇の中、我々の姿を視認した。


「あぁ? なんだガキ共」

「ここは子供が来るような場所じゃ――――いや、ちょっと待て」

「ここって東門、だよな?」

「国の人間がやってくるとしたら、反対側の西門……」

「東門の方角から来たってことは、つまり……」


 我々がどういう存在か、察しがついたらしい。

 彼等は皆一様に、緊張を顔に貼り付けた。

 そして戦闘態勢となるのだが……

 我が力を前にしたならば。

 闘争に臨む気概も覚悟も。あらゆる準備も。

 全ては無駄事となる。


「皆様のお勤め、さぞや大変かと存じます。そんな貴方達に長期休暇をプレゼントいたしましょう」


 そう述べると同時に、俺は攻撃魔法を発動した。

 下級の火属性魔法フレアの複数同時発動により、門兵をことごとく排除。

 彼等を戦闘不能に追い込んですぐ、俺は身体機能の強化魔法を用いて、巨大な門を蹴破った。

 豪快な粉砕音を轟かせ、出入り口を作ると、俺は皆を伴って砦の内部へと踏み入った。


「な、なんだ、こいつら……!?」

「敵に決まってんだろ!」

「つーか、あの黒髪の小僧、まさか」

「ア、アード・メテオールだッ! 人相書きとそっくりだぜッ!」

「アード・メテオールッ!? ラーヴィルの死神じゃねぇかッ!?」


 いや、ラーヴィルの死神て。こっちではそんなふうに呼ばれてるのか。

 まぁ、間違ってはいないがな。

 実際のところ、俺は彼等にとっての死神、なのだから。


「怪我をしたくなければ、お下がりあれ。我々に刃向かったところで無駄というもの」


 それは兵士諸君も理解しているだろう。

 さりとて、責務は果たさねばならぬもの。

 懊悩しつつも、彼等は国家守護としての使命を果たすことを選んだらしい。


「あ、相手はガキだッ! 数も少ねぇッ!」

「取り囲んじまえば、俺達の勝ちだッ!」

「死神の首をとりゃあ、出世間違いなしだぜッ!」


 自らを鼓舞して、襲い来る男達。

 そんな彼等を、俺達は迎撃する。

 もっとも……

 敵方の殲滅は、俺の初手で完了してしまったのだが。

 イリーナ達の出る幕など一切なかった。

 敵方の人数分、《フレア》を同時発動。

 これだけで、状況はするりと片付いた。


「バ、バケモノ、かッ……!?」


 倒れ伏せた兵士の一人が、畏怖の情を吐いて、失神する。

 彼等にしてみれば、俺は恐ろしい怪物にしか見えないだろう。

 だが、友の目には、別の映り方をしている。


「さっすが私のアード君っ! 絵に描いたような瞬殺でしたわねっ!」

「えぇ、そうね! あ・た・し・の! アードは、やっぱり無敵よね!」

「むぅ~! 一人で片付けちゃうなんてズルいのだわ! アタシも暴れたいのだわ!」


 皆、俺のことを恐れてはいない。

 ……やはり、友情を交わした者達であれば、俺を拒絶するようなことはないのだ。

 メガトリウムで学んだそれを、再び実感する。

 ゆえに。

 俺はもはや、自らの怪物性を発揮することに忌避感を抱くことはなかった。

 国境を守護する砦を抜け、アサイラスの地へ本格的に踏み行ってから、数日。

 王都への道中に存在する関所の数々を、俺は無遠慮に、容赦なく破っていった。


 そして。


「ふはははははッ! 貴様がアード・メテオールかッ! 我が名はシュラルクッ! オーク族最強の戦――しゃばぁああああああああああああああ!?」


 風の魔法で自称最強を空の彼方へと吹っ飛ばす。

 これにて、最後の関所が破られた。


「あとはただ、直進するのみです。さすれば目的地たる首都へ到着するでしょう」


 最後の関所を抜け、のどかな平野を皆と共に歩く。

 日が暮れたなら、無理はせず、その日の移動を終了する。

 それから俺は、この数日間常にやってきたように、平野の只中にて宿舎を設営した。


 そう、テントではない。

 物質変換の魔法を用いて、簡単ではあるがしっかりとした家屋を創造。

 各自の自室は当然のこと、トイレットルームやバスルーム、キッチンなどの設備も完璧に揃えてある。


 当然ではあるが、こうした旅模様は非常識なものだ。

 現代では長旅=汗や脂に塗れ、不潔な状態を我慢しながら行うもの、という認識である。

 おおよその局面において、俺は現代の常識に当てはめながら行動する。無駄に周囲をざわめかせたくはないからだ。

 しかし、友に不快な思いをさせたくないし、騒ぐような者もいないので、俺はこの旅路において常識極まりないことばかりしているのだった。


「今宵のメニューは、ジンガル鶏の蒸し焼きにございます。特製のハーブソースと共にお召し上がりください」

「ふぉおおおおおおおおおおおおっ! 美味いっ! 美味いのだわっ!」

「昨日、ミス・イリーナが振る舞ってくださったお鍋も素晴らしいものでしたけれど……やっぱり、アード君の手料理に勝るものはありませんわねぇ」

「鶏肉の肉汁とハーブソースの絶妙なハーモニー……! もはや美味しいという言葉しか出てこないわ……!」


 本日も皆に満足いただけたようでなによりである。

 夕餉を終えて一休憩したあと、各自入浴を済ませ、汗や垢を落とす。

 そして疲れを癒やすべく就寝。

 けれども俺だけは眠ることなく、探知の魔法による周辺警戒と、反魔法術式の解析作業を並行する。常人であれば数日睡眠を取らぬだけでまともに動けなくなってしまうが、俺は例え数十年眠らずとも完璧に動作出来る。


「……本日も、不気味なほど静かだな」


 自室のベッドに腰掛け、探知魔法で周辺状況を把握しつつ、呟く。

 旅路を初めて一週間近くが経過しているのだが、敵方の夜襲はこれまで一度もなかった。

 実行しても無駄と判断したからか? はたまた……

 この静かな時間にさえ、敵方の意図が隠れているのだろうか?


「どうにも気味が悪いな。此度の一件には解明出来ていない謎が多過ぎる」


 アサイラスを動かし、戦を始めたライザーの目的。

《魔族》を中心とする組織、《ラーズ・アル・グール》の思惑。

 そして、まだ見ぬ黒幕の存在。

 おそらくはアサイラス王都への到達と同時に、全てが判明するのだろうと思う。

 しかし……それでは遅いのだ。事前に相手方の思考を把握し、策を講じねば、常に先手を打たれて窮地に陥ってしまう。

 ゆえに俺は常時思考を巡らせ、敵の思惑を推測しているわけだが。


「わからん。これが《ラーズ・アル・グール》のみによる一件であれば、推測も容易いが……なぜ、ライザーまでそこに加わり、戦を起こすのだ?」


 ライザー・ベルフェニックスの行動原理は常に、「子供達が笑って生きられる世界を作る」というものだ。

 そのためならばいかなる悪辣も辞さない。

 そうした冷徹さを有するライザーであるが……


 一方で、もしも子供に危機が及ぶような可能性があるならば、そうした策を行うことは絶対にない。常時子供が最優先。ライザーとはそういう男だ。


 だからこそ、戦を起こすという行いが不可解に感じる。


「国の大小を問わず、戦が起こった際に割を食うのは女子供といった弱者達だ。それがわからぬライザーではない。ゆえに、あの男が迂闊に戦を始めるわけがないのだ」


 しかし、現実は違う。

 奴は《魔族》達と手を組み、まだ見ぬ黒幕と共にアサイラスを操って、ラーヴィルへ戦を仕掛けてきた。


「王都到達前になにがしかの答えを見出したいところだが……此度は場当たり的なものにならざるを得ぬ、か」


 おそらく、自力で真実を掴むことは叶わぬだろう。

 ならばもはや、目前の状況に対応し続けるといった、単純すぎる行動に徹する他はない。

 常々先を読み、先手を打ち続けるのが理想であるが……

 出来ないなら出来ないと受け止めて、別の考えのもと動かねばならぬ。


「とにかく、最悪の事態を想定し、それを防ぐことのみを――」


 自らに言い聞かせるように呟く、その最中。

 室内に、ドアをノックする音が響く。


「あたしだけど、入っていい?」


 心地の良いこの美声は、イリーナのものである。

 俺は笑みを浮かべながら即応した。


「えぇ、どうぞお入りください」


 イリーナがドアを開けて、部屋に入ってくる。

 薄手のネグリジェ姿。

 純白のそれは僅かに透けて、彼女の豊かな胸や肉付きのいい太ももを晒している。

 ちょっと目の行き場に困るような格好だが……無論、邪な感情など抱くことはない。

 俺はいつものように微笑しながら、口を開いた。


「どうされました? 眠れないのですか?」

「うん。ちょっと、ね。アードとお話がしたくて」


 どこか複雑げな表情でそう述べると、イリーナはベッドの上、俺の隣へと腰掛けた。

 そして。


「……アードは、凄いよね。砦も関所も、一人で難なく突破しちゃってさ」


 称賛の言葉。

 しかし、これまで数多く彼女が口にしてきたそれらとは違い……

 イリーナの声音にはどこか、卑屈な色が宿っていた。


「全部、アードの活躍だった。あたしは……ただ、見てただけ。出る幕なんてこれっぽっちもなかった」

「……皆様の安全を守ることが、私の務め。そう考えたがために、イリーナさん達の負担を減らすべく動いたつもりでしたが。それが逆に、貴女を不快にさせたのでしょうか? 腕を振るう機会がなくなったことに、不満を感じているのですか?」


 イリーナは首を横に振った。妙に、沈んだ様子で。


「ううん。そうじゃないの。別に、暴れたかったとか、そういうことじゃないの」


 俯きながら紡ぎ出されたその言葉は、酷く淀んだものだった。


「……夏期休暇に入って、久しぶりに二人きりになってさ。最初は嬉しかったんだけど、でも、次第に苦しくなった。……あたし、気付いちゃったの。アードのこと、ぜんぜん理解出来てなかったんだなって」


 彼女のいわんとすることが、見えてこない。

 だが俺はあえて追及せず、イリーナの思うがままに語らせることにした。

 彼女がそのようにしたいと、願っているように見えたから。


「……エルザードに誘拐されたとき、アードは凄い力を見せて、あたしを助けてくれた。そのときのアードを見て、思ったの。この人には対等な存在が必要だって。対等の強さを持つ誰かがいないと、この人はいつまでも孤独なままだ、って。だから……あたしは今まで以上に、アードの隣へ並ぼうと努力するようになった」


 そんなふうに、考えていたのか。

 ……彼女の思考は、完全に間違っているというわけではない。

 絶対的な強者ゆえ、俺に並ぶような者は古代にもそうはいなかった。

 友と呼べる者達の中で肩を並べたのは、リディアぐらいなものだろう。

 だからある意味、彼女だけが俺を真に理解出来る友だと、そう考えたこともある。

 しかし……

 肩を並べねば真の友とは呼べぬと、そのように考えたことは一度もない。

 今回の夏期休暇で二人きりとなったことにより、イリーナはそこに気がついたのだろう。


「村で過ごして。山で遊んで。……アードはいつだって、楽しそうだった。でもそれは、あたしと一緒に居るから、だけじゃない。アードの目はいつだって、休暇が終わった後の未来を見てた。学園の皆と過ごす未来を、見つめてた。……それであたし、思ったの。アードは自分より弱い相手でも、本気で友情を感じるんだって。並び立たなきゃ本物のお友達になれないなんて、あたしの勘違いでしかなかったんだって」


 それは彼女にとって、今までの努力の意味を失うような結論だったのだろう。

 イリーナは膝の上で、手をギュッと握りながら、言った。


「メガトリウムでの一件以降、アードは本当に、いい笑顔を見せるようになった。昔はあたしだけにしか見せなかった顔を、皆に見せるようになった。……自分の勘違いに気付いてから、そこがどうしても、気になって。それで、あたし……性格悪いと、思われちゃうかも、だけど……」


 イリーナは俺から目を逸らしながら、唇を震わせた。


「あたし、皆の中に入っていたくないの。アードの、特別になりたいの。アードが大切に思う大勢の一人じゃなくて。何よりも大事な存在に、なりたい。……村で一緒に過ごす中で、そんなふうに思うようになった」


 ……あぁ、そうか。

 彼女のいわんとすることが、見えてきた。

 そして、ここ最近の妙な言動についても、答えが見えた。


 転移させられた森の中で、《魔族》と戦った後の反応。

 俺が《竜人》を打倒した後の反応。

 彼女はこちらを称賛すると同時に、自らの力量のなさを責めていた。

 そんな反応はイリーナらしからぬものだと、そう思っていたのだが。


 俺にとっての一番になりたい、と。

 特別な存在になりたい、と。

 そのような思いが、らしからぬ言動の根源であったのか。


 そしてそれは、メガトリウムでの一件が原因となっている。

 ……あの一件で、俺とイリーナは救いを得た。だが、俺は救いのみを与えられた反面、イリーナには新たな苦悩が芽生えてしまったのか。


「アードの特別になりたい。だから、強くなりたい。アードに並ぶぐらい強くなれば……きっと特別になれるって、そう思ったから。でも……アードの活躍振りを見てると、どうしても思っちゃうの。アードに並ぶだなんて、無理なんだろうなって」


 唇を引き結び、肩を落とすイリーナ。

 その表情や声音に、俺は危うさを感じた。

 ……古代世界において、友となった男のことを思い出す。

 彼は酷く真面目で、人格も良好な人間だったのだが……

 とかく、思い詰めやすい人間だった。

 俺と肩を並べて戦う中、彼は自らを「役立たず」と感じるようになり、それが我々の友情を破綻させるのではないかと恐れた。


 それゆえに……彼は力に固執し、暴走したのだ。


 結果、禁忌に触れるようなことさえも行うようになり、狂気に呑まれて。

 俺が、自ら手を下すことになった。

 ……今のイリーナは、彼と同じ道を歩もうとしている。そんなふうに見える。

 彼女自身もまた、自分が進む道に迷いを覚えているのだろう。

 だから、俺のもとへやってきたのだ。

 ならば……

 軌道修正を、してやらねばならぬ。


「イリーナさん。まず断言しておきましょう。貴女は誤った道を歩んでいる。このままではいずれ、貴女は力に固執するあまり、皆を傷付けることになるでしょう」

「…………」


 彼女自身、その予感があったのだろう。

 イリーナは何も言わず、暗い顔で俯くのみだった。

 俺はそんな親友の肩に手を置きながら、言葉を続けていく。


「いいですか、イリーナさん。貴女が今、求めている力は人を傷付けるだけの凶器にしかなりえないものです。そんな力をどれだけ獲得しようとも、私はそれを善きものとは思いません。そして当然、特別視などありえない」

「…………うん」

「私は常に、誰かを守りたいがために力を求めてきた。身に付けた能力の数々は、誰かを守るための道具だと、そのように捉えています。そう、私にとって強さとは、守護という目的を達するための道具に過ぎない。その道具がいかに優れていようとも、そこに興味を抱くことはありません。ゆえに貴女がどれほど強くなっても、それを理由として特別視するようなことは絶対にない」

「…………そう、だよね」


 反省の色を瞳に宿し始めた彼女に、俺は小さく頷いて、さらに言葉を続けていく。


「どれだけの力を有するかではなく、その力をどのように使うのか。私が興味を抱くのはその一点のみです。そして……イリーナさん。これまでの貴女は、自らの力を実に正しく、尊いことに使い続けてきた。シルフィーさんが暴走したときや、古代に飛ばされたとき。修学旅行やメガトリウムでの一件のときもそう。貴女は常に、誰かのために力を使ってきた。そうだからこそ、貴女は私にとって素晴らしい友であり――」


 俺はイリーナを見つめながら、力強く、断言する。


「何よりも特別な、存在なのです」


 この言葉に、彼女は面を上げた。

 その瞳は見開かれ、唇は僅かに震えている。


「特別な、存在?」

「えぇ。友人関係にある方々に対し格付けなど、決してしてはならぬこと、ですが。それでもあえて行うとしたなら……イリーナさん、貴女は間違いなく、私にとって一番の親友です」


 彼女の肩に置いていた手を、彼女が握っていた拳へと移す。

 そして彼女の手を包むようにしながら、俺は口を開いた。


「幼い頃、村で友人が出来ず、苦悩していた私の前に、貴女が現れてくれた。友になってくれると、おっしゃってくれた。それが私にとってどれほどの救いだったか。イリーナさん、貴女がいなければ今日の私は存在しません。貴女はこのアード・メテオールにとって初の友人であり……生涯でただ一人の、特別な存在なのです」


 これはきっと、彼女が求めてやまぬ言葉であろう。

 だが、おべっかではない。

 彼女の心を正しい方向へ導かんと、適当なことを言ったわけでもない。

 俺が口にした内容は、正真正銘の本心だ。

 その思いが、彼女の心に届いたのだろう。

 イリーナはどこか、気恥ずかしそうに微笑んで、


「特別。そっか。あたし、特別だったんだ。……ふふっ」


 ほんのりと頬を紅く染める様は、この世のものとは思えぬほど愛らしく……

 まさに、イリーナちゃんマジ可愛いと、そう言わざるを得ぬ御姿であった。

 それから彼女とは、他愛のない雑談を交わして。

 眠くなったのか、俺のベッドの上で横になったイリーナが、すぐに寝息を立て始める。

 あどけない寝姿。その頬にそっと触れながら、俺は小さく微笑んだ。


「貴女の苦悩は、相手を真に友として認めるがゆえのもの。誤った道を進みつつあったことには、危うさを感じたが……しかし同時に、嬉しくもあったよ」


 そして俺は、瞳を細めながら、呟く。


「貴女に会えて、本当によかった」


   ◇◆◇


 空が明るみ始めた頃。イリーナの心にもまた、朝がやってきたのだろう。

 目覚めた彼女はすっかりいつも通りで、快活な様子を見せてくれた。

 そして俺達は一路、西へ向かう。

 不気味な静かさを感じながら、慎重に。

 そうした道程を経て――


 我々は、目的地へと到着した。


 アサイラス連邦の首都、ハール・シ・パール。平野の只中にデンと構えた巨大都市は、堅牢な壁と門、そして多くの番兵によって外部からの侵略を防いでいる。

 ……結局、ここまで一度も襲撃がなかった。

 俺達の動向は相手方とて把握しているだろう。

 にもかかわらず、刺客や大軍を送り込むといったことはしてこなかった。

 まるで、俺達の動きを歓迎するかのような対応である。

 そこが実に不気味でならないが、しかし、もはや我々は前に進むほかない。


 門前にて。

 多くの民間人が通行許可を貰うべく並ぶ姿を見つめながら。

 俺は皆に声をかけた。


「よろしいですか、皆さん。ここからは何が起きてもおかしくはありません。気を引き締めて参りましょう」


 イリーナ、ジニー、シルフィーの三人は、精悍な顔を見せながら頷いた。

 俺も一つ、小さく頷くと……

 民間人による行列の横を通り、巨大な門へと近づいていく。

 そうしていると必然、番兵達がこちらに気付き――


「ッ! き、貴様等ッ!」

「死神とその仲間かッ!」


 まぁ、想定通りの結果になったので。


「申し訳ございませんが、押し通らせていただく」


 事前に決めておいた通りに行動する。

 まず、民間人に害が及ばぬよう彼等の身を防御魔法、《ウォール》で覆う。

 それからすぐ、番兵およそ60人に対し人数分の《フレア》を発動。

 行く手を阻む者達を一瞬にして撃滅する。


「さぁ、皆さん。話を付けに参りましょう」


 イリーナ達を引き連れて、俺はハール・シ・パールへと入った。

 門前の騒動により、都市の入り口付近を行き交う民間人は、総じて我々に畏怖の目を向けている。

 そうした視線を浴びながら、大通りを進んでいく。

 と――


「白昼堂々、少数でやってくるとはッ!」

「ここは敵地のド真ん中だぞ、間抜けがッ!」


 警邏隊と思しき戦士達が、続々と押し寄せてくる。

 物量にて我々を押し潰さんという、そんな思惑を感じるが――


「数の暴力など、私達にはなんの意味も為さない」


 絶対的な戦闘能力の差というものを、敵方は思い知ることになった。

 迫る戦士のことごとくを、下級の属性魔法で瞬時に打ち倒していく。


「あたし達の出る幕はなさそうね」

「えぇ。さすがアード君、数的不利な状況でも安心、ですわね」

「もうっ! アードばっかズルいのだわっ! アタシも暴れたいっ!」


 皆の声を耳に入れつつ、敵方を薙ぎ倒しながら、大通りを行く。

 戦士達は絶え間なく現れ、襲いかかってくるが、なんら脅威にはならなかった。

 ゆえにイリーナ達の顔からは緊張感が抜けまくっており、まるで観光気分といった様子で周囲を見回していた。


「それにしても、街並みが独特よね。まさに異国の光景って感じ」

「木造建築が大半で、レンガ造りが少ない。そこらへんはラーヴィルと真逆ですわね」

「服装も全体的に薄着で、ザ・蛮族って感じだわ」

「……皆さん、余裕綽々だからといって、油断なさらぬよう」


 肩を竦めつつ、掃除と進行を同時に行う。

 その果てに、我々は王城の目前へと到達した。

 通常、この場にこそ最大限の防衛網を張るべき、なのだが。


「……ふむ。守護者ゼロ、ですか」


 城の門前に到達すると同時に、人気が一気に消失した。

 門を守る番兵が一人もいない……どころか、そもそも侵入を防ぐための門が今、堂々と開かれている。


「まるで我々を歓迎するかのような有様、ですわね」

「罠の匂いがプンプンするのだわ」

「けれど、進むしかない。そうでしょ? アード」


 イリーナの問いに、俺は首肯を返した。


「……此度の一件もこれにて大詰め。さて、何が待ち受けているのやら」


 油断なく周囲を警戒しながら、皆と共に門を潜る。

 そして掘の上に架けられた橋を渡り、広々とした庭へ入った。

 そのまま真っ直ぐに進み、もっとも大型の建造物へと足を踏み入れる。

 ……酷く、静かだった。

 何者も、我々の目前に姿を現さない。


「なんか、ホントに不気味ね」

「派手な歓迎があるものと、予想していたのですけど」

「でも、無人ってわけじゃなさそうだわ」


 シルフィーの言う通りだ。

 さっきから探知の魔法で周囲を警戒し続けているのだが、文官・武官問わず、多くの者達が城の中に存在する。

 しかし彼等は室内に閉じこもっていて、微動だにしない。

 まるで邪魔者にならぬよう、気を遣っているかのようだ。

 あるいは……何者かの手によって、行動を操られているといった印象を受ける。


「気味の悪い状況ではありますが、とりあえず、目的の人物のご尊顔を拝見いたしましょうか」


 探知の魔法が示す反応を頼りに、建物の中を進んでいく。

 そして我々は、開けた場へと足を踏み入れた。

 床には紅い豪奢な絨毯が敷き詰められ、部屋の奥には玉座がある。

 その玉座は王の威光を示すかのように、煌びやかな宝石で彩られており――


 今、一人の男が、そこへ腰を下ろしていた。


 緑色の肌を有するオーク族の男。

 エルフとのハーフゆえか、一種独特の顔立ちをしている、若き王。

 ドレッド・ベン・ハーが頬杖をつきながら、こちらを見つめていた。


「……五大国会議以来、ですね」


 瞳を細めながら、相手方を見据える。

 と、ドレッドは口元を歪め、笑みの形を作って、


「うっふふふふ! ようこそ、アード君! そしてそのお仲間達! のこのこやって来てくれてありがとう! 笑っちゃうぐらいこっちの思惑通りだったよ!」


 玉座の背もたれに体重を預けながら、歪んだ笑みを深めていくドレッド。

 その顔には。その目には。明らかな敵意が宿っている。


「……一応、言っておきましょうか。今すぐ降伏し、ラーヴィルから手を引きなさい。今なら賠償金請求のみで済ませて差し上げます。さもなくば」

「どうしてくれるのかなぁ?」

「貴方を始め、主要な為政者ことごとくの首を、撥ねることになります」


 降伏せぬと言うなら仕方がない。

 価値のない命は取りたくないが、ことを収めるには敵方の首が必要だ。


 戦を終わらせるためならば、どのような汚れ仕事もこなす。

 そうした意思は相手方にも伝わっていよう。

 だが、それでも、ドレッドは笑みを浮かべ続けていた。

 狂気と、そして――


 憎悪を宿した笑みを、浮かべ続けていた。


「へりくだっているようでいて、実のところ常に上から目線。そういうところ、|ぜんっぜん変わってない《、、、、、、、、、、、》ねぇ、アード君」


 まるで、以前から俺を見知っているかのような口ぶり。

 そこに疑問を覚えた瞬間――

 ドレッドの全身から、殺気が迸った。


「っ……! こ、この感じはっ……!」

「ま、まさかっ……!」


 冷や汗を流す、イリーナとジニー。

 彼女等は、この殺気に覚えがあるのだろう。

 そして――

 俺もまた、この感覚に覚えがある。


「なるほど。そういうことでしたか」


 目を細めながら、ドレッドの姿を見据える。

 そうしながら、俺はさらに言葉を続けた。


「なにゆえ《竜人》族が、アサイラスに加担していたのか。その理由と……まだ見ぬ黒幕の正体。全て、把握させていただきました」


 此度の一件、ライザーと《魔族》達、そしてもう一人の黒幕によるものと、そう思っていた。

 ドレッドはただ操られているだけに過ぎないと、そのように考えていたのだ。

 しかし、それは違った。

 まだ見ぬ黒幕と、ドレッドは、同一人物だったのだ。


「およそ五ヶ月ぶりといったところでしょうか。どうやら傷は癒えた(、、、、、)ようですね」


 肌をひりつかせるような殺気を浴びながら。

 俺は、相手方の真名を口にする。


「此度の一件、以前のリベンジと言ったところでしょうか? ――――エルザードさん」


 刹那。

 ドレッドの全身を、黄金色の幾何学模様が覆い尽くし――


 数瞬後、オーク族の男が、美しい女へと変化を遂げた。


 床まで届くほど長い白金色の髪。

 身に纏うは純白のドレス。

 その容姿はまさに絶世の美貌。

 そうした姿を晒し、黄金色の瞳をこちらに向けながら、彼女は微笑する。


「また会えて嬉しいよ、アード君。そして、イリーナ君も。……そっちの子は確か、ジニー君、だっけ? もう一人は見知らぬ女の子だけど、まぁいいや」


 ニコニコと、フレンドリーな笑みを浮かべる美女。

 だが、その目に宿る殺意は激烈なものだった。


「……ねぇ、アード。誰なのだわ? こいつ」

「狂龍王・エルザード。以前、イリーナさんを誘拐し、恐ろしい目に遭わせた不届き者の一人です」


 あれからもう五ヶ月、か。

 ともあれ、《竜人》族がアサイラスに加担していたのは、こいつが関与していたからだろう。

 そうしたことを考えつつ、俺はエルザードへ問いを投げた。


「……いつから、入れ替わっていたのですか?」

「五大国会議のときからずっとさ」


 なるほど。

 会議の際、ドレッドが異様な殺気を向けてきたことを疑問に思っていたのだが、その理由が明らかになったというわけだ。


「ちなみに、本物のドレッド王は?」

「以前と同じだよ。ジェシカ君と同様、既にこの世にはいない」


 ジェシカというのは、かつてエルザードが化けていた女講師の名前である。

 そして、ドレッドがこの世にいないということは、つまり。

 停戦を呼びかけるべき相手はもはや、どこにもいないということ。

 となれば――


「やれやれ。やはり、敵方の首が必要ですか」


 戦を仕掛けた首謀者達の首を、ことごとく討ち取る。

 そうしなければ、もはや此度の一件は終わらない。


「とはいえ。一応、言っておきましょうか。今ならまだ引き返せますよ? ドレッド王として降伏宣言をなさい。さすれば、命だけは――」


 と、言葉を紡ぐ最中のことだった。

 なんの脈絡もなく、唐突に。

 こちらの足下が、煌めきを放つ。


 蒼い魔法陣。

 これは――

《魔族》が用いる、専用の魔法言語によるもの。

 その術式内容を察した、次の瞬間。


 視界が暗転する。


 ……抜かった。

 転移と飛行の魔法を封じる、反魔法術式が展開されているがゆえに、相手方もまたそれを用いることはないと、そうした思い込みがあった。

 そこを突かれた形となる。


 俺は何者かの手によって、王城から別の場所へと転移させられた。


 そこは、暗雲立ちこめる荒野。

 草の一本さえ生えぬ不毛の平野が、どこまでも広がる場所。

 古代より続く、再生不可能なこの地方一帯を、人は滅亡の大地と呼ぶ。

 かつて俺が《邪神》達と争いを繰り広げた場所であり……


 古代に飛ばされた際、もう一人の自分を討った場所でもある。


 そんな因縁に満ちた空間の只中にて。

 俺は、奴と対面した。


「……やはり貴様もまた、関わっていたか」


 スラリとした長身に燕尾服を纏い、長い黒髪を馬尾状に結んで垂らしている。

 その面貌は道化じみた仮面で隠されており、正体が判然としない。


 仮面の某。

 名も性別も、経歴も不明な《魔族》の一人。

《ラーズ・アル・グール》の幹部と思しき存在。


 彼は相も変わらず、どこか芝居じみた語り口調で言葉を紡ぎ始めた。


「人間には相応しい場所というものがある。踊り子にはダンスホール。演説家には展望台。道化には人々が行き交う往来。そして吾と貴公には、この場こそがもっとも相応しい。この滅亡の大地はまさに、我々が歩んできた人生を表している。貴公もそう思――」


 奴がベラベラと喋る中。

 俺は一切の容赦なく、攻撃魔法を打ち込んだ。

 火、水、土、風、雷。それら五大属性の上級魔法を、雨あられと降らせていく。

 猛烈な攻勢は、滅亡の大地に新たなクレーターを形成するに至ったが……

 その中心にて。

 仮面の某は、平然とした様相で立ち続けていた。


「ふはん。前口上ぐらい静かに聞いてはくれまいか。貴公の気持ちも、わからんではないが、こちらとしては久方ぶりの――」


 再び、俺は属性魔法をこれでもかと繰り出した。

 けれどもやはり、仮面の某は無傷のまま。

 ……なんとも腹立たしい。

 今すぐイリーナ達のもとへ戻らねばならぬというのに。


「ふははん。それほど友が恋しいか。実に妬ましいことだ。貴公の寵愛を受けるだなんて、どれほどの名誉であろう。……だからこそ」


 そのとき、仮面の向こう側にある顔が、笑みを浮かべたように思えた。


「だからこそ、我が《魔王》よ。吾は貴公の邪魔をする」


 きっとその笑みは、邪悪に満ち満ちたものだろう。

 実に、腹立たしいものだろう。

 そんな顔面を消し飛ばしてやるべく、俺は再び魔法を発動するのだが。

 激烈な猛攻の末に発生した土煙が晴れる頃。

 やはり、敵方は平然とした姿で佇立し、そして。


「吾を倒さねば、友のもとに駆けつけることは出来ない。それは即ち――」


 楽しそうに、面白そうに。

 仮面の某は、不愉快な宣言を行うのだった。


「友とはもはや、永遠に会えぬ。そう思ってくれたまえ」




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